【投稿論文】失墜瀬戸際のプーチン ~露西亜敗戦によって生じる 便益と危険~(原典:Putin’s Last Stand ~The Promise and Peril of Russian Defeat~ Foreign Affairs 2023年 January/February 号P8-21)

著者/肩書: 

リアナ・フィックス(LIANA FIX):外交問題評議会(カウンシル・オンフォーリン・アフェアーズ )欧州研究員、『露西亜向け欧州政策に於ける独逸の役割~独逸が秘める新たな力~』著者。

マイケル・キメジ(MICHAEL KIMMAGE):亜米利加カトリック大学教授(歴史)、米シンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)上席研究員。元米国務省政策企画員(2014-16年勤務)。

(論稿主旨)

 露西亜大統領プーチンがウクライナに仕掛けた戦争は、同国が1991年ソヴィエト連邦崩壊以来、如何に復活を遂げたかを顕す、彼の輝かしい業績となる筈だった。ウクライナ併合は、露西亜帝国復興の第一歩になると思われた。プーチンは、西欧州の外に在っては米国も所詮張り子の虎に過ぎぬ事実を露わにし、露西亜は中国と共に新しい多極的国際秩序に於いて主導的役割を担う宿命にある点を示そうと画したのだった。

 然し、事態はその通りに進展しなかった。キーウは力強く持ち堪え、ウクライナ軍は、米国や西欧同盟諸国との密接な友好関係も寄与し、強大な戦力へと変じたのだった。これと反対に、露西亜軍は戦略思考と組織統制のお粗末な実態を露呈した。同国政治体制の内実は、失敗から学ぶ能力がないと判明する。一方、西欧陣営は、プーチンの行動に対し影響を与える見込みが殆どない現状に在っては、露西亜が選択したこの悲惨な戦争の次なる段階に対し、予め備えて置く必要があるだろう。

 戦争の行方は実に予測不可能だ。実際、ウクライナが早期陥落するとの予言が、初期は大勢を占めたが、紛争継続に連れそれは正しくなかったと判明した。運命の大逆転は強(あなが)ち起こらないとは限らぬ証拠だ。それは兎も角、露西亜は矢張り敗退に向かっていると確かに見える。問題は、露西亜の負け戦がどの様な形態を取るか云う点だ。それには、三つの基本シナリオが存在し、その何れの場合にも、それぞれに異なった影響を西側陣営とウクライナに対し与えるだろう。

 先ず、最初に最も実現性の低いシナリオは、露西亜が同国敗北に同意し、ウクライナ側条件に沿い、交渉による解決を受諾する場合だ。このシナリオ実現の為には大きな変化が必要だ。と云うのも、露西亜、ウクライナ及び西側諸国の間で、外交を通じた対話手段の類は現状消滅している為だ。露西亜による一方的侵攻である観点、及び戦争犯罪認定の度合いの問題から、ウクライナ側とすれば、露西亜の全面降伏に至る以外は、如何なる外交的解決も受諾は困難になる。

 そうであれば、即ち、露西亜政府は、プーチンであれ後継者による体制であれ、クリミア維持を図る一方、他地域で平和を訴える手段に出る公算が高い。国内に対し面子を保つ為、今後尚も追加の軍事作戦を取り得る余地を残しつつ、クレムリンはウクライナには長期作戦を展開しているのだと主張する可能性もある。そして、目標未達の原因は、NATO同盟諸国による武器供与によって露西亜の勝利が阻害されたのであって、決してウクライナ軍の力によるものではないと言い張る事も可能だ。然し、体制内でこの手段を達成するには、プーチンをも含み、強硬派が排除される必要があるだろう。これは容易ではないが、不可能ではない。それでも、この戦争に対しプーチンの姿勢が当初から一貫し過激であった点に鑑みれば、同政権下にこのシナリオの実現性は極めて低いと云わざるを得ない。

 露西亜敗退の第二のシナリオは、戦争拡大を続ける最中に露西亜が倒れる場合だ。クレムリンはウクライナ戦争を虚無主義的に長引かせる道を模索しつつ、キーウやウクライナを支援する諸国に対し、それらを阻害する行動を隠密裡に展開して行くだろう。最悪の場合、露西亜がウクライナに対し核攻撃を選択する可能性もある。そうなると、この戦争はNATOと露西亜との直接戦争に突入する瀬戸際となる。露西亜は反体制的国家から「ならずもの国家」へと変貌 ―この推移は既に始まっているが― を遂げ、西欧諸国に於いては、露西亜が特異にして決して許容出来ない脅威を呈示しているとの確信を一層強める事になるだろう。

