当月号は、「世界経済が相手を屈服させる武器と化した」とのサブタイトルを冠し、トランプ関税策を問う論文4編を収録する。元来、同誌は特定問題に対し賛否両陣営の主張をバランスに配慮し掲載して来たが、今回、4編全て痛烈なトランプ政策批判を並べたのは異例だ。四つの論稿共に、同関税政策が自由貿易体制を葬ったと認識、具体的根拠を列挙しトランプ政権を非難し是正を求める点で共通する。但し、その処方は、米国抜きで「国際ルールを重視する仲間達のグループ」の組成、並びに、米国自身による軌道修正主導の提言と、各々2篇づつ分かれる。(当該4編の概要以下に紹介)
無茶で独善的路線をひた走るトランプ政権の政策を、登壇して擁護する識者が、当月誰一人現れなかった。これは、無学な取り巻連中は無論のこと、トランプ系シンクタンクすら、最早、論理的に現行諸政策の正当性を堂々論ずるのが不可能な事態に遂に立ち至ったのだと訳者は理解する。
斯かる環境下、米国以外の各国諸政権は、政策・意思決定に関し先を見据え熟慮することが益々重要になるだろう。そんな中で、我が国日本は相も変わらず、先の対米関税交渉に見た通り、短慮盲従の土下座外交に屈し、本来“脱糞モノ”の屈辱的条件を“外交成果”と強弁し、政財界・メディアもそれに追従している。我が国の病根は極めて深いと云わざるを得ない。
一方、当月、最も興味深い論稿は、国際秩序の変遷を正面から捉えた『陸と海の地政学 ~ 大陸勢力と海洋勢力、そして新国際秩序を生む戦い~』である(米国海軍大学ペイン教授著)。「大陸型」と「海洋型」の国家二元論に基づき、国際情勢の来し方、現状、そして未来を分析する論だが、規範お構いなしのトランプ政権を指弾する点で、上記4編の論と軌を一にする。
又、米国の過剰債務に警鐘を鳴らす『近づく米国金融危機 ~公的債務依存から抜け出せない米国政府が次の国際金融危機の引き金を引く可能性~』(ハーバード大学教授ケネス・ロゴフ著)は、俊逸な論で一読に値する。片や、我が国を振り返れば、米国を遥かに凌ぐ債務漬けの危機的状況にあるにも拘わらず、実情を見て見ぬふりで日本の将来一切お構いなしの付け焼刃で日々明け暮す、本邦政財界・メディアの姿勢は、厳しく問い正されるべきではないだろうか?
その他の論稿は、中国関連3篇、イラン関連2編を収録。中国に就いては、飽くなき富と権力を追求する中国戦略の本質を分析する論、習近平後の中国を占う論、及び中国とのサイバー戦争で米国が劣後する旨を主張する論だ(それぞれ『中国式国力増進モデルの分析』、『習近平後の中国』、及び『サイバー戦争で有利に立つ中国』)。
又、イランに関し、去る6月のトランプ政権によるイラン核施設攻撃を踏まえ、関連する論稿2篇を掲載。無軌道化するイランを憂慮する『制御を失うイランの危険』、及び今こそ外交手段を用いて目標を達成するよう軌道修正を図る好機と主張する『米国が本来取るべき対イラン政策』だ。
当月号は以上、合計11篇の投稿を掲載。
主要論文の主旨を下記に要約します。又、興味深い論稿は順次、翻訳し別掲する予定。
<特集論文 4編の概要 「世界経済は相手を屈服させる武器と化した」>
1)『新しい経済地政学 ~米国は優位性を失い、中国が得をする~』
著者:アダム・ポーゼン(米シンクタンク、ピーターソン国際経済研究所 所長)
『The New Economic Geography ~Who Profits in a Post-American World? ~』By ADAM S. POSEN
筆者の指摘は、トランプ関税政策で「米国が独り勝ちする」との目論見が抑々(そもそも)甘く、誤りとする。結局、行き着く先は、米国も同盟諸国も傷つき経済損失を被る一方、この被害から皮肉にも無傷で残るのが中国だ。トランプが自由貿易秩序を既に破壊してしまった以上、この無秩序の中で、各国が目指すべきはTTPのような域内ブロック内で、米国抜きで秩序再構築に進むべきと提言。
一方、国際金融の観点から、トランプ政権の無思慮な経済政策による債務拡大は金利上昇を招きつつあり、加えてドル威信低落から金、材木、暗号資産と云った非流動資産に資金が流れ始めれば“バブル崩壊”の足音が近づく、と危険を予告する。
