【特集記事】台湾併合の誘惑 ~北京政府が武力行使し兼ねない理由とは~(The Taiwan Temptation ~Why Beijing Might Resort to Force~) 原本Foreign Affairs 2021年  July/August号P58~67

執筆者:オリアナ・スカイラー・マストロ(Oriana Skylar Mastro)スタンフォード大学、国際関係部、フリーマン スプ―ギル協会センターフェロー

(論稿主旨)

 中国と台湾は、ここ70年以上に亘り武力衝突を回避して来た。1927年に始まった中国内戦は、結局、1949年共産党の勝利に終わり、国民党が台湾へ撤退して以来、この二体制に分裂した状態が今日まで継続する。中国本土から台湾を隔てるのは、最狭幅、僅か81マイルの海峡で、此処が慢性的危機と永続化する緊張を生み出す場となっては来たが、決して全面戦争に至る事はなかった。殊、過去15年間、海峡を挟む両者関係は比較的安定した。中国は、積年の課題である統一化実現が台湾人民にも利益となる事を、彼らに説得し得ると期待し、主として「平和的統一」政策を長年支持推進し、同国経済、文化、及び社会の各分野に於いて台湾本島との絆の強化に努めて来たのだった。

 台湾の人々を統一化の方向へ仕向けるべく、北京政府は、台湾側同盟諸国に対しては、台北政府を見放し中国側に付く事を条件に、経済面の甘い誘いを申し出て、台北政府を国際的に孤立させる道を模索した。又、国際諸機関に於ける台湾の地位を損ない、更に、「ひとつの中国」政策と云う見解が、各国、企業、大学、そして各個人と、ありとあらゆる物と場所に於いて支持されるよう、中国は自国経済成長を梃に利用した。これら諸戦術を研ぎ澄ます事で、彼らは武力行使に至らずとも十分に済ませる事が出来た。そして、中国政府高官達は、常々、武力行使権を有する旨、一貫した態度を保っては来たが、実際その選択が取られる可能性は殆どなかったのだ。

 しかし、ここ最近数ケ月、北京政府には、平和的手段を見直し、武力による統一を企てているかの由々しき兆候が見える。習近平中国国家主席は、台湾問題を解決する野望を明らかにし、国家主権に関わる諸問題に対し、従来よりも一層顕著に積極姿勢を打ち出すようになり、中国軍に台湾本島周辺の活動強化を命じた。

 彼は、中国国家主義の情熱を敢えて煽り、力による台湾統合策の協議を中国共産党主流派内に徐々に拡大させて行ったのだ。又、北京政府が斯様な迄に明白な思想移行が出来たのは、一方で、武力で台湾を取り戻す事を目的とし、10年に亘り習が加速的に実施した、軍備近代化努力が結実した結果でもあるのだ。これ迄米国は、台湾を武装化したものの、もし攻撃された場合、米国が台湾を防衛するか否かの問題に就いては保留して来た。一方、中国軍は、譬え米国が軍事介入を図ったとしても、尚、自国の優勢を保つべく計画している。即ち、中国指導者達は、武力を以って台湾本島を占領するのは、嘗ては夢物語と思っていたが、今や、彼らはそれを現実的な可能性として考慮しているのだ。

 米国政治家達は、斯かる侵攻に伴い発生する代償の大きさを鑑みて、中国は躊躇すると期待する向きがあるが、実は、そうならない理由が数多く存在する。先ず、武力による統一行動への支持は、中国国民並び軍部幹部の間に拡大している。更に、国際的規範に照らした懸念は今や低下しつつある。つまり、米国に関しては、中国による台湾占領を止める軍事力、又は、中国に対抗し有効な提携を呼びかける丈の国際的影響力を、殊にトランプ政権以降、果たして保持しているかを疑問視する北京政府関係者が多いのだ。中国による台湾侵攻が火急の危機とは云えぬ迄も、略100年に亘る内戦を終結させる為、中国がやがて武力行使する可能性に就き、我々はここ30年来初めて真剣に想定すべき時期に居ると見るべきだ。

