著者:ブレンダン・リッテンハウス・グリーン(Brendan Rittenhouse Green)、シンシナティ大学、政治科学准教授、
ケイトリン・タルマッジ(Caitlin Talmadge)、ジョージタウン大学、ウオルシュ・スクール・オブ・フォーリン・サービス 准教授
本論稿は、『国際安全保障(International Security)』誌(2022年夏季号)掲載記事からの転載。
(論稿主旨)
米中間に突発し兼ねない戦争の内、最も対応が難しいその全ての中でも、台湾が同リスト最上位に位置するのは疑いない。そして、この戦争に潜在する地政学的諸帰結が意味する処は極めて重大なものだ。台湾 ―嘗て米国陸軍元帥ダグラス・マッカーサーが「不沈空母にして且つ潜水母艦(潜水艦への補給艦艇)」と呼んだ― は重要な軍事的価値を持つにも拘わらず、これ迄屡々(しばしば)過小評価されて来た。同島はフィリピン海への通路であり、日本、フィリピン、及び韓国を、想定される中国の抑圧や攻撃から防衛する際の重要な舞台なのだ。中国が同島を巡って起こす戦争に勝利する保証はなく、又、斯かる戦闘が何年も継続し中国自身が力を弱める可能性もあるのは確かだ。それにも拘わらず、もし北京政府が台湾支配を確保し、同島に軍事諸設備を構築した場合、同国の軍事的位置付けは目覚ましく躍進するだろう。
中国が台湾を支配すれば、特に、北京政府の保有する海洋監視諸設備と潜水艦の活用によって、軍事上極めて重要な便益を得る事が出来る。仮に、中国が基幹技術や軍事的な躍進を何ら実現しない場合であっても、同島を領有する丈で、フィリピン海域に於ける米軍の海上及び航空諸作戦を妨害し、斯くして亜細亜諸同盟国を防衛する米軍能力を制限する事が可能になる。そして、更に、もし将来、北京政府が、消音式原子力攻撃潜水艦と大陸弾道ミサイル搭載潜水艦の一大艦隊を発足させ、台湾に配備した暁には、同国が北亜細亜の海上諸航路を脅かし、その上、洋上を基地とする核戦力をも増強させる事になるだろう。
一方、同島は高い軍事的価値を持つが故に、台湾が中国により支配されるのは阻止すべきだとの議論が勢いを得るのは明らかだ。然し、この論法が如何に強い説得力を持つかは、多くの諸要因に依存する。即ち、例えば、中国が台湾占領後、更なる領土拡大を追求し、同島占有による恩恵を極大化する為に必要な、軍事上及び技術上双方の投資を長期的に実施すると云う事を前提とするのか否か。加えて、又それは、米国が、対中国政策と云う幅広い諸針路の範囲内から何を選択するかにも懸かって来る。つまり、一策としてワシントン政府は、亜細亜内の盟友及び同盟諸国に対する政策履行義務と前面に展開した圧倒的軍事力とを組み合わせ、中国勢力拡大を封じ込める現行策継続を約束する事が可能である。一方、或いは、米国は、より柔軟策を取り、防衛義務は核となる条約同盟国に限って維持する事により、前面配置した諸兵力削減も行い得る。さもなければ、米国は、より自制した対応を取る一貫とし、斯かる諸約束を全て削減する事も可能だ。然し、米国がこれら三つの何れの戦略を追求しても、中国が台湾を支配する場合には、米国軍の太平洋上作戦諸行動は制約を受ける事となり、同領域での米国利害は潜在的な脅威に晒されるだろう。
然し、問題の本質は、台湾の有する極めて大きな軍事的価値が、米国の幾つかの全体戦略に対し問題を提起する事のみに止まらない。現実には、ワシントン政府が台湾を中国支配から守ろうと試みると否とに拘わらず、中国との膠着状態の中に在る米国は、結局、危険を冒し、それに相応する代償を被る事を余儀なくされるであろう。そして、台湾という領域は、米国の対中国政策に於ける全ての葛藤が衝突する場として、世界の中で最も困難且つ危険な諸問題を呈示するのだ。簡単に云えば、ワシントン政府に残された良策は極めて少なく、大厄災を招き兼ねない極めて多くの好ましからぬ諸選択肢に囲まれている状況に在るのだ。