 戦争終結の最終章は、体制崩壊を伴う敗退になる公算が高く、決定的闘争は恐らくウクライナの戦場ではなく、寧ろ、クレムリン邸内かモスクワ市内の路上に繰り広げられるだろう。プーチンは、これ迄厳格に自身の手中に権力集中させ、そして負けつつある戦いを頑固に継続させて来た結果、彼の体制基盤は不安定で危ういものに変じている。無論、露西亜国民は、或る程度迄は、彼らの独裁者に付き従っていくだろう。プーチンはソヴィエト連邦崩壊後の数年間に亘る国家破綻状況に対し、確かに安定を齎(もたら)した功績が評価されているとは云え、もしも、戦争により国民が窮乏生活に追い込まれれば、彼らが突如プーチンへ襲い掛かる局面も生じ得るのだ。プーチン体制が崩壊すれば戦争は直ちに終了する。国内に混乱を引き起こし乍ら外部で戦争を継続するのは不可能だからだ。内戦の後にクーデターが発生する典型は、1917年にボルシェビキが政権を握った後に生じた事態を彷彿とさせる。即ち、それにより当時、露西亜は第一次世界大戦から突如撤収したのだった。

 何れの形態になるにせよ、露西亜の敗退は歓迎されるべきものだ。それによりウクライナは侵攻以来被ってきた恐怖から解放され、又、他国を侵害する行為は制裁から免れ得ないという原則が強固になる。更に、ベラルーシ、ジョージア、及びモルドバには新しい機会が開かれ、一方、西欧陣営に於いては欧州秩序を彼ら独自の構想で造り上げる作業は最早不要となる。ベラルーシに於いては独裁制の終焉と自由で公正な選挙へと向かう可能性がある。ジョージア、モルドバ、及びウクライナでは、足並みを揃え、最終的にEUへ統合され、更にNATOへ加入する可能性もあるのは、嘗てソヴィエト連邦崩壊の際に中央及び東欧州諸国が組み入れられた事例に見る通りだ。

 露西亜敗退は様々な利益を齎(もたら)すのは確かであるものの、米国と欧州はそれによって生じ得る当該域内及び世界的な無秩序状態に対し備える必要がある。露西亜は2008年以来、秩序改易を志す勢力であり続けて来た。つまり、国境線改定、領土併合、選挙干渉、アフリカ諸紛争介入、更に、バッシャール・アサド、シリア大統領支援により中東地政学上の勢力を変じた。もしも、露西亜が交渉による敗戦は認めず、その代わり、一層苛烈な戦闘拡大、乃至は混沌状態への突入へと走った場合には、その反動は亜細亜、欧州、及び中東へと及ぶのだ。そして、この無秩序は、分離主義と共に新たな紛争の形態をとり、世界最大面積の国土を有する露西亜内外に広がる。露西亜が内戦を通じ分裂した破綻国家へと転落して行く過程に於いて、西側諸国の政治家達は、嘗て1991年に取り組まねばならなかった諸問題が再び復活する覚悟を要する。例えば、露西亜が保有する核兵器は誰の管理下に置かれるのかという課題だ。斯様に無秩序の中に露西亜が敗退する場合、国際体制に危険な風穴を残す事になるのだ。

困難なプーチン退陣劇

 露西亜敗退を認める交渉策をプーチンに献策するのは困難で、多分不可能に近い。(従い、このシナリオは彼の後継者の下に実現する可能性が高い。)ウクライナ大統領のウオロディミル・ゼレンスキーは、露西亜が名目的に支配した、ドネツク、へルソン、ルハンスク、及びザポリージャ内の当該領域を全て放棄するよう要求するだろう。然し、プーチンはこれら地域併合を既に盛大な式典で祝っている。これら領域に対する露西亜の保有意欲が実際には希薄だったとしても、プーチンが突如180度方針転換する可能性は極めて低い。更に、露西亜が2014年に併合したクリミアに関して云えば、之(これ)の放棄に対しては如何なる露西亜指導者も、それがプーチンか、他の誰であれ、強く抵抗するだろう。