「北京は手段を択ばぬ構えで事に臨む」

 台湾に火急の危機が迫ると考えない人々は、往々にして、習が台湾統一計画の実行日程を公けに宣言しておらず、従って、習自身具体的な計画を抱いないかも知れないと論じ勝ちだ。しかし、事実はそうではない。寧ろ、中国政策は一貫し、その意味する所は、「同国は台湾の政体統一を将来の何れかの時点で実行する可能性を保持する」と云うものだ。この表現は、元米国中央情報局のアジア専門家のジョン・カルヴァーの言葉で、米国が1979年に台湾を独立国として否認して以来、これが中国側の見解なのだ。ここから読み解けるのは、中国は現状甘受、つまり事実上の独立形態を容認するが、そうかと云って、台湾独立の適法性は永久に受け入れる事はない、と云うものだ。

 習は、まだ実行日を予定するには至ってないかも知れないが、現状に関する見解が前任者達とは異なる点を明快に示している。彼は統一に向けた行動を起こす事の正当性を主張し、その進展を公けに呼びかけた。例えば、2017年、「完全なる国家統一は、偉大な中華帝国の復興を成し遂げる上で必要不可欠なものだ」と発表し、台湾の将来を彼の政治綱領の主軸に据えようと試みたのだった。それから、2年経過し、今や彼は、統一が所謂、中国の夢を叶える為に必要な要求であると明確に発言し始めたのだ。

 更に、習は武力行使を、前任者より積極的に容認する旨、自身で明らかにしている。即ち、2019年、ある重要な演説の中で、習は現在の政治施策が海峡間の不安定を造り出す主因であり、そして、このような状況を今後何世代にも亘り続ける訳にはいかない旨発言した。私が北京で対話した、中国の学者や戦略家達が語る所は、明確な時期を決めた計画はないものの、習は台湾統一を彼自身による偉業の一部にする事を強く望んでいると云うものだ。又、実行可能性のある計画日程に関し、米国AP通信の記者から4月の時点で質問を受けたのに対し、中国筆頭外務次官楽玉成は、侵略実行が喫緊に為される懸念を和らげようともしなければ、又、北京政府内での雰囲気の変化をも否定する事はなかった。その代わり、彼は、「国家統一化は何人たりとも、又如何なる圧力によっても止めることは出来ない」旨、並びに中国は平和的統一に向け模索を続けるものの、「決して他の手段の放擲を宣言するものではなく、あらゆる選択肢を採り得る」事を、この機会に繰り返し発言したのだった。

 習を含む中国指導者達は、台湾統合や協力関係に関する効能を常に賞賛し止まないが、実は、平和的統合の見込みはここ数年次第に薄れている。自分自身を中国人と考えるか、或いは、中国の一部となるのを望む台湾国民の数は、益々減少した。2020年1月、台湾総統に蔡英文が再選された事実は、同氏が中国に対しより懐疑的な関係構築を選好する立場に鑑み、台湾人民が中国本土に決して積極的には戻って来る事はないと云う、北京政府の抱いて来た懸念を確定的なものとした。しかし、平和的統一の終わりを告げる予兆となったのは2020年、香港を廻り、中国が新しい国家安全維持法施行により新興勢力を一掃した事だ。香港の「一国二制度」方式は、本来台湾の平和的統合に向け魅力的雛形となる筈であったが、北京政府が同地で露呈した弾圧行為は、台湾の人々が同様の合意をこれ迄拒んできたのは正しい道であったと証する結果となった。

 中国指導者達は、戦争勃発のその瞬間迄は、平和的統合に対し口先ばかりの表層的賛同を表し続けるだろうが、一方、内心では別の手法を想定している事が彼らの最近の諸行動から益々見て取れる。米国との緊張が高まるに連れ、中国は台湾付近での軍事行動を段階的に強化し、2020年一年丈で台湾本島の防空識別圏内へ380回もの侵入を謀った。更に、今年4月には、中国はこれ迄で最大兵力となる、戦闘機25機並びに爆撃機数機の編隊を以って台湾の防空識別圏内を侵した。中国軍が当該地域に於いては米軍の存在に対抗し得る能力を備えた以上、事態拡大の深刻化は万難を排し回避に努める、との発想を、習が最早持ち合わせない事は明らかである。1996年に台湾危機が生じた日々は、今や遠い過去の出来事だ。当時、米国は2隻の航空母艦を含む戦闘部隊を発進、海峡付近を航行させ、そして中国は引き下がった。しかし、その時、中国にとり、米国に抑止され手を引かざるを得なかった事は不本意極まりなく、この次は引き下がらずに済むよう以降25年間というもの臥薪嘗胆の思いで軍備近代化に力を注いだのだ。

