【投稿論文】長く続く台湾問題 ~ 敢えて決着を急がぬ策が最善策である理由 ~ (原典:The Taiwan Long Game ~Why the Best Solution Is No Solution~, Foreign Affairs 2023年 January/February 号P102-114)

著者/肩書:    

ジュード・ブランシェット (JUDE BLANCHETTE): 米シンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)内、中国問題研究(Freeman Chair in China)代表。『中国新生紅衛兵~過激主義復古と毛沢東主義再生~』著者(原題China’s New Red Guards: The Return of Radicalism and the Rebirth of Mao Zedong)。

ライアン・ハス (RYAN HASS) : 米シンクタンク、ブルッキングス研究所内に属する、Chen-Fu and Cecilia Yen Koo Chair 台湾研究部会、並び、マイケル・H・アマコスト チェア外国政策部、代表上席研究員。元米国家安全保障会議(NSC)中国、台湾、モンゴル担当局長(在職期間2013-17年)

(論稿主旨)

 70年間に亘り、中国と米国は台湾を巡る悲劇をなんとか回避して来た。然し、現在、国内政策集団の中には、その平和は長くは続かないとの共通認識が構成されつつある。多くの分析者や政治家達が今や、米国が持てる限りの力を尽くし、台湾海峡に於ける中国との戦争に向けて準備せねばならぬと論じる。2022年10月、米国海軍トップのマイク・ギルディ(海軍作戦部長)は中国が2024年以前に台湾侵攻を実行する為の準備をしている可能性を警告した。更に連邦議会議員達も、民主党議員セス・モールトンと共和党マイク・ギャラガーを始め、ギルディの見解を繰り返し表明したのだった。

 米国が台湾防衛に焦点を当てる背景に勿論(もちろん)合理的な根拠がある。米国軍は、台湾への抑圧や武力行使に対抗する能力を維持する義務を1979年台湾関係法(the 1979 Taiwan Relation Act)によって負う。又、ワシントン政府が同島に代わり防衛を堅持するのには、戦略的、経済的、そして徳義上の揺るがぬ諸理由がある。台湾は、亜細亜の心臓部に位置する主導的民主主義拠点として、国際的付加価値網の中心に鎮座する。同地安全保障が米国にとり根本的利益である点に異論ない。

 然し、詰まる処、ワシントン政府が直面するのは、寧ろ武力解決に関わる軍事上の課題と云うより、防衛概念の構成要素に関する戦略的問題だ。即ち、米国が、視野を狭め軍備の改善問題へと注意を一層集中すればする程、益々、自国のみならず、同盟諸国及び台湾自体の利益を損なう危険が増大する。国防省やワシントン所在の複数シンクタンクが盛んに行う図上演習シミュレーションは、実は北京政府が繰り出す最も危惧すべき身近な様々な脅威と危険から、却(かえ)って我々の注意を逸らす弊害を呼ぶ虞があるのだ。 

 米国政策を評価する際に重視されるべきは、台湾問題を一回限りの有事対応として処するか、或いは、台湾を永久に米国陣営に保持するかの観点ではない。台湾海峡への平和と安定に寄与するか否かが唯一の判断基準であるべきなのだ。斯様に考えれば、現実的な目標が何であるかは明白だ。即ち、北京と台北の指導者達に、衝突を未然に防ぐには、時間が双方にとり優位に働くと納得させる事だ。米国は、この目標に向かい全力を注ぐべきなのだ。

 平和維持の為には、何が中国を不安に追いやるのかを米国が理解しなければならない。そして、習近平主席が袋小路へ追い詰められる状況を避けつつ、台湾統一は遠い未来に属する問題であると北京政府を納得させる事が肝要だ。現実には、北京政府が現在目論む算用は、習近平が台湾占領の計画を加速させているとの単純且つ不正確な投機的見通しを越えた領域に於いて静かに潜航し、これら微妙な含みを理解する能力を米国は磨く必要があるのだ。又、台湾支援の内容は、同島安全保障のみに止まらず、その強靭性と繁栄をも強化するものであるべきだ。更に、台湾支援は、米国が軍事を越えた世界、例えば、北京政府が講じる灰色領域の敵対的諸戦術へも伍していく為のより包括的な抑止戦略をも含む、新規諸対策への投資が求められる事態を意味する。以上述べた方針は、闘争の根っこに存在する困難な諸問題から身を躱(かわ)す手法であると批評家達から非難を受けるかも知れない。然し、其処(そこ)が狙いなのだ。時として、解決不能な難題に直面し危機に陥るよりは、問題を先送りにするのが賢明な策なのだ。