尚、米国が世界に安全保障を提供する仕組みを、米国を“保険会社”に、各国を“その顧客”に譬えた筆者の説明は軽妙だ。つまり、トランプ以前の米国は、安価な保険料で世界に保険を提供し、その顧客たる各国は小さな負担で安全を享受した一方、事故発生リスクも少なく、保険会社たる米国も十分収益を上げ、双方win-winの関係だった。処が、トランプはやくざの如く突如、全顧客に保険料を一方的に吊り上げ、収益増を狙った。処が、今後予想される展開は、値上げに嫌気した顧客は自己保身或いは他の保険会社を求め米国を離れる行動を取り、更にトランプ自身が招いた同盟国軽視と規範不在の国際情勢下に“事故発生リスク”が各段に上昇する。結局、米国は顧客減少による保険料収入減と事故発生増加による保険金支払い増加のダブルパンチで収益悪化、一方、顧客はリスクが一層拡大した世界に身を置くことになる。つまり、トランプは、米国と同盟諸国共にlose-loseに終わる最悪手を打ったと云う訳だ。
尚、日米関税交渉に関し、今般、日本が明らかに不利益な条件を惨めに受諾した様が論稿中に披露されている(P33)。日本人にとり屈辱的なこの合意に対し、本邦で日比谷焼き討ち事件に匹敵する国民憤懣が発意されても不思議はない、と訳者は危惧する。
2)『貿易戦争の焼け跡から立ち上がる方法 ~規範に基づく制度崩壊から再度一定ルールを再構築する道筋を提言する~』
著者:マイケル・フロウマン(外交問題評議会 会長。オバマ政権下に米国通商代表としTTP推進)
『After the Trade War ~Remaking Rules From the Ruins of the Rules-Based System~』By MICHAEL B.G. FROMAN
筆者が認識する国際環境は、トランプ政権が悪しき三大政策(単独行動主義、取引偏重主義、重商主義)を継続推進すれば、米国と中国の二大国が互いに勝手し放題する中、その他諸国もその行動に倣う結果、世界経済は沈没すると予想。斯かる、弱肉強食の規範なき世に在って、最早トランプが死滅させた元の秩序に後戻りが不可能である以上、「せめて“ルールらしきもの”が維持される別世界を、“外部”に再構築する」ことを次善策とし提言する。具体的には、TTPに類似する、共通理念を持った国々で倶楽部を形成する構想で、米国と中国はそのメンバーから外れる。これは経済ブロック化を意味するが、全くの無法状態よりはましだとの考えで、且つ同倶楽部は規範順守する国々に対して入会自由とし、漸次拡大を期するものだ。
又、論稿では、トランプ関税が非効率であること、並びに、国際化による雇用喪失問題は歪化され政治的宣伝に利用された事実を、具体的に指摘する。前者は、トランプ一次政権下に鉄鋼25%、アルミ10%の追加関税を課し、これにより国内鉄鋼業界で1千名雇用増加を見たものの、これら素材を中間財として使用するその他産業に於いて7万5千人が失業した上、鉄鋼業の生産性が以来32%悪化した事例。後者は、2000年代初頭、約10年間で中国製品流入により200万人の米国内雇用が奪われた(内半分は製造業)とする、所謂“チャイナ・ショック”は、一部特定地域製造業にスポットを当て政治的脚光を浴びたものの、米国では毎年5千万人の離職者(レイオフを含む)が発生し、つまり10年間のべ人数比較では、中国の影響による失職は全体の4%に過ぎないと云う真実だ。
又、論稿末尾に、筆者が腹蔵する最大の別の懸念が開陳される。それはAIが労働市場に与える脅威だ。貿易に由来する環境変化よりも遥かに影響は甚大で、今後約10年で数千万人の米国内雇用を奪う見込みだ(前述の“チャイナ・ショック”の数十倍規模)。この問題こそ、『到来しつつある最大の嵐』で、要は、トランプ政権が本来取り組むべき優先課題を見過ごす点に警鐘を発し、政策批判に花を添える。
3)『世界経済制度は既に破綻した ~崩壊した制度を修繕する為の提言~』
著者:ウォーリー・アデエモ、ジョーシュア・P. ゾファー共著(前者はコロンビア大学大学院、国際公共政策、特別研究員で、バイデン政権下財務副長官勤務。後者はスタフォード大学研究所、経済政策、研究員で、バイデン政権下経済政策担当大統領特別補佐官勤務)
