著者:マイケル・ベックリー
タフツ大学准教授 (他肩書 記載省略)
ドナルド・トランプ大統領は米国外交政策を根本見直すことを約し執務室に登場した。それ以来、彼は、同盟国を軽蔑し、米国を国際諸条約から脱退せしめ、友好諸国と敵対諸国に対し等しく関税を課した。多くの専門家達は、第二次世界大戦終結以降に世界政治を統治して来た、一連の諸機関や諸規範、所謂、自由主義世界の秩序に対し、トランプの“米国最優先”方針が与えた損害を嘆いている。彼らは、トランプが一度(ひとたび)大統領執務室を去れば、米国合衆国が自由主義世界の指導者としての役割を回復することを望んでいる。
しかし、それを期待してはならない。自由主義国たる米国による覇権時代は、最早、冷戦時の残光に近い、人工的遺物と見るべきなのだ。これとは対照的に、トランプ外交の取引重視型政策こそ実は米国の歴史の大半を占める規範だったのだ。これが故に、トランプの痕跡は、彼自身が去った後も、長く存続することが十分有り得る。
トランプの諸政策は、今日既に多くの米国人達に気に入られたのだった。そして、この先数年間、その魅力は更に一層の広がりを見せると思われる。その理由は、急速な人口老齢化と自動化の台頭という世界に流れる二つの潮流が、国際社会に於ける力関係を、米国に利する形に造り変えるのを加速するからだ。そして、2040年迄には、米国が唯一、巨大で成長する市場と、世界規模で展開可能な軍備を維持し得る財政能力とを兼ね備える国となる。一方、新しい技術は、労働力や資源に関する米国の海外依存度を減少させ、又、米国軍に新兵器配備を可能ならしめ、競合諸大国が領土拡大を図る動きを封じることが出来る。自身でこれら優位性をみすみす無駄にしない限りは、米国は今後共、経済上そして軍事上で世界を支配する力を持ち続けるだろう。
しかし、最も強大な国として留まることが、米国が自由な国際秩序の擁護者であり続けることを意味しない。幾分、逆説的ではあるが、米国経済と軍事力を強化せしめる、その幾つかの同じ潮流は、一方、米国が嘗ての役割を果たし続けることを困難にせしめ、更に、トランプの採った諸対策を一層魅力的にするのだ。この事を以下に説明しよう。
第二次世界大戦終結以来、米国は自身を、民主的資本主義に則った活動を保護する長であり、且つ自由主義の諸価値観に沿って構築された、約束に基づく国際体制の王者であると見做して来た。即ち同国は、世界数十ヶ国に対し、軍事的庇護、海上航路の安全確保、及び米国ドル通貨と同国市場に関し、それぞれ容易に利用し参画する権利、を提供した。これら諸国はその見返りに、忠誠を約束し、そして多くの場合、彼らの経済と政治の自由化を実施した。
しかし乍ら、今後数十年間の内に、人口の急速な老齢化と自動化の台頭とが民主的資本主義に対する信頼を挫き、所謂自由主義世界をその根底から崩していくことが予想される。各国が老齢化社会の世話をし、且つ技術革新によって職が喪失される重荷を背負う事態は、資源と市場を求める国家間の競争を激化させる。また、老齢化と自動化社会は、これまで各国政府が共通の問題解決に当たるに際し、頼りとしてきた国際諸機関に於いて様々な欠陥が生じることを露わにし、そして米国民達は、これまで何世代にも亘り頼みとしていた海外の同盟諸国に就いては、これらに左程依存しなくて済むと感じ始めるであろう。斯様な動きに応じ、米国は群れから去り行く大国となる可能性がある。米国は、21世紀も20世紀同様、引き続き世界に権勢を振ることが見込まれる。世界に於ける米国の役割に関し、嘗ての“米国の世紀”は自由主義理念に基づいて構築されたものであった。ところが、今日私達は、寧ろ非自由主義的米国の世紀、の幕開けを目にするかも知れないのだ。
世界から遠ざかる米国
