【投稿論文】新たなる核脅威の時代 ~中国の核戦力拡大が抑止均衡を脅かす理由とは~ (原典The New Nuclear Age ~How China’s Growing Nuclear Arsenal Threatens Deterrence~ Foreign Affairs, 2022年May/June号, P92-104)

執筆者/肩書:アンドリューF. クレピネビッチ,Jr.  (Andrew F. Krepinevich, Jr.)

ハドソン研究所上級研究員、新米国安全保障研究所非常勤上級研究員

(論稿主旨)

 2021年6月末の事だ。中国は新たに120基もの大陸弾道ミサイル(ICMB)用サイロをゴビ砂漠の端に建造中である事が衛星画像を通じ明らかとなった。数週間後には、これと別途、更に110基のサイロが新疆自治区の哈蜜(クムル)に建設途上である事が判明。これら諸施設の総数は、これ以外の拡張諸計画と合わせ鑑みれば、同国核兵器戦略が劇的変化を遂げたのを示すに十分過ぎるものだ。これ迄、過去数十年間、中国は比較的少数の核戦力を保持して来た。然(しか)し、最新の米国諜報に拠れば、今や中国の核は、現状から4倍増を目指し2030年迄に弾頭数1,000個の大台に達する計画途上だと云う。この数字の意味するのは、中国が米国と露西亜(ロシア)を除き、他の如何なる核保有諸国をも遥かに凌ぐ存在に浮上すると云う事だ。更なる問題は、中国が其処(そこ)で拡張を止めそうもない点だ。何故ならば、習近平主席は2049年迄に「世界規模」の軍備拡充を宣言する一方、軍縮交渉はその一切を拒絶する構えを見せている為だ。

 上述した中国の著しい拡張努力に対し、最大限の注意と分析が必要だ。中国の弛まぬ核戦力開発により、間もなくそれは、露西亜(ロシア)や米国の戦力に匹敵するものとなる。更に、中国は過去数十年間慣れ親しんだ、弱小な核保有国の状況を単に脱するに止まらない。つまり、同国が核戦力二極化の枠組みをも崩して行くのだ。ソヴィエト連邦による最初の核実験以来、73年の間、この二極体制は、多数の過ちと恐怖の瞬間を屡々(しばしば)伴いはしたものの、結局は核戦争を回避して来た。然し、今や、中国が、既存の二大核保有国と略(ほぼ)同等戦力に近づくに連れ、既存枠組みは、何かしら、安定性を甚だしく欠く規範へと劇的変化を来す予兆を、同国が告げているかのようだ。この新しい世界に於いては、核戦力の競争拡大、並びに、危機に際し国家が核兵器を行使する動機、これら双方の危険が共に大きく高まるだろう。嘗て、二極体制下で安定に寄与した多くの諸特性は、三つの巨大な核保有国が互いに競争する世界に於いては、その効果が疑わしいか、或いは著しく信頼性が損なわれる公算が高い。

 中国が世界最大級の核戦力保有国家として、米国と露西亜(ロシア)の仲間入りを果たそうとする事態に対し、米国は遺憾乍ら、これを阻止する手段は何も持たない。然し、それが齎(もたら)す様々な帰結に就いては、それを軽減する為に、米国戦略家達と国防計画者達が打つべき手立てはあるのだ。先ず手始めに、ワシントン政府は自国の核抑止戦略を現代に則したものに改編すべきである。但し、その為には、核戦力の均衡並びに、従前より遥かに複雑化する戦略的諸環境の中に在って、如何に米国が抑止力を保持し、そして核兵器を伴う平和を維持する事が可能かに就いて、新しい発想を持つ事が不可欠である。

西部開拓期の無法地帯、砂埃舞う街路で互いに対峙するガンマンの心理とは

 冷戦期、米・ソ両国は、自身の核戦略は専ら相手国に関してのみ略(ほぼ)集中させる事が出来た。二つの超大国は、各々20,000発を超える核兵器を製造した為、その他の、中国、仏国、イスラエル及び英国と云った、核弾頭保有数が3桁台前半を越えない、極小核保有諸国の存在は殆ど無視して支障なかった。そして、冷戦終焉後、米国と露西亜は、彼らの配備する戦略核兵器数を1,550に減少させる条件に合意するに際し互いに満足であった。と云うのは、それでも両国が他の如何なる核保有国をも圧倒し、大きな優位性を維持出来たからだ。