大きな変化

 1945-49年の中国内戦末期、敗退し台湾へ退却した国民党員達は、1954年に米国と相互防衛条約を締結した。然し、1979年、米国は、北京政府との国交正常化の為、これらの関係を断ち切った。以来、米国は台湾海峡の安定に努め、突発的な衝突が発生せぬよう、その原因となる二つの行動を防止して来た。即ち、台湾による独立宣言と北京による武力併合だ。又、時として、台湾が独立に向け針路を取り過ぎた、との懸念を米国が抱く場合は、同島を抑制して来た。即ち、2003年、ジョージ・W.ブッシュ大統領は、温家宝中国国務院総理と並んで立ち、台湾の「声明と行動」による提案に対し、米国はそれが情勢の不安定化を招くとし、正式に反対を唱えたのだった。又、ある時は、米国は北京に対し、軍事的威容を目の前に見せつけた。1995-6年の台湾海峡危機では、中国側の度重なるミサイル発射テストに反応し、ビル・クリントン大統領が、空母を台湾沖に派遣した。

 又、米国の対応に於いて重要だったのは、「安心安全」を表明する事だった。米国は、1979年の台湾関連法の下、台湾に対し「広範囲な、緊密にして友好的な商業的、文化的、並びにその他諸関係の保全と増進を」行い、同島へ「防衛的性格の武器」供与を正式に約したのだった。一方、北京政府に対し、米国は、台湾の独立を支援しない旨は、2022年の国家安全保障戦略を含み一貫して表明して来た。この目標とは、衝突を無期限に延期し、又は、何かしらの政治的決着に着地できるよう、両者に対し空間を確保する事に在ったのだ。

 数十年間に亘り、この手法が奏功したのは、三つの要因が寄与した為だ。先ず、米国軍事力は中国に対し優勢で圧倒的な差を保持し、これにより、中国が中台関係に実質的変更を加える通常兵器の使用を抑制する効果があった。二番目には、中国は、自身の経済発展と国際経済への統合を優先し焦点を当て、台湾問題は棚上げにして来た。三番目として、米国は、これまで台湾海峡の安全への諸挑戦に対し、巧妙に対処し、即ち、生じた火種は、その発生源が台北側であれ北京側であれ、衝突へと発展しかねないものは、こうして踏み消して来たのだ。

 然し、過去数十年の間に、これらの三つの要因全てが劇的に発展した。その中で恐らく最も大きな変化は、中国軍事力が数十年間に亘る、軍備諸投資と諸改革の増進によって格段の進歩を遂げた点だ。1995年、米国が空母USSミニッツを台湾海峡に航行させた際には、中国人民解放軍(PLA)は、憤慨の中にそれを唯(ただ)眺める事しか出来なかった。それ以降、特に中国沿岸海域に於ける両者間の軍事力差は顕著に縮まった。今や北京政府は、台湾周辺の海域及び上空領域の諸標的をいとも簡単に攻撃可能だ。即ち、同海域の米軍空母を攻撃し、領空の機器を妨害し、グアムと日本を含む、西太平洋所在の米軍基地を脅かす事が出来るのだ。現実には、中国人民解放軍には実戦経験がない為、同軍の有効性詳細に就いては現状未知数である。それを割り引いても、同軍の戦力投射に於ける優れた能力を強味に、北京政府は、有事の際には、台湾周辺に展開する米国と台湾の軍隊に対し深刻な損失を与える事が出来ると自信を深めているのだ。

 中国軍事力の向上に伴い、今や北京政府は、同国のより広範な野望追求に於いて、以前にも増して、米国や他諸国と事を構えるのも辞さない姿勢である。習自身も、近年の歴代前任者達を凌ぐ強大な権力を蓄積させた結果、殊(こと)、台湾問題に関しては、より危険を孕む選択肢をも許容する傾向と見受けられるのだ。

 米国は、現状維持を約し、両陣営が彼ら自身で平和的解決へ至るよう導く、徳義を踏まえた仲裁者として行動する振る舞いを遂に放擲してしまった。そして、米国は、中国が台湾へ与える脅威に対抗する路線へとその焦点を修正した。この変化を反映し、ジョー・バイデン米国大統領は「米国は台湾海峡に紛争が生じた場合、同国の代わり軍事介入する」旨を繰り返し発言するようになったのだった。

「位置に付いて、用意、ドン!」で侵略、とのシナリオは果たして妥当か?