『The World Economy Was Already Broken ~But There Is a Better Way to Fix it~』By WALLY ADEYEMO & JOSHUA P. ZOFFER
筆者達は、今回のトランプ関税発動は、ブレトンウッズ体制発足(1944年)、そしてニクソンショックによるドル金交換停止(1971年)に続き、20世紀以来3度目の、“国際経済制度の再構築”として歴史的に刻されたと位置付ける。然し、今般のトランプ政策は、貿易赤字や産業空洞化を「結果として生じた“現象”であるにも拘わらず、これを“原因”と見做す」錯誤に基づく為、トランプの処方する“治療薬”こそが、実は治癒しようとする病そのものよりも患者に“致命傷”を与える、との主張だ。
筆者達の提言は、「公正な貿易ルールを順守する国々による新関税同盟」の発足だ。そして、この方針転換は米国が主導し行うべきとの見解で、今からでも自由貿易体制に向け復興が可能と、今般関連論稿4篇中最も楽観的なものだ。
又、「米国は国際化の被害者」と主張するトランプ政権が、問題をすり替え、事の本質から目を逸らす事例を指摘。先ず、米国の貿易赤字議論では“サービス収支”が完全に欠落している点(周知の通り、米国はサービス収支黒字国)。更に、本来米国内に還流すべき巨額のサービス黒字を減じている背景には、大手デジタル諸企業が海外“税金天国”をあざとく利用する実態がある。今や、アイルランド国のGDP成長の1/4はアイ・フォン世界販売の寄与による。即ち、アップル社が全世界から徴収するパテント料は、米国を迂回し全てアイルランド子会に入金する仕組みなのだ。
更に、トランプは、政治映えのする“製造業復活”を単純に叫ぶが、実は“サービス部門”に於ける雇用創出波及効果に一層着目すべしとのとの経済学者見解は興味深い。つまり、一般製造業での新たな雇用一つに対し、サービス部門で1.6の新たな雇用が生まれる一方、ハイテク産業の場合には、製造現場の1雇用に対し、サービス部門での雇用乗数は5.0に及ぶと云う。
4)『世界経済は相手を屈服させる武器と化した ~新しい経済戦争時代に於ける生存競争~』
著者:ヘンリー・ファレル、アブラハム・ニューマン共著(前者はジョンズ・ホプキンス大学国際関係教授、後者はジョージタウン大学外交政策大学院教授)
『The Weaponized World Economy ~Surviving the New Age of Economic Coercion~』By HENRY FARELL & ABRAHAM NEWMAN
筆者達は、トランプの関税政策発動により、世界は「相手を屈服させようと互いが経済を武器化し利用する時代」に突入した、とする。これは、以前、米国が核兵器を開発し、武器として利用した事態に類似する。但し、両者共の通点には、米国が独り勝ちを念頭に、他者に先駆け“武器”化を始めたものの、相手やその他諸国が真似してやり返してくる為、結局は米国自身が当初戦略の変更余儀なくされる、という含みがある。現実に今回、中国は米国の弱点(レア・アース)を突き迅速に反撃した(本件の両国交渉に就き、ルビオ国務長官は、実質的な敗北コメントを6月に発している)。
結局、トランプのやり方で覇権は取れぬばかりか米国は孤立し弱体化する。これに替え、筆者達の提言は、米国が自国中心主義を止め、民主精神を共有する国々と連携し、再度長期的に共存型国際経済復興を目指せ、と云うものだ。
尚、的外れに迷走する政策をトランプが次々と打ち出す背景は、国務省も歳出カットで人員不足に見舞われ、伝統的省庁間すり合わせ作業が割愛され、職員が情報不足に陥る中、その空隙を埋めるように、野心的な独善家連中が大統領執務室に押し寄せ進言し、トランプの頭を上書きし続けている、との指摘はさもありなんと頷ける。明らかに正気を欠いた諸政策が例示される。即ち、ドルに代えて「“暗号資産通貨”を推進する策」、北鮮が世界から盗んだ暗号資産を浄化するツールである「“トーネード・キャッシュ”に対する制裁解除」、中国と密接な関係相手国である「アラブ首長国連邦に対し同国内に先進半導体を使用したAIデータ・センター設立計画合意」、更に自ら米国を炭素依存経済に沈めつつ「次世代のクリーンエネルギー技術の支配を中国に見す見す委ねる」策、等だ。
