【投稿論文】デジタル技術が基軸となる時代~寡占ハイテク企業により再編される国際秩序の未来図。現代人が心得るべき三つのシナリオとは?(原典:The Technopolar Moment~How Digital Powers Will Reshape the Global Order~Foreign Affairs November/December 2021 P112-128 )著者:イアン・ブレマー(Ian Bremmer)、ユーラシアグループ代表

(論稿主旨)

 今年1月6日、反乱者達が米国議会に乱入直後、米国で最も権勢を誇る幾つかの組織は、この未遂に帰した暴動の主導者達を罰すべく素早い行動に出た。しかし、これら組織は、普段我々が斯様な有事に出動を想定する者達ではなかった。つまり、それは、フェイスブック社とツイッター社で、彼らが、この暴動を賞賛したトランプ大統領のアカウントを封鎖したのだった。又、アマゾン社、アップル社、及びグーグル社は、トランプ支援者が互いに激励し、議会襲撃を企てる際、ツイッターに置き換え使用していたミニブログ「パーラー」を、自社ウエブホスティングサービスやアプリケーションストアーへのアクセスを遮断する事で、効果的に削除した。更にペイパル社やストライプ社と云った、主要電子決済サービスアプリケーション諸企業も又、トランプの宣伝活動費用の支払い手続きを停止し、トランプ支援者達がワシントン特別州へと向かう旅費を支出する口座も凍結したのだった。

 これらハイテク諸企業の迅速な対応は、米国政府諸機関の対応が弱々しかったのに対し、その著しい違いを際立たせるものだった。即ち、議会はと云えば、その時、議事場乱入にトランプが果たした役割に就いて、厳しい非難声明すら未だ発する事が出来ず、9/11事件当時のような超党派結成の試みは、共和党の反対に囲まれ結局失敗した。又、法執行当局は、反乱者の内、複数個人の逮捕に漕ぎ付けはしたものの、その大半は、この大失態劇への参加に関し、彼らがソーシャルメディアに残した痕跡を専ら頼って追跡したに過ぎなかったのだった。

 過去凡そ400年間に亘り、国際的事象に関し常に主役を演じたのは国家である。ところが、今、これに変化が生じている。ほんの一握りの巨大ハイテク企業、数社が地政学上の影響力を巡り国家と競合すようになったのだ。1月6日の議会乱入事件の余波の中で、アマゾン社、アップル社、フェイスブック社、グーグル社、及びツイッター社は、最早、巨大な丈の企業ではない事が如実に証明された。つまり、嘗て長きに亘り国家専任事項であった、社会、経済、国家安全保障のそれぞれの局面を支配する力を、彼らは手に入れつつあるのだ。この事は、中国のハイテク企業、アリババ社、バイトダンス社、及びテンセント社に於いても同様だ。即ち、非国家の役者達が、ハイテク諸企業を筆頭とし、次第に地政学上の諸事を形成し始める時代なのだ。一方、欧州はこの変化に乗じたいと欲しても、同地域には米国や中国の同業他社に匹敵する規模や地政学上影響力を持つハイテク企業が存在しないと云う現実が有る。

 技術を巡る米中競合に関し分析する者達は、その大半が未だ国家主権主義の範疇から抜け出ない。彼らの見解は、国家間が敵対する状況下、ハイテク諸企業は飽くまで国家によって繰られる歩兵と見做すものだ。ところが、今やハイテク諸企業は、国家の掌中に在る単なる道具ではない。例えば、議会暴動の直後に彼らの取った、先述諸行動は、その何れも政府命令や法的強制力によって為されたのではない。それら諸行動は、全て彼らの統制下に在る、規範、コンピューターサーバー、及び諸規則に係る権限を行使して利益追求する諸企業が、各々私的判断を下し、実行に移したものだ。これら諸企業は、正に諸国家の運営をその内に包含する、地球規模の環境そのものをも次第に形成するようになって来たのだ。その中で、決定的に重要な役割を果たすものが、技術とサービスである。何故なら、これらが、次なる産業革命を惹き起こし、国家の経済並びに軍事戦略を決定付け、将来の働き方を形作り、社会契約をも再定義する力を持つ為だ。つまり彼らは、この決定因子に対し大きな影響力を有するに至った訳だ。

 巨大ハイテク諸企業は、最早、国家に類するものと考えるべきだ。これら諸企業は、公的規制者達の力が及ぶ範囲を越え、急拡大を遂げるある王国に於いて、一種の支配権を行使しているからだ。それは、デジタル空間だ。一方、彼らは地政学上の競合に勝利すべく諸資源を投じる反面、彼らが権限を振るうに当たっては、諸事制約に直面する。即ち、彼らは、海外との関係を維持し乍ら同時に、株主、従業員、顧客、広告宣伝業者等を含む、様々な支持者層の要望に応えて行かなければならないのだ。

 扨て、政治社会学者達が政府形態を分別する際には、広範に亘る条件分類に従う事が出来る。即ち、「民主主義」、「独裁主義」、或いは両者の要素を併せ持つ「非自由主義的民主主義」等だ。ところが、巨大ハイテク企業を理解する場合、これに類する分類道具は存在しない。更に昨今、ハイテク諸企業の経営は一律でなく、彼ら独自の発展を歩み始めている点が、事態を一層複雑にする。国家を分類するのと同様、ハイテク企業に対し偏狭な分類を適用するには留意を要し、若干の抵抗はあるのだが、それを敢えて行えば、凡そ三種の理念が、これら企業の地政学的立ち位置と世界観を形成すると云える。それらは、国際主義、国家主義、そして技術理想主義である。

 巨大ハイテク諸企業が、世界規模の諸事象を司ろうと試みるに連れ、先述三つの主義に従って、彼らが直面する事態の中で取り得る諸選択が決定される。即ち其処で生じる選択肢とは、果たして、インターネット世界が次第に分裂断片化し、ハイテク企業は彼らが居住する国家の利益とその目的の為に奉仕して行くか、或いは、これと反対に、巨大ハイテク企業はデジタル空間での支配権を諸政府から奪い取り、最早国境による制約から逃れ、真の国際化した権力者になろうと意を決し事を進めて行くのか、将又(はたまた)、国家支配の時代は遂に終わり遂げ、それに取って代わるのがハイテクエリートなるもので、彼らが、嘗て国家により提供された公共的諸財を供給する責任を担う事になるのか、と云った事共だ。今や、地政学上の勢力を決する迄の力を保持するに至った、これら新しい役者達の織りなす諸行動は、経済、社会、及び21世紀の政治構図迄も決定付ける影響力を与える。従い、彼らが「自身の持てる権力を如何に振るべきか」と云う戦略を導き出す際、必ずその判断要因となる「彼らを取り巻く競合状況」に就いて、先ずはこれを予め十分理解して置く事が、分析者、政策立案者、及び国民諸氏が今後、賢明な判断を行う為には是非役立つものと考える。