 二極の核体系は、核戦争の危機を廃絶しなかったものの、世界終末決戦を避けるには十分機能したと云える。二極体制の特徴は「兵力等価」(parity)と「相互確証破壊」(MAD:mutually assured destruction)の二つだ。両国が、1969年に戦略兵器制限交渉(SALT: Strategic Arms Limitation Talks)開始以来、モスクワとワシントン政府は共に、兵力等価、或いは言い換えれば等量の武器を維持する事が、抑止力を増強し危機下の安定性― 過度の緊張状態に於かれた際にも、核兵器使用には訴えぬ動機となる手段だと主張した。両国にとって、互いが同規模の核戦力を配備しつつ、一方、その規模は、他の核保有国を遥かに凌ぐ水準にある事によって、両者は対等な土俵に立っていた。この事は、米国にとって特に重要だった。と云うのは、米国は自国のみならず、核の傘の下に抑止力を展開し庇護を提供して来た、その主要同盟国並びに安全保障条約加盟諸国に対してもソヴィエトからの攻撃を阻止する策を追求していた為だ。その結果、ワシントン政府は、これら諸国家の内部で、米国核戦力が如何なる面に於いてもモスクワ側より劣後するとの認識が生じぬよう、注意を払って来たのだった。

 冷戦初期の頃、特に水素爆弾開発後のソヴィエト連邦によって兵器増強が継続される中、米国戦略家達は抑止力強化を図る為の新しい諸策を模索した。斯かる尽力に於いて、重要な鍵となったのが「相互確証破壊」の概念で、これに従い、米国核兵力はソヴィエトからの先制奇襲攻撃を吸収し、尚もソヴィエト連邦の社会機能を破壊するに十分な、壊滅的規模による報復、又は二次攻撃を与える能力を保持する必要があるとした。(米国防長官ロバート・マクナマラによる、1964年時点の試算では、二次攻撃の為に温存されるべき確証破壊戦力を核弾頭400発とし、これはソヴィエト連邦の人口1/4と同国産業能力1/2を破壊する能力と定義された。)そして、その後、競合者が相互に斯様な能力を保有する状況を述べるに当たり、専門家達は「相互確証破壊」なる専門用語を発明した。この世界終末的膠着状態は、原子爆弾開発を主導した物理学者、ロバート・オッペンハイマーによって「瓶の中に封ぜられた二匹の蠍(さそり)」との有名な譬えで表現された。つまり、どちらの蠍も相手を殺す事は出来るが、その攻撃は自らの生存に重大な危険を伴う、との意だ。

 然し、相手からの如何なる核攻撃にも対応し、敵方人口周密地と産業基盤を抹殺可能な報復戦力を、単に維持する丈(だけ)では、抑止力があらゆる事態に於いて有効に機能する保証はないのだ。即ち、特殊な状況下に於いては、合理的判断力を有する指導者ですら、ある衝突に際し核兵器使用に踏み切る選択を為し得るだろうか? ゲーム理論家でノーベル賞受賞者のトーマス・シェリングは、ある特定の環境下に於いて、核戦争の引き金を引くのが合理的行動と見做され得ると指摘した。シェリングの見解に拠れば、二つの核保有大国は、寧ろ瓶の中の二匹の蠍に類似するのではなく、嘗ての旧き西部時代、無法の町の埃舞う通りに互いに対峙する二人のガンマンの如くに、先に拳銃を抜いて撃った方が優位に立つのだ。この状況は「先制しない事により、二番手の劣勢に甘んじる事への懼れ」とシェリングが呼んだ意識を、二大大国の内、何れか片方が抱いた場合に成立する。そして、この「懼れ」の度合いは、大陸弾道ミサイル誘導の発達により、米・ソ両国共に、相手国の核兵器に対し、所謂「対抗的」核攻撃を実行する事を可能ならしめ、従って、如何なる二次攻撃による効果をも潜在的には無効化が出来る昨今では、一層甚だしいものとなるのだ。

 更に、この懼れはMIRV(個別誘導複数目標再突入型)ミサイル(multipule independency targetable reentry vhicles)の出現により倍加された。何故なら、この各「乗り物」換言すれば核弾頭を、搭載した各ミサイルは、それぞれ異なった標的にそれらの弾頭を命中させる事を可能とするのだ。従い、今や、攻撃者は僅か一発のミサイルを使って、それに匹敵する敵の核弾頭を一挙に多数破壊出来る。標的毎に換算すれば、サイロ一基の場合は保管された弾頭7~8発、海軍基地に停泊中の大陸弾道弾装着の潜水艦隊なら、各艦当たり1ダース乃至それ以上のミサイル配備により、積載する核弾頭総数は数百発、或いは空軍基地であれば、駐機中の核配備された何ダースもの爆撃機を一挙に撃破できる計算だ。つまり、軍事専門用語に従えば、今や攻撃者は、極めて優位な「コスト交差比率」(訳者後注*1)を以って、極(ごく)僅かな自軍兵器を使って何ダースもの敵側兵器を破壊する事が出来る為、攻撃発生以前に存在していた等価兵力の均衡状態を崩す著しい脅威となるのだ。