外交政策に対するトランプの“米国第一”主義なるものは実は米国の歴史に深く根差している。1945年以前の米国は、金銭と物理的保安に係る諸問題を主とする、極めて狭隘な範囲に同国利害を設定し、その実現に邁進する一方、その他諸国へ及ぼす影響に就いては殆ど無関心であった。同国は自由と権利といった自由主義の価値を信奉するものの、その適用は国内でも海外でも選別的にしか行わなかった。また、独立戦争時に唯一仏国との関係締結を除けば、同盟国を形成したこともなかった。又、当時米国の関税は世界の中で最も高率の部類に位置した。更に、国際諸機構を忌避していた。一方、そうかと云って米国は孤立主義者ではなかった。事実、同国の飽くことなき領土拡大は、アドルフ・ヒトラーをして羨望の念を抱かしめた程だ。だが、米国は往々にして世界から距離を置いていた。
米国は自国の目標を単独で追及して行くことが出来る。何故なれば、他諸大国と異なり、米国が自己充足型国家だからだ。1880年代迄に、米国は世界最大の裕福な国となり、且つ最大の消費市場で、重要な製造業者とエネルギー生産者でもあり、更に巨大な天然資源を有し、一方、確たる大きな脅威は存在しなかった。国内に多くの成し遂げるべき課題が在った米国は、海外に同盟諸国を形成する事に余り興味を持たなかった。
冷戦がそれを変貌させた。ソヴィエト連邦軍がユーラシア大陸の大きな面積を占拠し、共産主義は世界中で何億人という支持者を魅了した。1950年代迄に、モスクワ政府は、西欧大陸に比べ2倍の軍事力を誇り、全世界の産業資源の35%が共産主義者により支配されるに至った。これらの脅威を封じ込む為に、強力な仲間を必要とした米国は、数十ヶ国に対し安全保障と自国市場への参入便宜を提供することで、同盟国を資金的に支援したのだ。
ところが、冷戦終焉後、米国民達は、次第に同国による世界指導力の問題を問うよりは、海外に生じる諸紛争に就いてより一層心配するようになった。その後、数十年を経て、海外活動を抑え、国内重視することを誓約した大統領が度々(たびたび)政権に就いた。しかし、中国がWTOに加盟、EUが単一国家化し、NATOが拡大、世界経済が米国の諸機構への依存を強めるに従い、冷戦後の世界が目撃したものは、ワシントン政府が前述した誓約に反し、数多くの軍事介入を実施し(バルカン半島諸国、アフガニスタン、イラク、及びリビア)、更に米国主導による自由主義秩序の一層の拡大であった。
米国自由主義の覇権拡大を概ね歓迎した、多くの米国人エリート達が、“米国第一主義”を基盤に選挙に勝利したトランプに衝撃を受けたのは、上述に述べた流れがその原因の一つになっている。現在、我が国が国家主義的姿勢であることの責として、トランプのみを批判するのは慰めにはなるものの、事実は、戦後の自由主義秩序に対する米国民支持は、ここ数十年の間、既に揺れ動いていたのだ。と云うのは、最近の調査では、60%以上の米国人が、自国は単純に国内問題に従事するのを望むことを示している。又、米国外交政策の優先課題は何か、との世論調査員の問(とい)に対し、国際自由主義の旗頭として最も重要な活動と云える、民主主義、貿易、及び人権擁護を振興すること、を挙げる人々は極少数に過ぎない。その代わりに米国人達が言及するのは、テロリストからの攻撃を防ぐこと、国内雇用を守ること、そして不法移民を減じること、なのだ。又、調査対象者の凡そ半数は、同盟国が攻撃を受けた場合に米国が軍隊を派遣することに反対し、更に80%近くの者は貿易から雇用を守る為に関税操作を行うことに賛成している。こうして見ると、トランプが行った対処諸策は何も常道を逸脱したものではない。そうではなく、それらは米国政治文化の根底に常に流れていた、この潮流に触れ、適合したものと云えるのだ。
老い行く世界
今後数年の間、年齢別人口構成と技術変化が米国の経済及び軍事上の優位性を増加させ、他国への依存度が軽減する事から、自由主義秩序に対する米国の支援は、一層縮小して行く可能性がある。先ず、人口老齢化は大半の国々で進行し、しかもそれは多くの国で極めて急速な割合で起きている。つまり、2070年迄に、世界全人口の年齢中間値は100年前に比べ倍加、即ち20歳から40歳となり、且つ65歳以上が人口に占める割合が4倍、即ち5%から19%へと増加しているだろう。この1千年間というもの、若年層が高齢層を大幅に上回って来た。ところが2018年に64歳以上の人口が6歳以下の人口を初めて上回る現象が生じたのだ。