巨大ハイテク企業による支配

 地政学上の影響力を巡り、ハイテク企業と国家との間で如何なる闘争が繰り広げられるかを理解するには、これら諸企業が持つ力の性質を先ず知る事が重要だ。ハイテク企業が自在に繰る諸道具は様々な国際事象の中でも極めて特異なもので、政府がこれらを制御しようとしてもそれが困難な理由は此処にある。無論、民間企業が地政学上で重要な役割を果たした事例が過去存在するのは、植民地時代の東印度会社や近代大手石油企業が示す通りだ。しかし、今日、世界規模で浸透するハイテク企業の存在感は、これまでの巨人達の比ではない。その秘密の一つが、政治権力を操る斡旋屋達の犇めく、不透明な密室に於いて、その影響力を行使し得る事で、もう一つは、人々の生活、人間関係、安全、更には地球上の何十億人もの思考法に迄、直接的影響を振るう点だ。

 今日の巨大ハイテク企業が、地政学上、他に影響されない独自の影響力を築き上げる事が出来たのは、二つの決定的優位性を持つが故だ。先ず、彼らが事業展開し影響力を行使するのは、物理的空間に於いてではない。地政学上に、デジタル空間と云う、彼らが専ら影響力を振るう、新しい次元を創出したのだ。人々は愈々(いよいよ)、政府を以っても完全に統制する事が出来ない、この巨大空間に於いて生活を営むようになって来ている。

 上記の示唆する点は、実質的には、都市生活、経済活動、及び個人プライバシー全ての面に結び付く。今日、多くの民主主義国家に於いて、フェイスブックやツイッターでフォロワーを如何に多く獲得するかの能力次第で、選挙に勝利する為の資金や政治的支持を得る道が開かれる。米国議会への乱入事件直後、トランプのアカウントを無効化したハイテク企業の行動が非常な威力を持ったのはこの為に他ならない。又、新世代の起業家達が新規事業を成功裏に立ち上げる為に、最早、これらデジタル空間での諸道具は必要不可欠だ。マーケットプレイス、ウエブホスティングサービス(アマゾン社)、アプリケーションストアー(アップル社)、アド・ターゲッティングツール(フェイスブック社)、グーグル社の検索エンジン等、こららは枚挙に暇ない。更に、巨大ハイテク企業は、人間関係形成の方法迄も変革する。つまり、人々の互いの繋がりは、益々アルゴリズムを介して為されるようになるのだ。

 ハイテク企業の行使する権限は、デジタル基盤上で市民が取る行動を統治するに留まらない。彼らは、市民の行動及び相互関与そのものを形成する力を持つのだ。例えば、フェイスブックの画面に現れる、小さな赤文字による警告文を見れば、あなたの脳はドーパミンを分泌させ、グーグル社のAIアルゴリズムは、あなたがタイプした途端に文章を完結させせ、アマゾン社の商品選択プログラムを通じ検索画面の筆頭に出現する製品は、あなたの実際の購入行動にも影響を与える。この様に、ハイテク企業は、人々がどのように時間を過ごすかを案内し、将来如何なる職業や社会的機会を目指すかも左右し、究極的には何を思考するかすら制御して行くのだ。そして、社会、経済、及び政治の諸組織が物理的現実世界からデジタル空間へと移行が進むに連れ、この影響力は一層強まるだろう。

 次に、これらハイテク諸企業が、嘗て影響力を振るった巨人達とは異なる、もう一つの特徴は、現代社会形成に必要な様々な製品を、彼らはデジタル空間と現実社会とその双方に於いて全商品余す所なく取り揃える点だ。嘗て民間企業は、医薬品からエネルギー迄、生活必需品供給の役割を長く担って来た。ところが、今日、急速にデジタル化した経済は、従来に比類ない、商品、サービス、及び情報流通が複雑に入り組んだ環境に依存する。例えば、世界中の膨大なクラウドサービスの需要に対応する事が出来るのは、現在世界で僅か4社のみという状況だ(アリババ社、アマゾン社、グーグル社、及びマイクロソフト社)。クラウドが新型コロナウイルス感染拡大下に於いて、人々の仕事を支え、又、子供達の学びを継続させる為に必要不可欠な電子基盤となった事は周知の通りだ。伝統的な一般産業界に於いては、将来の競争環境に打ち勝てるか否かは、5Gネットワーク、AI、並びに広範に及ぶIOT(インターネット・オブ・シングス)の活用により、如何に効率的に新らしい商機を掴むかに掛かって来るだろう。インターネット企業や金融サービス業者は、先述のクラウド寡占諸企業が提供するインフラに既に過度に依存する状況だ。間もなく、各車輛や工場の製造ライン、更には都市そのものへと、益々クラウドへの依存は進むだろう。

  グーグルの親会社、アルファベット社は、世界屈指の検索エンジンと最も普及するスマートフォンの基本稼働システムに加え、健康医療、新薬開発、車の自動運転システムの分野へも手を出している。アマゾン社が徐々に浸透を図った、電子商取引と物流配送網は、今や何百万の人々へ必須の消費財を供給する。又、中国では、アリババ社とテンセント社の2社が、電子決済システム、ソーシャルメディア、動画配信、電子商取引、及び物流配送の各分野を独占する。更に、新興諸市場に対し、デジタル社会の運営に欠かせない、海底ケーブル敷設、テレコミュニケーション網構築、クラウド基盤、及び様々なアプリケーションを提供する事を目指す、「デジタルシルクロード」と云った、中国政府が主導する重大な諸計画へも、両社は投資参画しているのだ。