 露西亜領地に関する交渉条件は妥協に踏み切るに資するものでなければならない。更に、露西亜の次の指導者は、士気沮喪(しきそそう)した軍隊に対処しつつ、降伏が国民に受け入れられると想定する必要がある。この実現が容易でない為、結局、明確な妥結点が見出されぬ儘(まま)、露西亜国民はこの戦争が長引く事にも無関心になって行く可能性も残る。その場合には、戦闘はウクライナ東部に於いて継続し、両国の緊張は依然高く保たれた儘となるだろう。

 それでも、ウクライナと何かしらの合意に至った場合、露西亜には西欧諸国との関係正常化が齎(もたら)される。次期指導者の軍事色がプーチンより薄ければ、之(これ)は合意に向け大きな推進要素となり、又、多くの国民にも魅力的と映(うつ)る。西欧指導者達も、戦争終結による利点から、交渉を後押しする思いに駆られるだろう。然し、問題はそのタイミングなのだ。その時は、2022年2月侵攻から最初の2ケ月間に、露西亜が有利な戦況を梃にゼレンスキーと交渉する機会があったのだ。然し、ウクライナ軍の反撃が奏功し始めた後には、キーウ政府が如何(いか)なる不満足な条件にも譲歩する理由が全くなくなったのだった。一方、侵攻以来露西亜は交渉条件を吊り上げ、妥協余地を含ませる処(どころ)か、その代わり敵意を増して行った。従い、プーチン程には頑迷ではない指導者が、新たにウクライナに対し交渉余地の検討を求める可能性は存在する。然し、敗退に直面したプーチンは、世界舞台に突然襲い掛かる挙に出る可能性もあるのだ。彼は、西欧陣営が露西亜に対する代理戦争を仕掛け、同国崩壊を狙うものだと主張し、戦争の枠組みを拡大するよう日頃から心を砕いて来た。2022年に彼の行った諸演説は、その誇大妄想の度合いを、15年前のミュンヘン安全保障会議に於ける、次の演説より一層強めている。その当時、彼は「米国はあらゆる手段を用いて、自国々境を踏み越え始めているのだ」と米国の一国例外主義を難じたのだった。

 プーチンの弁舌は、虚勢の現われで、内容は馬鹿げており、又、観測気球的一面をも合わせ持ち、露西亜国民に心理的圧力を掛けて動員する為の作戦だ。然し、その背後には戦略的理論も垣間見られる。即ち、ウクライナ領域外に戦争を拡大しても、彼が切望する領土を勝取る事はできない。然し、それによってウクライナと西欧陣営がウクライナ戦争に勝利する事は防止出来るのだ。彼の好戦的発言は、戦争拡大と21世紀の西欧陣営との戦いの下準備を進行させる行為で、これらの戦いに於いて、露西亜は、ならず者やテロリスト国家の如く、所謂、正式国家に対して「非対称性の利益」を追求する策なのだ。

 露西亜の戦闘諸手段には化学や生物兵器をウクライナ内外で使う事も含まれる。更に、プーチンがエネルギー輸送用パイプラインや海底施設の破壊、又は西欧側金融諸機関へのサイバー攻撃を仕掛ける可能性もある。そして、最終手段として戦術核兵器使用を彼は温存する。現に、彼は9月30日の演説中、第二次世界大戦最終局面に関する彼独自の混乱に満ちた解釈を披露し、広島と長崎への原爆投下に言及した。(*訳者後注1)この暗示は不適切で、最大限控え目に評価して「正しくない」。ともあれ、もし、露西亜がウクライナに対し戦術核を使用したとしても、キーウ政府は決して降伏しないだろう。先ず何より、ウクライナ国民が露西亜による占領は祖国絶滅を意味すると承知している点が、1945年当時の日本とは異なる。更に、日本の場合、その時点で既に戦争遂行能力を失っていたのに対し、ウクライナ戦争の場合、少なくとも2022年末時点で、敗色が強いのは寧ろ、核保有国の露西亜の方なのだ。