 上述した米国政策に於ける変化が加速したのは、習が近い将来に台湾併合や海峡封鎖を実施する事を、既に決断したとする議論が一斉に広まったのが原因だ。2021年、当時、米国太平洋軍司令官だった、フィリップ・デーヴィッドソンは、「今後6年以内に」中国が台湾に対し行動を起こすかも知れないと予想した。同年、政治科学者の オリアナ・スカイラー・マストロは、同様にフォーリン・アフェアーズ誌に、「北京政府が平和的手段を再考し、武力による統合を真剣に検討する、危険な諸兆候がある」と主張した。更に2022年8月には、米国防省次官補のエルブリッジ・コルビーもフォーリン・アフェアーズ誌で、米国は台湾を巡る戦争に火急の準備が必要だと寄稿した。これら分析は全て、中国が軍事能力拡大しているとの彼らの判断を根拠とするものだ。然し、彼らは、中国が軍事力に於いて、台湾を遥かに凌ぎながら、何故、同島に対し武力行使には至っていないのか、その諸理由を正面から捉えていない。 

 北京政府の立場に於いて、中国指導者達は、中台関係は望むべき方向へ進行しているとの意見表明に専念して来た。彼らは、国民に対し、時間は我が方に味方し、そして、勢力均衡は益々北京に有利に傾いていると云い続けている。2022年10月、北京で開催された、第二十回中国共産党全国代表大会での習の演説に於いて、彼は「平和的統合」が依然として、「台湾海峡を巡る統一実現への最善策」であり、北京政府が「主導権を維持し海峡間関係を推し進める能力を持つ」旨を表明した。

 然し、同時に、北京政府は、米国が「一つの中国政策」と云う、中国の位置付けに関し中国は一つのみ存在し、台湾は其処(そこ)に従属するとのワシントン政府の認識を、殆ど放棄してしまったと確信している。同政策に代え、北京政府の目には、米国が中国を弱体化させ分断させる為の道具として、台湾を利用し始めたと映る。又、台湾の国内政治情勢が中国の不安を増進させた。歴史的に親北京の国民党が軽視される一方、独立を指向する民主進歩党が権力統合を為した。一方、台湾世論は、北京政府が選好する政治的調停策である、中国が台湾を統治するが、台北に対し一定の経済と政治運営を認める「一国二制度」政策に対し幻滅した。台湾大衆は、同案に対して、特に2020年初に懐疑的と為らざるを得なかったのは、北京政府が2047年迄は香港に高度な自治権を認める旨を約し乍ら、強硬な国家法を課しそれを反故にした為だ。北京政府は、指導者達による宣言を通じ、「時間と勢いは、我が方に利する」旨を繰り返し発言して来た。然し、公的に表明する自信とは裏腹に、中国指導者達は、「一国、二制度」の制度が最早台湾には通じない事を理解しており、同島を巡る世論の傾向は、中台大統合計画への逆風になりつつある。

 一方、台湾は、事が緊急であるとの自覚を持つ。それは、北京政府が軍事的優勢を強めている状況に加え、米国の支援は、もしワシントン政府の注意が他地域に変じるか、或いは、米国人が海外事案の約束を反故にした場合、減じるかも知れぬとの懸念に苛まれる為だ。台湾総統の蔡英文政権からの新たなお願い、「今日のウクライナは、明日の台湾の姿(故に支援を求む)」は、中国攻勢に対する純粋な懸念を反映すると同時に、足下の地政学上の動乱を越えて、支援強化を取り付けようとする試みでもあるのだ。換言すれば、北京、台北、及びワシントンが全て同意すると思われる、一つの点は「残された時間が少ない」と云う事だ。

 事態は急を要するとの感覚はある程度事実に基づくものだ。北京政府は、台湾併合と云う明確且つ積年の野望を抱き、もし平和的統合への道が閉ざされた場合には軍事力に訴えるとの脅しを、公然化させている。米国が「台湾に関する了解」に最早固執していないとの北京政府による諸抗議は、或る程度正当なものと云える。そして、この点に関し、北京政府が、台湾を抑圧し、或いは獲得する下準備を進めていると心配するのは理のある事だ。然し、米国がウクライナ問題に気を取られている事態を利用し、中国が力により台湾を奪取するとか、或いは、中国は軍事征服に向け既に決定された時間計画に沿って行動していると云った、杜撰(ずさん)な分析を通じ、米国の懸念は一層深まって来たのだった。前者の見解は、事実でないと現実が証明した。後者は中国戦略の読み違えによるものだ。