 民間部門のハイテク諸企業は、国家安全保障と云う、これ迄は政府乃至それが雇う国防契約関連企業によって伝統的に温存されて来た役割をも、提供するようになった。ロシアのハッカー集団が、昨年米国の政府諸機関や複数民間企業へ侵入した際、これを最初に発見し、そして侵入者達のアクセスを遮断したのは、米国国家安全保障局でもなければ米国サイバー軍でもなく、マイクロソフト社である。勿論、昔から民間企業は国家安全保障の諸案件を支援して来た。金融危機の際「度を越し巨大化した会社は、倒産しない」と云う言葉が大手銀行に当て嵌まったより以前に、それは冷戦時代、米国大手国防産業を代表したロッキード社(現在のロッキード・マーチン社)を指して元々使われたのだ。しかし、ロッキード社と云えども戦闘機やミサイルを米国政府に代わって製造する丈だ。同社が直接、空軍を指揮し防空圏を守護した訳でない。これに対し、最も巨大なハイテク諸企業は、デジタル世界の骨格を構築すると同時に、自分自身でこの世界を取り仕切る力を持つのだ。

 巨大ハイテク企業による国家機能の侵食は、必ずしも避けられないものではない。支配の及び難いデジタル空間と云え、諸政府はこれを弱める手段を取り始めている。その好事例は、最近、中国が、アリババ社及びアント集団を狙い撃ちし、本来であれば世界の株式市場最大規模に成り得たであろう、これら企業の株式上場手続きを転覆させた事だ。或いは、EUでは、自らこれをデジタル界の“門番”と位置付ける所の、個人情報、AI、及び大手ハイテク企業を統制しようとする種々の試みだ。又、米国議会下院では、数多の反トラスト法案が提出された。更に印度では、海外ソーシャルメディア企業に対する風当たりが強まり、今や、ハイテク産業は多くの局面で、政治圧力並びに規制による巻き返しに直面している。

 更に、ハイテク諸企業は、彼らが依然国家に拠る庇護を受る物理的空間からは、所詮自らを切り離す事は不可能なのだ。つまり、これら企業が創造した架空世界への重要な鍵となる諸コードは、結局は、国家が統治する領域内に存在するデーターセンターに安置されているのだ。企業は尚も国家の法律に服従する。彼らは、罰金も課せられ、制裁を被り、もし法規を犯せば会社役員が逮捕される。

 ところが、ハイテク企業は一層高度化するに連れ、政府や規制諸機関は、時代にそぐわない法律や対応能力の限界と云った要因により次第に制約を受けるようになる。一方、デジタル空間の成長は止まらない。フェイスブック社は今や月間、約30億人の実動顧客を有し、グーグル社に拠れば、ユーチューブ上で毎日10億時間の動画が視聴される。総量640億テラバイトを越えるデジタル情報が2020年の1年間に作成されそして保存されたが、これは凡そ5,000億個のスマートフォンを賄うに十分なデーター量に匹敵するのだ。更に、次の段階に入ると、この“データー情報世界”に於いては、車輛、工場、並びに都市全体が、インターネットに接続されたセンサーによって、相互に情報を交換するようになるのだ。この王国が成長を遂げるに連れ、これら全てを統制する事は、諸国家の手に負える範囲から次第にすり抜け始めるのだ。そして、ハイテク諸企業は、国家自身では供給出来ない、デジタル及び現実世界の双方に於いて重要な財とサービスを供給する能力を持つ為、もし、国家が度の過ぎた手段を講じ、その結果、これら企業が活動停止に追い込まれたならば、それは、恰も拳銃で自分自身の足を撃つに似た危険な行為となる。

 諸政府はこれ迄もデジタル空間を監視する為に高度なシステムを用いて来た。その例は、中国が所謂、グレート・ファイアウォールと呼ばれる、同国民の閲覧情報を管理するシステムであり、又、米国諜報機関が開発した、全世界の交信を傍受する「エシュロン(the ECHELON)」監視システムだ。しかし、これらのシステムは、あらゆる全ての細事までは行き届かない。例えば、違法な内容を削除しない事に対し罰金を課するのは、些事の類で、国家存亡に係る重大事ではない。そして、もし管理の度が過ぎれば、それは政府の正当性を損ない兼ねない危険がある点も、諸政府は悟っている。ロシアのプーチン大統領ですら、中国が行う、自国民に対し世界のインターネット接続の制限導入迄には踏み込まないひとつの理由は、大衆による反動の可能性を危惧する為なのだ。

 だからと云って、巨体ハイテク企業が大衆に好かれ、支持を受けている訳ではない。感染症蔓延以前の段階に於いても、米国世論調査では、嘗て同国で最も称賛された分野は米国人達の間で人気を失っている。又、大多数の米国人は大手ハイテク諸企業に対しより厳格な規制を適用する事に賛同する事が、2021年2月のギャロップ調査で示された。これら企業、特にソーシャルメディア諸企業に対する国際的な信頼は、感染症拡大時に於いて著しく損なわれた事が、広報マーケティング企業のエデルマン社による、「トラスト・バロメーター」(信頼度調査)年次報告書で明らかにされている。

 しかし、巨大ハイテク企業に対し厳しい対応を取る事は、民主、共和両党が同意する数少ない政策の一つであるにも拘わらず、未だ、彼らを取り締まる主要法案が何一つ実現していない事は、ある事実を物語る。即ち、米国では、議会の機能不全とシリコンバレーの有する、強大なロビー活動による影響力とが相俟って、デジタル巨人諸企業に対し深刻な脅威を与えるような、広範に及ぶ新たなな諸規制は、引き続き排除される公算が高いのだ。一方、欧州では事情が異なる。つまり、母国にクラウド、検索、及びソーシャルメディア分野での大手総合企業が存在しない為、政府にとって野心的な法案を通過させるのは容易いのだ。又、中国でも、明らかに状況は異なる。近来の相次ぐ規制強化による締付けにより、同国の大物ハイテク企業の株価が動揺に晒された事は記憶に新しい。

 ブリュッセルEU本部並びに北京政府に於いて、政治家達が国家の優先課題実現の為に、大手ハイテク企業の権勢を利用する試みが為されている。しかし、政治家のこれらの目論見が成功する見通しは決して予断を許さないのだ。と云うのも、クラウド、AI、及びその他新興諸技術は、人々の生活にとって益々重要になる一方、諸政府が市民に必須のサービス需要を満たす為に必要とされる、その能力自体にも、これら技術が欠かせない為だ。