 核攻撃を行った場合、その帰結は壊滅的となるが、それはウクライナ国民に対するばかりではない。その後も戦争は継続するので、核は地上露西亜兵達への有効な支援とはならない。そればかりか、露西亜は国際的に猛烈な反発に直面する。現在、ブラジル、中国、及び印度は表立って露西亜侵攻を非難してはいないものの、何れの国もこの恐るべき戦争を真意から支援しておらず、況(ま)してや核兵器使用を肯定する者は皆無なのだ。中国習主席もこの点を11月に明白に公表した。即ち、彼は、独逸オラフ・ショルツ首相との会談後、共同声明に於いて「両首脳は核兵器使用の脅威に対し反対する」旨表明した。プーチンがこの警告に背いた場合、彼は孤立した流民の如き立場になり、更に世界的な共同行動によって経済上に止まらず、恐らくは軍事的制裁をも加えられるだろう。

 この為、露西亜にとって、実際に核を使用するより、それを使うと脅しを掛ける方が一層大きな効力を発揮する。それにも拘わらず、プーチンはこの道を現実に突き進む可能性がある。と云うのは、抑々(そもそも)、この侵攻作戦自体が、本来為すべきではない悪手であったにも拘わらず、彼はそれを敢行した経緯を持つ。彼が核兵器の禁じ手を使った場合、NATOは世界終末を招き兼ねぬ、核の応酬に発展する危険を回避すべく、報復核攻撃は封印するだろう。然し、その代わり、露西亜軍弱体化と再度の核攻撃を封じるべく通常兵器を以って反撃を加える事態が十中八九生じ、万一、更に露西亜が之(これ)に報復しNATOに対し通常攻撃を実施すれば、事態は螺旋的な拡大軌道へ陥る危険を孕(はら)む。

 このシナリオが回避出来たとしても、核を使用した後の露西亜敗北は、尚も危うい諸反動を惹き起こすだろう。其処(そこ)に出現するの、嘗(かつ)て冷戦時期とそれに続く30年間には存在した「不完全な核の均衡」すらもない世界だ。つまり、世界中の指導者達は一斉に核爆弾取得へと走るだろう。何故なら、核を保有しその使用をも辞さないと誇示する事によってこそ、自国安全保障が得られると学習するからだ。核拡散に混乱する時代の到来は、地球規模の安全保障上極めて深刻な損害と云わねばならない。

王冠を被って重たいプーチンの頭

 この時点に於いても尚、露西亜一般公衆はまだ、戦争反対を唱えるには至らない。露西亜国民は、実際にはプーチンに疑念を抱き、同政権を信頼してはいないかも知れない。然し、一方、彼らは、戦場で戦う自分達の息子、父、兄弟等の肉親達が敗残兵になるのは望まない。数百年に亘り大国としての権威に慣れ親しみ、又、西側陣営から孤立して来た、大半の露西亜人達は、欧州に於いて同国の権力と影響力とを失いたくないと考えている。然し、露西亜がウクライナ戦争に敗北すれば、その忌むべき事態が、眼前の事実として出現するのだ。

 それでも、長引く戦争は露西亜人達が暗澹たる将来に身を置かざるを得ない事を意味し、これにより恐らくは同国内で革命の炎に火が着く可能性がある。露西亜側では、これ迄も既に死者数が常に高い一方、ウクライナ側軍事力が強化されるに連れ、更に大きな人的損害を被る可能性がある。何十万人もの露西亜人の若者達、そして、その多くは高い技術を身に付けた者達が国外脱出する事態は衝撃的だ。時間経過と共に、戦争、経済制裁、及び優秀人材喪失が相俟(あいま)う結果、大きな代償を払う事となるだろう。即ち、露西亜人達の非難の矛先が、最終的にプーチンその人に向けられるかも知れない。と云うのは、彼は、抑々(そもそも)自身を近代化推進の指導者と自称し、大統領の地位を歩み始めた人間なのだ。大半の露西亜国民は、彼が仕掛けて来た先回迄の諸戦争からは隔たって居る事が出来た。何故なら、それらは大概、故郷から遠く離れた前線の話で、軍隊を補充する為の大規模動員も発せられる事はなかった。然し、今回のウクライナ戦争はそうではない。

 露西亜の歴史では、戦争行為が失敗した直後に体制変革が生じる。1904-5年の日露戦争と、第一次世界大戦を通じ、同国はボルシェビキ革命へと導かれた。1991年のソヴィエト連邦崩壊は、ソヴィエト軍の積極策が裏目に出たアフガニスタン戦争が終結した2年後に到来した。斯様に、露西亜に於いて革命が生じるのは、政府が経済と政治的諸問題で失策し、危機対応不能に陥った場合である。これらから一般通則として浮かび上がるのは、同国への止めの一撃が、飢餓と貧困の最中に於いて、露西亜君主制やツアーリズムの合法性の喪失や、或いは、1917年の勝利なき戦争の遂行努力と云ったような、当時の政府の根底にある思想に対する、鋭い一刺しであったと云う事実だ。