 中国人民解放軍は、台湾を侵攻し占領する事を可能とすべく、武器、組織、兵力構成、及び訓練を含む各分野で多くの軍備近代化を設計して来た。更に習は、水陸両面の上陸、或いは海上封鎖、又はミサイル攻撃の最中であっても、台湾の武力制圧に正に必要とされるこれら各種作戦行動に就いては、空軍、海軍、陸軍、そして戦略的ミサイル部隊が途切れ目なく攻撃続行可能なよう、中国軍各軍を統合的に機動させる事を目的とする、野心に満ちた、人民解放軍創設以来の最大と呼べる組織改編をすることによって、一層の軍事能力拡大を図ったのだ。これらの軍部にとっては、多くは不人気で、且つ危険を伴う組織改組を、習が敢えて急いで強行した理由は、2020年迄に人民解放軍が戦いそして勝つ能力を確保する事に在ったのだ。

 昨今、同国に於いては言論検閲の世が一層厳格化した事の例証と云えるのか、今や北京に於いて台湾問題に関する論調は、この為に備え、新たに整備された、先述の軍事能力を今こそ行使すべき時だ、との声がいよいよ大きくなって来ている。例えば、7~8名の元軍人達により、時を待てば待つ程、中国による台湾支配の獲得は益々困難になる旨、公けの場で議論された。又、国営新聞各紙や人気のウエブサイト上に掲載される諸記事は、中国が素早く行動に移るべきだと皆一様に要望する内容だ。そして、世論調査がもし信頼に足るとすれば、中国国民は台湾問題に最終決着を付けるべき時が来た事に同意しているのだ。即ち、国営新聞の「グローバルタイムス」誌調査によれば、中国本土国民の内70%が、武力による中国の台湾統一を強く支持し、そして37%の国民は今後3~5年の内に戦争行為を実施するのが最善と考えている。

 私が会話した、中国研究者や高官達も同様な国民感情を明かしている。穏健派の意見としてすら、武力による統一を求める声が共産党内では一般的であるのみならず、彼ら自身が中国上層指導者達に対し軍事行動をも推奨している状況なのだ。一方、北京の他の人々は、中国による侵攻など大袈裟な話だとして、懸念を払拭する向きがあるものの、同時にこれとは矛盾し、習を取り巻く軍事顧問達は、台湾を武力で取り返す事は許容範囲内のコストで実行可能だと、習に対しその自信の程を進言している状況を、彼らも又認識しているのだ。

中国側の戦闘開始準備は既に整っている

 米国か台湾の側から最初に現状を変更する行動に出ない限りは、習は、彼自身、自軍が成功裏に台湾を制圧出来るとの自信を得て初めて、その時、武力統一の着手検討を始める公算が高い。では、果たしてそれは可能な作戦だろうか?

 答えは議論の余地ある問題と云え、それは台湾を降伏させる為に何をする必要があるかに懸かって来る。北京は、台湾を制圧する為に軍事戦略家が必要と考える四つの主要軍事行動を用意している。第一は、ミサイルと空軍とによる人民解放軍の合同攻撃により、台湾所在の諸標的の無力化を図る、即ち先ずは軍部と政府、次いで民間市民を標的とする攻撃だ。こうして中国の要求に対し台北政府を屈服させるのだ。第二は、封鎖行動。即ち、海上攻撃からサイバー攻撃迄持てるあらゆる手段により、台湾本島を外界から一切遮断する作戦だ。第三は、台湾周辺に設置されている米軍基地に対しミサイルと空爆による攻撃を伴うもので、戦闘初期段階に於いて米国が台湾支援に駆けつけるのを防ぐ事を目的とする。第四の、そして最終段階が本島上陸作戦だ。即ち、中国は水陸両面から台湾を攻撃し、恐らくは同島沖合の諸島を先ず侵略の第一段階として占領するか、或いはこれら諸島に絨毯爆撃を加える一方で、海軍、陸軍、空軍は台湾本島に集中展開する行動だ。