 実の処、現状、中国が台湾獲得に関する特定の計画日程に沿って行動しているとの決定的証拠はない。更に、習が台湾侵攻準備を進める何等かの兆候が存在すると云うより、ワシントン政府内に高じる懸念は、主として中国による軍事能力の向上に対するものなのだ。CIA長官ビル・バーンズに拠れば、習が2027年迄には衝突に備えるよう軍部へ指示を出し、更に、台湾統一の進捗が「偉大な中華帝国の再興」実現の為に必要なものであり、その実現目標は2049年に設定されている、とした。然し、如何なる実行計画であれ、30年近く先の目標は、寧ろ願望に類するものである。戦争と平和に係る行動の自由確保を好み、みすみす諸計画に縛られて逃れ難くなるのは避けたいと思うのが、世界中の指導者の心情で、習も例外ではない。中国指導部は台湾問題の軍事的解決と云う選択肢確保の為には、惜しみなく支出を重ねているように見受けられる。然し、同様の理由を以って、将来が固定されており軍事衝突が不可避であると結論するのは誤りなのだ。

 台湾侵攻のシナリオを固定すると、米国政治家達が目先の誤った脅威へと誘導される。国防省高官達は、海上閉鎖と侵攻に備えた準備を進めるのを好む。と云うのは、斯かる諸シナリオが米国の現有対応能力に最も則し、且つ、その概念化と対応策構築がいとも簡単な為だ。然し、中国の指導者達は、嘗て武力による占領によらず、南志那海での人口島建造や香港に於いて法的手段による選択肢を取った事実は、再考の価値があるだろう。実際、この数年間、灰色領域に於いて、中国が仕掛ける広範に及ぶ様々な攻撃、即ち、サイバー攻撃、台湾政権選挙への介入、及び同島による自衛能力及び米国支援に関する信頼性喪失を狙った軍事演習等、に対し、台湾は防衛策を講じて来たのだ。ナンシー・ペロシ米国下院議長が2022年8月台湾往訪した際、中国の取った反応は、如何に台湾に自国防衛の自信を精神的に失わせるかと云う点に腐心したかを示す好例だ。即ち、同訪問の後、北京政府は、初めて台湾へ向けミサイル発射を行い、これ迄に前例ない、台湾海峡の中間線を越えて空軍演習を敢行し、台湾主要諸港閉鎖のシミュレーションをも実施した。

 台湾に対する軍事的脅威は確かに現実に存在するものの、それが唯一ではなく、又、最も差し迫っている挑戦と云う訳ではない。米国は、視野の狭い軍事的諸問題に捕われ、台湾に対するそれ以外の諸危険を軽視し、二つの大きな過ちを犯した。先ずは、過剰な反応によって、衝突を抑止するより寧ろ緊張を高める結果となった点。次に、実際に直面する可能性が一層高く、より広範な分野に及ぶ戦略上の諸問題に係る視座をも見失った点である。北京政府は既に、台湾が中国以外に持つ世界との繋がりの締め付けに動いて来た。同時に彼らは、台湾の人々に対し、壊滅的破壊を免れる唯一の選択肢が、北京政府の提案する条件に基づき平和を求める事であると説得しようとしているのだ。之(これ)は将来に於けるある仮定ではない。それは最早、毎日起きている現実なのだ。そして中国による侵略を誇大宣伝し、米国評論家や高官達は、図らずしも、台湾に於ける脅威を煽り、本来中国共産党に代わり、彼らの仕事を援護しているに等しいのだ。又、これら行為は、台湾周辺で事業に係わる世界的企業や投資家達に対し、台湾周辺での事業運営は軍事衝突に巻き込まれる高い危険を帯びる旨の警告をしきりに発する結果となっている。