 プーチンはこの範疇全ての危険に現在直面する。彼の戦争差配はこれ迄お粗末な状態で、更に露西亜経済は縮小中だ。これら悲惨な傾向に在る中、プーチンは一層悪手を重ねつつ、「戦争は計画通り進行している」との主張に固執している。抑圧を以ってある程度の問題解決は可能だろう。つまり、初期段階に於いて、反乱者の逮捕や起訴により反抗を鎮圧する事が出来た。然し、プーチンの強引な手法が、今後、不満を一層掻き立てる危険もあるのだ。

 もし、プーチンが退任した場合にも、誰が後を継ぐかは不透明だ。と云うのは、1999年に彼が権力掌握して以来、今や初めて「垂直的権力構造」―高度に中央集権化され、露西亜大統領に対する忠誠度に基づいた厳格な政府内序列― が、その垂直度を失いつつあるのだ。即ち、伝統的エリート階層構造の外界に、競争者となる可能性ある人物が少なくとも二人居る。先ず、エフゲニー・プリゴジンで彼は、ウクライナ戦争に傭兵供給担当した民間軍事契約企業のワグネル・グループ代表を務める。そして、ラムザン・カディロフはチェチェン共和国の首長だ。プーチン退出後、露西亜の新しい権力構造の中で地位を得ようと期待を抱く彼らが、現体制の内部抗争を焚き付け、プーチン政権垂直構造内の残党達の力を徐々に削いでいく誘惑に駆られたとしても不思議はない。更に彼らは、自身で権力を要求する事も可能だろう。現に、既に彼らは、不首尾なウクライナ戦争の責任に関連して、露西亜陸軍と国防省の指導力に対し圧力を強め、自身に忠誠な非正規軍勢を頼みに、彼らの勢力拡大に注力しているのだ。一方、プーチンは宮廷内陰謀の抑圧に心を砕く余り、この20年間、周囲に凡庸な人材を配置して来た。そんな中で、成果なき彼の戦争は自身の権力維持を危うくしつつある。もし仮に、彼が最近行った諸演説の内容を心底信じているとしたら、「プーチンは御伽(おとぎ)の国に住んでいる」のを、彼の側近達に対しても信奉させる事が出来たとしか考えようがない。

 親欧州民主派の露西亜大統領が、次に誕生する可能性は殆どないに等しい。これより、遥かに有り得るのが、プーチンを型で鋳た如くの独裁的指導者の再登場だ。現政権下の垂直的権力序列の外から、次期指導者が選ばれた場合には、戦争を終結させ、西欧陣営とより良好な関係構築が真剣に検討される展開も期待できる。然し、次の指導者がプーチン時代のクレムリン体制内から出現する場合は、そのシナリオが該当しない。何故ならば、彼が戦争を支持した事実は公的記録から直ちに明らかとなる為だ。つまり、プーチンの次に、再びプーチン路線が引き継がれるのが極めて難題である理由は次に説明する通りだ。

 先ず、このウクライナ戦争自体が大きな障害となる。即ち、後任者が、露西亜の偉大な地位復権の夢をプーチンと共有する場合は特に、同戦争の遂行は最早容易ではない。もう一つ難題は、政治体制の合法性に関し、引き継ぐべき伝統的裏付けが一切ない中で、如何にそれを打ち立てるかと云う問題だ。露西亜と云う国は、取り立てて云う程の憲法を備えず、又、君主制でもない。プーチンを継ぐ者が誰であれ、大衆の支援は得られず、従い、プーチンがその実現に努めて来た、新生ソヴィエト、新帝国主義を具現化するは困難なのだ。