早晩、米国が、巨大で成長を続ける市場を有する唯一の国となるだろう。世界の経済規模上位20ヶ国の内、僅かにオーストラリア、カナダ、そして米国のみが、今後50年間を通し20歳から49歳までの成人人口の増加が期待できる。その他経済諸大国では、上記の重要な年齢層が平均16%も減少し、しかもこの年齢構成人口の縮小は世界で最も強大な経済諸国に集中的に発生する。例えば、中国の場合、年齢20から49歳までの若年労働者兼消費者を、2億2千5百万人喪失することになり、これは何と現在の同年齢層人口の36%に相当する。日本は、同じく20歳から49歳の層の人口が42%減少、ロシアは23%減、独逸も17%減といった具合だ。インドに就いては2040年まで同層人口は拡大するものの、その後急速に萎(しぼ)んで行く。一方、米国はこの間に10%拡大することが見込まれる。現在でも米国の市場規模は、追従する上位5ヵ国を合算したものに相当する程に巨大な為、如何なる国より海外貿易と投資への依存度は少ないと云える。他の経済主要諸大国が縮む中、米国は世界経済成長のより中心に位置して行くことになり、従って国際間取引に頼る必要が一層なくなって来る。
又、急激な老齢化は、競合する諸大国に於いては軍備拡大を跛行させることとなる為、従来に比べれば、米国にとって頼むべき同盟諸国の必要性も薄れ行くだろう。例えば、2050年までの将来を予測すると、ロシアに於ける高齢者向け年金及び医療保障支出はGDP対比50%近くまで膨れ上がる見通しで、中国に於いてはそれが3倍増にまで膨張、一方、米国に於いて同支出の増加は35%に止まるのみだ。即ち、ロシアと中国は、間もなく、銃を軍隊の備えに購入するか、杖を買って増加する老人達の支えとするか、の厳しい選択を迫られる。そして、歴史の暗示するところは、内国騒動を予防するには、彼らは後者の選択肢を優先せざるを得ないのである。又、更に、もしロシアや中国が国防予算を削減しない場合でも、自国軍隊自体が急速に老齢化する為、その軍事力を最新式に保持するのは至難の業となる。つまり、ロシア国軍に於いては、同国国防予算の内、実に46%を人件費が占め(米国の場合は同比較で25%に対し)、更に今後10年の内に、大量の高齢者軍人が退役・年金生活入りする波が押し寄せ、同比率が50%を超える。一方、中国国軍の人件費が国防費に占める比率は31%と公表されているものの、複数の外部消息筋によれば国防費の略半分が人件費に費やされ、同率は今後も上昇することが示唆されている。
自動化が齎(もたら)す米国の優位性
世界の急速な社会老齢化により、米国は、経済と軍事双方に於いて、敵対する諸大国を凌ぐ実力差を加速的に広げるのみならず、もう一つ、同様に優位な趨勢の出現を見る。即ち、自動化増進である。機械は幾何級数的速度で小型化と費用逓減を実現した。更に重要なのは、一種の人口知能であり、“機械学習”と屡々(しばしば)呼ばれる工程であるところの、新しい情報に対する適応能力、をも機械が備え始めている点だ。結果として、新しい機械は、コンピューターによる大量の演算機能に加え、産業機械が有する巨大な物理的力と、更に、幾らかの、直感的能力、状況認知力、並びに嘗ては人類の特権であった器用さ、といった諸能力とも合体し兼ね備えたのだ。これらの発明のお陰で、2030年代迄には、今日の経済活動の内、半分近くの業務が自動化され得る。
社会老齢化への対応と同様に、知能的機械を広く採用すれば、米国は他国への経済依存度を逓減することが出来る。上述の機械自動化推進に関し、米国諸産業は既にかなりの先行を保っている状況にある。例えば、同国は、第二位に付ける中国と比較し、約5倍の人口知能の企業と専門家を有し、更に、人口知能ソフトウェアとハード機器の世界市場に対する同国占有率は、中国の6~7倍に相当する。米国諸企業は、この技術先行を梃に、優位性を持つ自動化を活用し、現在四方に拡散する世界規模の調達網を、自国内工場を垂直的に統合させる方式に置き換える事が可能だ。人口知能で対応する業務領域が拡大するに連れ、サービス産業も同様の対応が出来よう。一例を記せば、コールセンターが既に海外から米国内に戻りつつある。ここ数十年に亘り、米国は海外に安価労働力と資源を求めた。これらが、今日、過去の事となりつつあるのは、自動化により同国が自国依存度をより高めることができるからだ。