<一般論稿 内、二篇の概要>
1)『陸と海の地政学 ~ 大陸勢力と海洋勢力、そして新国際秩序を生む戦い~』
著者:S.C.Mペイン(米国海軍大学教授)
『By Land or by Sea ~Continental Power, Maritime Power, and Fight for a New Order~』By S.C.M PAINE
本論は、国家勢力を大陸型と海洋型に単純二分し、国際関係を歴史的に検証しつつ主要国家の現状と今後のありようを論じ切った力作である。
筆者曰く、「大陸型国家」は内陸立地の故に隣国が皆ライバルで、互いに侵略の機を常に伺い、狂暴性を帯び、軍拡と戦争の悪循環を繰り返す。一方、「海洋型国家」は領土獲得よりも商業繁栄を重視し、平和的で貿易圏共存に資すルールを重視する。欧州史に於いて、「海洋型」の典型として発展した事例が英国、一方、「大陸型」のそれがナポレオンの時代に覇を競った仏国や露西亜だ。
一方、このタイプ区分は、内陸か沿岸かの立地が全てではない。地理的条件に優越する決定因子は、寧ろ当該国の国家指針が侵略的か平和的であるかに依る。筆者は日本の変遷を例に挙げ、元々、明治時代は「海洋国型」だった日本が、「大陸国家」的領土拡大の野望を抱き第二次世界大戦へ突入するが、このパラダイムシフトに失敗、敗戦でうちのめされるも、戦後に奇跡的な復興を遂げ、再び平和的な「海洋型国家」へ復帰した、と云う具合だ(尚、筆者は軍事専門家の立場から、日本敗戦は『二正面作戦を回避し、強国に対し中立維持する』と云う”戦争の基本教則“を無視した必然の結果と断じる)。
又、米国自身の変遷を筆者は斯く述べる。即ち、第一次大戦時、欧州大陸の諸帝国は、英国も含め皆「大陸型」国家野望を追求し、結局全員が激甚な荒廃に見舞われた。替わりに、無傷の米国が台頭したが、欧州大陸の騒動に巻き込まれるのを嫌気し、元祖米国第一主義と云える「孤立主義」に走った。この方針の下、米国は関税政策を発動し世界大恐慌に追い打ちを掛け、結局、再び世界戦争への種を撒いたのだ。然し、第二次大戦参戦に際し米国は勝利する為に「海洋型」国家へ変貌、戦後も同方針に基づき、国際制度の保証人とし同盟諸国と連携し国際平和維持に長年貢献した(少なくともトランプ政権が出現する迄)。
そして、筆者が見立てる近未来は、海洋型国家と大陸型国家との大衝突(米国対中国)の可能性だ。中国は、現在戦争こそ仕掛けぬが、「一帯一路策」を始めとし経済戦争遂行中で世界覇権の野望を持つ「大陸主義国」と位置付られる。大陸主義者達に対抗するには「海洋力と富を以って当たれ」と云うのが筆者見解で、換言すればソヴィエト連邦を冷戦の末自壊に追い込んだと同様の戦略だ。但し、これは長期戦を不可避とし、6~7世代を跨ぐ闘争を覚悟せよと訴える。
一方、筆者が危惧するのは、この争いは一歩誤れば核戦争に発展し、然も、先の米ソ冷戦対峙と異なり、今回は全世界が核破壊に巻き込まれ、遥かに甚大な悲劇となる点だ。斯かる重大時期に、自陣にボールを蹴り込み“自責点”を見す見す相手に献上するのが今のトランプ政権、と云う訳だ。即ち、同政権は、今や関税策始め、力を誇示し国際ルールを無視する「大陸主義」を標榜し同盟諸国へ圧迫外交を実施中だ。そうすると、これら諸国は米国を離れ、時間は要するにしても、やがて米国を除いた集団形成を目指すだろう。この行き着く先は、最大の競合国たる中国を相手に、米国は孤立し、仲間なく単独で戦わざるを得えなくなる。孤軍による戦争は往々に負ける可能性を秘め、その展開は益々核戦争の危険を高めるのだ。
米国と云う国は、大戦後「海洋型」国家として長らく恩恵を受けた結果、その重大構成要素たる“国際秩序や同盟諸国”の存在に慣れっこになり、恰もそれを空気の如く捉えて来た。然し、これらの有難みは、正に空気のように、なくなって窒息する場に臨み、初めて国民は思い知るだろう。論稿はペロポネソス戦争当時のアテネ国家指導者ペリクレスの格言を引用し結ばれる。曰く、「敵の策略より恐ろしきは、我が国の失政なり」と。
(この金言は、今の我が日本国にこそ痛い程に適合するのだが)
<著者の見解補足>