 斯かる不測の事態に在って、被災国には気に沿わない二種の報復形態の選択肢が残る。一つは、同国が、大方の、さもなくば、少しく残存した戦力の大半を費やし、攻撃国の核兵器を狙って攻撃を仕掛けると云う策がある。然し、この場合、成功の見込みは薄い。と云うのは、攻撃者側の巨大な核戦力が無傷の儘である上、防空とミサイル防御が全面警戒体制を敷いている為だ。更に、この様な二次攻撃によって、被害国側は破壊確証に足る兵力をも維持出来なくなる危険をも負うのだ。其処で、代替策として、もし被害国側が攻撃国の経済と社会に対し壊滅的な攻撃実施をする場合だが、それは自殺行為となる。理由は、これがMADの引き金を引き、敵側は尚も自身が温存した確証破壊戦力から更なる反撃を実行し、それらの攻撃が結局被害国側を襲うからだ。従い、被害国の取り得る道は、結局、第三の選択に限定される。つまり、自国の経済と社会に対する攻撃を抑止する為には、残存する核兵力を温存する以外ないのだ。しかし、被害国が同選択をする場合、攻撃者は、実質的に十分な核戦力の余剰を享受し、彼らはこれを活用し、更に強制的な行動や更なる攻撃支援が可能な状況に在る。

 「二番手の劣勢に甘んじるのを懼れる」心理は、当時、実際にソヴィエト連邦と米国双方をして、彼らの一定核戦力を常に強度警戒態勢に維持せしめ、これが「警報即時発射」体制と称された事は周知の通りだ。この目的は、自らが破壊される前に発射可能な即応的戦力を保持する事により、攻撃者側に於ける危険増長を図る事に在った。然し、同戦略は固有の危険を伴った。即ち、米国又はソヴィエトが、早期警戒体制を通じ、先方が核攻撃準備中との情報を誤って探知した為、不本意乍らも、よもや発射寸前と云う事態に至った局面が実際に7~8回は在ったのだ。それにも拘わらず、二極体制が齎(もたら)す一般的安定は、凡そ過去70年間に亘り核戦争を回避した点に於いては、多大な貢献があったと云えるのだ。

瓶の中に封じられた3匹の蠍(さそり)、嘗ての二匹ではなく

 中国が核保有大国の地位を獲得すると、上述の微妙な均衡が劇的に覆される事となる。極(ごく)最近までの中国は、「必要最低限の抑止」戦力として僅か数百発の核弾頭を以って事足れり、としていた節がある。処(ところ)が同国は今や、それと完全に異なる方向へ動き出した。即ち、新規サイロ増設を大盤振る舞いで進めると共に、最大10個迄の弾頭を搭載可能なMIRV(個別誘導複数目標再突入型)大陸弾道ミサイルを新規に開発。この発射用サイロの拡散的乱造とギリシャ神話のハイドラ(九頭龍)的な複数弾頭搭載ミサイルとの組み合わせによって、中国は地上配備の戦力拡大を加速度化させ、単純に自国内のサイロをこれら新技術のミサイルで満たす丈(だけ)でも、実に3,000発もの核兵器を備える事が可能になるのだ。加えて、中国は又、自国の潜水艦発射式大陸弾道弾戦力並びに長距離爆撃機編隊の近代化を促進して来た。これは、従前には露西亜と米国のみが保持可能であった、地上、海上、及び空中の、三つで構成される隙のない核攻撃態勢整備を彼らの手で実現するのを念頭に置くものだ。

 三極体制下での核戦略を考察する場合、天体物理学の難問、所謂、三体問題(訳者後注*2)を彷彿とさせるものがある。この課題は、三つの天体の描く軌道を、それぞれの初期時点の所在位置と運動方向と速度を基に、予想を試みるものだ。天体が二つ丈(だけ)の体系に於いては、それぞれの軌道予測は、計算により十分に導き出す事が可能だ。然し、天体の数が三つになると、一般的な解を特定する事は今日尚も不可能なのだ(少なくとも天体の一つが、他に比べて質量による引力が無視できる程に小さい場合を、唯一例外として)。将来に於ける、三つの天体のそれぞれの位置は単純な解に従う事がなく、それ故に三体の体系は「混沌」状態と表現出来るのだ。同様に、互いに競合する三つの核保有勢力の出現はに、二極体制下で機能した多くの諸特性を崩し、その代わりに先制攻撃の機を逸し「二番手の劣勢に甘んじるのを懼れる」心理が恐らく増幅させられるであろう。