 もう一つの誤りは、衝突は不可避とする考えだ。之(これ)により、米国と台湾は、切迫する摩擦に対して取り得る限りの諸対策を取るべく彼ら自身が束縛される結果、本来、彼らがその防止に努めた筈の事態を、みすみす早めて招来する事になる。例えば、米国が、台湾で軍隊駐留を永続化させ、或いは、台北政府と新たに正式な相互防衛条約を締結する等で、中国を追い詰めた場合、中国指導者達は、国内に高まる重圧を感じ、台湾島を破壊し兼ねない大胆な諸作戦の実施を決断する可能性もあるのだ。

 更に、台湾を巡り、一方的に米国との戦争を生じる危険を冒すのは、習の基本戦略に合致しない。彼の構想は、中国を世界舞台の主導的権力として復興を図り、彼が云う処の「近代的社会主義国家」に変革する事だ。斯様に、片や台湾を獲得する責務と、一方、世界に冠たる主導国となる願望は、両立し得ないのだ。台湾を巡る如何なる紛争も、中国の将来にとって悲劇となる。もし、中国が台湾へ軍事行動を取れば、同地域の他諸国は、戦争遂行で目標達成を図る中国に対する警戒を強め、恐らく、他の亜細亜諸国が軍備を増強し、互いに連携し中国支配を防止しようと図るだろう。台湾侵攻によって、北京政府は国際的な金融、データ、及び諸市場へのアクセスを断たれ、之(これ)は、原油、食糧、及び半導体供給を輸入依存する同国に致命的なのだ。

 譬(たと)え仮に、中国が成功裏に台湾に侵攻し同島を抑えたとしても、中国は数えきれない程の問題に見舞われる。先ず、台湾経済は、世界的に重要な半導体産業を含め大損傷を被るだろう。甚大な民間人が死傷し、初期戦闘を生き延びた人々も侵略軍に対し計り知れない敵意を抱く事になるだろう。そして、中国は前例のない外交上の反動と諸制裁に直面する。中国東海岸線の直ぐ沖合に突発する紛争は、世界屈指の繁忙な海上経済回廊を無力化し、中国自身の輸出主導経済に対し悲劇的結果を齎(もたら)す。更に、台湾侵攻により、当然、中国は、米国並びに恐らくは日本を含む、域内諸勢力による軍事行動を招く事となるだろう。これは、正にピュロスの勝利に相当する事態だ(勝利に見合わない損害を被る)。

 これらの諸現実が、中国をして積極的に侵攻を検討する事を抑止せしめている。勿論、これ迄の指導者達同様、習は自分の手で台湾併合を成し遂げたいと切望している。然し、70年間以上に亘って、北京政府は、台湾侵略の代償が非常に高く付くと結論付けて来ており、これこそが、それに代えて中国が経済的誘因策と、更により直近に於いては、灰色圏の対抗諸策に大きく依存するようになった理由なのだ。北京政府は、統合実現の為の熟慮された計画を持つ処(どころ)か、戦略上の袋小路に突き当たっている。北京政府が香港自治を踏みにじった後、中国が台湾海峡問題を「一国二制度」政策によって解決するとは誰も信じていない。同様に、中国経済の持つ魅力によって、台北政府は統合の机上交渉に応じるだろうとの期待も、台湾による経済的成功と習による経済運営の不手際との結果、敢え無く潰えたのだった。

 台湾侵攻によっても、これら問題は何れも解決出来ない。従い、習がその危険を冒すのは、彼がそれ以外には取る手段が残されていない場合だ。そして、彼がこのような結論を導き出すような兆候は何一つ見られない。米国は事態を次のように理解すべきだ。即ち、習の演説は、そのどれ一つとして、プーチン露西亜大統領がウクライナ侵攻への助走期間中に行った強迫的なものとは似つかない。無論、習が状況の読み違えや誤って衝突に至る可能性を完全に排除は出来ない。然し、彼の発言内容や振る舞いは彼がそれ程の無謀を犯す兆候を示すものではないのだ。

力を蓄えよ

 習が、未だ武力による統合を考慮する段階でないとしても、米国は尚も台湾海峡の利益を保護する能力維持を堅実に計画する事が必要だ。一方、軍事的な諸決定によって米国が取るべき対応策が限定される事態は避けるべきなのは、多くの分析者や政治家達の指摘する通りだ。然し、今後5年間で可能な限りの軍事力増強を以ってしても、彼我の軍備均衡を覆せないと云う逃れ難い現実が在る。従い、統合を強いて武力を用いる行為が、結局は高い代償を伴う点を、北京政府に対し明白に知らしめる為に、米国は巧な外交手腕と幅広い諸手段を駆使する事が求められる。