知能的機械の台頭は、又、ワシントン政府が競合国の軍事増強を封じ込めるのにも役立つ。米国は危機が発生するのを待つ代わりに、先んじて、潜在的紛争地帯に武装ドローンやミサイル発射機を予め配備することが出来よう。これらのドローンやミサイルは敵の侵攻部隊を全滅させる能力を持った、高度技術を結集した地雷原として活躍する。また、これらの兵器は追撃するのが困難な上、安価に購入できる。例を挙げれば、航空母艦一隻の購入費用を以って、XQ-58A型ステルス式ドローン6,500機を、或いは徘徊型巡行ミサイル8,500発を買うことが出来るのだ。米国は、これらの武器を配備することにより、戦闘目的に於いての根本的な非対称性につけ込むことができる。即ち、米国に対抗する中国やロシアは域内覇権という目的達成の為には(台湾やバルチック諸国といった)領域を襲って支配する必要があるのに対し、米国は彼らがそのような支配を施すのを覆すだけで良く、この任務遂行には知能を備えたドローンやミサイルの配備網が最適なのだ。
弱体化する自由主義体制
老齢化社会と自動化社会が米国の立場を強化する要因であるとは云え、既に弱体化しつつある、米国主導による自由主義体制を補強することにはなりそうもない。自由民主主義を信奉する世界に於いて、これまで公衆から支持を受ける為の源泉となっていたのが、人口増加と、雇用を創出する技術革新を背景とした、労働者層による所得増加である。即ち、戦後の出産流行期は大量の若年労働者と消費者とを出現させ、製造工場現場が彼らに職業の安定を提供した。ところが今日、民主主義諸国の人口は老齢化と縮小とに見舞われ、更に機械によって雇用機会が奪われている。つまり、労働に勤(いそ)しみ、自由主義体制を支持すれば、経済の波が全員の船を全て等しく高い場所へと押し上げて呉れる、という根本的な約束事は既に崩壊した。そして、その隙間を埋めるように国家主義や外国人嫌悪が生まれたのだ。
実際の将来見通しは、多くの人々が思うより更に悲観的な物だ。即ち、今後30年の間に、米国の民主主義同盟諸国に於ける生産労働者人口は平均12%も縮小、これは持続的経済成長を殆ど不可能ならしめる水準なのだ。一方、これら諸国では、老齢者人口が平均57%も増加し、年金と医療保障に費やされる支出はGDP構成比で倍増すると見込まれる。又、これらの国々は、新型コロナウィルス感染拡大によって財政収支の更なる赤字化が惹起される以前の段階に於いて、既にGDP対比平均270%もの財政赤字を負っている為、今後一層の借入を増加させる手段によって活路を見出すことは困難と判断される。その代わり、これら諸国は高齢者の年金受給額を削減し、若年層への社会的支出を減じ、増税を実施し、或いは移民流入を促進させるかの策が必要となるが、その何れもが国内政治上の反発を招くことが避けられない。
急速な自動化は経済の混乱を熾烈化させる。歴史に見る通り、技術革命は長期的には繁栄を齎(もたら)すものの、短期的には一部労働者を低賃金労働や失業へと陥れ、然(しか)も短期的と云っても、それは数世代に亘り継続するのだ。つまり、英国に於ける産業革命の初期70年間、1770年から1840年に掛け、労働者一人当たりの生産高が凡そ50%以上も増加したにも拘わらず、その間、労働者平均賃金は底這いし、生活水準は寧ろ低下した事実がある。当時、巨大商業化により獲得された富は、実業界の大物達が吸い上げ、彼らの利益率が倍増した。今日の先進諸国を見るに付け、再び機械が人々の仕事を奪い、しかも弾き出された労働者が新しい職の再訓練を受けるより早い速度でそれは生じ、低から中程度熟練労働者の賃金水準は沈滞し、特に大学学位未取得男性を含む、数百万の人々が労働市場から脱落している。自動運転車、店舗、倉庫、及び調理場等の様々な分野に於いて、現在、既に見られるように、人的労働力を置き換える技術が発達を遂げるに連れ、上述した傾向は今後70~80年間は継続するというのが、多くの経済学者達が予測するところで、同見解は広く受け入れられている。