 三極体制下に於いては、一度(ひとたび)中国、露西亜、及び米国が皆、強大な核兵器を備えると、各国は、対する相手が一国ではなく、二つの異なる敵対勢力に対し牽制を図る必要が生じる。中国の抑止戦略に用いられる「威懾」(weishe)という概念が此処(ここ)で重要な働きをする。この専門用語は「抑止力」という西洋の伝統的定義よりも拡大的意味を有し、二種の異なる目標達を含む。一つは、西洋と同様、ある特定行動を追求しようとする敵の動きを損なう、或いは抑止する意だ。しかし、もう一つ、威懾は、敵方に対し、本来そうでなければ取らない針路を、強制的に選択させる目的を持つ。この様に、威懾は西欧の概念で云う「強要」の意を含むのだ。つまり、これは、中国が核戦力を以って目指すのは、米国政策立案者達が講ずるものに比較し一段と野心的目標である事を示唆する。其処で問題は、中国共産党が、斯様な強制的な目標達成に向け如何に核配備能力を行使して行くかと云う点だ。この場合、ワシントン政府の同盟諸国が明らかにその標的となるのだ。

 冷戦期間中、米国歴代政権は集団的防衛を促進し、且つ同盟諸国に対し米国の核の傘下に入るよう説得する事で核拡散を封じる政策を追求して来た。ワシントン政府は、もし、何れかの同盟国がモスクワから核攻撃を被った場合、米国が自国の核戦力を以って報復攻撃をする旨を誓約して来た。然し、三極体制に於いては、米国は競合する他の二大核保有大国によって齎(もたら)される脅威に対応し、自ら備える必要が生じる為、米国による核の傘の信頼性が損なわれる危険がある。斯くして、米国による核の安全保障の効力が減じる度合いによっては、独逸(ドイツ)、日本、及び韓国と云った主要同盟諸国が中国や露西亜の威圧力に晒される事態となり、更には、これら諸国が自身による核兵器保有を追求する可能性がある。

 更に、我々は兵力等価の問題に直面する。三極体系の場合、各国共が、他の競合二国を合算したに等しい軍備を維持する事は、所詮不可能なのだ。具体例として、中国が露西亜及び米国と同規模の核戦力を配備したと仮定しよう。即ち、中国も1,550発の核弾頭を保持したとする。この時点に於いて、米国戦略家達は、中国と露西亜の戦力を合算した等価を達成する為に、更に1,550発を追加的に配備する必要があるとの合理的判断を下す公算が高い。一方、露西亜の戦略家達も同様の配備が不可欠だと考えるだろう。他方、漸く二大大国に伍する丈(だけ)の兵器配備を達成し得た中国が、米露の軍事拡張を看過し、新たに勝ち取った状況をみすみす手放すとは考えられない。即ち、三極体系下では、互いに兵力の等価を追求する場合、それは決して達成される事がない点は、恰も「赤の女王」(不思議の国のアリスに登場する、その場に止まる為に、無限に全力疾走する人物)の際限なき軍拡競争に陥る危険を示唆するのだ。

 同じ事がMADにも当て嵌まる。新START(戦略兵器削減条約:Strategic Arms Reduction Treaty)に従い米露がそれぞれ1,550発の核弾頭を配備し、各々はその内400発を依然として確証破壊兵力と見做す場合を想定しよう。此処では、米軍が保持する1,550発の核弾頭数は、譬(たと)え、露西亜から奇襲攻撃を受けた際にも、報復に必要な400発の核弾頭を温存するに十分な計算だ。但し、三極体制の下では、この様な残存兵器数では最早、事足りなくなるのだ。例えば、もし中国が米国の核戦力に対し先制攻撃を仕掛けた場合、米国は残存した400の核兵器を行使し中国に対し報復する事が出来よう。処(ところ)が、米国がこの報復を実施すると、今度は露西亜の核戦力に抗するに必要な均衡兵力が不十分になる。従って、米国が、中国と露西亜の双方に対する相互確証破壊能力の維持を図るには、残存兵器の倍加が必要であり―つまり800発―当初兵力比2倍の配備を求められる事が立証される。このシナリオが成立するには、ワシントン政府が自国総核弾頭数を3,100発に倍増させる中、北京とモスクワの両政府共に自国配備能力を各1,550発に凍結した儘である事が前提だ。然し、中露が共に、斯様な筋書きを受け入れると期待するのは正に夢物語に等しいのだ。