 軍事専門家達の間で、第一から第三までの作戦を達成する能力を中国が持つ点に関し殆ど疑う余地はない。即ち、ミサイルと空軍の合同攻撃、封鎖行動、並びに侵攻への介入勢力を処置する作戦が十分行われ得る。今や世界で最先端水準にある中国製弾道弾及び巡行ミサイルに対抗し互角の勝負をする為には、米国が講じる周辺基地の攻撃耐性向上の諸尽力も、又、台湾側でのミサイル防衛システムの性能も、実は、その双方共に到底不十分と云うのが実情なのだ。中国は台湾主要基盤設備を速やかに破壊、原油輸入を閉鎖、更にインターネット接続を遮断し、斯かる封鎖を無期限に継続する事が出来るだろう。元米国諜報部員で中国分析家のロニー・ヘンリーの見解では「米軍は辛うじて僅かな救援物資の供給を推し進めるのが精々」という状況となる。そして、中国は、高度に精錬された防空システムを保有するが故、有事後、米国が中国の移動ミサイル発射機、戦闘機、並びに艦船を攻撃して、制空権や海上での優勢を回復する見込みは極めて薄いのだ。

 しかし、中国の第四の最終軍事行動、即ち、本島への水陸両面の上陸攻撃は成功を保証するには、まだ遥か遠い。米国防省の2020年のある報告によれば、「中国は、台湾を完全侵略するに資する軍事能力増強を続けるだろう」、しかし、「台湾侵攻の試みは、中国陸軍の兵力を圧迫し、又、国際的介入を招く」事を予測している。当時、米国インド太平洋軍司令官であったフィリップ・デイヴィッドソンは、中国は6年後には台湾を成功裏に侵略する能力を備えるだろうと、この3月発言している。他の分析者達は、更に長い歳月が必要とし、恐らく2030年乃至2035年迄要しようとの見解だ。

 衆目の一致する意見は、最近中国は、諸軍の統合的作戦を実施する能力を各段に進歩させ、米国はそれに応じ効果ある防衛体制を築き上げるべく十分な注意を要する事だ。中国は電波妨害やシステム障害を引き起こす技術を鋭利に研ぎ澄ましており、米国の初期警戒システムを攪乱し、それにより攻撃開始の初期数時間、米軍を闇の中に置く事が出来るかも知れない。習の実施した軍備改革により、中国のサイバー攻撃と電子戦争の能力が向上し、それらは軍事施設のみならず、民間設備もその標的となし得るのだ。当時米国国家情報長官だったダン・コーツが2019年に行った証言によれば、北京は米国に対しサイバー攻撃を仕掛ける能力を有し、極めて重要な基盤施設に対し、特定地域に於いて一時的な破壊的影響を生じせしめる事が可能だ。更に、中国の攻撃兵器である、大陸弾道及び巡航ミサイルにより、西太平洋に所在する米軍諸基地をほんの数日の間で破壊する事も、又出来るのだ。

 これらの中国側能力向上を踏まえ、多くの米国軍事専門家達は、米国が何ら反撃の機を得る前に、中国が台湾を制圧してしまう可能性を危惧している。最近、国防省とランドコーポレーションとが実施した図上演習では、台湾を巡る米中の軍事衝突が発生した場合、その結末は米軍が敗退し、中国は僅か数日、又は2、3週間で台湾を完全侵略するというものだった。

 究極的に、中国が武力行使するか否かと云う問題は、中国指導者達が戦争に勝てると認識するか堂かと云う事が、現実の勝利の確率を越え、より重要になる。この観点から云えば、中国側分析者や高官が、台湾を巡る米国との武力衝突に関し人民解放軍は十分準備が出来ているとの自信を徐々に現わしつつあるのは良くないニュースだ。無論、中国の戦略家達は、米国が一般的な軍事力上は優位に立つ事を認識しているとは云え、多くの者が、中国が台湾に近く、地の利を生かせる為、同地域に於ける局所の軍事力均衡は北京に利があると考えるようになって来たのだ。

 米中間の緊張が高まるに連れ、中国国家の支援するメディア諸機関は、自国の軍事力を賞賛するに益々無遠慮になって来た。この4月、「グローバル タイムス」は、匿名の軍事専門家の発言として次の発言を掲載した。即ち、「人民解放軍の諸演習は、警告を発する目的のみならず、現実に発揮可能な能力を示すと共に、その時が来れば、実践的に本島を統一する為の訓練なのだ」と。更に、その分析家が加えて曰く、もし中国が侵攻を決断すれば、台湾軍に「勝つ見込みはあるまい」と。