国家の逆襲

 自国内に存在する巨大ハイテク諸企業に対し、分割を命じ、或いは厳しく取り締まろうとする政府は、果たして次段階のデジタル革命の機会を自ら捕捉する事が出来るか、或いは、彼らの試みは裏目にでるのか? これは、今日の地政学上で最も重要な問い掛けと云えるかも知れない。EUは、米国や中国のように母国内にデジタル巨人達の台頭を見ない点に、警戒心を抱き、上記の答えを見つけるべく専心しているようだ。EUは今や、民主主義諸国に於ける最前線として、デジタル空間に対し国家による一層強力な統治権を求めているのだ。即ち、2018年にEUは情報保護削除法を通過させ、加盟27ケ国域外に個人情報を持ち出す事を禁じ、EU市民の個人情報保護を順守しない企業には高額の罰金を課すと脅したのだった。

 新しい、規制一括法案がブリュッセル欧州委員会で進展しており、これが可決されれば、インターネット諸基盤に対し違法な内容に就いて罰金を課し、危険を伴うAIアプリケーションを管理し、EU官僚が余りにも巨大だと見做せばハイテク諸企業を分割する可能性をも兼ねる、新しい権限が欧州委員会(EC)に授けられるだろう。EU及び、仏国等の影響力を持つ加盟諸国は、技術開発重視の産業諸政策を追求し、数十億ユーロの政府資金設立を含め、情報及びコンピューター開発に必要な諸資源の集積に関し、新手法の検討・導入促進を目論んでいる。この最終目標は、既存の巨大企業の運営するクラウド諸基盤に代え、現在直面する選択肢とは異なる、「欧州の価値観」に根差した代替クラウドを開発する事なのだ。  

 しかし、これは大きな賭けだ。何故なら、弱い立場に置かれて居るEUが、巨体ハイテク技術の巨人達を柵に囲って置く間に、一方で欧州技術革新の新しい波を解き放とうと云う策に打って出たからだ。もし、最大手の巨大ハイテク諸企業丈が、これら企業の拠って立つ、デジタル・システムを開発、運営するに必要な、資本、才能、及び基盤を結集し得ると云う事が判明した暁には、欧州では地政学上の勢力が加速度的に衰退する未来しか存在しない。その結果如何は以下のシナリオ次第で、つまり、ほんの一握りの巨大規模クラウド基盤が、それに付随する経済的機会や諸挑戦に直面し乍らも、尚技術革新を継続して行くことが可能なのか、或いは、政府からの一層強権的指導の下に諸企業で形成するある集団が,尚も自力で世界規模の競争に耐えうる最先端技術のデジタル基盤を生み出すことは可能なのか、という事に掛かるのだ。

 デジタル空間を巨大規模で創出し維持するには莫大な費用が必要だ。アルファベット社、アマゾン社、アップル社、フェイスブック社、及びマイクロソフト社は、合わせて2019年1年間で1千億ドルを研究開発費に再投資した。これは、独逸の同期間に於ける、政府と民間部門とを合算した一国の研究開発費に匹敵し、英国の官民合算研究開発費の2倍以上の規模に相当する。もし、欧州各国が技術分野でより大きな影響力を持ちたいと考えるなら、今より遥かに大きな資金を投資しないとお話しにならない。しかし、譬え、欧州諸政府がこれらのデジタル能力を自ら装備すべく積極的に資金繰りを付ける用意があるとしても、問題は金丈では解決しない。複雑なクラウド基盤、AIアプリケーション、及びこれら技術を大規模に展開する為の他の諸システム、これらを設計・維持・運営、そして成長させる為に必要となる、開発力並びにその他の英知を融合させる事こそが、並大抵ではないのだ。

 クラウドコンピューティングや半導体分野に於いて、世界規模の優位を保つ為には、財務上に加え人的資本に対し、巨額で且つ持続的な投資を行う必要がある。その上、顧客並びに、複雑な国際物流網に係る多くのパートナー達との密接な関係が欠かせない。今日、半導体の最新工場を新設するには、一件当たり1,500億ドル以上の資金と、同設備設営と運営維持する技能を有する高度に訓練された技術者集団を要するのだ。又、世界的大手クラウドサービス提供企業は、顧客の諸要望を反映すべく常に彼らの製品の微修正をする為に、毎年数十億ドルもの資金を研究開発費に投じる必要があり、彼らが得た収益を研究の為に再度注ぎ込んでいるのだ。諸政府、又は小企業同士で連携する集団であったにせよ、国際化した経済に活力を与えるに十分な規模を以って、これら諸技術を提供する為には、それに必要な諸資源を動員、確保するという難題に直面するだろう。中国共産党が権力を振り回すのを厭わない、中国に於いてすら、豊かで先進的なデジタル社会を構築すると云う目的に関しては、同政府が国内最大の民間ハイテク諸企業に対し、その主要な力仕事を頼っていると云う状況なのだ。

 次の十年間は、デジタル空間と物理的空間との双方に於ける政治が合体、収束化するに連れ、どのような事態が起こるかを測る試金石となる。双方の世界に於ける影響力争奪を巡り、諸政府とハイテク企業とは来るべき戦いに、互いに身構えてるのだ。そこで、我々は、ハイテク企業の最終目標な何か、そして如何に彼らの権力は、双方空間に於いて政府権力との相互作用を生ずるかを理解する為に、より適切な枠組を知る事が必要だ。

巨大ハイテク企業内に生じる闘争

 ハイテク企業の適応ぶりも又、彼らが競合する諸国家に於いて先述の多様性を見たと同様に様々である。即ち、国際主義、国家主義、そして技術理想主義が、互いに織りなす撚糸(よりいと)の如く屡々(しばしば)一つの会社内に共存する。三つの主義の内、どれが主流として外観を現わすかにより、国際化する政治と社会にとっても重要な帰結をもたらすだろう。

 先ず、は国際主義者達だ。彼らは、真に国際規模の事業経営を通じて、己の帝国を築き上げる企業群だ。アップル社、フェイスブック社、及びグーグル社等、これらの諸企業は、デジタル空間を創出しそこを住処とする事で、彼ら事業の存在価値と収益流入とを、物理的領域による制約から解き放ったのだ。これら企業は、各社共に、経済的価値を有する、ある隙間産業をまず独占可能とする、ある案をふと思いつき、後はその事業を世界規模に拡大し、力強く成長を遂げた者達だ。