 持続可能は台湾政策とは、統合は「いつの日にか、実現されるべき」シナリオとして、北京政府の時間軸の引き延ばしに集中しつつ、平和と安定の保持こそを、その最終目標とすべきなのだ。米国は、習を袋小路へ追い詰める行為は特に避け、彼が台湾問題を最早長期目標として扱わずに、差し迫った危機と捉える事態を回避すべきなのだ。この、従来とは一風変わった対応策は、これ迄、米国と中国とは対決が不可避で、且つ北京政府の見せる過剰反応は彼らの危険な専売特許だと見做す、多くの分析者や政治家達の心構えに於いては、不本意な変化を伴う事になる。

 何も之(これ)は、北京政府を怒らせぬよう対応するのが米国政策の目標だと云うのではない。譬(たと)え、米国が台湾に対する支援を控えた処で、中国共産党創設に係わる基本要素である、同島統合に対する中国の熱意が同様に減じる保証はない。然し、この現実が意味する処は、米国は、徐々に国家主義的性格を強めつつある指導者が統治する強大な隣国を、不必要に敵に回す事なくして、台湾の繁栄、安全、そして強靭性の増進を図るべきと云う事だ。

 従って、米国支援は、台湾が既に中国から受ける広範な圧力に抗するに堪える同島の防備に集中させるべきだ。即ち、サイバー空間、経済、情報技術、外交、そして軍事上の補強だ。然し、重要なのは、主権の象徴に係わる台湾側からの諸要求に就いては、米国は之等(これら)を辞退する原則をしっかり弁(わきま)える必要がある。例えば、米国に所在する台湾外交事務所の改称等は、北京政府を苛立たせるばかりで台湾海峡の安全改善に資する事は何もないのだ。同様に、議会訪問団も、個別特定の諸課題改善に目標を絞り、効果が費用を上回る点を確保するのが重要だ。米国は、その支援を台湾の脆弱な分野にしっかりと焦点を当て行うべきで、それらは、貿易経路多様化、非対照的防衛兵器体制の導入、並びに、食糧、燃料、医薬品、及び弾薬の危機時に備えた備蓄、等である。現実には、米国や台湾による防御能力が増強される中、北京政府はそれを座視し静観はしない。実際、1995-6年の台湾海峡危機に際し、米国が海軍力を威示した事は、意図せざる結果を招いた。即ち、人民解放軍側で新規投資の急増を突如惹き起こし、米国の軍事優位性を棄損させてしまったのだ。軍事衝突に備え、台北、又はワシントン政府が現在準備を進める諸努力が一方では、更に人民解放軍に対し、我々が予想するような反応を正に惹き起こしてしまうとも云えるのだ。

 台湾海峡の平和を維持する為に米国が如何(いか)なる手法を用いるにせよ、中国にとって台湾問題は極めて根の深い政治的事案である点を、政策立案者達は、何を置いても先ず理解する事から始めるべきだろう。1995-6年の台湾海峡危機とペロシ議長台湾往訪を巡り最近高まった緊張は、何れも重大な政治上の体面に係わって発生したものだ。つまり、その原因は、台湾への武器売却でもなければ、国際諸機関への台北復帰支援でも、米台相互経済関係強化の提唱でもなかった点が重要だ。これらが語る教訓とは、米国には本質を見極め、台湾が真に必要とする支援をより的確に実施する余地がまだまだ存在すると云う事だ。例えば、北京政府が「中国は台湾統一に向け歩を進めている」と発表する談話は、彼らにとり内政上の核心に係わる問題なのだ。この点を忘れ、之(これ)を公けに切り崩すような行為を米国は回避すべきだ。一方、米台が防衛強化の協議等を水面下で進めれば、中国当局が不満表明するのは避けられないが、それでも、これらは公式に北京政府の面目を損なうには至らぬ事案と云えるのだ。

 斯様に、米国の諸行動は、台湾に実質的な支援を施すと同時に、習に対しては、台湾を最終的に統一する道が依然開かれている点を国内に主張出来る余地を残すもので有るべきなのだ。これら対象分野の代表例としては、米台間の協調強化による供給網強靭化を始め、多国間貿易協定の交渉による台湾貿易多角化、公共衛生強化への協力、非対称性を利した防衛的諸兵器の供与拡大、及び、量子コンピュータや人口知能応用と云った新興分野の技術革新加速に対する諸資源の確保、等が挙げられる。これら諸尽力は、皆どれも、北京政府が奉じる「最終的台湾統一」と云う物語に対し公然と挑む事なく、一方、台湾に於いては国民に対し健康、安全保証、及び繁栄を提供する為の能力強化に貢献する。

