(原典: 『The Mirage of China’s Military edge ~Panic is misguided – and counterproductive~』By Dennis Blair, Foreign Affaris, 2026年July/August号、 P24-39)
著者:デニス・ブレア 元米国太平洋軍司令官(1999-2002年勤務)、又、台湾軍年次防衛軍事演習に上級顧問として参画(2003-2007年)
(論稿趣旨)
もし中国が武力で台湾統治を奪取すれば、それは台湾のみならず米国にとっても災厄だ。1兆ドル規模の台湾経済が自由市場制度圏を離脱し中国式国家主導型重商主義体制に組み入れられるのだ。これにより、米国が長年培(つちか)い、そして防衛して来た、活気に満ちた民主主義国家が忽然と消滅する。東亜細亜に於ける米国勢力と影響力は致命的に縮小し、そして、中国が同域内に支配的権力を振う。即ち、周辺諸国は、政治、経済、更には領土に及ぶ迄、中国から諸要求に譲歩するよう圧力を受けるだろう。北京政府は、米軍を同域から駆逐しようと固執するのは間違いない。斯くして、中国は世界覇権の野望を一層拡大させて行くだろう。
だが、上述した全ての諸事態は、どれ一つをとっても、それが実現するか否かは、一重に中国が台湾を奪取しそして占領維持するその能力如何に懸かっている。
北京政府が過去30年間に亘り実施した急速な軍備拡充は、目を見張る成果を上げ、その権力と影響力の拡大により中国が大きな利益を獲得したのは明らかだ。然し、それにも拘わらず、中国が「台湾侵攻が必ず成功するとの確証を得る」迄は――それは実は極めて高いハードルなのだが――譬(たと)え、能力増強と明確な台湾統一の野望を備えたとしても、中国が武力侵攻に踏み切る理由としては尚も不十分なのだ。
何故なら、完全制圧の見込みなき全面武力侵攻は、余りにも無謀な策だからだ。そのしくじりは、中国共産党がこれ迄追求して来た政治目的達成に失敗するばかりか、同党の権力掌握すらも危うくするだろう。
「中国は台湾を制圧する能力を持っていない」と云うのが現在の偽(しつわ)らざる事実だ。更に、近い将来、その能力を獲得出来る見込みも薄い。
確かに、中国軍備増強は、嘗て一旦は軍事バランスを中国優位に傾ける危機を孕(はら)んだ。然し、現在の軍事技術の趨勢は、中国ではなく台湾と米国に利する。又、“中国の脅威”を認知し対策を講じたのは台湾と米国丈に止まらない。つまり、日本、フィリピンを始めとする周辺諸国と、更には他地域に及ぶ国々とが共に、中国による侵略を牽制する行動を起こしたのだった。
中国指導者達は、猶も、種々の脅しを駆使するだろう。即ち、攻撃訓練を実施し、そして台湾領海の侵犯を繰り返すことが可能だ。そして、当面、中国はその気になれば、何時でも軍事力を以って台湾に甚大な損害を与え得る立場にある。斯くして、台湾が政治上の制約を受ける危険性は極めて大きく、台湾政府は独立宣言をしないよう牽制を受け、更に政治的妥協すら度々余儀なくされるだろう。但し、重要なのは、中国が占領する能力を欠く以上、同国も又、一定の制約下に置かれている、と云う事実だ。つまり、中国政府が合理的判断力を有する限り、抑々(そもそも)軍事侵攻と云う選択肢は回避せざるを得ないのだ。
斯かる膠着状態は、蒋介石が中国本土での内戦に敗れ台湾へ逃れて以来、この方、過去75年間続いている。この閉塞状態が継続するか否かは、“現状の彼我軍事均衡力”をどう認識するかに、ある意味、大きく依存する。
中国を過剰に警戒する識者達は「中国の軍拡は米国を凌ぎ、間もなく米中台湾防衛戦争に勝利する実力をつける」と予測する向きがある。然し、これは中国を勇気付ける一方、台湾とその支援諸国による共同防衛行動を挫くもので、百害あって一利もない。何故なら、斯かる悲観的見解が流布すると、中国主導者達にとっては、現状の「“膠着状態”を追認しつつ台湾問題を引き続き“先延べにし時間稼ぎをする”」と云う従来戦略を踏襲し、そこに復帰し踏みとどまり続けることが一層困難となるからだ。
従って、台湾、米国、日本そしてフィリピンの指導者達は、慢心は禁物とは云え、以下の諸点に関し確信を持つべきである。
「かなり手強(てごわ)くはあるが、米国より劣る」中国の軍事力を牽制するには、必要資源の確保と確実なる計画実行が欠かせない。米国にとり、この意味する処は、「中国が米国を追い掛け、防衛費を拡大させた処で、追いつくのが精一杯」と云う立場に常に彼らを置くよう、米国は自身の防衛近代化計画を研ぎ澄まさなければならない。又、それは同時に、前線各基地を維持して展開し、同領域内での同盟諸国との連携を深め、そして、「台湾への理不尽な侵攻は、勝利出来ない戦争へと中国を導く」との明確なメッセージを北京政府へ発信することを意味する。
この戦略を維持する諸要素は揃っている。そして、これら諸条件が維持される限り、米国とその同盟諸国が平和を維持出来ると確信するに十分な理由があると知るべきだ。
(第一章 了)
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文責:日向陸生
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