 一方、アリババ社、バイトダンス社、及びテンセント社のような諸企業は、先ず中国巨大国内市場に於ける筆頭企業として台頭し、それから後に国際市場へ事業拡大に乗り出した。しかし、その発想は先例の諸企業と変わらない。即ち、出来る限り多くの国々に出店し、順守必要な地元の規則と諸規制には服し、そして同業他社と激しい競合を繰り広げる策だ。確かに中国企業の場合、北京政府から政策的及び財政的支援により便宜を受けて来た経緯はあるものの、これら諸企業の中で革新を実現させる推進力となったのは、やはり国際市場での成長を図る為に採用した、利益最重視と他社との激烈な競争策だったのだ。

 そして、次に国家擁護諸企業がある。彼らは、母国政府の優先課題に明確に沿うよう積極的に協調する。即ち、これら諸企業は、クラウド、AI、及びサイバーセキュリティと云った、様々な重要分野に於いて政府と提携を行う。彼らは、政府に自社製品を売り付け巨額の収益を確保する一方、自分達の専門知識を活用し、政府が取るべき諸行動に就いて助言、指導行うのだ。この国家擁護型への道を努力し切り開いた企業の諸事例が中国に見られるのは、民間企業が国家目標を達成するよう長年圧力に直面して来た経緯がある為だ。ファーウェイ社及びSMICは、5Gと半導体とに於ける中国の核心的な国家擁護企業である。2017年に中国の習近平主席は、アリババ社とテンセント社、検索エンジンのバイドウー社、音声認証企業のアイフライテック社を、中国の「国家的AIチーム」と名付け、各社に対し、AIにより強化された中国の未来図実現の為、それぞれの部分を構築すべく役割分担を指示したのだった。

 新型コロナ感染拡大に際し、巨大ハイテク企業をどの国よりも最も効果的に動員したのは中国だろう。彼らをテレビ会議、遠隔医療等のデジタルサービス提供に従事させ、更に感染症蔓延に伴っては、ロックダウン並びにその他、旅行制限強行等に際し彼らを利用した。又、同政府は、制限解除局面の施策としてデジタル健康パスポートを導入し、更には、必要不可欠な医療品をそれらが欠乏する諸国へ提供する、所謂「マスク外交」展開に於いても、中国ハイテク諸企業を活用し、同国の非物質的な「ソフト面」でも影響力増進を図ったのだ。

 今日、歴史的に国際主義者として鳴らした米国諸企業ですら、国家擁護型モデルに引き寄せられつつあると感じている。マイクロソフト社の事例で云えば、同社が米国政府と民主主義同盟諸国の代わりに、デジタル空間を取り締まり、国家(特に中国及びロシア)や国際犯罪組織により拡散される偽情報を特定し標的にする役割が増して来ている。又、アマゾン社とマイクロソフト社は、米国政府向けのクラウド コンピューターの基盤サービスを巡り互いに競合している状況だ。アマゾン社の新任CEO、アンデイー・ジャシーは、嘗て同社クラウド事業部門を率いるトップであった事に加え、AI問題に関する国家安全保障委員会の専門家で構成される諮問委員メンバーであり、同会が今年初に発行した主要報告書は、米国の国家AI戦略の進化に対し強い影響力を与えるものだ。

 国際主義並びに国家主義は、時として第三の陣営と衝突する。それは技術理想主義である。世界屈指の強大なハイテク企業の幾つかは、カリスマ性に満ち、先見の明ある指導者達が率いている。彼らは、技術を世界規模で事業展開する為の単なる機会とは見做さず、人類の営みに革命を起こす力を秘めるものだと捉える。その他の二陣営に比べ、この主義派の特徴は、会社経営そのものよりも、最高技術責任者達(CEO)の人格と野望に重きが置かれる点だ。国際主義派が国家に望むのは、国際的事業を展開するに好ましい環境が維持され、後は、彼らの好きにさせてもらうと云う事だ。又、国家擁護諸企業は国家を利用して裕福になる機会を伺う事が望みだ。これらに対し、技術理想主義派が見つめる未来とは、17世紀以来地政学上の諸案件を専ら独占してきた、国家・政府の枠組み自体が、何か別のものによってすっかり取って代わられる世界なのだ。

 この最も顕著な事例が、テスラ社とスペースX社のCEOたる、イーロン・マスクだろう。彼は、交通輸送手段を再発明し、人間の脳にコンピューターを接続し、火星を開拓して人類を複数の惑星に植民させると云った野望を隠さない。確かに、彼は、宇宙船の空間を米国政府に提供もしてはいるが、彼が主として狙うのは、宇宙に近い軌道を独占し、社会が政府国家の枠を超え進化する、未来の実現を技術諸企業によって手助けする事なのだ。フェイスブック社のCEO、マーク・ザッカーバーグも同様の傾向を持つ。但し、同社の場合は、オンライン上の内容に関する政府規制に対しては、抗えない環境にある。フェイスブック社が裏付け発行するデジタル通貨のディエムは、世界各国の金融当局者達が一斉に懸念表明した事により、結局、大幅な規模縮小を余儀なくされたのだった。米国ドルの優位性のお陰で、諸政府は金融分野に関しては、他領域のデジタル空間に比較し、幸い遥かに強い支配力を維持しているのが現状だ。

 しかし、この状況が長くは続かない可能性もある。もし、ヴィタリック・ブリテンや、彼の開発したイーサリアム エコシステムに基づいて事を進める他の起業家達がその意思を貫徹すれば、事態は変わる。ビットコインに次ぎ、世界的に流布するイーサリアムは、それを支える基盤システムが、次世代分散型インターネットアプリケーションを強化することで急速に台頭している。この通貨は、政府権力に対し先述のディエムより、更により大きな挑戦を生み出すかも知れない。イーサリアムの設計には、所謂スマートコントラクトが配備され、これにより契約当事者達は、当該取引に契約諸条件を変更不可能なコンピューターコードに組み込む事が可能だ。起業家達は、この技術に加えて、賭け市場、金融デリバティブ、更に決済手段等を含む様々な新規事業が改良した型で提供される事を通して、周辺の様々な売り込み機会を獲得する事が可能となり、しかも、これらは一旦導入、開始されれば、他に代替したり、廃止する事が殆ど出来ない。今日のところ、この変革の多くは主として金融業界に生じているが、幾人かの提唱者達は、ブロックチェーン技術や分散型アプリケーションは、ウエブ世界に於いて、次なる大飛躍への扉を開く鍵になると確信している。即ち、メタヴァースである。其処は、より拡大されたヴァーチャル現実、次世代データーネットワーク、及び分散型金融並びに決算システムの貢献によって、一層現実的で、より実体感が増したデジタル世界であり、将来人々は、この中で社会を営み、働き、そして様々なデジタル商品が取引されるのだ。