台湾に於ける均衡が崩れる時
中国の台湾攻撃によって、亜細亜の軍事力均衡が変じる場合、実に多くの展開が予想される。例えば、中国が迅速且つ容易に同島支配した場合、台湾制圧の為に準備された多くの諸軍備は、他の軍事諸目的達成にその儘、転用出来る。更に、台湾側の軍事設備、人員、及び半導体産業等の戦略的資源を取り込めば、これらは何れも中国軍事力強化に貢献するだろう。然し、もし反対に、台湾征服又は占領が長引き、中国が立ち往生の状態に陥れば、この武力統合の試みは、北京政府権勢にとり重大な重荷となる可能性もある。
然し、中国が如何なる軍事行動であれ、それにより台湾を併合した場合、北京政府は同島内に重要な軍事諸設備、殊(こと)海中監視装置と潜水艦を、それらと連携した空軍及び沿岸防衛諸施設と共に配備する事が可能となる。台湾を軍事基地とし、もし、中国がミサイル、航空機、空中無人機、及びその他の兵器システムを配備した場合には、その効果は、同国勢力範囲が単に台湾海峡に相当する距離丈東方へ延伸するには止まらないのだ。更に、これら諸設備に比べて、海中監視装置と潜水艦を配備した場合、その発揮する効果は尚一層重大と云える。何故ならば、これによって、将来、中国を巻き込んで起こり得る、多くの軍事衝突諸展開の中でも、死活的重要性を持つ、フィリピン海域に於いて「米軍の作戦行動を阻害する能力」を中国が向上させる事を意味するからだ。
最も有り得る事態は、米国が亜細亜本土の沖合、所謂、第一列島線に沿って位置する同盟諸国の防衛に乗り出す展開だ。同線は、日本の北から始まり、台湾とフィリピンを経て南西に伸び、それからヴェトナム方面へ回り込む。展開例としては、東志那海、或いは琉球諸島南端に於いて、中国の潜在的脅威に対抗し日本を防衛する為に、この列島線海域での作戦行動が不可欠となる場合だ。又、これらはフィリピン防衛時の展開に際しても重要なばかりか、更に、例えば、朝鮮半島で大規模な戦争が突発するなどして、米国が中国本土攻撃を余儀なくされる場合に於いても、同列島線海域での行動が鍵になるのだ。又、米軍のフィリピン海上に於ける作戦行動が一層その重要性を増して来る。その理由は、中国のミサイル能力向上によって、地上を基地とする航空機と、同機所轄地域内の諸基地とは次第に脆弱化する為、米軍は海上艦船を基地として発艦、発射する航空機とミサイルへの依存を一層強めざるを得なくなる為だ。
もし、今日、太平洋上で戦争勃発した場合、中国側が水平線を越え有効な諸攻撃を実行する能力 ―つまり、見渡せる水平線よりも彼方に所在する米軍艦船を標的とする攻撃力― は一般に考えられるより遥かに制約を受けるだろう。確かに中国は、戦争に先立ち先制攻撃を以って、前線に配備された米軍航空母艦や他の艦船を標的とする事は可能かも知れない。然し、一度(ひとたび)戦闘が開始されば、中国最強の観測設備たる、“水平線”の彼方を見通せる、大陸に設置された巨大レーダー は、早晩、破壊される公算が高い。又、米軍海上兵力の近隣地域内に活動する中国側観測機や観測船も同様の運命だ。
中国側の衛星システムによっては、これらの損失を補うのは困難だ。と云うのは、米国は冷戦時代に磨きを掛けた諸技術を駆使し、米国海上兵力は、自軍レーダー及び通信信号を支配下に維持しつつ、中国側が実施する、電子放出を検知する衛星による探査を潜り抜ける事が恐らく可能なのだ。即ち、これら信号を収集し分析する特殊な設備群を用いた諜報システムなくしては、中国側の観測衛星群は、広大な大洋の中に米軍の存在を追い求めて、無暗矢鱈に探索する術しかないのだ。斯かる状況下に於いては、フィリピン海域に展開する米国軍が直面する諸危険は、現実性はあるが許容可能な範囲である為、米国指導者達は、中国側衛星を攻撃して迄、戦闘を加速化させるような火急の圧力に苛まれる事には多分至らずに済むだろう。