 更に加えて、米国は、印度・太平洋地域に於いて、自国政策を信頼性に裏打ちされた軍事体制を以って支える必要がある。つまり、同地域への小型・分散型兵器配備に一層重点を置き、更に、長距離対地及び同対艦ミサイルシステムへの投資を増強すべきだ。これら諸投資を通じ、米国は、中国が台湾に於ける軍事的優勢を早期に固める機会を、打ち消す能力を強化出来るだろう。そして、米国が目立たぬ程度に台湾へ武器供与を行う限り、北京政府は不満を募らせはするものの、それに対抗し、武力報復策を正当化する事は先ず不可能だ。従い、換言すれば、米国が取るべき策とは、宣伝は控える一方、実のある行動を増やす事なのだ。

 台湾問題を、同政府内の複数高官達が主張する如く「全体主義対民主主義の争い」と位置付ける見解に対しては、米国は反対表明すべきだ。殊(こと)、露西亜(ロシア)によるウクライナ侵攻の悲惨な出来事の直後でもあり、台北側が描くこの構図も理解は出来る。そして、一機に独裁体制を深める北京政府に対比して、安全で繁栄的な台湾自由民主主義の価値を、米国人達に認知させる手法は成就し易いかも知れない。然し、この対応策は本質的問題の見落としから生じている。即ち、台湾海峡の平和維持に対する脅威増大は、中国政治体制自体に起因するものではない。何故なら、同体制は、固より非自由主義に深く根差し、且つ常に変わらず厚顔不遜なレーニン主義者であり続けて来た。真の原因とは、習近平周辺への権力集中と相俟(あいま)って、同国の力によって主張を打ち出す能力が増大して来た事にこそ在るのだ。

 上述の誤った手法から生じる、厄介な問題は、恐らく米国が袋小路に閉じ込められる。台湾海峡問題を明白な思想上の線で色分けしようと試みれば、灰色領域に於ける微妙な諸問題を対処する際、政治家達が足を取られる事態となる。米国人ゲーム理論家トーマス・シェリングが示した通り、相手を抑止するには、説得力ある脅威と信頼に足る保全とをない交ぜた戦略が求められるのだ。保全とは、北京政府に対し、武力行使を控えれば、米国は台湾独立の支援を行わないと納得させる事だ。然し、米国の台湾政策に思想が吹き込まれると、米国が保全を得る信頼性は低下し、その結果、米国が中国に対し保全を提供しようとする意図も又、排斥される。北京政府側の懸念に対し配慮するのは、ワシントン政府内のタカ派的時代思潮にそぐわないかも知れないが、この種の、戦略的に相手の立場に感情移入する手法は、敵対者の計算と意思決定を推測する為には、極めて重要なのだ。

 思想上の争いを巡る緊張は、激化して「台湾問題に関する如何なる形態の解決に対しても、米国が永久に反対し立ちはだかるのではないか」との北京側の懸念を掻き立て、中国を窮地へ追い込む危険がある。そして、次いでこの事態は、北京政府を「譬(たと)え深刻な経済的及び政治的代償を払おうとも、軍事力を利用し、米国の反対を押し切り、同島を強制的に併合するのが、唯一残された最後の選択肢」と結論付ける方向へ導く可能性がある。中国指導者は、誰であっても、台湾が中国の手による管理から抜け落ちるのは自身の生存に係わる損失と見做すだろう。2022年9月にバイデンが「もし、中国が“前例ない攻撃”を仕掛けた場合、米国は台湾防衛に駆けつける」と言及した事によって、「米国政策は、何時、如何にして台湾に代わり紛争介入するかを明確に表明する方向へと傾斜し始めているか否か?」と云う議論が再び先鋭化した。然し、この“政策の明瞭性”を巡る論争は、所詮気晴らし程度の意味しか持たない。その理由は、先ず、中国軍部は、同国が全面的侵攻に踏み切れば、米国が介入する事を既に前提とする。従い、北京政府側認識として、米国の参画は既に軍事計画の要素として織り込み済なのだ。更に、米国と台湾の間に相互防衛条約は存在せず、又、交渉の途次にもない。従い、幾ら大統領が介入すべきだと示唆した処(ところ)で、ワシントン政府にそれを実施すべき拘束義務はない。之(これ)に加え、中国人民解放軍が挑発も受けない中で露骨な侵攻実施に至るとの想定は、米国が先ずもって遭遇する可能性が最も低いシナリオである。つまり、現実的には、米国が中国の侵攻へ対処する手段は、同国が行う特定の攻撃に応じて、発生する個別諸環境次第で当然変容するのだ。この意味に於いて、“戦略の不鮮明さの明確化を図る”という概念自体が所詮神話に過ぎない。