 無論、上述した如くの簡易な思考実験は、理解を助ける為の単なる例証に過ぎない。現実には、例えば、確証破壊戦力を、大陸弾道弾搭載潜水艦により国外配備する手段があり、近来、同艦の探知が益々困難化する中、標的捕捉し撃破する事は至難である。処(ところ)が、これら潜水艦戦力は、最終的には基地に帰港する必要がある為、報復攻撃は寄港前に実施しない限りは、これらからの発射が期待される核兵力も実は脆弱なのだ。更に重要なのは、三つの大国はそれぞれに大きく異なる人口と地形を有する為、各国が、相手の敵方二国に対する確証破壊戦力の確保に必要な諸条件も又一様ではない点だ。露西亜の人口と経済基盤は米国のそれらより相当程度小規模であり、それでも米国の人口は中国に比べればほんの何分の一に過ぎない。従って、その他の諸条件が全て対等であったなら、露西亜にとっての確証破壊戦力 ―相手に対する壊滅的攻撃を、一国のみならず、自分より遥かに巨大な競合者二ケ国に対して十分な程の― は、中国や米国のそれよりも著しく大規模なものである必要があるのだ。然し、北京やワシントン各政府が、モスクワは彼らより勝る兵器規模を保持する正当性を持つ、との理屈を容認する可能性は先ずないのだ。

先制攻撃をも辞さない独裁者達の合理的理由

 三極体制下に在っては、危機に際し、最初の攻撃を抑止する事も、より一層困難であると予想される。一つの理由は、「二番手の劣勢」の問題を制御可能とするような諸戦略は、最早通用しないのが明らかな為だ。例えば、中、露、米が、期初段階で略同等の戦力配備を持ったと想定しよう。一見すると、これは先の瓶の中に3匹の蠍(さそり)が封ぜられた場合に類似し、つまり、一匹の蠍が他の一匹を成功裏に攻撃出来たとしても、その場合、今度はその攻撃者が三匹目の蠍から襲撃を受け、犠牲者に変じる危険が増大する状況だ。事例として、もし、中国が米国を攻撃したら、その過程で中国は自国兵器の幾らかを消費する結果、今度は露西亜からの攻撃を抑止する能力が不足する事態に陥る。この事は、三大権力の内、何れの国に於いても先制攻撃を試みる動機は減じるように見える。

 処(ところ)が、「二番手の劣勢」問題に於いて、考慮されるべき選択とは「先制攻撃を仕掛けて先方から確証破壊の反撃を被るか」或いは「先制攻撃を思い止まり、自国も攻撃を受けないか」の二肢ではない。そうではなく、この場合「拳銃遣いの前提」、即ち、最初に銃を抜いて撃つか、さもなくば、撃たれるか、と云う究極の選択肢が適合するのだ。この場合、更に、銃を持った第二の敵が存在し、先制攻撃者が最初の敵を殺したとしても、もし銃撃で負傷を負った時には、機に乗じた第二の敵から、いとも容易(たやす)く撃ち倒されてしまうのだ。従って、現実の危機に際し、もしも、中国による核攻撃が差し迫っているに違いないと米国が不信を抱いた時、米国にとっての不利益とは、中国に対し先制攻撃を実施しなかった場合のみに止まらない。即ち、露西亜の核兵器に対しより脆弱になる潜在的懸念がある故に、同国への先制攻撃を仕掛けないのは不利益である、と結論する事も、又、合理的判断と云えるのだ。何故ならば、米国が中国による先制攻撃を受け、それでも尚、中国と露西亜との両国に対し確証破壊能力を借りに維持出来たとして、既に自国核兵器能力に相当な損失を被った後には、中国及び露西亜からの強要や攻撃に対し著しく弱い立場に晒される事態になるからだ。それに加え、中露の二大核保有敵対国家から米国自身に対し脅威が呈示されれば、多くの米国同盟諸国は、長年彼らを守って来た、核の傘に致命的な水漏れが生じた事を確信するだろう。

 第三の核保有大国の出現、それが露西亜連邦のように、非民主的国家である場合は、更にもう一つ不安定要因が加わる。国民から権力の審査を受けない指導者が惹き起す諸危険に就いては、ウクライナ戦争の示す通りだ。その一方、中国乃至は露西亜で政治体制の根本的変化が起こらない限り、世界最大規模の核兵器支配は、その三つの内二つが、他の誰かへ諮問するのが極僅かか、或いは全く無用な、独裁者の手に委ねられる事になる。民主的体制に在っては、政府に組み込まれた審議手続によって、危険を許容する性格の指導者が衝動を抱いた場合にも、それを穏当化させる傾向がある。一方、独裁者達の場合は、彼ら個人の生き残り、若しくは彼らの体制存続を、国家に代えても優先と見做す可能性がある。ウインストン・チャーチルが嘗て発した警告のように、核抑止策は、「最後の地下退避豪に追い詰められたヒトラーの如くに、狂気に駆られた人間や独裁者達に対しては機能しないのだ」。