然し、もしも中国が台湾を力に任せて獲得し支配する事態になったとすると、状況は全く異なって来る。即ち、中国は、ハイドロフォーンと呼ばれる海底マイクロフォーン(音声電気信号化装置)を台湾島東沖の海中に設置する事が可能になる。同海域の深度は現行北京政府の支配する第一列島線境界内に比べ、相当深い。従って、同装置を適切な深度に設置すれば、これら特別な感知器は、前方数千マイル彼方を航海する米軍海上艦船の発する低周波を検知可能で、中国軍が更に衛星を使いより正確な位置を把握すれば、ミサイルで標的を捕捉出来るのだ(尚、米軍潜水艦は極小迄消音化が進み、これらハイドロフォーンでも探知されない)。これらの中国側攻勢に対しては、米軍は海上艦船の展開をハイドロフォーンの探知圏外に限定するか、さもなくば、危険が大きく、抗争を加速化し兼ねない、中国衛星を狙った攻撃を実施する事を余儀なくされ得る。何れの選択肢も賢明と云えるものではない。
一方、台湾沖に設置された中国側ハイドロフォーンを、米軍が破壊するのは困難だ。唯一、高度に特殊化された潜水艦か無人潜水艇の投入によってそれが可能だ。それでも、中国は、機雷設置を含め多くの対抗手段を以って防衛出来るのだ。もし、米軍が中国側ハイドロフォーンのケーブルを損壊させたとしても、中国空軍が台湾上空に設置する航空防衛圏内を援護する中、補修船舶が悠々と修理を実施するだろう。
中国側ハイドロフォーンによる検知を妨害するに最も望ましい策は、情報が光ファイバー・ケーブルを経由し陸上へと送信されて来る、データ加工センター ―これらは通常軍事防御上手薄な為― を急襲する事だ。然し、これら拠点の所在を突き止めるのは殆ど不可能だ。何故ならば、ファイバー・ケーブルは海底での敷設と同様、地上に於いても地中に埋没させる事が可能な上、データ処理を行うこれらの建物は、何の特徴もない他の軍事建築物との見分けがつかないのだ。つまり、この場合、米軍の標的範囲は、台湾中の、十分な防衛能力を備えた軍事諸施設の所在範囲の何倍もの広さに及び、何百という個々の建物を含む事になるのだ。
しかし、台湾支配による効果は、中国海上偵察能力が向上する丈に止まらない。潜水艦を巡る戦争に於いても、中国が利を得る事になる。台湾が友好国の手にある限りは、中国の攻撃用潜水艦に対し、潜水艦が洩らす騒音を拾う水中探知機、ハイドロフォーンを主要戦略地点に設置する事を以って、防御を講じる事が出来る。米国は、フィリピン諸島、琉球諸島及び台湾のぞれぞれの間隙を含む、フィリピン海域への入り口に相当する地点の海底に沿い、狭い間隔で関門を設けるように、斯かるハイドロフォーンを大陸側に向け敷設すれば、比較的至近距離から敵潜水艦の音を捉える事が出来るだろう。斯様に狭い範囲の中では、これら探知装置は、最上級の消音式潜水艦であっても感知が容易な為、米国の航空及び海上諸兵力を以って同艦を追跡が可能だ。従って、前方に展開する米国海軍艦船が最も危険に晒される、戦争開始初期段階に於いても、中国潜水艦が米海軍艦船に向け自在に攻撃を仕掛けるのを防ぐ事が出来る。
然し、もしも中国が台湾を支配した場合には、同国は、同島内に、潜水艦船団及び支援的空軍と沿岸防御の為に、基地化を図る事が可能になる。この場合、中国軍潜水艦は、台湾島東岸の深水港内のドックから直接フィリピン海へと抜け出る事で、米国側ハイドロフォーンが配備された難所を迂回する事が出来るだろう。中国軍が台湾に拠して防御に当たると、米国及び同盟諸国が、中国軍潜水艦追跡の為に従来用いた最善策 ―海上哨戒機やヘリコプターを装備した艦船― を同島周辺に於いて実施する事は困難になり、危機に際し、中国軍潜水艦が先制攻撃を掛けるのが容易となり、戦時に同軍損耗率を減少させる効果を持つ。又、台湾を支配下に置けば、中国軍潜水艦諸基地とパトロール領域との距離に関し、従来の平均670海里だったものがゼロに迄削減されると云う追加の利点が生じ、同軍は何時如何なる時にも、これ迄以上の隻数の潜水艦の動員が可能になり、米国軍に対しより多くの諸攻撃を実行出来る。中国潜水艦船団は、ハイドロフォーンや人口衛星から収集される、より正確な標的情報を駆使し、米国の海上船団兵力に対し、攻撃の有効性を劇的に向上させる余地を有するのだ。