 中国に於いても、国際主義者と国家擁護企業とが併存するものの、同国は米国と比較してより国家統制主義的傾向にある。しかし、同国の場合、最早、自前の技術理想主義者は存在しない。中国共産党は、アリババ社の共同創立者であり、同国最も著名な起業家の馬雲(ジャック・マー)―彼は人々の物の売り買いの手法に革命的変化を齎(もたら)し、更に、電子商取引と直接国際取引の円滑化を推進する為、WTO(世界貿易機構)の新規改訂版の設立を目指していた ―その人を嘗ては賛美した。しかし、彼が2020年10月に行ったスピーチで、同国経済諸規制が革新を窒息させると批判した途端、同党は彼を抑圧する方向へ転じた。こうして、北京政府が今や、馬(マー)とアリババ社を厳しい制約下に置いた事は、中国に於ける将来の技術理想主義者と嘱望され、国家への挑戦を思慮する者達に対しては、警告を発するメッセージとなったのだった。

 しかし、統制傾向下の中国と云えども、生産性と生活水準向上の為には、馬(マー)に類する人々が提供するデジタル基盤に依存せざるを得えず、又、そうする事によって中国共産党の長期的生き残りは確保される。中国専制主義を以って、同国内に設立・維持するデジタル空間やハイテク諸企業に対し強制力を発揮する事は可能だが、それでも尚、同国も又、ワシントン政府やブリュッセルEU本部が直面する二律背反的選択に結局は向き合わざるを得ない。即ち、管理強化の度が過ぎれば、技術革新の自由な成長を妨げ、自国自身を損なう危険があるのだ。

デジタル社会の未来予想

 ハイテク企業と政府とが、デジタル空間の統治を巡り交渉を繰り広げるに連れ、米国と中国の巨大ハイテク諸企業は、次に挙げる何れか三種の地政学的環境下で経営を行う事になる。一つは、国家が巨大ハイテク企業を御する環境で、国家は同国擁護諸企業には褒美を提供する手法を取る。もう一つはデジタル空間の支配権を巡り、企業が国家と争う環境で、この場合は国際主義者達が力を増して行く。三つ目は、国家は衰退、それに替わり技術理想主義者達が台頭する。

 第一のシナリオは、こうだ。国家擁護諸企業が勝利する。そして、国家は尚、安全保障、諸規制、及び公共財の提供者として主要な地位を維持する。新型コロナウイルス等の全世界に及ぶ衝撃や、気候変動等の長期的脅威は、ハイテク企業が持つ権力に対し大衆が反発を抱く事も手伝って、依然として国家権力が地球規模の難題を解決する唯一の力である事を確固たるものにするだろう。米国に於いて統制強化を求める党派的圧力が高じると、国家目標の達成の為に自社資源を投与する愛国的なハイテク企業に対し“褒美”を与える流れとなる。一方、政府は、教育、医療保険、並びにその他、社会契約の制度に係るサービス提供を可能とする次世代技術を導入すれば、中間所得層の有権者達から同政権への支持が加速すると期待するのだ。又、北京を筆頭にその他、専制主義諸政府は、国家擁護企業を彼らの手で育てるべく拍車を掛けようとし、内には自国完結型を強く要求する一方で、ブラジル、インド、及び東南アジア等、民主主義と専制主義との狭間に揺れ動く市場での影響力を巡り競合して行くだろう。一方、中国の民間技術分野は独立性を失い、同国ハイテク企業が国際株式市場に於いて上場を果たす事は絶えてなくなる。

 米国の同盟国や親善国は、ワシントン政府と北京政府とに対する自国の関係に就いて、その均衡を保つのが一層困難になる。一方、この場合、欧州は完全な負け組になる。欧州には、既存の二大巨人に対抗し、自己の権勢を保つに必要な資金力と技術とを持つハイテク企業が存在しない為だ。こうして、欧州によるデジタル主権の追求は成就せずに低迷する中、一方では米中冷戦により、技術空間に於ける国家安全保障が主要優先課題と位置付ける環境が出現する結果、欧州の技術部門はワシントンの唱えるお題目に追従する以外、殆ど他に辿る道はなくなる。

 米中が分断(デカップリング)へと進むに連れ、自社を国家擁護者へと改編する事が出来た諸企業は褒美を手にするようになる。つまり、ワシントン、北京両政府共に、自国の目標達成に関しハイテク諸企業と手を結ぶ為に、彼らに資源を継ぎ込むからだ。しかし、一方、インターネットが持つ本来の断片性が次第に露見し、これを真に地球規模で運用する事は、今後一層困難になるだろう。即ち、データー、ソフトウェア、乃至半導体に関する最先端技術が法律や政治的障壁によって、国境を越える移動が禁じられるか、又は、コンピューターや移動端末が、米国と中国で製造されたものは互いに交信不可能となる場合には、ハイテク企業にとっては、費用が増加し且つ規制を順守しきれない危険度が増大する。

 アマゾン社とマイクロソフト社に関して云えば、この新しい世界に順応するのは難しい事ではない。と云うのは、国家安全保障上の義務を支援すべきとの圧力に、彼らは既に対応を進めている為だ。現に両者は、米国政府並びに諜報諸機関に対するクラウドサービス提供を巡り競合している状況だ。一方、アップル社とグーグル社に就いて云えば、米国政府と両者との関係はぎくしゃくしたものとなろう。何故なら、前者は政府によるスマートフォンの暗号機能解読要請に対し躊躇しており、後者は、人相照合に関する国防省との共同プロジェクトへの参画を取り止めている状況にある為だ。更に、フェイスブック社に就いて云えば、もし同社が、クラウドコンピューティングや軍事転用可能な人口知能等の分野で有用な資産提供ないまま、一方、海外の偽情報を拡散する基盤のみを有する会社であると政府が見做せば、国家擁護型企業が好まれるこのシナリオの下で、同社が企業運営に最も苦しむ事になるかも知れない。