 プーチン政権崩壊による最悪シナリオは、露西亜が内戦に移行し、国家は分裂する場合だ。支配権を巡り権力者達が勢力争いを展開する一方、国家統制は全国で脆弱化する。斯かる状況は、16世紀後半から17世紀初頭に掛け同国で発生し、混乱が15年間に亘り打ち続いた、所謂「動乱の時代」(ロシア語で“smuta”スムータ)を彷彿とさせるものだ(*訳者後注2)。反乱と無法、そして海外勢力による侵略を歴史に刻む、その時代は、露西亜国民が皆“屈辱の期間”として心に留め、従い、如何なる犠牲を払おうとも決して繰り返してはならぬと考える処のものだ。然し、21世紀、露西亜を再度襲う混乱図とは、武装集団の指導者達が元治安局からのし上がり、数多く存在する少数民族の居住地を中心として、経済貧困諸地域から暴力的分離主義者達が登場し犇(ひし)めき合う状況だ。露西亜国内の混乱を以ってしてもウクライナ戦争は正式に終結しないかも知れないが、この場合、ウクライナは平和と独立回復が可能になり、一方、露西亜は無政府状態に陥る。

混沌を招く張本人 プーチン

 プーチンが露西亜帝国再興を図る、その第一段階としてのウクライナ侵攻は裏目に出た。この戦争は、結局、露西亜諸隣国に対する彼自身の力による統治能力を減じる結果となった。昨年、アゼルバイジャンがアルメニアとの国境紛争で戦闘実施した際、露西亜はアルメニアと正式な同盟関係に在り乍ら、同国の立場を支援して介入する事を拒否したのだった。

 同様な力学はカザフスタンに於いても生じている。もしも、キーウが降伏していたら、プーチンは次にカザフスタンへの侵攻を決意して居たかも知れないのだ。その理由は、嘗てソヴィエト連邦下の共和国だった同国は、露西亜系人口を多く抱え、プーチンは国際的な国境は有ってなきが如きものと見做すからだ。然し、今や、それとは別の可能性が拡大している。それは、もしも、クレムリン政府が体制変革を体験する事となれば、カザフスタンは露西亜の管掌から完全に外れ、露西亜人亡命者達にとって安全な避難先となるだろう。同地域に於ける変化はそれ丈に止まらない。コーカサス南部やモルドバでは、旧来の紛争が復活し然も激甚化するだろう。トルコ政府は、反アルメリアを唱える同胞のアゼルバイジャンを継続支援するだろう。もし、トルコが露西亜から激しい非難を被る虞はないと判断すれば、更にアゼルバイジャンに対し、アルメニアを攻撃するよう仕向けるかも知れない。又、シリアに於いても、露西亜影響力が減じる場合、トルコが軍事上の存在感を増強する可能性が十分あるのだ。

  露西亜が混沌状態に陥れば、ジョージアは行動の自由度が高まる。2008年の露西亜-ジョージア戦争以来、同国を覆う露西亜軍の脅威は拡大していたが、これが取り除かれるのだ。ジョージアは昨年、同国の紛争と国内改革が不十分との理由によりEU加盟候補国とならなかったものの、最終的な加盟実現に向け引き続き尽力が可能となる。然し乍ら、もし、露西亜軍が同地域から撤退した場合、今度はジョージアと南オセチア、更にはジョージアとアブハジアとの間で紛争再発する可能性を含む。これらと同様の動態力学は更にモルドバや、同国内の破綻地域で1992年以来露西亜兵が駐在する、トランスニストリアにも出現するだろう。モルドバが2022年6月に発表したEU加盟立候補は、長きに亘る同地紛争から逃れるのを目的とした可能性が高いのだ。EUは当然、同地紛争解決と共にモルドバへの協力を惜しまないだろう。

 露西亜指導者の交代は、一方、ベラルーシに対し衝撃となる。同国独裁者のアレクサンダー・ルカシェンコは露西亜の金銭と軍事力を背景にのし上がった人物だ。プーチンが倒れれば、先ず間違いなく、その次は彼だ。更に、ベラルーシの場合、亡命政権が既に存在する。即ち、現在、リトアニアに在住する、スヴャトラーナ・ツィハノウスカヤである。彼女は、反ルカシェンコ運動の罪で夫が投獄された後、2020年にベラルーシの野党々首に就任した。同国が露西亜の影響力から隔絶を図る事が出来れば、独裁制を免れ、自由で公正な選挙が実施される可能性を残す。然し、もしもベラルーシが独立確保に至らない場合には、露西亜国内の権力闘争が此処(ここ)まで波及する虞があり、それは更にラトビア、リトアニア、ポーランド、そしてウクライナ等、近隣諸国へも影響するだろう。