海底で繰広げられる戦い
中国が台湾統一を果たした後、時間経過に従って、もし、更に先進的核攻撃並びに大陸弾道ミサイル発射可能で且つ潜航音がより静かな潜水艦々隊拡充の投資を実施するならば、より強力な、軍事的優位性を手にする事が出来るだろう。台湾東海岸から、これら潜水艦の展開を図る事により、中国は核抑止力を強化させ、戦争勃発の際には、北東亜細亜の航海と諸航路を容易に脅かす事が出来る。
現時点に於ける、中国潜水艦戦力は、米国同盟諸国の原油及び海上貿易に対する軍事作戦を展開するには、極めて不十分な体制である。これ迄、世界海上航路は、斯かる脅威に直面しても、その強靭性を歴史的に証して来た。それは、諸船舶は敵対国の勢力圏を避け、航路変更する事が可能と云う事だ。スエズ運河が1967年から1975年に亘り封鎖された間も、国際貿易が麻痺する事態に至らなかったのは、諸船舶が、多少の追加費用は生ずるものの、喜望峰回りの迂回航路を取る事が出来た為だ。北京政府にとっては、この海上輸送の強靭性は、諸船舶が太平洋上の北方又は東方、恐らく北東亜細亜諸港の周辺へと迂回移動する場合、同政府がこれら諸航路を標的とし捕捉する必要がある事を意味する。処(ところ)が、中国の現行保有する攻撃用潜水艦の大半は、航続性に劣るディーゼル発電式船である事に鑑みれば、上述の遠隔領域内に作戦行動を展開するのは至難なのだ。一方、同国は極(ごく)限られた隻数の長距離航行可能な原子力潜水艦を保有しはするが、これらは潜航音が大きい為、米国が所謂第二列島線(*)に沿って外向けに配備するハイドロフォーンにより検知される危険性が高いのだ。(*日本から東南方向へ、北マリアナ諸島を経てグアム島を通過する境界線)
同様に、現在の中国に於いては、大陸弾道ミサイル発射可能潜水艦の能力も、同国核抑止力強化には殆ど役立たない水準だ。つまり、同艦に配備された大陸弾道ミサイルは、第一列島線内から発射された場合、精々アラスカと米国北西部の一端を狙うのが精一杯だ。更に、これら潜水艦は音声探知される危険性が高い為、米国主要本土迄を射程域に入れ脅かそうにも、公海域へと達し進出する事は至難なのだ。
更に、将来の時点で、潜航音を劇的に消す技術を備えた、核又は大陸弾道ミサイル搭載潜水艦艦隊が、第二列島線沿いに外向きに配備されたハイドロフォーンを通り抜ける能力を確保出来たとしても、同艦隊は尚も、第一列島線内への移入地点で、有効に、内向きに配備されたハイドロフォーンの一群を通過しなければならない。これらの防壁によって、米国軍は、北東亜細亜の航海航路領域へ出入りする中国側の先進的核攻撃潜水艦隊に対しても、相当程度の損失を与え、且つ僅かな隻数しかない中国の大陸弾道ミサイル配備の潜水艦が帯びる任務を非常に効果的に阻止できるだろう。
然し、中国が台湾を併合した場合には、同国は、第一列島線沿いに配備されたハイドロフォーンを回避する事が可能になり、これ迄は潜在的脅威に過ぎなかった、潜航音を極小化した潜水艦の軍事配備実現への道が開かれる事になる。これら艦船は、フィリピン海へ直接進出が可能な上に、中国領空及び沿岸防御線からの援護も得られる為、米軍艦船や航空機を常に追跡し追い込む事が出来るだろう。無潜航音式の核攻撃潜水艦船団を台湾に配備する事が出来れば、北東亜細亜の航海路領域に対する軍事作戦の持久性が確保される。そして、潜航音がより制御され、大陸弾道ミサイル搭載の潜水艦隊が公海への進出経路を確保するに至れば、中国は洋上核発射攻撃を以って、合衆国大陸に対し脅威をより確実に与える事が可能となる。
