【投稿論文】『イランの新たな国家基本戦略 ~再生されたイスラム共和国は中東を再構築する可能性を持つ~』(原典:『Iran’s New Grand Strategy ~How a Remade Islamic Republic Will Reshape the Middle East~』By Narges Najogil & Vali Nasr, Foreign Affairs, 2026年July/August号、P102-117)

著者:ナルジェス・バジェリィ & バリ・ナスル共著。(両名共ジョンズ・ホプキンス大学教授)

 第一章 論稿趣旨

 2026年2月、イランに対し米-威(イスラエル)が仕掛けた戦争は、当初、イスラム共和国が打ちのめされ弱体化したかに見えた。大規模爆撃により産業とインフラは破壊され、米軍による海上封鎖は既に傷んでいた同国経済を完全崩壊に導いた。3月初旬、米国大統領度ドナルド・トランプは専用機エア・フォース・ワン機内で報道記者達へ「我々は“悪の帝国”を大破した」と語った。そして、数週間後には「完全且つ全面な勝利」を宣言した。

 然し、それから3ケ月後、事態は全く異なる様相を呈した。即ち、イランは軍事力と産業能力を依然保持し、更に「体制を転覆させよ」とイラン国民へトランプが呼び掛けたにも拘わらず、大衆による反乱が生じる兆しはなかった。「そのイスラム共和国に致命的打撃を与える」との当初戦争目的は達成不可能であることが証明されたのだった。

 イランを解体させる処(どころ)か、戦争の激しい試練は、寧ろイラン国家を予想だにしなかった方向へと変革に導いたのだ。つまり、生き残りを賭け、新たな戦略の優位性獲得を迫られる中、同共和国は、戦争遂行、国家運営、及び社会掌握に至る全ての分野に於いてその手法を変じつつ、大きな順応と変革を余儀なくされた。然も、これらを先例のない猛スピードで行う必要があったのだ。テヘラン政府は今や、彼らが成し遂げたこれら成功に自信を深め、そして、それら諸成果を国内外で統合強化しようと意を決したのだ。斯くして、新しいイラン国家がこの戦争によって台頭を果たし、同国は中東地域を再構築しつつ、今後、来る数年間を占う地政学上の行方に対し影響を振うだろう。

 第二章  静かに進む世代交代 ~国家運営を革命から切り離す新世代の管理層~

  イスラエルが仕掛けた“12日間戦争”(2025年6月)及びそれに続く民衆蜂起(2026年1月)から、イスラエルと米国はイラン国家体制が打ちのめされて弱体化したと見て取り、今年2月28日にイランに対する爆撃を挙行。彼らは、イラン指導者達を暗殺標的とすることで早期勝利を期した。然し、この斬首作戦を以ってしても体制崩壊は生じなかった。寧ろそれに替え、イラン体制内に新世代の者達が政権運営を引き継ぐ扉を開く結果となったのだった。

  西側諸国の識者達は、戦時下に台頭したこの新しい指導体制を分析し「イスラム革命防衛隊(IRGC)が支配する、思想的に過激な、米威(イスラエル)に対するタカ派」と断定した。但し、この見解は必ずしも正しくない。実は、新体制が持つ真の特徴は、目立たない乍らも重大な帰結を孕むものだ。

イラン外部の専門家達は、一握りの最高権限者達――新最高指導者モジタバ・カメネイ、国会議長モハンマド・バーゲル・ガリバフ、及び IRGC総司令官アフマド・ヴァヒディ――等に注目し勝ちだ。然し、これらの人物達よりも、一層重要なのが下層に位置する者達の人事交代だ。即ち、1979年のイラン革命後に成人した新世代に属する、IRGC内指揮官達、及び治安当局者達の台頭である。と云うのも、今や、彼らが意思決定に重要な鍵を握る地位を占め、彼らが抱く、国家運営と安全保障に関する国家主義的観念こそが、このイスラム共和国を刷新しつつあるからだ。 

  元指導者ルーホッラー・ホメイニ、アリ・カメネイ両師を含む、革命国家創生世代の抱いた世界観は、米国支持を頼んだモハンマド・レザー・パーレビー統治への積年の抵抗、並びに同政権下に彼らが投獄されていた、或いは国外追放の憂目にあった長い歳月を通じ醸成されたものだ。又、今日、指導的立場に居る、所謂イラン革命第二世代――モジタバ・カメネイ師、ガリバフ国会議長、そしてアフマド・ヴァヒディ総司令官が含まれる――は、イラン・イラク戦争の間を僅か十代か或いは若者として過ごした。従い、彼らの世界観は、20世紀で最長の通常戦争と云われた同戦時下の苦難により鍛え上げられたものだ。