1.露西亜の自滅シナリオ予想:プーチン政権が倒れれば、露西亜はウクライナ戦争を投げ出す。この場合、覇権主義を改めれば国際社会に招じ入れ、さもなくば国際社会から締め出すべし、と提言。或いは、ウクライナ戦争長期化で疲弊した露西亜は、将来中国の餌食になる可能性を指摘。
2.大陸国家中国の弱点:海洋展開を目指す同国だが、海軍力が弱い。この弱みを突く、海上封鎖(エネルギー、食料)策は有効だ(第一次、第二次大戦下、独逸が封ぜられたと同様)。
3.トランプの米国第一主義をナポレオンの大陸封鎖令(1806年)に重ねる:ナポレオンが“
仏国第一主義“と自賛した同封鎖令の発動は、英国経済への打撃を目論んだものの、上手く機能せず、最後は英国の貿易パートナーの露西亜との戦争に至り仏国が敗れた。トランプの米国第一主義に同盟諸国は辟易とする中、その行方をナポレオンの不吉な末路に暗示する。
2)『近づく米国金融危機 ~公的債務依存から抜け出せない米国政府が次の国際金融危機の引き金を引く可能性~』
著者:ケネス・S. ロゴフ(ハーバード大学経済学教授。元IMFチーフ・エコノミスト)
『American’s Coming Crash ~Will Washington’s Debt Addiction Spark the Next Global Crisis?~』By KENNETH S. ROGOFF
トランプ政権の財政赤字拡大政策に警鐘を発する論である。今や、米国の公的債務残高は37兆ドルに及び、昨年度利払い費用が国防費すら上回る(それぞれ8千8百億ドルと8千5百億ドル)。それでも、同政権は恣意的に経済予測を甘く見積り、即ち低金利持続(将来の国債利払負担が軽く済む)と、償還財源の素になる経済成長率を過大な年率2.8%に設定し(米議会予算局の通し年率1.8%に対し)、債務危機を隠蔽する構えだ。
斯かる状況下、筆者は「100年に一度のドル危機が迫る」と指摘、理由は、その引金となる諸条件が現在、略(ほぼ)満たされているからだ。即ち、政府財務状態は危険水域に達し、金利が高く、政局は混迷、と三拍子が既に揃い、後は、斯かる劣勢な環境に止めの条件“外部ショック”が襲えば、即、ゲームオーバーと云う訳だ。そうなれば、ドルの威信は地に落ち、米国力が著しく損傷するだろう。(ショックとは、具体的にはサイバー戦争、現実の戦争、気候変動被害、経済危機、或いは疫病等の到来だ)
財務危機を乗り越えるには三つの方法がある。先ず、意図的なデフォルト(債務不履行)。実際、1935年、フランクリン・ルーズベルト大統領の実施例(米国債の金交換条件を破棄)がある上に、現にステファン・ミラン(現トランプ政権下の大統領経済諮問委員会委員長)は、米国債の保有国に対し選別的なデフォルト実施を辞さぬ考えの持ち主とされる。
次は、中央銀行が自国紙幣を刷りまくって意図的にハイパー・インフレを惹き起こす策。但し、同策は中央銀行が是認しない限り実現しない。そして最後は、所謂「金融抑圧」(Financial repression)だ。これは、実質金利をマイナスに抑えつつ、インフレを容認する策だ。現実に第二次大戦後に欧州諸国が取った政策である(順調に経済成長続ける限り、痛みを感じにくい)。
(第四の策になる可能性を持つ、ドル建仮想通貨――国債とFRBの保障する銀行預金を裏付けとした“ステイブル・コイン”やFRB自身によるデジタル通貨発行――へも筆者は言及するが未成熟で今後の成り行きを要注視とする)
抑々(そもそも)、財務運営の王道は、定常的に黒字を積み上げ、将来の来るべき事態に備えることだ。アイゼンハワー大統領が、朝鮮戦争戦費調達を国債発行でなく増税で賄ったのは、更に次なる戦いを見据えてのことだった。処が、2008年リーマンショック後、景気低迷からの回復過程で世界各国は国債発行による積極的財政政策を実施、本来の規律を緩めた。その結果、G7諸国の純公的債務(政府負債から貸付金など政府資産を引いたネット)対GDP比率の平均値は2006年の55%から今日95%にまで増加した。(文中に、特に突出する日本数値に言及ある、即ち、純債務対GDP比率134%、グロス債務対GDP比率235%)。