無論、果たして中国が、先進的な消音技術の開発力を手にいれ、或いは、原子力潜水艦に纏(まつ)わる数多くの未解決問題の処理を図る事が出来るかに就いては、見極めが必要だ。そして更に、対艦船兵器と洋上発射型の核兵器の能力が如何程(いかほど)の効果を持つかという点は、尚も議論の余地を残す。と云うのは、これら兵器が発揮する相対的な影響力は、中国が、それ以外の分野で如何なる能力を発達させるか、或いは発達させないのか、そして将来同国が何を戦略目標に据えるか等に依存する為だ。然し、譬えそれらが事実としても、過去の諸大国が為した所業が行く先を暗示している。即ち、ナチス独逸とソヴィエト連邦は、共に攻撃型潜水艦開発に巨額の投資を実施し、特に後者は大陸弾道弾発射可能な潜水艦に対し資金傾注した。これらの国々に対抗した民主主義諸国は、敵側の海底下での軍事力に脅かされ、そしてそれら脅威を無力化させる為に多大な尽力を積み上げざるを得なかったのだった。この様に、中国は台湾獲得により、嘗ての諸大国が極めて有益と見做して来た軍事上の選択肢を手に入れる事になるのだ。
手詰まり状態の中で
台湾の軍地的価値が十二分に理解されれば、「同島は友軍の手に委ねられるべき」との議論に対し支持が強まるのは明らかだ。然し、その議論が如何程迄に断固たり得るかは、結局、米国がどの様な亜細亜全体戦略を追求するか次第なのだ。そして、厄介なのは、譬え如何なる選択を採った場合でも、台湾を占有するのが誰であれ、その者が手にする同島固有の潜在的軍地価値の重要性によって、米国は種々の困難と葛藤とに直面し、それらの問題に取り組んで行かざるを得ないと云う点だ。
米国が、同盟諸国に対する連携と前面に展開する軍事力とを保持し、現行中国封じ込め策を維持する場合、台湾防衛の代償は極めて高く付くものとなるだろう。結局の処、台湾島が固有に持つ軍事上の有用な価値と云うものが、巷で頻繁に引用される国家主義者達の衝動よりも、実は遥かに大きい影響力を以って、中国による同島統一の追求に対し強い動機を与えているのだ。従って、北京政府を抑止して行く為には、ワシントン政府が果たして台湾島防衛に駆けつけるかに関し、これ迄長らく維持して来た、戦略的曖昧策は恐らく捨てて、曇りなき明確な軍事支援の約束を表明する必要があるだろう。
然し、従来の曖昧戦略に終止符を打った場合、本来、同策がそれを回避すべく設計された筈の、危機そのものを呼び起こす可能性もあるのだ。と云うのは、同策により、米中間の軍拡競争圧力が略(ほぼ)確実に双方共に高まる結果、2大国の間で既に危険な競争状態を更に悪化させるからだ。そして、縦(よ)しんば、戦略明確化の策が奏功し、中国に台湾併合を思い止まらせる事が出来たにせよ、反面、これによって中国は、軍事上の不利益を、他の方法で取り返えそうと尚一層奮励する状況となり、両者の緊張に一層拍車が掛かる事が予想される。
この代策として、米国は、台湾の防衛約束は破棄しつつも、米国の同盟諸条約と亜細亜に於ける一定の前線配備軍は維持すると云う、より柔軟な安全保障上の防衛境界線を追求する事も可能だ。この方策に拠れば、台湾を巡り衝突の機会は減じるものの、それでも台湾の持つ軍地的価値が、此処でも又、追加的な軍事費用の発生を不可避にする。つまり、米国軍は、中国側潜水艦や台湾東海岸沖に設置されたハイドロフォーンによって、今や一層危険度が増した領域内で任務遂行を余儀なくされるのだ。この結果、米国は、中国側探知機を欺(あざむ)く為のデコイ(偽装した囮)の開発や、通常の行動領域外に於いての新規作戦行動の考案、或いは、これら検知器と陸上に所在するデータ処理センターとを繋ぐ海底ケーブルを、交戦時には切断出来る備え、等が必要になろう。ワシントン政府は、その節には先ず間違いなく、中国の衛星機能を攪乱する諸策強化をも渇望するだろう。
