著者:オーナA. ハザウェイ、スコット J. シャピロウ共著(Oona A. Hathaway & Scott J. Shapiro)
肩書:前者は、イェール大学法学部教授、カーネギー国際平和財団非常勤顧問。後者は、イェール大学法学部教授、兼同大学哲学教授。
(論稿主旨)
米国大統領ドナルド・トランプは、執務室に復帰して数ケ月の内に、武力の威嚇でグリーンランドとパナマ運河を奪おうとし、二百万人のパレスチナ人を排斥した後にガザ地区の所有権を得る可能性を示唆し、更に、ウクライナに対しては停戦と引き換えに彼らの領土を露西亜に割譲するよう要求した。これら一連の言動は、あらゆる分野に見境なく及ぶ、トランプ一流の大法螺の極(ごく)一端が発露した丈(だけ)に見えるかも知れない。然し、そうではない。実は、これら全ては、長年支持されてきた国際法の原則に対し、一貫した侵犯行為に該当する。つまり、国際法は「如何なる国家も、紛争解決に際し相手諸国へ武力行使、又は軍事力による威嚇をしてならない」と明確に謳っているのだ。
20世紀以前には、法理論家達は、武力によって他国領土や資源等を獲得する戦争を合法としたのみならず、寧ろ、斯かる戦争を推奨すらした。当時、戦争は、適法にして且つ国家諸権利を増進し、国家間紛争を解決する為の主要手段と見做されていた。
然し、この環境を大きく変じたのが、1928年に殆ど全ての国々が「戦争による侵略は違法であり、領土征服を禁じる」ことに合意し、“ケロッグ-ブライアント協定”に調印したことだ。次いで1945年、国連憲章はこの約束を再確認の上、更に拡大し「武力行使、又はそれよる威嚇を、領土併合又は他国の独立体制に向け用いてはならない」ことを、その最も重要な禁止事項として謳った。
然し、戦争禁止に単に合意する丈では不十分と悟った諸国は、この根本原則を一層強固にすべく、更に多くの歳月と労力を費やして、漸く基本枠組みと諸機構を設計し、「軍事力よりも経済的諸手段を重要視し平和を追求する」新たな法秩序構築へと世界を導いたのだった。
その結果、国家間の戦争頻度は激減した。先の第二次大戦の処理以降、65年間の内に他国によって征服された領土面積(年間平均)は、初めて戦争を違法とした1928年以前の百年間に比べ、僅かその6%に止まった(94%減少)。
斯くして、諸国家が、より強大な隣国に侵略される恐れはなくなり、1945年以降今日迄に、国家の数は3倍増した。そして、世界各国が互いにより一層自由に貿易に励んだのは、彼らの蓄積する富が、嘗てのように他国に略奪される恐れは殆どなくなったからだ。世界はより平和になり繁栄を謳歌した。
実際は、武力行使禁止条項の影響力は、トランプが大統領復帰する以前から、既に多少の劣化が始まっていた。2003年、米国はイラクに侵攻、同国が大量破壊兵器を保有するのを理由に戦争正当化したものの、現実にその兵器は存在しなかった。中国はこの10年間、南志那海の紛争領域で軍事基地構築に専念している。そして、2022年、露西亜はウクライナへ全面侵攻を実施、それは第二次世界大戦以降最大規模の地上戦だった。
但し、斯かる環境の中でも、その存在がまだ認められていた“武力行使を禁ずる規範”すら迄も、完全に打ち壊してしまったのが、トランプという男なのだ。
米国は、これ迄この戦後法秩序の維持と防衛に於いて、決して完璧とは云えぬ迄も、決定的な役割を演じて来た。この秩序が耐久性を維持し得た背景は、各国が国際法を順守したと云うよりは、寧ろ、もしそれを破れば、他の国々がどう振る舞うか、各国がある一式の経験則を共有していたことが大きい。即ち、その当事国が譬え「武力行使禁止」を定める国連憲章を破る場合にも、もし、この規範を犯せば、非難を招くばかりか、諸制裁、及び恐らくは米国と同盟諸国から法に基づく介入を受けることを知っていたのだ。
それらの期待が今や霧消した。トランプは、「戦争並びに戦争による征服を禁ずる規範を守り抜く」と云う、米国の伝統的役割の放棄を試みるだけに止まらない。彼の狙いは其処(そこ)を更に越えるように見える。つまり、相手に有無を云わせず屈服させ経済的利益を獲得する為の主な手段として、戦争行為、或いは戦争による恫喝を再度復活させようと云うのだ。
そして、斯かる規範変容を、幾つかの国々は既に受け入れる兆候を見せ始めた。イスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフは、トランプが思案するガザ地区構想を支持し、パナマは米国大統領を宥(なだ)め賺(すか)す道を選択し、非パナマ国籍の不法滞在外国人を米国から強制移送する複数のフライト便受け入れと、パナマ運河に軍人関係者を配備する合意書に調印した。
トランプが、ウクライナ領土一部併合を露西亜プーチン大統領に容認するそぶりを見せて威嚇した結果、キーウ政府は、自国の豊富な天然資源開発権を米国に与える契約に調印余儀なくされた。
斯様に“武力行使の禁止”条項が劣化し行く傾向に、もし誰も歯止めを掛けなければ、地政学は嘗ての露骨な軍事力が物を云う競争時代へ戻るだろう。
その帰結は重大である。即ち、世界規模での軍拡競争、武力による占領の頻発、及び貿易縮小が生じ、気候変動等、地球規模の諸脅威を処するには欠かせない協力体制も崩壊する。
(第一章 了)
次章以降の翻訳は順次掲載予定。
文責:日向陸生
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