各国が国債依存の深みに嵌って行った背景には、前述金融危機の後に出現した「超低金利」状態を、当時の経済界の大御所達までが、一過性としてではなく「永続的」と誤診し、安易に財政出動を推奨した事実がある(当時の米財務長官ローレンス・サマーズやノーベル賞受賞経済学者のポール・クルーグマン)。
筆者は、将来金利の上昇は大いにあり得るとの認識に立ち、米国財政のシナリオ分析と対策検討せよと提言。一方、「金融抑圧」策は、インフレにより非富裕層の国民生活を圧迫する難点に加え、既に日本の黒田・日銀政策の失敗実例を見れば、米国に於いて解決策にならないと主張。
【訳者所感】 『罪深いアベノミクス ~“日本病”克服への道~』
米国問題もさること乍ら、我々は自国財務状況を憂慮するのが先決だ。改め、アベノミクスの罪深さを思い知る。上述論稿は「金融抑圧」に言及し、第二次世界大戦後の欧州、特に英国は「低金利誘導とそれに伴うインフレ追認」策の推進により、赤字財政圧縮の成果を挙げたとする(同国政府債務のGDP比率は、1946年の250%から60年代に半減、更に1980年に50%を切った)。然し、同国は、それと引き換えに所謂“英国病”に直面し、60年代から70年代にかけ深刻な長期景気停滞に苦しんだ。結局、この病の根治には、1980年に首相就任したサッチャーによる、大きな痛みを伴う歳出削減と構造改革を必要とした。
アベノミクスは、政府と日銀が共謀し異常低金利による超金融緩和と赤字財政策を2012年以来10年以上続けて来た。然し、景気浮揚効果も構造改革も進まぬまま、膨れ上がった巨額の赤字国債だけを国民に残した(依然国債残高は増加中)。更に円安による輸入物価高騰で実質賃金が低下し続けている。大いなる日本病である。
英国の「金融抑圧」は少なくとも政府債務圧縮の点で効を上げたのに対し、日本アベノミクスは「景気浮揚効果が皆無、構造改革なき儘、政府債務が野放図に膨張」、つまり、全く良い処なしの愚策中の愚策と云える。当時“黒田バズーカ砲”ともてはやされた策は、長期金利ゼロで将来の国債利払いを只同然で済ませ、2%のインフレ持続によって国債償還負担を永続的に軽減可能との浅墓な前提に立って、“幻”の景気回復を追い続けた挙句、日本金融政策の健全性と財政規律を木っ端みじんに打ち砕いた、所詮は“馬鹿Bomb”だった訳だ。
更に呆れるのは、この段に及んで尚、与野党何れからも、アベノミクスの評価も修正提案もなく、公的債務残高に対する将来見通しも真剣な取り組み方針も説明がない点だ。日銀植田総裁は金融正常化の必要性に言及しつつ、依然として黒田路線を踏襲し、軌道修正は微分しても変化率が読み取れぬ程に極小だ。先日、日銀がETF(上場投資信託)の売却を発表したが、黒田・日銀が爆買いを開始以降、10余年を経て漸くの方針転換だ。但し、植田総裁は売却完了まで百年を要すると平然と語り、この意味する処は“10年間の愚策の後始末に百年を要する”事実だ。
日経平均は最高値更新に沸くが、所詮は政府による株高操作の賜物だ。今の相場は積年の日銀ETF買い支えと、岸田政権のNISA導入による意図的株価梃入れで遥かに実力以上に嵩上げされている蜃気楼相場だ。又、時価総額もドル換算すれば折からの異常円安で価値は大きく減じる。
メディアはミクロな「物価高対策」と代わり映えせぬ「政治と金」問題を漫然と報道し続けるが、本来、論じて対処すべきは「累積債務問題」と「国会制度改革」(議員定数半減と二世議員制限)である筈だ。日本外交も迷走中だ。日米関税交渉では常軌を逸した“不平等条約”に唯々諾々と署名、片や、グローバルサウス諸国へのリーダーシップが問われる中、大失態の汚点を残した軽率で稚拙な“ホームタウン構想”。更には、国家として見識を欠いた「パレスチナ国家の不承認」表明、この外務大臣による「いつ承認するかの“時期”の問題だ」発言は、他諸国が確固たる国際規範重視の国家指針に基づき「承認」支持する中、誠に見苦しく恥を晒した弁明だ(孟子が云う処の、“毎日隣家の鶏を盗むドロボーが、改心し、明日からは盗みを毎月1羽に減らし、来年になったらすっかり盗みを止める、と得意顔で宣言する”態度と変わる処がない)。