停滞する経済成長、巨額の政府債務、頭打ちの賃金水準、慢性的失業、そして極端な不平等、これらは国家主義や過激思想を生む傾向がある。1930年代には経済的不満が大勢の人々をして、民主主義と国際協調とを拒絶せしめ、全体主義や共産主義を受け入れるに至らしめたのだった。そして、今日、超国家主義者達が民主主義世界で増勢を強めている。この動きは何も東欧州域内の、誕生間もない未成熟な民主国家に限った話ではない。例えば、独逸に於いても、右翼国家主義者の党である、「独逸の為の選択肢」は議会3大政党として議席数を保持し、又「新ナチ党」党員が軍隊や警察に潜り込む事例が倍増し警戒を要する状況になっている。このように、次第に国家主義者達が勢力を獲得し始め、更には関税を引き上げ、国境を封鎖し、そして国際機構を離脱するに従い、米国にとっては、自由主義世界の秩序を牽引する役割を果たすのが困難になって行くだろう。
群れから去り行く大国
揺らぐ同盟国と分断され無関心な大衆に直面する米国は、次第に大連合組織体の長としての振る舞いは鳴りを潜め、その代わり、群れから離れ行く単独の超大国の如く行動し始める。即ち、経済力と軍事力の両面に於いて正に巨人で在り乍らも、道義上の責任感を欠いており、孤立主義でないが国際主義でもなく、しかし、攻撃的な上に十二分な軍備を備え、そして自分自身の為に完全に群れから離れている、という姿だ。実際のところ、トランプ政権下で、既に米国は斯かる方向へと向かっていたように見える。同政権下、同盟国は米軍駐留経費に更に50%の割増を付して支払うべきだと大統領自身が熟考し出すに及び、幾つかの米国安全保障条約は恰も反社会勢力が、みかじめ料を請求するが如くの様相を呈し始めたのだった。また、同政権はWTOを介する交渉を回避し、相対的な関税条件による貿易交渉を相手国に強いた。更にトランプは民主主義増進という目標は殆ど放棄し、外交の評判を傷つけ、国務省を骨抜きにした上で、国防総省へより一層の権限委譲を行った。米国軍とて変貌を遂げつつある。それは次第に防衛と云うよりも、制裁を加える為に備える軍事力と化したのだ。又、トランプ政権は、同盟で約束した領域に於ける米軍永続配備を縮小する一方、それに代え、世界中を駆け巡る海外派兵部隊を編成、同隊は海を越え目標を粉砕し、そして密かに地平線の彼方へと帰り去ることが出来るのだ。
トランプ政権批判者達の多くは、上述の諸変化を、単に非賢明のみならず、何かしら非米国的であると非難して来た。ところが、トランプの対処姿勢は今日多くの米国人達の心に響き、更に、米国が世界で果たすべき役割に就いては、彼らが選好する姿との合致を見るのだ。従い、もし、これらの状況が続く場合、米国の指導的役割に関し、何が最善なる選択肢となるであろうか。それは、ワシントン政府が、より自国優先主義の姿勢を帯びた自由国際主義を採択し始めていくことであるかも知れない。即ち、米国が同盟諸国を保持する際は、庇護に対しより多くの対価を支払ってもらう。米国が貿易協定を締結する際は、米国規制基準を採用する国々にその対象を限定する。国際機構に参画する際は、万一、米国利益を害する行動があれば、脱退を脅しに使う。民主主義や人権擁護を推進する際は、主として地政学上の競合国を動揺せしめる目的に限定する、と云った具合だ。