侵攻作戦は急くも良し、ゆっくりも良しとする中国

 一度、中国が究極的に台湾問題を決着させるに足る軍事能力を保有した暁には、共産党内及び世論、双方で国家主義が高揚する状況下、習は、台湾侵攻を回避する選択は政治的に維持出来ない立場に置かれる。この時点で、北京政府は大規模な軍事作戦に向けて動く公算が高い。即ち、先ず、領空及び海上偵察の頻度を増す、所謂「曖昧な灰色領域戦術」を皮切りとして、更に、台北政府に対し政治的決着の強要を狙い、好戦的外交を継続化して行くだろう。

 神経戦を仕掛ける事も北京のお家芸のひとつだ。台湾周辺で行われる軍事訓練は人民解放軍を調練するのみならず、台湾軍を疲弊させ、更に、米国は台湾を防衛出来ないと世界に示す効果を持つ。人民解放軍は、台湾海峡上に日常的にその存在を現わしたいのだ。そして、そこでの同軍活動がより日常化すればする程、米国にとっては、実際の中国侵攻がどれほど喫緊なのか判断が困難化し、一方、中国共産党にとり、既成事実を世界に容易に示す事が出来る。

 中国は、同海峡での軍事行動を増強すると同時に、同国武力行使能力に対し国際的な制限が掛かる動きを葬るべく、より広範な外交宣伝を継続するだろう。即ち、他諸国や国際諸機関との関係に於ける政治問題に関し、経済上の利権を特権として活用して、人権問題を過小化し、そして何より、国家主権の原則、並びに内政問題対する不干渉への支持取付け拡大を図ろうとする。中国が目指すのは、台湾への如何なる武力行使も、それは台湾や米国の挑発行為に対する、止むに止まれぬ正当且つ防御的なものなのだという物語を紡ぎ上げる事なのだ。しかし、これら全ての好戦的な外交諸努力を以って、中国は台湾統一へと近づく事は出来ても、それ丈では目的に到達する事は出来ない。台湾に就いては、他諸国から武力の反撃が無い限り、易々と領有権を宣言し得る、南志那海上に浮かぶ無人環礁の場合とは訳が違うのだ。中国は、台湾による無条件降伏を必要とし、その為に、相当程度の武力に物言わせる必要があるのだ。

 もし、北京政府が台湾を強制的に中国主権下に収めると決した場合には、米国の介入を挫く為の諸行動を入念に整えて来る。それは、例えば、手始めに、ミサイル攻撃や空爆といった費用が安価な軍事作戦を実施、そして海上封鎖と本島沖合諸島占領迄先ず進展させ、最終的には、もし、これら初期諸行動を以って尚台湾を降伏させる事が出来ない時は、完全侵略に踏み切ると云った作戦だ。斯様に、数か月間という多くの時間を掛け、ゆっくりと進行する、漸進的武力統一に対し、米国が強力な反撃を仕掛ける事は容易でなく、特に、もし米国の同盟諸国や周辺地域の連携国が戦争回避を最優先に置く場合、それは一層困難となる。又、漸進する挑発的行動は、二大国間に敵対意識を芽生えさる。それでも、米軍に向け中国側から銃弾が発射されない限り、中国のスローモーションの如く漸進する中国侵攻を巻き返す為の米軍による軍事介入に関し、国内並びにアジア主要政府の承認を得ることは困難という事態に米国は直面するのだ。この漸進的侵略行動には、北京政府にとり国内政治上利点もある。即ち、万一、中国が予想以上に国際的反動を被るか、或いは反米キャンペーンが上手く行かずに困難な局面に陥った場合には、同国は寧ろ撤収するに良い機会を得た事になり、その時は「任務完了せり」と一方的に主張すれば済むと云う訳だ。

 しかし、北京政府の侵攻が速攻式か漸進的かを問わず、いずれにせよ米国による武力介入が避けられないと、もし中国が判断した場合には、中国はより急速に侵略を加速化させる決定をもなし得るのだ。もし、米国に対し、大量の火器を台湾海峡周辺へ運び込み蓄積する時間の猶予を与えてしまえば、中国が勝利する可能性は大幅に減少する事を、中国の軍事戦略家達は確信している。この為、同地域の米軍基地を予防的に叩いて、ワシントン政府による応戦能力を無力化させると云う決断を下す可能性が十分ある。