赤沢氏も岩屋氏も精一杯やっているのは理解できる。然し、彼らを小村寿太郎や陸奥宗光に比ぶれば、日本の要職に就くべき人材の資質と覚悟の著しい低下ぶりに目を覆いたくなる。
そんな中、自民党は目下無邪気に総裁選の最中だ。僅か一年前に見たばかりの景色がリプレイされている。即ち、当時の選挙戦中、店頭から新米の袋が消え始め、価格異常上昇のサインが点灯していたにも拘わらず、彼らは問題を無策に放置した。そして、今回の総裁選挙中、又しても新米価格は前年比5割上昇し、一昨年比2倍以上の急騰に至った。鈴木商店焼き討ちに相当する米騒動が巷に起こって不思議ないこの事態に、平常心で内輪の党首選びに興じていられる政治家達の気が知れない。古代のある王国では、政治家が法案を議場に提出する際、首に縄を付けて演説し、否決されれば、その場で即、絞首刑に処された史話が伝わる。つまり、それでも文字通り命を懸け法制の良質化に臨んだ先人達が世には存在したのだ。与野党問わず、今の政治家達に爪の垢でも煎じて飲ませたい話だ。
我が国は大いなる日本病に取り憑かれてしまった。その元凶は、政府が常に安逸でその場凌ぎの策を打ち続けたことだ。つまり、安倍政権下の「金融抑圧」策と赤字財政依存、そして岸田政権下の政府介入による株価浮揚、更に云えば、菅元総理が総務大臣時代に導入した、税制を著しく歪める「ふるさと納税」等々、これらは何れもその時は痛みを感じないが、後に大きなツケが回って来る。その際、尻ぬぐいするのは国民だ。
一般市民は、輸入物価高騰で実質所得が減じ、家計圧迫に苦しむ。低金利政策とそれに伴う異常円安は、自動車等輸出産業や銀行等、追い風を受ける特定部門の業績と賃上げに大きな恩恵を齎(もたら)して来た。これに反し、それ以外の業界は皆沈没し、両者の格差が益々拡大する。政府やメディアは、単純に全産業の平均をとって企業増収や賃上率を発表し体裁を繕うが、今や平均値以下の集団に属する人々が国民の大半であり、彼らは政府による安直な政策のしわ寄せをまともに喰らいつつ黙って耐えているのだ。
政府は親切ごかしに最低賃金を毎年上昇させ満足顔だが、構造改革なき斯かる表層策は、一層物価高スパイラルに拍車を掛けるばかりだ。経営圧迫される一般料飲店は店員への賃上げコストを人員削減で帳尻を合わせる為、結局雇用は減少する。日本は既にスタグフレーションに突入しているのだ。
これら歪(ひずみ)の全てはアベノミクスに端を発し、その矯正はつまる処、大きな痛みを伴う、財政構造改革と金融正常化を、断固とし且つ大胆に進める以外ない。病から脱出するには4~5世代を要しよう。未来の世代に美田を確保するには、先ずは政治家が率先し上下1着100万円の背広を脱ぎ棄て、国民も共々、全員がモンペに履き替え、少なくとも今後10年は芋粥を啜る程の覚悟を持たねば、痛みを伴う改革の成就は覚束ない。
文責:日向陸生
*尚、当ブログ翻訳文章は生成AI機能一切不使用です。
【当月号 掲載論稿一覧】
<特集論文>
1)『新しい経済地政学 ~米国は優位性を失い、中国が得をする~』
著者:アダム・ポーゼン(ピーターソン国際経済研究所 所長)
『The New Economic Geography ~Who Profits in a Post-American World? ~』By ADAM S. POSEN (P26-43)
2)『貿易戦争の焼け跡から立ち上がる方法 ~規範に基づく制度崩壊から再度一定ルールを再構築する道筋を提言する~』
著者:マイケル・フロウマン(外交問題評議会 会長。オバマ政権下に米国通商代表としTTP推進)
『After the Trade War ~Remaking Rules From the Ruins of the Rules-Based System~』By MICHAEL B.G. FROMAN (P60-74)
3)『世界経済制度は既に破綻した ~崩壊した制度を修繕する為の提言~』
著者:ウォーリー・アデエモ、ジョーシュア・P. ゾファー共著(前者はコロンビア大学大学院、国際公共政策、特別研究員で、バイデン政権下財務副長官勤務。後者はスタフォード大学研究所、経済政策、研究員で、バイデン政権下経済政策担当大統領特別補佐官勤務)