更に、米国が国際秩序の舞台からすっかり離脱してしまうことも選択肢の一つとして有り得る。つまり、国際規定や諸機構を支持することで、脆弱な国々を安心させるのではなく、関税、経済制裁、入国査証発給制限、ネットワーク空間諜報活動、及びドローン機による攻撃等、相手を威圧するあらゆる手持ちの策を動員し、同盟諸国と敵対諸国の双方から等しく、自国にとって最善の取引条件を圧搾していくと云う策だ。但し、そこには最早、共通の価値観に根差した、永続的提携関係は存在せず、唯、取引あるのみとなる。そして米国指導者達が他国を判断する基準は、その国が米国雇用を生み出すか、或いは、米国本土に与える脅威を減じる能力を持つか、一重にこの点に懸かるのであって、諸国が国際的諸問題の解決に熱心であるとか、民主主義政権か独裁政権か堂かは考慮されない。これらの判断基準に従えば、大半の国々は米国にとって重要でなくなるのだ。
米国の通商活動は、地球の西半球、特に米国貿易額の1/3を占め且つ全世界GDPの1/3を生む北米へと持続的に移っていくだろう。他地域が、社会老齢化と自動化進行から生じる後退に直面する間に、北米こそが、持続的経済成長に必要な全ての要因を備えた唯一の地域と云えるのだ。即ち、裕福な消費者を抱え、巨大で成長を続ける市場、豊富な資源、熟練技能者と低賃金労働者との双方の供給を合わせ持つ労働市場、発達した技術力、そして域内に平和的国際関係が維持されていることがその理由だ。
一方、米国の戦略的同盟諸関係は、書面上では尚も存在するにせよ、それは実際上効果のない空文と化す。ワシントン政府は、僅かに二組の日常的友好国群を維持するに止まるかも知れない。一つ目は、オーストラリア、カナダ、日本、及び英国を含むだろう。これらの国々は、地理的に世界を横断する戦略的配列にあり、又、各国の軍隊と情報機関は既にワシントン政府との協力関係にある。日本を除けば、これらの国々は何れも、その他米国同盟諸国と異なり、労働年齢層人口の増加を尚も誇り、従って、米国の役割に対する対価支払に貢献可能な潜在的課税源を有しているのが利点だ。二つ目の組は、バルチック諸国、湾岸アラブ諸王国、そして台湾といった国々による立地構成となり、これらは、米国の敵対国と国境を分けるか、或いはその近辺に所在している諸国だ。米国は、これらの仲間達に対し武器供給を従来通り継続するものの、最早彼らを防衛する計画は持たないだろう。米国は直接の軍事介入を行わぬ代わり、中国、イラン、ロシアの拡張に抗する為の緩衝地として、これら諸国を利用して行くのが本質となる。
これら友好関係の枠外では、NATO加盟国並びに韓国のような長年に亘る同盟国諸国との関係を含め、ワシントン政府との同盟や諸関係は全て交渉次第で見直されることになる。米国は最早、各国に多国間同盟への参画を懇請するようなことはしない。その代わり、これらの国々は相対方式で、米国による庇護と同国市場への参入を得る為の条件交渉を行わなければならなくなる。米国に対し多くの見返りを提供できない国々は、新しく友好国を見つけるか、さもなければ、自分達で遣り繰りしなければならないのだ。
もし、米国が斯かる「米国第一主義」の理想像を、進んで完全に受け入れた場合、世界はどうなるのか? 幾人かの研究者達は悲劇的な成り行きを思い描く。ロバート・ケーガンは独裁政治と保護主義への回帰を予想し、嘗て日本帝国主義とナチスドイツがなした役割を中国とロシアが反復し、1930年代の闘争が再来するとする。ピーター・ゼイハンは、安全保障と資源を廻っての暴力的な競争を予想し、ロシアは近隣諸国に侵攻し、東アジアは洋上交戦に陥ると想定する。これらの見通しは極端かも知れないが、本質的なある事実を反映している。つまり、戦後秩序は、多くの点で欠陥があり不完全なものであったにせよ、人類史上最も平和で繁栄に満ちた期間を育んだのであり、もし、これ無しでは世界はより危険な場所になると云う事だ。