 戦略の明確化を巡り、一昔(ひとむかし)前の議論を今更焼き直すより重要な事がある。それは、米国の「一つの中国」政策を、より強大な権力を備えて野心的となった中国が繰り出す、新たにして且つ圧力に満ちた諸挑戦に、如何に則するよう順応させるべきかを、今こそ集中的に検討すべき時なのだ。バイデン発言を取り繕い、「米国政策に変更はない」との単純な声明をホワイトハウスが表明しても、それは北京政府や過去6年間の米国政策を真摯に見守って来た分析者達にとって何とも空しく響く。偽りの恒久性を演じ続ける茶番は幕にして、米国は真実を語るべきだろう。つまり、「米国意思決定は、台湾海峡の平和を護持する決意によってこそ導かれ、もし、北京政府が台湾への圧力を先鋭化させる場合、ワシントン政府はその対応姿勢を状況に応じ変じて行く」と云う言葉に尽きる。そして、一方、台湾側が、海峡環境を損なうような象徴的諸手順を追求するような動きに出た場合にも、米国は同様の対応を取る点を宣言する必要がある。斯かる手法は、台湾海峡の現状は固定しておらず、動態的であるとの前提に立ち、且つ、北京政府の対応は平和維持と破壊との両面の可能性を秘めると認識するものだ。即ち、ワシントン政府が明らかにすべきは、海峡の安定を損なおうと画する者が、北京であろうと台北であろうと、米国は均衡の再回復に尽力すると云う方針だ。然し、この策が機能するには、米国の諸行動とその意図が明白で且つ、同海峡均衡保持の約束が信頼に足るものである事が条件となる。

 又、台湾海峡の緊張を解く解決策が如何なるものであっても、それが平和的手段により且つ台湾人民の意向に沿うものである限り、米国は之(これ)を受諾する事を、一貫し確固として宣言すべきだ。一方、もし、習が、彼自身や他の同国指導者達が尚も好ましいと主張する通り、平和的な統一の道筋を実現したいと望むなら、彼はこの選択肢を台湾公衆へ提示し説明すべきだ。然し、現実には、斯かる調停策の提案は、仮にあったとしても、後(あと)、何十年か先の話になるかも知れない。然し、それにも拘わらず、台湾が安定した域内環境の中で成長と繁栄を可能にする平和は、時間を掛けても追求する価値がある。譬(たと)え、この結末が多くの米国分析者や政治家達が切望した最終形態とは異なったものであったとしてもだ。

 米中関係は、この5年間悪化し続けた挙句、遂に危機の瀬戸際に至った。相互摩擦は、貿易から技術分野に移行し、今や、直接武力衝突の脅威へと高じた。台湾海峡を巡る緊張は、無論、中国の同島に対する脅しが根本原因だ。然し、この明け透けな事実によって、一層浮彫(うきぼり)になったのは、米国にとって、先見に富んだ洞察力、堅固なる意思、及び巧妙さを以って行動するのが如何に重要であるかと云う点だ。米中が直接戦火を交えれば、何世代にも影響を残す大破壊は免れない。成功を測る尺度とは、台湾の人々が安全と繁栄の中に生き、そして政治的自治を享受し続ける、その一日一日だ。米国の諸努力の根本目的は、台湾の将来に対する自信を強化し、平和と安定を維持し、一方、中国に対しては、今は暴力的な闘争を強いる時期ではない点を、説得力ある姿勢で示す事に在る。これら目標を達成するには、時間軸を引き延ばし、手に負えない問題を危機に追い込まない事が重要だ。賢明なる政治手腕こそが軍事力に勝り、台湾海峡に平和と安定への道筋を提供可能とするのだ。

(了)


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