『The World Economy Was Already Broken ~But There Is a Better Way to Fix it~』By WALLY ADEYEMO & JOSHUA P. ZOFFER (P99-110)
4)『世界経済は相手を屈服させる武器と化した ~新しい経済戦争時代に於ける生存競争~』
著者:著者:ヘンリー・ファレル、アブラハム・ニューマン共著(前者はジョンズ・ホプキンス大学国際関係教授、後者はジョージタウン大学外交政策大学院教授)
『The Weaponized World Economy ~Surviving the New Age of Economic Coercion~』By HENRY FARELL & ABRAHAM NEWMAN (P8-25)
<一般論稿>
1)『陸と海の地政学 ~ 大陸勢力と海洋勢力、そして新国際秩序を生む戦い~』
著者:著者:S.C.Mペイン(米国海軍大学教授)
『By Land or by Sea ~Continental Power, Maritime Power, and Fight for a New Order~』
By S.C.M. PAINE(P160-171)
2)『近づく米国金融危機 ~公的債務依存から抜け出せない米国政府が次の国際金融危機の引き金を引く可能性~』
著者:ケネス・S. ロゴフ(ハーバード大学経済学教授。元IMFチーフ・エコノミスト)
『American’s Coming Crash ~Will Washington’s Debt Addiction Spark the Next Global Crisis?~』By KENNETH S. ROGOFF(P172-185)
3)『中国式国力増進モデルの分析 ~中国戦略の本質~』
著者:ダン・ワン、アーサー・クローバー共著(前者はスタンフォード大学内フーバー研究所研究員、後者は中国問題のシンクタンク、ガベカル・ドラゴノミクス創設者)
『The Real China Model ~Beijing’s Enduring Formula for Wealth and Power~』By DAN WANG & ARTHUR KROEBER(P44-59)
4)『習近平後の中国 ~現在と将来に翳を投げる権力継承問題~』
著者:タイラー・ジョスト、ダニエル・マッティングリー共著(前者はブラウン大学大学院教授、後者はイェール大学助教授)
『After Xi ~The Succession Question Obscuring China’s Future―and Unsettling Its Present~』By TYLER JOST & DANIEL C. MATTINGLY(P148-159)
5)『サイバー戦争で有利に立つ中国 ~抑止の為の新戦略を迫られる米国~』
著者:アン・ノイバーガー (スタンフォード大学特別講師、兼フーバー研究所客員研究員。バイデン政権下に国家安全保障担当大統領補佐官勤務)
『China Is Winning the Cyberwar ~America Needs a New Strategy of Deterrence~』
By ANNE NEUBERGER (P136-147)
6)『制御を失うイランの危険 ~トランプによる12日戦争のその後~』
著者:スザンヌ・マロニー(ブルッキングス研究所副代表。オバマ政権下、国務省政治部次官の外部補佐官として勤務)
『Iran’s Dangerous Desperation ~What Comes After the 12-day War~』
By SUZANNE MALONEY (P110-121)
7)『米国が本来取るべき対イラン政策 ~イランと米国の誤った対応が戦争を引き起こした~』
著者:ヴァリ・ナスル(ジョンズ・ホプキンス大学院国際関係教授)
『Iran’s Roads Not Taken ~Teheran, Washington, and the Failures That Led to War ~』By VALI NASR (P122-135)
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