大半の国々は、米国が主導した秩序の恩恵を受け、過去数十年もの間、市場獲得の為の闘争も、己の供給兵站線の警護も、或いは、自身の国境防衛すら、真剣に行わずに済んだのだ。米国海軍が世界の海上航路の自由を守り、米国市場が信頼に足る消費者需要と資本とを数十ケ国へ提供し、そして、米国の安全保障対象は70ケ国にも及んだ。これら保障は結局、全ての当事者に便宜を提供した。つまり、ワシントン政府の同盟国や仲間達だけでなく、敵対諸国に対してもだ。米国安全保障は、ロシアと中国にとり、それぞれ域内の主力競争相手である、独逸と日本の両国を軍事的に去勢する効果を持った。これにより、モスクワ政府と北京政府は、彼らにとり歴史的敵対国であった両国と戦火を交えることなく、残りの世界と関係を築くことに専念出来たのだ。もし米国の支援と保護がなかったならば、各国は安全保障と経済上の生命線とを、自分自身で守るという仕事に復帰せざるを得なくなっただろう。
斯かる世界に於いては、大国による重商主義が復帰し新種の帝国主義が現れよう。即ち、権力を持つ諸国家は、再度、排他的経済圏を設置することで経済上の不安定を減じようとするのだ。この圏内で同国諸企業は、安価に、そして安全に、原材料入手と巨大な自前の域内市場に販売する道とを確保できる。そして、今日、既に中国は一帯一路策(Belt and Road Initiative)により、これを始動している。即ち、社会基盤交通網を世界中に張り巡らす計画だ。同国「2025年中国生産」計画は、国内の生産と消費を喚起するのが主眼だが、更に域内には、閉鎖された、2重構造のインターネット体制の創出が画策されている。
ここで、もし、米国も同様の道筋を模索するならば、その他の国々は、米国に付くか、中国に付くか、或いは自分独自の経済圏を築くか、何れかの選択を迫られるのだ。仏国は、アフリカ旧植民地の支配を回復しようと試みる可能性がある。ロシアは旧ソヴィエト連邦に属した諸国家を、域内経済貿易体として囲い込む努力を加速させる可能性がある。独逸は、自国輸出を維持すべく、人口減少を辿る欧州以外に市場開拓する必要に迫られ、自国から遥か離れたこれら新規市場と供給道とを保全する為に、軍事力の強化も又、必要となるのだ。
諸大国が経済圏を廻る競争を激化させるに連れ、世界規模の統治は衰退して行く。地政学上生じる摩擦は、嘗て冷戦時代にそうであったように、国連機能を麻痺させて行くからだ。米国が好いとこ取り的に同盟相手を選定すれば、NATOは融解するかも知れない。そして、もし、欧州を巡る米国の安全保障が崩れると、それは、既に現在でも深い分断に見舞われている欧州連合(EU)の終焉をも意味するのだ。更に、各国が自国防衛の為に軍備を拡充するに従い、現在効力を持つ、数少ない幾つかの軍縮協定は破棄される可能性がある。又、気候変動、金融危機、或いは世界規模の疫病伝染といった、多国間の連携を伴う問題への対処に就いては、新型コロナウィルスに対し世界が示した混乱に満ちた対応、即ち、各国が供給物資を秘匿し、WHOは中国側の情報を鸚鵡(おうむ)返しに伝達することに終始し、一方、米国は自国内へと引き籠る、といった形に類似して行くであろう。
その結果として生じる混乱は、幾つかの国家を正に生存の危険に陥れるだろう。1945年以来、国家の数は46ヵ国から200ヵ国近くへ三倍増している。しかし、これら新興国の多くは弱小で、エネルギー、資源、食料、国内市場、先端技術、及び軍事力を欠いており、更に防衛可能な国境線すら持っていないのだ。政治科学者のアルジュン・チョードリーの調査によれば、今日、全世界の内、その3分の2の国々は国際援助なしに国民に基礎的サービスを提供できない。簡単に言えば、大半の国々が戦後秩序に決定的に深く依存しており、歴史的先例のない規模を以って、国際援助、様々な市場、海上航路の利用、そして軍事的庇護の便宜が提供されているという事実だ。このような支援なしには、幾つかの国々は破綻するか征服されてしまうだろう。アフガニスタン、ハイチ、リベリアのように脆弱で海外援助に依存する国々は、明白にそのリスクが高い事例である。これら程にはリスクが明白でない他の国々に就いては、サウジアラビア、シンガポール、及び韓国の如く貿易に依存し、もし市場が封鎖され海上交通路が軍事配備される世界の中では自国経済を機能させるのが死活問題になるような国々を除けば、存続することは可能だろう。
今後の道のり