 このシナリオは、戦略上と技術上、双方の分岐点として大きな危険を伴い、地政学的に一層危ない世界と云える。米国及び中国の諸企業が、最先端技術による半導体の主供給を台湾のTSMC社に引き続き依存する場合、台湾が懸念事案となるからだ。米国は既に、台湾並びにTSMC社と中国系大手技術企業との関係を断つべく行動を起こし、これは、中国に対し、台湾が益々米国の軌道に引っ張り込まれるかの印象を与えている。中国が半導体の問題丈から台湾侵攻を決断する可能性は、これが米国との軍事衝突が台湾に留まらず拡大する潜在性が極めて高く、更に中国の国際社会に於ける中国の立場と商業環境を著しく損なう事から、依然低いとは云え、それでも尚、確率は低いがもし発生すれば破壊的損害を齎(もたらす)す所謂テールリスクであり、無視は出来ないのだ。

 国家擁護諸企業が謳歌する世界では、地球規模の様々な危機―譬えそれが新型コロナウイルスより致死率が高い感染症の世界的拡大や、又は気候変動により引き起こされる地球規模の移民急増であったとしても―これらに取り組む為に必要な国際的協調が妨げられるだろう。これは何とも皮肉な帰結と云える。本来、このような危機到来は、最後の手段の提供者として国家の位置付けを補強させるものだが、これに反し、技術国家主義は、国家がこれらの諸問題に取り組む事を寧ろ困難にさせるのだ。

 第二のシナリオは、国家が尚権力を保持するものの、弱体化した状態になる。そして、国際主義者達が躍進する道を整える事になるのだ。規制管理者達は、技術革新に付いて行く事が出来ず、デジタル空間に於いては国家が、その支配をハイテク企業と分け合う事を了承するようになる。巨大ハイテク諸企業は、市場機会の損失は技術革新を損ない、結果として国家自身が雇用を創出し国際化の波へ対応する能力をも損なうという論法を振りかざし、彼らの海外活動を縮小するような諸規制を壊すべく反撃に出る。これら諸企業は、技術分野に於いての冷戦状態は好まず、寧ろ、ハード、ソフト及びデーターの為の国際市場が温存されるべく、一連の共通規則に政府が同意するよう圧力を掛ける。

 この結果、議論の余地は残るものの、恐らくアップル社とグーグル社が最も恩恵を受ける。インターネット領域に関し米国主導か中国主導かの二者択一を迫られる事なく、アップル社はサンフランシスコと上海、双方のエリート達に対し、同社独自技術による所謂エコシステムを継続供給出来る。又、広告収益に過度に依存するグーグル社の商売様式は、個人情報の一つ一つが商品価値を生み出す、製品やサービスを、民主主義国家と独裁主義国家双方の国民が等しく消費することで、依然繁栄を維持出来る。

 国際主義の勝利は、世界最大の電子商取引網を提供しているアリババ社も利するだろう。投稿動画共有サイトのティックトックの貢献により、企業価値が1,400兆ドルに達したバイトダンス社に於いても、世界中の視聴者に対し、頻繁に共有される投稿動画を自在に提供し、それによって、同社の人口知能によるアルゴリズムをフル稼働させながら一層同社の世界規模の収入を拡大させて行く。一方、テンセント社も国際主義者ではあるが、アリババ社に比較すると、中国国内保安維持の装置として遥かに深く中国政府と関わっている。この為、同社は米中間で主義上の対立が先鋭化する事により、国家擁護企業としての道を歩むのが容易くなる。

 国際主義者達は、今後何十年にも亘り成功を続ける為に安定を欲するのだ。彼らが最も恐れるのは、米国と中国が切り離される事態が続く事だ。何故ならば、両国経済戦争の中で、何れかの側に付く選択を余儀なくされれば、彼らの事業国際化の試みが阻まれるからだ。従い、ワシントンと北京、両政府が、過剰な規制は却って、経済成長を促す技術革新を削ぐ危険性があるとの判断を下せば、国際主義者達にとっては幸いに一層資産が増える。一方、ワシントン政府の立場から見れば、国家擁護企業の繁栄を約束して設計された産業政策からは後退して行く事を意味する。又、北京政府の立場からは、同国民間部門に於いて独立と自治を温存する事を意味する。

 一方、国際主義者達が君臨する世界で、欧州の位置付けがどうなるかと云うと、ハイテク諸企業と諸政府とがデジタル空間の統治権を分かち合えるような諸規制を設計する事に長じた官僚的存在とし、再度自身の地盤を強固にする機会が得られる。一方、ワシントンと北京の両政府は、依然国際社会に於ける二大大国の地位にある。とは云え、前者が産業政策の推進に失敗し、後者が国家擁護企業を更に押し上げる野心を抱けば、結果として両国共に地政学上の支配力は弱まり、それによって国際ルールが設定される機会が増える。これは、現在より弱い米国と弱い中国が同居する世界であると云え、それ故、一方では、喫緊の世界規模の諸課題に就いては、協調する機会が生まれる環境にあるとも云える。

 最後のシナリオは、既に屡々(しばしば)云われている所の、国家の衰退が遂に現実のものとなる場合だ。諸政府は繁栄と安定の約束を果たす事に失敗、これにより蔓延した幻滅感にハイテク理想主義者達が付け込み、市民を一層デジタル経済へと惹き付け、その結果、国家は経済を仲介する役割から疎遠化する。即ち、米ドルの国際準備通貨としての威信は低下するか乃至は崩壊する。更に、暗号通貨が広く普及する一方、諸政府の規制官庁にとってこれを管理するのは手に余る事が明らかとなれば、最早、国家の金融市場に於ける強い影響力は葬られる事になるのだ。中央集権が崩れると、国家を跨ぐ諸課題に対し、実質体に世界は取り組む能力が減退して行く。そして、ハイテク理想家達の中で、途方もない野望と相応の資産を持つ者にとって、国家に奉仕すると云う概念が曖昧になる。つまり、イーロン・マスクが、人類は宇宙を如何に探検すべきかに関し、彼自身がこれを決する重要な役割を一層果たす事になるのだ。又、従来の公共の場、市民社会、及び社会保障と云った諸事は、フェイスブックに取って替わられ、同社が広く流布する暗号通貨を決済手段とするブロックチェーン(分散型取引情報管理台帳システム)が創出されるだろう。