万が一、米国がこの選択肢を採った場合、最早、米国同盟諸国の安全保障を担う任務自体が極めて困難になる。北京政府による台湾支配は、正(まさ)しく同政府に極めて大きい軍事的優位性を与える為、日本、フィリピン、及び韓国は、米国が引き続き防衛約束を強く明示する事を求める公算が高い。殊(こと)日本は、同国南端諸島が台湾に近接する地理的要因もあり、フィリピン海上で米国軍の作戦行動能力が減少する事は取りも直さず、中国の力による強要、或いは襲撃能力が増大する事と捉え、世論は一気にこれを懸念する向きへと傾くだろう。
より長期的には、同域内の米国同盟諸国は、中国の脅威が航路に迄及ぶ事を懼れ、加えて、洋上基地による中国核抑止策が強大化された場合に、同国の攻撃から彼らを守るべき米国防衛義務の信頼性が損なわれる事を何より懸念するのだ。これら危険が予想される場合、略(ほぼ)間違いなく、米国の同盟諸国は、より一層緊密な防衛協定、追加軍事援助、同盟当該国或いは周辺地域を含んだ域内に於いて、核を包含するより可視的な米軍事力配備、並びに恐らく、彼らの政府と共同した核開発計画への協力も視野に入れ、米国からより万全なる安全の再保証を得ようと画策するだろう。斯くして、東亜細亜は、欧州が嘗て冷戦終盤局面に取った行動と極めて類似した対応を取る可能性がある。即ち、軍事力均衡が崩れる疑いがある場合、米国同盟諸国は、支援者たる米国が条約履行義務を明言して呉れるよう要望したものだった。もし、冷戦当時の対応が、今後、何らかの先鞭になるとすれば、それら諸段階に於いて、危機下或いは戦争状態に際しては、核兵器の使用へと事態が悪化する危険性を秘めている事を意味する。
米国にとって最後の選択は、台湾防衛の約束を破棄し、亜細亜内の軍事展開と同地域の同盟義務削減を追求する事だ。この政策では、日本防衛に対する米国軍直接支援が限定されるに止まらず、場合によっては、東亜細亜地域に於ける米軍の全防衛義務を徐々に削減し最終的に終了する選択肢をも含まれる。然し、この最後の段階に至ったとしても、中国にとって台湾の持つ潜在的軍事価値は、尚も同地域内に危険な力学を生み出すだろう。台湾が侵攻されると、次は自国領土の離島も危ういと憂慮する日本は、譬え米軍参戦なくとも、自ら台湾防衛の為に戦う可能性もある。そうなれば、結局、亜細亜に於ける大規模な軍事衝突に発展し、米国が望むと否とに拘わらず引きずり込まれる結果になるかも知れない。この場合の戦争は壊滅的なものとなるだろう。然し、一方、台湾と云う軍事的価値の高い島を割譲する事によって、現状の微妙な均衡が覆される場合には、より一層、斯様な戦争が起こる可能性は高まり得る。その理由は、斯かる環境下に於いては「諸同盟に対する米国防衛義務と前方への軍事展開が、同地域に於ける摩擦に対し抑止と牽制効果を発揮する」事を主旨に謳う、現行の米国戦略大綱が支持を受け優位になる展開へと、核心的議論が形成、強化されて行くからだ。
然し、米国戦略大綱の、三つの何れのシナリオに於いても、台湾の持つ特有の軍事的価値が諸問題を惹き起こすと云う事態を、最終的に避ける事は出来ないのだ。即ち、米国が台湾及び亜細亜同盟諸国に対する防衛義務を強化するか、或いは、彼らから完全、乃至は部分撤退するにしても、台湾島の有する、同地域の軍事均衡を変ずるその潜在性によって、ワシントン政府は厳しい二律背反的選択肢に直面余儀なくされる。つまり、同領域での軍事機動性を徐々に譲り渡すか、軍備拡大競争の危険を冒すのか、或いは更に中国との開戦すら辞さないか、と云う選択だ。これこそが、米中関係、地政学、及び亜細亜域内の軍事均衡、これら全てが連鎖する関係の只中に位置する「”台湾”の提起する問題が、如何に険悪で危険であるか」を示す本質なのだ。ワシントン政府が何れの戦略大綱を追求する場合に於いても、既述の通り同島が軍事上重要な価値を有するが故に、それが危険を齎(もたら)し、或いは一定の代償負担を余儀なくされる事態を、我々は覚悟して置く必要があるだろう。
(了)
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