 云い換えれば、台湾防衛の為に武力介入がなされるという、その脅威の確度が高い程度に従い、米国によるこの抑止力が、実は、北京が一度(ひとたび)行動蹶起を決断した場合に、米軍を攻撃する動機になっているのだ。つまり、米国が介入する脅威がより確かなものとなればなるほど、中国が先制の一撃を加える際には、周辺地域の米国軍を襲撃する可能性がより高くなる。一方、米国は紛争に立ち入らないかも知れないと、もし中国が考える場合には、当該地域の米軍を攻撃する事は控えるだろう。何故ならば、もし攻撃すれば米国との戦争への突入が避けられないからだ。

希望的観測が危うい理由

 もし、米国軍事力の優位性を以ってして無理ならば、何をして、習に台湾の武力統一を思い止まらせる事が出来るだろう? 多くの西側分析者達は、習の「国家再興」を果たす「中国の夢」、この彼の大看板と云える計画達成に対する献身姿勢、即ち、経済成長の持続と同国の国際的水準の向上の責務を負う彼にとり、もし武力行使により彼の目的を脱線させる危険が生じるとすれば、それこそが、彼をして侵攻を制止させる可能性があると信じている。台湾に対する軍事行動が齎(もたら)す経済的費用は余りに高価に付き、中国は国際社会から完全に孤立し、中国による本島占領は今後数十年間北京政府に取って重い足枷となると云うのが分析者達の議論だ。

 しかし乍ら、これら武力統一の代償に関する議論は、米国側の諸予想に基づいた希望的観測に基づくもので、必ずしも事実とは云えないのだ。無論、負荷の高い戦闘が長引けば中国にとって費用は甚大となるが、中国軍事戦略家達はこの事態を避ける手を講じている。即ち、中国は速やかな勝利が、望むらくは米国が対応する間が無い内に、達成可能だとの確信が得られる時までは台湾を襲撃しないと云うものだ。

 また、譬え、中国が米国との長引く戦争を戦う事態になったにせよ、中国指導者達は、結局彼らは米国を凌ぐ丈の社会的且つ経済的な優位性を持つと確信している節がある。彼らは、台湾問題に関し中国国民が犠牲を惜しまない点で、米国民に勝ると考える。また、一部の者達は、中国には巨大な国内市場がある為、他の多くの国々とは異なり国際貿易に依存する度合いが軽いとも論じている。云い換えれば、中国経済が米国から益々切り離され、却って同国が技術的な自己充足体制に近づけば近づく程、この利点は一層大きな効果を発揮する事になる。更に中国では急遽戦時体制へ移行する事が容易(たやすい)と云う点に関しても、同国指導者達は心安んじているだろう。米国では、急速な軍需に対し同様な生産対応する術を持たないのだ。

 国際社会からの孤立や北京に対し諸国連携した制裁は、習の行いつつある偉大な中国の実験への大きな脅威と見えるかも知れない。確かに、中国にとり貿易相手の上位10ケ国中8ケ国は民主主義国家が占め、更に中国輸出の6割は米国及びその同盟諸国向けである。中国による台湾侵攻に対抗し、もし、これらの国々が対中貿易関係を締め付ければ、その経済的代償は習の中国再興計画に於ける発展母体を揺るがし兼ねないものとなり得る。

 それにも拘わらず、中国指導者達が、国際社会からの孤立や非難は比較的軽度なもので済むと考えるにはそれなりの理由がある。1990年代中盤、中国が戦略的提携策の種蒔きを開始した際、相互関係を優先し如何なる緊張や紛争も積極的に処理する旨を約した長期協定書の締結を、諸外国やEUを含む諸機関に対し求めた。これら全ての諸協定の中に、貿易、投資、経済協力、及び国連に於ける連携が謳われた。そして、殆どの場合、台湾に関する中国の立場を支援する条件が含まれているのだ。(中国は1996年以来、北京に対する外交認識を変更するよう、実に十数ケ国を説得し、その結果、台湾を支持する同盟国は僅か15ケ国のみが残っている状態だ。)云い換えると、中国の最重要貿易相手諸国の多くからは、台湾問題によって北京政府との関係は壊れない旨の、力強い合図が既に発せられているのだ。