上述した暗い見通しの結末は、そのどれも回避することは可能だ。そして、高齢化と自動化の社会は、長期的には、過去に比べ、より平和で繁栄多き世界を作り出すことも夢ではない。結局は、老齢化した社会の方が若い社会より非好戦的で、更に一般的に、技術革命は生産性を向上させ且つ労働者を退屈で骨の折れる仕事から解放する傾向があるからだ。
しかし、高齢化と自動化がより進行する将来への道のりは混乱に満ちたものとなろう。現在の自由主義秩序を維持するには、米国は自国利益に関し無類に寛大な見解を持つことが条件だ。即ち、国内に於ける富国の追求を、国際秩序に基づく共通目的より劣位に位置付けざるを得ない。又、自由主義を海外に推進する為の政治的支援取付を継続するには、国内の富の再配分をも行う必要が出て来よう。
今後、世界が年齢別人口構成上並びに技術上の混乱期に突入して行くに連れ、その道程は次第に耐え難く過酷なものとなる。その結果、米国に対しては、多くを望めないと云う事態が出現する。即ち、米国が然(さ)したる見返りもなしに、同盟国を守り、海域を警護し、又は民主主義や自由貿易を擁護していくことは望み薄となるのだ。自国第一主義者の雰囲気が米国内に蔓延する、予測可能な将来に関して云えば、これこそが来るべき姿となるのだ。それは、何もトランプ政権によって生み出された異常事態ではない。そうではなく、寧ろ、前20世紀に於ける最も暗黒たる数十年間に蔓延(はびこ)った、米国外交政策の旧弊が復活しようとする動きに対し、威嚇を与えようと云う、実は社会に深く根差していた傾向が発露したに過ぎないのだ。
そこで、米国政権は、増長しつつある国内主義への衝動を、将来、国際主義の方向へと誘導する方法を見つけ出す事が、自由主義世界にとっては最も望ましい展開となる。嘗て米国は、度々、己の諸都合によって自由主義の宣伝を行って来た。例を挙げれば、欧州の大陸主義に対する異議提唱。これは米国の諸財売り込みの為の市場開放を迫ったという一面を持つ。更には、資本主義自由経済を育成し且つ防衛したのは、ソヴィエト連邦の共産主義を粉砕し米国の世界的優勢を確保することが目的だった。これら諸活動が民衆の支持を獲得し得たのは、自由主義の理念と米国の重大な利益とを巧みに関連付けることが出来た産物だ。同様の手段が今日も適用可能だろう。
米国国民は、同国から遠く離れた同盟国を防衛する為に戦って死ぬのは望まぬ一方、中国やロシアといった独裁主義国家が域内覇権を築き上げるのは防ぎたいと考える。そうであれば、米国は、同盟国域内に設置している中で最も脆弱な幾つかの軍地拠点に就いては、これらをミサイル基地とドローンによる広汎な配備網に置き換えることによって、前線の米国兵員数を減じつつ、中国とロシアを封じ込めることが出来よう。反面、米国人達は国内労働者と業界の保護を支持する。米国社会はアウトソーシングを加速する貿易協定に反対するものの、米国業界が公平に競争出来る場を創出するような協定には強い支持が存在する。従って、米国は貿易相手国に対し、米国基準なるものを、労働、環境、及び知的財産所有権といった様々な分野に於いて受容せしめるべく、上述した経済に対する米国固有の絶大な影響力を盾に利用することができよう。米国人は、海外に民主主義を拡大することには熱狂的ではないものの、米国諸機関を海外の干渉から守る為には同盟諸国と積極的に歩調を共にして行くだろう。即ち、国内選挙に介入を図ろうとする海外勢力に対しては、集団的な制裁実施を調整する目的の為に、民主主義の協調体を形成することが可能だ。そして、最終的には、その協調体が自由主義区域を形成し、そこからは、開放経済、表現の自由、並びに通行の自由といった概念を尊重しない国々は排除されることとなる。
自由主義秩序を世界規模で牽引して来た役割に比較すれば、これ迄述べた、より国内を重視する米国の関与の仕方というのは、小規模で周囲を鼓舞するものではないと見えるかも知れない。しかし、これがより現実的な路線であり、且つ、先例なき人口構成と技術の変貌期に際し、自由主義世界を結束させる為に、究極的には有効な手段となる。
(了)
コメント