 重要なのは、米・中・露の三極競合体制下に核戦争が不可避的と云う事ではない。そうでなく、様々な危機的状況下晒された場合、安定を維持する事が、現状に比べより著しく困難な作業になる点だ。三大核保有大国の何れかが、同等程度に核武装された敵対国に対し核攻撃実施を選択する事は、到底起こりそうにないと見えるかも知れない。然し、一方、斯様な攻撃を仕掛ける諸動機も又存在するという点に就いて理解を怠ると、それは却って寧ろ取り返しのつかぬ大惨事を招く虞がある。マクナマラは嘗て、こう認識した。即ち、米国の「安全保障の成否は、最悪シナリオを想定した上で、それに対処する能力を身に付ける事が出来るか堂かに懸かっている」と。更に、同見解は、軍備管理の専門家、ブルース・ブレアによって繰り返されている。つまり、彼は断言して曰く、抑止力とは「大規模な先制攻撃を受け、地下サイロ、潜水艦シェルター、及び空軍基地に保管される、自軍の対抗戦略兵器が徹底的に破壊されると云う、最悪の場合をも含み、如何なる事態に置かれても、尚も機能する堅牢なものでなければならない」と。

N個の個体数が存在する場合の問題

 中国が核の野望を追求するに連れ、この事が他の野心的国家を触発し、彼ら自身をも核兵器増強の追求に至らしめる可能性がある。例えば、中国の競合国である印度が、相手側による遥かに強大な核計画を目にすれば、自身の核戦力を著しく増強する動機となるだろう。そして印度のこの動きは更にパキスタンを刺激し恐らく同じ行動を取らしめる。加えて、これ迄適用されて来た核抑止力効果の確実性が逓減する為、日本、韓国と云った米国の同盟諸国も又、同様の行動に出るかも知れないのだ。斯様な展開が出現すれば、安定状態を獲得するのは、尚一層困難となる。この状況は、宇宙物理学に喩えれば「N個の個体数の問題」と呼ばれ―任意の数の天体に関し、それら諸軌道の予測を試みる難問―其処に於いて、ある解を導き出す作業は、先述の三体問題の場合よりも遥かに厄介で複雑なのだ。従って、三極による核体制の出現下に於いて、重要なる課題とは、更により多くの国家が核兵器増強に走ろうとするのを如何に阻止出来るかかと云う事なのだ。

 実に奇妙な話ではあるが、配備核弾頭数を比較的低水準に上限を設定する、新STARTのような軍備制限条約は、核保有大国の地位を追求する他の諸国家にとって、参入障壁が引き下げられる結果、逆に安定性が損なわれ得るのだ。一例として、中国が新START条約で、上限1,550発の核弾頭配備に合意したと想定しよう。処(ところ)が、この数字は、核保有大国への仲間入りを果たす入り口として、印度やパキスタンにとって達成可能な水準と認識され得る。これら核保有第二集団の国々は、何れも中・露・米と数の上で同等の核戦力を持つ必要はない。戦力に劣勢なこれらの諸国でも、彼らが核を500発程度に増強する丈(だけ)で、均衡体系の中に、根本的且つより一層不安定な要因を投ずる危険があるのだ。例えば、米国が、中・露核戦力のみならず、パキスタン、北朝鮮、或いはその両方の核兵器に対し有効な抑止力戦略を造り上げると云う難題に直面する可能性があるのだ。更に、それら諸国が中国と軌を一にする度合いによっては、彼らの核兵器拡張を中国が支援する事によって、新STARTの制約に対する迂回路として、北京政府が自国利益への寄与を図る事すら想定され得るのだ。

 中国による核戦力の野望からN個の天体問題が生じるのを阻止する一つの方は、常識には反するものの、中・露・米が現状を遥かに上回る膨大な核兵器を製造する事だ。各国がそれぞれ、冷戦時代の米ソが保有した核弾頭数に近い配備、多分それは、原点のSTART条約合意配備水準の6,000発、を実施することにより、新たに参入を目指す他国にとっては極めて困難となる障壁が築かれる事になるだろう。

 又、一方では、新しい二極体系が出現する可能性もある。現状、露西亜が核保有国としての存在を陰らす動きを容認する可能性は先ず有り得ない点は、同国が今回のウクライナ危機で核能力を誇示した事実が示す通りだ。然し、露西亜が、中国と米国に比較し、経済的衰退の道から脱出出来なければ、中・米の二国は、現状露西亜の保有能力を、本質的に凌駕する高水準の兵力へ移行する事も可能となり、この場合、露西亜は競合者達の増強に追随するのが不可能であるか、或いは消極的な状況に置き去りにされるだろう。このような場合は、中国と米国とが、先ずは、核保有大国三極化と云う相対的に不安定な時代を乗り越え、次なる新しい二極均衡へと向け彼らの道を歩んで行かねばならぬのだ。