これに対し、今般、イラン政権及び軍部で新たに管理職層を占めた者達――彼らが、所謂、革命第三世代に相当――は、革命以前のイランを全く知らない。この為、軍部とIRGC内で今や士官階級に属するこれらの者達は、配下の治安関係諸組織と共に、最早”革命思想”をその拠所としない。それに代え、彼らが取り入れたのが、組織構造的なテクノクラート式文化と、国家防衛をその基礎に据えた戦略的展望なのだ。

又、この第三世代の中堅達が統治に当たる中で、片や国家指導者達は、「自身より軍事的に優勢な諸強国を相手に2度に亘る戦争で防衛に成功した(昨年の12日間戦争と今年の一層本格的な戦争状態)」ことで自信を深めた。と云うのも、イラン革命で嘗て誓ったある約束事を奇しくも達成出来たからだ。それは「中東に於ける米国勢力を心底(しんそこ)弱める」との悲願だ。

 米威による対イラン2月戦争初日(2月28日)に殺害された、前最高指導者アヤトラ・カメネイは、彼自身、謂わば、イラン革命以前のパーレビー時代の知的思想と政治潮流が生み出した産物だった。即ち、カメネイ師の政治的教育は、宗教分離国家主義者、左派共産主義者、及び、自由主義者、これら信念を異にする諸派が、何れもパーレビー王政体制を打破し西欧帝国主義に対抗すると云う、カメネイが目指す目的を共有し、彼らとの様々な議論を通じ研ぎ澄まされて行った。然し、一度(ひとたび)、革命政権指導者達が権力を握った後は、今度はイラン国内に彼らの思想を全面強要した。但し、諸思想が残存する中、完全には屈しない社会に対し「全て統治する権利」を主張する場合に付随し生じる、その社会不安を克服することは、結局出来なかったのだ。

 新世代の者達は、抑々(そもそも)、これらを何一つとして直接体験していない。イスラム共和国創生時代に彼らの殆どはまだ子供で、「統治する権限」の存在を確信する環境に育った。つまり、これらの者達は権力を求め闘争をした経験がない。即ち、既に権力を握る組織構造の中に成人し、彼らの法的根拠を所与と見做して来た。嘗て創成期世代の心理に深く刻まれていた当時の「不安」――つまり「革命は現実に進行中で、その主張する処は深刻にして、旧エリート層は完全に一掃されたのだ」と云う諸事を常に証明し続けなければならない宿痾(しゅくあ)――は最早殆ど消失した。その結果、彼らの仕事は今や「革命の防衛」ではない。彼らは「国家を運営」するのだ。

 革命思想と政権運営とを峻別するこの心理によって、実践面で大きな変化が顕れた。即ち、嘗てのアリ・カメネイ世代に於いて、人質交渉、核協議、更には、周辺地域諸紛争等で世界と対抗した際、常に底流に存在したのは、歴史的に被った不公正な扱いを訴えて噴出する憤懣の声、そしてイスラム教を正当化する主張だった。それは、極めて強力で且つ現実に機能した一方、これが実は戦略的弱点にもなった。即ち、これにより、時の指導者達は、彼らの行動が外部で容易に予測されたのみならず、防御的になり勝ちで、更に「思想を防衛する行為」と「イラン国家利益の防衛」とを混同する傾向を生じたが、抑々この両者はきれいに両立するものではなかったのだ。

 新世代の者達は、「革命」を国家運営から分離した。最早、国内外へ絢爛たる革命の成果を信奉して見せることも、又、革命的行動主義を提唱する必要もない。新しい指導者達は実証を重んじる役者達だ。即ち、実利的で、自国能力と弱点とを冷静に評価し運営に従事する、陶冶(とうや)された国家主義者達なのだ。 嘗ての前任者達と異なり、彼らは戦略的忍耐を発揮しつつ断固たる行動も取れる。又、彼らは、自国の弱点には頻繁且つ包み隠さず着目し――この率直な行動は革命創成期世代の治政下に実行するには余りに危うい選択だった――「解決されるべき問題」として対処するのを常とした。彼らのこの生来気質こそが、今般二つの戦争を通じテヘラン政府を変貌させた要因なのだ。

(第二章 了)

*当ブログ翻訳文章は生成AI機能一切不使用です。

文責:日向陸生

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