【書評】『米国が仕掛ける経済戦争 ~米国政府が濫用する最強兵器の実態~』(原典:The American Way of Economic War ~Is Washington Overusing Its Most Powerful Weapons ?~, Foreign Affairs 2024年January/February号、P150-156)

対象図書:『アングラ帝国~米国が世界経済を如何にして己の武器に変じたか~』(Underground Empire: How America Weaponized the World Economy

著者: ヘンリー・ファレル、アブラハム・ニューマン共著(HENRY FARREL AND ABRAHAM NEWMAN )

ヘンリー・ホルト社 2023年出版 288ページ

評者/肩書:ポール・クルーグマン(PAUL KRUGMAN) / 経済学者。ニューヨーク市立大学大学院センター教授。2008年ノーベル経済賞受賞。

(書評)

 例えば、ペルーのある企業が、マレーシアに所在する、ある企業と取引を希望した場合を考えよう。これら企業同士にとって、本来、それはいとも簡単な作業だ。国境を越えて海外送金するのは容易(たやす)く、情報に就いても、国際間を大量規模で転送出来る。

 然し、実は、其処(そこ)に落とし穴がある。企業がそれを知るか否かに拘わらず、これら金銭と情報の取引は双方共に、略(ほぼ)確実に“間接的”な取引になっており、更に恐らくは米国、乃至は米国政府が実質支配する諸機構を経由して行われる。そして、これら取引が米国を経由する際、ワシントン政府は之を監視する権限を有し、もし履歴を見てその中止が望ましいと判断すれば、差し止める事も可能なのだ。換言すれば、先の事例に於いて、ペルー企業とマレーシア企業が互いに取引をするのを米国は妨げる事が出来る。斯くして、米国は、現実に、多くのペルー及びマレーシア諸企業に対し、一般貿易財の取引を禁止し、これらの国々を国際経済から切り離してしまう力をも握っているのだ。

この権力を何が支えているかは良く知られる処だ。即ち、世界貿易の大半に使用されるのはドルなのだ。ドルは、殆ど全ての主要銀行が受け入れ可能な、数少ない通貨の一つで、云う迄も無く、世界で最も広く流通している。その結果、多くの諸企業が国際取引に際し使う通貨がドルなのだ。ペルー企業が、自国通貨のソルを直接マレーシア・リンギットに交換出来る市場は現実には存在しない。従い、地元諸銀行は、斯かる取引遂行に当たり、通常、先ずソルを売ってドルを買い、然る後に、そのドルを使ってリンギットを買うのだ。然し、これを実施するには、これら諸銀行が米国金融システムへアクセスし、且つワシントン政府が定める規範に従わねばならぬ事を意味する。

然し、事は之だけに止まらない。実は余り知られていないが、米国の圧倒的経済支配力を可能にする理由が、もう一つ在る。地球上に膨大な情報と交信を送る、光ファイバーケーブルは、その大半が米国大陸を経由する。従い、これらケーブルが米国に着地する処で、ワシントン政府は、同ケーブル網を通過する情報を監視可能 ― 基本的には、その全ての情報パケットを記録し、国家安全保障局による内容閲覧が可能なよう画されている。斯くして、米国は、如何なる取引が為され、他国が何をしているかを、難なく覗き見する事が出来るのだ。そして、米国は競合諸国が自国利益を脅かすと判断した際は、それに対抗し効果ある制裁を発動可能なのだ。

 米国によるスパイと経済制裁行為を主要テーマにしたのが、ヘンリー・ファレルとアブラハム・ニューマン共著の『アングラ帝国~米国が世界経済を如何にして己の武器に変じたか~』だ。同書は正に“目から鱗”で、ワシントン政府が、如何にして斯かる驚くべき権力を支配し、多くの手法で国家権威を行使するに至ったかを読者に説明する。著者等は、この“アングラ帝国”の力をワシントン政府が利用開始するのを大きく後押ししたのが9/11事件だった点、及びそれに付随した多くの構成要素が、中国と露西亜の双方を抑え込む方向に寄与した旨を詳述する。一方、その他の国々が米国のネットワークを好しくないと考えても、彼らが其処から脱出するのは極めて困難である点を明らかにする。

 更に、安全保障優先を名目として、米国が創出したシステム、それ自体が屡々(しばしば)濫用される実態を著者達は明示して行く。即ち「米国を防御する為と謳いつつ、ワシントン政府は、緩慢に、然し着実に、繁栄した同国経済ネットワークを世界支配の道具へと変じたのだ」と述べる。そして、同書が明らかにするのは、米国が支配力を求める行為によって、途方もない損失が生じ兼ねない点だ。もし、ワシントン政府がこれら道具立てを余りに頻繁に利用すれば、他諸国が却って現行国際秩序を打破しようとの試みを加速させるかも知れない。即ち、中国が自身を世界経済から断絶させるのを米国が後押し、その結果、世界経済成長自体が減速する虞がある。又、現状、米国政府は国家権力行使によって、何ら落ち度のない諸国家や人々を処罰する挙に出る可能性があるのだ。従い、専門家達は、斯かる「米国の造り上げた帝国」を封じ込める迄は行かずとも、最良な制限を加える為の方途に就いて、検討を求められている。

(次章以降順次掲載)

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