 又、もしも、露西亜が本当に分解し、ユーラシアに於ける影響力を失う場合には、その他の役者、即ち中国等が参入して来るだろう。ウクライナ戦争以前には、中国がユーラシアに振るった影響力は、その大半が軍事的と云うより経済を利用したものだった。然し、この傾向は変じつつある。中央亜細亜に於いては中国が既に先行する。次に侵略を狙う地域は、南コーカサスと中東である可能性が十分在るのだ。

 戦争に敗れ国内の不安定化した露西亜が出現した場合は、世界秩序に関する新しい規範が必要となる。抑々(そもそも)自由な国際秩序の統治は、権力の法的統制を中心に展開する。其処(そこ)で重要になるのは、諸規則と多国間で構成された諸機関の存在だ。大国間の競争理論は、前大統領のドナルド・トランプが好んだものだが、それは権力均衡に関するものであり、暗黙であるか、大っぴらであるかを問わず、勢力圏こそが国際秩序の源泉であると見做す考えだ。もし、露西亜がウクライナ戦争に敗退すれば、政治家達は権力の“存在”と“不在”とに思慮を巡らす事を余儀なくされ、特に、露西亜権力の不在或いは甚大な衰退は重大なのだ。露西亜の衰亡は、欧州は云うに及ばず、アフリカや中東を含む世界中の諸紛争に影響を及ぼす。然し、収縮した、或いは破綻した露西亜が「秩序と安定の黄金時代」への幕開けを必ずしも意味しない。

 「戦争に負けた露西亜」は同国が権力上昇の途に在った過去200年とは一線を画すものになる。1990年代から2000年初頭の10年間、露西亜は、欧州に統合され、米国とは友好国になる路線を無計画に切望した。そして、露西亜はG8やWTOへ参画を果たし、更に、アフガニスタンに於いて米国の戦争行動を支援した。ドミートリー・メドヴェージェフが大統領だった、2008年から2012年迄の4年間、露西亜は、規則に基づく国際秩序に則し行動しているかのようだった。少なくとも、そのカーテンの背後を極めて用心深く眺めない限りはそう見えた。

 然し、露西亜が西欧諸国との平和な共存に服するのは、抑々(そもそも)鼻から幻想に過ぎなかったのかも知れない。プーチンが大統領就任した初期に、彼は宥和的雰囲気を醸し出したが、現実には、西側陣営への憎悪、規則に基づく秩序軽視、そしてウクライナに対する支配欲を、当初からずっと隠していた可能性が在るのだ。何れにせよ、2012年に彼が再度大統領の地位に着くや、露西亜は規則に基づく秩序から逸脱して行った。プーチンは、その制度が米国による独占的支配を包み隠す手段に過ぎないと嘲笑した。そして、露西亜はクリミアを併合し暴力的手段によってウクライナの主権を徐々に侵食し、シリア内戦でアサド支援を図って再び中東へ干渉し、アフリカに於いては露西亜軍の活動網と安全保障上の影響力を打ち立てた。好戦化する露西亜と一層権力を強める中国が、北京政府、モスクワ政府、そしてトランプ政権後のワシントン政府さえも巻き込んだ「大国間の競争」と云う新しい規範の成立に貢献したのだった。

 然し、露西亜はその侵略諸行為と大量の核兵器保有を以ってしても、到底、中国や米国に伍(ご)する競合国たり得ないのだ。プーチンによる過度なウクライナ戦線拡大は、彼がこの重大な点を弁(わきま)えていなかった事実を示唆するものだ。ともあれ、プーチンが世界中の地域に介入実施した挙句の果てに、露西亜がウクライナで敗退する場合には、同国は引き裂かれるように分裂し、之(これ)は国際体系に対し甚大な衝撃となるだろう。

 但し、多くの露西亜諸隣国にとって、同国敗退が様々な好ましい結果を齎(もたら)すのは間違いない。それは、冷戦が終わり、ソヴィエト連邦終焉によって、欧州内に10数ケ国の自由で豊かな国々が誕生した事例が如実に物語る通りだ。つまり、冷戦終結後の欧州大陸に就いて米国の野心を語った、ジョージ・H.W.ブッシュ米国大統領の言葉を借りれば、「欧州が一致団結し、その全土が自由になる」日の到来は、露西亜が内政に掛かり切りになる情勢により、加速されるだろう。同時に、露西亜国内の混乱状態は、不安定な渦を巻き起こす。即ち、大国が無政府状態に陥ると云うよりも、大国には及ばない者同士の競合が発生する状況が出現する事によって、地域戦争が次々に生じ、国外脱出者が続出し、そして経済が不安定化する。