 ハイテク理想主義者達が差配を振るう世界が如何なるものか、その意味する所を探り出すのは非常に困難である。と云うのも、我々は、諸問題を取り仕切るのが国家の仕事だと云う概念に余りにも慣れ親しんでいるからだ。一方、政府というものは、戦火を交えた闘争無い限りは転覆しない。つまり、ハイテク理想主義者に勝手放大させる展開には至らない迄も、米国政府の権威は衰える。又、中国政府は国内に於ける信頼性が崩れ行く事態に遭遇するだろう。即ち、一つ確かな事は、諸政府の立ちはだかる力が弱まれば弱まる程、ハイテク理想主義者達は、良しにつけ悪しきにつけ、新しい世界秩序に向けた進化を形成する力を益々保持する点だ。

素晴らしき新デジタル世界は危険も孕む

 ひと世代前の時代、インターネット導入により1990年代当時の経済と政治を変革させた国際化は、今後一層の加速を見ると云う事が基本的大前提だった。デジタル時代には情報が束縛される事なく自由に行き来する事から、民主主義が勝利すると云う所謂「歴史の終わり」論を回避できると考え、依然として独裁政権を掌握していた時の権力者達に対しては、これが大きな挑戦になると、多くの人々が期待したのだった。ところが、豈(あに)反し今日の状況はそれとは異なる。即ち、極僅かな巨大ハイテク企業に権力が集中し、一方、米国、中国、およびEUを核とする勢力圏が争って干渉する事態は、デジタル世界が如何に分断化されたものであるかを示す結果となった。

 こうした中、未来の行き着く先は、極めて複雑で深淵なものとなるだろう。今現在、世界最大手のハイテク諸企業が行っているのは、ワシントンと北京両政府が、長引く互いの競合に備え各々の強固化を進める中に於いて、どのような位置取りするのが自分達にとって最善策であるかを評価し見極める作業なのだ。即ち、米国政府は、競合相手の技術専制国家が自分達に取って替わるのを防ぐのが地政学上最重要課題と確信する。一方、中国は、先進的産業民主主義諸国が連携する包囲網によって自国の更なる成長が妨げられる前に、経済と高度技術との両輪からなる基盤を確立するのを最重要課題とする。そして、これらを弁(わきま)えた、大手ハイテク諸企業は、今や、自分達の行動を以って、国家が己の権威が損われると云う不安を増す事のないよう、慎重に事を進めようとしている。

 しかし、米中競争状況が定着化するに連れ、これら諸企業は自ら持てる梃をより積極的に行使して行くだろう。米国が自身を“必要不可欠の国家”と見做す如くに、もし彼らが自分達も“必要欠くべからず企業”としての地位を確立させると、これら国家擁護諸企業は、政府に対しより多くの補助金と、同業他社に上回る優遇措置を求め始める。更に彼らは、一層の国家間分断を要求するだろう。その理由は、彼らが闊達に業務遂行するに当たっては、敵対的なハッキングから最大限防御を講じる必要があると云った論法によるものだ。

 一方、国際主義者達は、もし政府が内向きになり過剰な自己防衛意識に陥れば、経済と技術上の競争力を長期的に維持出来ないと論じるだろう。即ち、米国の国際主義者達は、亜細亜や欧州の大手諸企業が中国から撤退する所か、寧ろ同国内で存在感を増進させる事を承知している。従い、米国企業を世界最大の消費市場から退出させるワシントン政府の政策は、結局、同政府を傷ましめると考える。これら企業は、先手を打ち、自分達が政府から起訴されるのを回避する事こそが、最低限死守すべき線であり、国家安全保障に優先すると考える。そこで、国家間分断の度合いが強まれば、人命に係る感染症拡大や気候変動と云った、緊急の国家を跨ぐ諸課題に関し米中間の協力が妨げられる事を難点とし論じる戦法を取るだろう。一方、中国国内の国際主義者達は、中国共産党が活発な成長を維持する能力、換言すれば、国内に於ける政権の正統性は、中国が技術革新に於いて世界の中心地としての地位を確保出来るか否かに掛かるのだと主張して行くのだ。

 では、ハイテク理想主義者達はどうか。彼らは、ほくそ笑んで深く静かに彼らの歩を進め乍ら、好機到来を伺う。彼らは、国内擁護諸企業と国際主義者達が、政府政策に関与する為の覇を巡り殴り合うのを後目(しりめ)に、既存諸企業と連携を図りイーサリアム等の分散型基盤プロジェクトを活用し、仮想空間(メタヴァース)や、或いは、根幹的サービス提供に於ける様々な新手法等、デジタル空間の中での新規開拓探求に専念出来るのだ。彼らの強(したた)かさは政府の上を行く。米国政府が、今も昔もお決まりのように、彼らの独善と権力を低からしめんとして議会面前へ召喚を掛ける前には、彼らは政府へ恭順な意を示し、一方その裏で、積極的なロビー活動を展開し、ワシントン政府が彼らを服従させようとする如何なる試みも葬ろうと企てるのだ。

 以上の事は、何も我々が将来直面する社会では、国家が終焉、政府は臨終し国境消滅が起きる事を示す訳ではない。それは、先述した1990年代の楽観的シナリオが実現しなかったと同様、これら予想がすぐに現実のものとなる理屈はないのだ。但し、巨大ハイテク諸企業に関し一つ云える事は、彼らは最早、政府主導者達が地政学的チェスゲームの盤上を自在に繰る、足軽兵としては語れない点だ。彼らは次第に、自分自身が地政学上の立役者そのものとなりつつあるのだ。そして、米中競合が、国際諸事象に於いて益々主要な位置付けとなるに連れ、ワシントン政府と北京政府が如何なる行動を取るかに関し、その内容を形成し決定する際、大きな梃となる力を、彼らは一層保持するようになる。この危険をも孕んだ、来るべき“素晴らしき”新デジタル世界を少しでもより深く理解する為には、彼らが持つ地政学的権力に就いて、我々の理解と見識をこまめに見直して行く方法しかない。   (了)

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