 航空会社に対し地図上から台湾の削除を強要するかと思えば、映画「トップガン」主人公のマーヴェリックが着るジャケットから台湾国旗を除去するようパラマウント映画社に圧力を掛ける等、あれやこれやで、中国は、台湾が内政問題であり、他国の立ち入るべき問題ではないという点を、結局の所、概ね、多くの国々に認めさせる事に成功したのだった。その一例として、オーストラリアは従来米国との軍事提携を拡大する事に慎重であり、台湾有事を巡る米国との緊急連携対応を検討する事すら消極的であったのだ。(尤も、この潮流は最近キャンベラ政府内で変化しつつあるが。)又、世論調査に依ると、大概の欧州の人々は、彼らの経済圏の繋がりは米国と中国と概ね同程度に強いと評価し、従って、その間に挟まれ立ち往生するのは御免だと考えている。又、東南アジア諸国も同様に感じており、調査に依れば、ASEAN加盟国の政治家や影響力を持つ専門家の大多数が、米中間の議論に対し同連合体にとり最善と信じる対応策とは「彼らの圧力を躱(かわ)せるように、我々自身の強靭性と団結を強める事」なのだ。ある韓国政府高官が、中米間紛争に於いて何れの側に立つかの問題に関し、アトランティック誌(The Atlantic)の談話に、「それは、子供に父か母かどちらが好きかを迫るに等しい」と譬えた事は一層注目を要する。諸国が斯様な態度を取る場合、中国を孤立させる為に各国の協力を取り付ける事は、米国にとって容易ではない。更に、中国政府による香港や新疆地区の弾圧に対し、先に国際社会から出た反応をもし指標とするならば、中国の大多数の人々が、台湾侵略後にも、極(ごく)、名目的な制裁と非難表明を被るに止まるだろうと予想するのも、又、無理からぬ事なのだ。

 台湾で流血を伴う騒乱が数年間続き、北京政府の諸資源が遺漏して行く危険がある事を以って、侵略行動の抑止たり得ないのは先述の通りだ。寧ろ障害となり得るとしたら、イラクやアフガニスタンで米国が被ったような痛手を中国が台湾で負うかも知れぬとの懸念の方が、台湾侵攻の軍事諸作戦自体より問題たり得る。軍隊が上陸し台湾海岸防衛線を破った後、権力を掌握する為には相当な鎮圧と治安維持行動を要する点が、中国共産党軍の軍事教本に想定されているのだ。しかし乍ら、彼らにはそれに対しても特に重大な危惧を抱く向きはない。その理由は、人民解放軍は1979年以来、実戦経験を持たないものの、中国では多くの国内騒擾の鎮圧経験には事欠かず、従い、軍隊よりも治安維持行為を専らの目的として資源を集中して来た事に恐らく由来するだろう。その例証として、中国人民警察は総員150万人に上り、本来の役目は反対勢力の制圧に在る。従い、開戦初期の台湾侵攻と同島獲得する迄の軍事行動に比較すれば、戦後の台湾占領策は、朝飯前の仕事位に考えていても不思議はない。

 これら全ての諸事由より、習が抱く中国の夢を台無しにする事なく、台湾支配は実行可能と彼自身が信じている可能性は十分ある。それを裏付ける事実として、ここ数ヶ月間、中国から洪水の如く発せられる台湾に関する論評に、戦争の費用や国際社会からの反応と云った話題は、驚く程少ないのだ。元軍上層幹部のある人物が私に説明して云うには、中国の懸念とは経済的潰えではなく、国家の主権が損なわれる事こそ最も恐れるのだ、と。更に曰く、中国指導者達は、彼らに属する物の為には、常に戦いを選び、そして、もし中国が一連の動きで米国を敗退させれば、同国がアジア太平洋地域に於ける新たな支配勢力とし名乗りを挙げる事が出来るのだ、と。これらの予測は非常に興味深いものである。又、更に、彼らの想定する最悪の場合とは、米軍の反抗が予想外に早急且つ有効で、中国は部分的占領に止まった儘の状態で勝利宣言を発し、母国へ引き上げると云うシナリオなのだ。北京政府は生き残り、他日、台湾獲得を完遂する算段だ。