 又、露西亜の崩壊は、伝染的に波及、或いは、連鎖反応を惹き起こす可能性を含み、この場合、米国、中国共に利益にならない。何故なら、両国はその余波による副作用を封じ込める為に四苦八苦せざるを得なくなるからだ。この場合、西欧陣営は、戦略の優先順位付けを強いられる。露西亜敗退の無秩序な状態から生まれた真空領域を全て埋めようとするのは不可能だからだ。例えば、中央亜細亜と南コーカサスに就いて、中国とトルコがその空隙に付け入るのを、米国と欧州が防ぐ事は先ず望めない。彼らを締め出そうとする策に代え、より現実的な米国戦略は、彼らの影響力を制限する事に在り、特に中国の占有に代わる、代替案を提供するべきだろう。

 露西亜の敗戦が如何なる形態を取るにせよ、バルカン諸国を含む東及び東南欧州の安定化は、途轍もない力を要する難作業だ。西側陣営は、1991年以来、未だ、未解決の諸問題に対し、欧州中を挙げて創造的な答えを見出す必要があるだろう。それは「露西亜は欧州の一部なのか?」と云う問いだ。もし、そうでないなら「露西亜と欧州との間の壁はどれ程に高かるべきか、そして、その壁はどの国々の上に築かれるべきか?」。一方、もし、露西亜を欧州の一部とするなら、「何処(どこ)の地域が該当し、そしてどの様に欧州側へ組み入れるのか?」、「抑々(そもそも)、欧州自身の領域は何処が始点で何処が終点なのか?」。フィンランドとスウェーデンをNATOに組み入れるのは、この一大作業のほんの始まりに過ぎない。又、ベラルーシとウクライナは、欧州の東側面を防御するのが結局は困難である事を証している。この両国は、露西亜が大国たらんとする野望追求に於いて、欠くべからざる重要地域なのだ。そして、譬(たと)え、露西亜が廃墟となろうとも、同国の保有する核兵器と通常兵力はそれでも残存するのだ。

 過去106年間に2度、1917年と1991年、露西亜の政体は瓦解した。そして2度に亘り、同国は自ら、その再構築を図った。もし露西亜勢力が衰退すれば、西側陣営はその機を利し、NATO加盟国、同盟国、及び友好諸国を防衛する環境を欧州に造り出すべきだろう。ロシア敗退は多くの機会と、又、多くの誘惑とを伴う。これらの誘惑の内の一つは、敗戦した露西亜が欧州から消えてなくなるのを期待する事だ。然し、敗退した露西亜は、又必ずいつの日にか復活して権力誇示し、自分達の尺度で測った利益追求を始めるだろう。西欧諸国は、露西亜の敗退と復活との双方に対し、政治的に且つ知的に備える必要がある。

(了)

【*訳者後注】

*1)プーチンが広島、長崎に言及した演説(2022年9月30日):

 プーチンは、NATOが露西亜崩壊を意図しており、自国領土(独立4州を含み)を守る為に核兵器使用の用意ある旨を表明。更に、米国トルーマン大統領の決断による日本に対する2度の原爆投下が、核兵器使用の前例となったとした。

 又、続いて月11月初旬、仏国マクロン大統領との電話会談に於いて、プーチンは再度、広島の原爆に言及し、(主要都市でなくとも)地方都市への核兵器使用により戦争終結が可能との自論を繰り広げた。

*2)「大動乱時代」(ロシア語 スムータ “smuta”):

 露西亜時代大きく混乱した時代の呼称(概ね1605-13年の期間)。当時、政権内部ではツアーリを巡り、暗殺を含む貴族内抗争が内乱へ拡大、南部ではコサック農民反乱も発生する中、ポーランドによる干渉戦争に露西亜側は破れ、露西亜国民軍がモスクワ解放(1612年)する迄、ツアーリ空位期間が3年間生じた。(翌年ミハイル・ロマノフ即位を以って混乱は収束。此処にロマノフ朝始動し18世紀露西亜帝国の祖となる。)

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