複数の籠に危険分散する米国と、籠の中により沢山の卵を満たす中・露

 上述した諸問題は、核三極体制によって呈示される諸難題を特定する為に、精々、穏当な初期取組みを描写したに過ぎない。先行き不透明な環境下では、米国は出来る限り数多くの諸選択肢を備えて置く策が有効になる。先ず、バイデン政権は、米国の旧来の核戦力三本柱の策―その幾つかは50年以上経年している―に代替する諸策を完遂し、ミサイル、潜水艦、及び爆撃機の近代化を図るべきだ。中・露両国が既に広範囲に亘る近代化努力を尽くす中、米国は現在それらに後れを取っている状況と云えるのだ。

 兵器の近代化を実施する事により、米国は、他の競合二ケ国を足し合わせた兵力には至らないまでも、少なくとも何れの競合者に対しても、等価兵器の維持を確保出来るだろう。現在の米国近代化計画は、二極体制を前提に策定されたものではあるが、三極体制が呈示する諸問題の解決に当たるべく、容易に適応させる事が可能だ。例えば、ワシントン政府の現在の計画に拠れば、地上発射型ミサイル、大陸弾道核を配備した潜水艦及び長距離爆撃機の製造ラインは2030年中盤迄、尚も稼働継続予定だ。北京とモスクワ両政府は、もし彼らが、米国側の近代装備された核抑止戦力と対峙する事になれば、武器システム全体の有効性すら疑問視され得る、所謂「集団旧態化」に侵された核戦力に対峙する場合とは異なり、寧ろ、彼ら自身の核戦力に対する上限に就いて、交渉を行うのが得策と見做す大きな動機となろう。又、製造諸工程ラインが現役で稼働維持する環境下では、もし必要とあらば、米国は大幅な増産体制を敷く事により、中国や露西亜の諸行動に即応し、或いは恐らく、参入障壁を急速に嵩上げし、少数核弾頭保有諸国が自身の武器拡張を拡大するのを排除する事が可能になる。

 三つの当事者全てに於いて、危機下に在って先制攻撃の動機を減じる為の段階的諸策も又存在するのだ。この場合の最終目標は、想定される攻撃者が、被災者が失うよりも数多くの兵器を費やす必要がある点を明らかに知らしめる事に在る。これを達成する一法は、単一核弾頭搭載の地上発射型のミサイル方式へ依存比重を高める事だ。例えば、サイロ内に格納された核弾頭ミサイルの場合、攻撃者は少なくも2発から、多分4発の兵器使用が、作戦成功を確実にするには一般的には必要とされる。攻撃者が、被攻撃国の兵器の内、一つを破壊する為にその2から4倍の兵器量を投じなければならないとすれば、その攻撃事態の持つ魅力は急激に薄れる。簡単に云えば、本来相手側の核兵器を撃滅させるつもりが、競合国に対する先制攻撃実施により、反対に自身の兵器を使い果たす局面に直面すると云う訳だ。そして、攻撃目標が広範囲になればなる程、残存兵力の不等価が発生し、寧ろ標的となった国を利する事になるのだ。

 然し、地上配備型ミサイルに対し単式核弾頭搭載が効果的であっても、この手法は核の三本柱の他の二つで左程有効ではない。潜水艦の場合、現在の配備状況を譬えて云えば、非常に多数の核の「卵」をほんの僅かな数に分散した潜水式の「籠」に入れる方式だ。潜水艦が抑止力と安全保障に関し果たす本質的役割は、警戒任務中に敵から探知されない事である。処(ところ)が、それらが基地に帰港している間は、恰好の標的となる。従って、これらの脆弱性を軽減する策は、苟も潜水艦数に余裕がある場合には、ミサイルと核弾頭の数を、より多くの隻数の潜水艦に分散配備し、更に、警戒出動中の配備艦の比率を増加させる手段を見出す事に在る。核兵器搭載の潜水艦と同様に、戦略爆撃機は少数の核兵器を積載し、且つ飛行中は標的に特定されにくい利点があるが、基地駐機中には比較的容易に攻撃を受ける弱点を合わせ持つ。

 三本柱の近代化計画のお陰で、米国はそれら欠点の幾つかを軽減可能な体制に改めたように見える。最新世代型地上発射式ミサイルは、核弾頭一基のみの搭載を想定している。新型潜水艦は、前の旧型式に比べより少数のミサイルを搭載する設計だ。新型爆撃機に就いては、その配備に於いて、現在の空軍ステルス機編成の機体数より、顕著に増加した数を諸計画に要求している。この様に、陸、海、空の何れに於いても、一回の攻撃当たり配備される核弾頭数を減じて行く機会が存在しており、これにより、敵方がこれら何れを標的とし攻撃を仕掛けたとしても、彼らが得る見返りの極小化が図れるのだ。