出口を見いだせない状況

 以上に述べたこれら諸現実に見る通り、米国が、台湾に関する中国側の計算を改めさせるのは至難なのだ。外交問題評議会(Council on Foreign Relation)のリチャード・ハスとデイヴィッド・サックスは先にフォーリンアフェアーズ誌に以下主張をした。即ち、米国が長らく維持して来た「戦略的曖昧策」、つまり、台湾防衛に関し、米国が出動するか否か、又、どのように実行するか、態度を明確に現わさない策、これを放棄する事によってこそ、台湾海峡に於ける抑止力の改善が可能とする意見だ。しかし、実情は、米国側の断固とした決意は、それ自体最早、左程重要な問題ではない。何故ならば、中国側指導者達は、米国による介入は既に想定済なのだ。今や、習や党幹部が問題とするのは、米軍による介入に譬え直面した後でも、果たして人民解放軍が優勢を保てるか否かという点なのだ。従って、抑止を効果あるものとする為には、米国は中国が台湾に於ける軍事目的を成し遂げるのを妨げる能力があり、その行為は同国自身の不利益と潜在的な危険を伴う企てだという事を、同国に納得させる必要がある。

 そこで、北京政府を自重させる一つの道は、台湾占領を止めさせるに足る丈の米国側軍事能力を高める、云わば、力に基づき否定する抑止である。それには、台湾周辺のミサイル発射機や攻撃ドローン配備拡充が必要で、更に、特に対艦船兵器等、長距離型武力をより多くグアム、日本、及びフィリピンに配備する事が望まれる。これら装備により、侵攻初期段階の中国側の水陸両面並びに空からの襲撃を撃退する事が可能だ。もし、中国指導者達が、自軍の海峡横断が物理的に不可能と認識すれば、台湾が独立宣言等、彼らにとり断じて容認不可能な挙に出ない限りは、武力行使は考慮しないだろう。

 又、米国は同地域に於ける、諜報、調査、並びに偵察活動に厚く投資を行う事も必要だ。中国にとり、台湾全面侵攻が魅力的と考える理由は、その奇襲作戦の可能性にある。つまり、米国が軍事的応戦をする間もなく、北京政府が同島を制圧し戦闘終了してしまう場合だ。しかし、米国にとって、如何なる軍事行動で応酬可能かと云う問題はさて置き、政治的観点から云えば、一発の銃弾も向けられない内に、中国への攻撃を命じる事は、誰が米国大統領であっても難題である。

 インド太平洋地域に於ける、米国の進歩した軍備と諜報網の存在は、武力行使を伴う大概の台湾占領作戦を抑止するには十分なものではある。しかし、だからと云って、そもそも中国による武力行使を防ぐ事はできない。即ち、北京政府は、それでも尚、台湾の意思を挫く目的で、ミサイル攻撃を試みる事は可能だ。そこで、このような中国の全ての軍事攻撃を抑止するには、米国は中国側のミサイル砲台を破壊する用意を、中国本土攻撃を含み、整える必要があるのだ。しかし、米国側諜報能力が向上したとしても、尚、米国が、中国側軍事演習を台湾侵攻準備と取り違える危険は存在する為、斯かる錯誤が戦争を惹き起こす可能性がある。中国側はこの事を承知し、従って、米国がこのような賭けに出る事はないと判断するかも知れない。

 一方、中国指導者達を牽制し台湾侵攻をさせない為に、最も効果的な方策は、同時に、最も困難な道でもある。それは、武力による統合は、中国自身の再興の夢を砕くものだと、彼らに納得させる事である。そして、これは米国一国では成し得ない。ワシントン政府は、同盟諸国による大規模な連立体制を築き上げ、中国の如何なる侵略行為に対しても、経済、政治、そして軍事上の連携対応を取る確約を取付けるべく、同盟諸国を説得する必要があるだろう。しかし乍ら、悲しいかな、その実効性となると、実現可能性はかなり低いのだ。何故ならば、大概の国々は、小さな民主主義の島国を守る為に、経済的便益を犠牲にし、況してや大国どうしの戦争勃発の危険を冒す事は回避したいと考えるからだ。

 結論として、台湾海峡を巡る緊張加速を修正する為の、手早く実行可能な打ち手は存在しない。米国にとり、台湾保全を可能とする唯一の策は、北京政府に台湾侵攻が不可能だと悟らせるか、或いは、武力行使すれば同国が世界中から孤立化する点を中国指導者達に納得させる事だ。しかし、過去25年間に亘り、北京政府は、米国がその何れをもなし得ないよう立ち回って来たのだ。事、この期(ご)に及び、米国が初めて現実に目が覚めた事態は、台湾にとり不幸と云える。                             (了)

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