 然し、その一方、中国と露西亜に於ける最近の事情は極めて悲観に満ちたものと云える。両国は、地上配備するミサイル一基当たりが搭載出来る弾頭数を増加させて来た。中国が既に配備する大陸弾道弾(ICMB)は、10個の核弾頭を搭載可能だ。一方、露西亜に配備される一発の大陸弾道弾は、15もの核弾頭を積載可能だ。これらのミサイルは、何れも一発丈(だけ)の核も搭載できるが、米国側の観点から問題なのは、北京やモスクワ側は、その気になれば速やかに、その同じミサイルに追加の核弾頭を加えて搭載する事が可能で、これにより一気に兵力均衡を覆せる点だ。これが、所謂「速攻突破」と呼ばれる現象だ。他方、多数の弾頭を搭載した一発のミサイルと云うのは、相手から見れば魅力的な標的― 僅か一弾で核弾頭多数を破壊可能 ― 故に、これらのミサイルを中国や露西亜が、先制攻撃により行使する策、或いは、危険を伴うものの「警報即時発射」体制下に実施する策が、実は彼らにとっては最大限の効率発揮を意味する。これこそが、米国核抑止策を、最早実際には極めて利点を欠く目標に化してしまう最大の理由と云えるのだ。

抑止戦略を再定義する作業が必要だ

 優に半世紀以上に亘り、我々は二大核大国体制下にこれ迄住んで来た。この世界は外見に見える程には決して安定的でなかったが、それでもその二極核の枠組みにより、核兵器使用は回避する事が出来たのだ。然し、この枠組みは今や過去の歴史へ変わりつつある。そして替わりに出現する三極核の体系は、一見した処(ところ)、嘗ての二極体制に比べ遥かに脆く且つ予測不可能なものである点は上に述べた通りだ。

 米国は今この不安定で危うい、新しい戦略的環境下に置かれている。此処で、決定的に重要なのは、新たに来る諸挑戦を予測し、それらに迅速適格に対処する事だ。具体的には、疲弊を来した核抑止策を近代化させるべく、先ずは現状の諸計画を着実に進行させる事が不可欠だ。但し、それに止まらず、今後環境の不安定化が拡大する事態に対処し、その軽減諸策を導き出すべく、国家を挙げ戦略研究家達の最高の英知を結集し、知的活動を持続する事も又求められるのだ。その中でも、最優先に取り組むべき課題は二つある。先ず、「等価兵力」や「MAD」と云った、今やその綻(ほころ)びが明らかな核二極体制下でのみ機能した諸特性を補い尚余りある、新たな諸手法を特定する事。そして、来る三極体制から更に多数の核保有諸大国が犇めく、更に混沌化した枠組みへと進展する事態の阻止を図る事だ。然し、これらにも増し、一等重要なのは、核抑止戦略自体の再考と、北京政府の提起する威懾(weishe)戦略が齎(もたら)す諸挑戦に対し、米国及び同盟諸国の安全保障を後退させる事なく、寧ろ改善する方向へ向け集中検討の実施が急務なる点だ。

(了)

【*訳者後注】

*注1)コスト交差比率(cost-exchange ratio):

元来、攻撃者側にとって、相手防空網を突破し到達可能な、追加的核弾頭一基を得る為の、追加費用に対し、防衛側がこの追加的ミサイル一基を撃墜するのに要する費用で割った比率と定義。嘗て、大型ICBMの巨額な建造費に対し、迎撃ミサイルコストが小さく、防衛者側に有利(同じ比率が大)であったが、MIRV(個別誘導複数目標再突入型)導入により、攻撃者側の弾頭一基当たりのミサイル費用が逓減する一方、同式弾道弾追撃に備える防衛者側費用は嵩み、攻撃者側に有利(同比率縮小)と態勢逆転傾向。当該論稿中、執筆者は同用語を、追加的攻撃費用で相手に如何に多くの費用的損害を与えるかとの文脈で使用しているが、その結果意味する処は略同じである。

*注2)三体問題:

質量を持つ二物体の運動軌道はニュートン重力下に於いて楕円、双曲線、又は放物線の何れかに収束するとケプラーの法則は証するが、もう一つ加え3つの物体となると、運動決定する因子となる19の積分式の内、10迄(エネルギー、運動量、重心位置等)しか数式化できず、残り9要因に就いて不可知にて、従いそれらの描く軌道は運動開始後に、初めて観察者の知る処となる、所謂「三体問題」に、予測不能であるその度合いを譬えたもの。(本件、2021年Nov/Dec号「新冷戦~米中関係に就いて歴史の語る教訓~」に既出の用語。当時弊注を此処に再掲)

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