【投稿論文】『米国政治手腕の衰退 ~危機時代に瀕する中に再度力量を取り戻す方法~』(原典:The Atrophy of American Statecraft ~How to Restore Capacity for an Age of Crisis~, Foreign Affairs 2024年 January/February 号, P56-72 ) 

著者/肩書:フィリップ・ゼリコウ(Philip Zelikow) / 歴史家、スタンフォード大学上席研究員。元米国外交官。テロ発生後の9/11委員会事務局長を含み、彼は5つの歴代大統領政権に仕えた。

(論稿主旨)

 今や世界は極めて危うい時代に入った。戦火が欧州と中東で吹き荒れ、更に東南亜細亜にも戦争の脅威が迫る。現在、米国は露西亜、中国、及び北朝鮮と云う核武装する敵対諸国家に向き合う状況下、更にイランも同兵器入手過程にあり之に加わる情勢だ。これらの大見出しの裏には、 アフリカ、南米、及び南西亜細亜が国家破綻の危機に直面し、巨大な難民の波が押し寄せる可能性を秘める。米国は1945年以来、最大支出を余儀なくされた危機であった、感染症拡大を漸く収束させたものの、息継ぐ間もなく、その他、数多の火急な国際諸課題に取り組んでいかなければならない。即ち、気候変動が激甚化する真っ只中でのクリーン・エネルギーへの転換、急激な人口知能発展への対処、更にはここ数十年間で最も風当たりが強くなっている国際資本主義制度の在り方に対する疑問と云った諸難題だ。これらを個別に紐解いて考察すれば、それぞれが極めて複雑な固有な諸問題を含んでいるのだが、大半の人々はそれを理解していない。その上、世界中の人々は、彼らが米国を好くか恨むかに拘わらず、これら諸問題に対し、苟も、取り組み作業を段取りしようとするに際しては、米国政府の手助けを当てにせざるを得ないのが実情なのだ。

 処が、米国はこの要求に応える事が出来ない。提供すべき有効な政策手段に限界が在る為だ。即ち、現在の米国政府は、政治能力とその手腕を発揮する為の知恵―所謂、コンピタンスに広がりと奥行きが不足しているのだ。実は、この問題は既に何十年間も存在し、その明らかなお粗末ぶりが、屡々(しばしば)情けない程に露呈するのを我々は目にして来た通りだ。然し、今般、我々が直面する事態がこれ迄と異なる点は、その問題の程度が未曾有なのだ。今般直面する危機の時代は、少なくとも過去60年間を顧みて先例のない度合いで、米国及び自由主義圏に属する諸国を襲っている。就いては、これらの諸国家政権は、実践的な指導力を、新たに良質化すべく尽力する事が肝要だろう。

 「何を為すべきか」を語るのは簡単だ。「如何にしてそれを成し遂げるか」を設計するのが難題なのだ。「理想を述べる丈の行為は政策と呼ばない」とはディーン・ラスクが国務長官時代に喝破した処で、彼は更に付言して曰く「その上、理想は乳児が誕生後一年以内に露と消えるが如く、早死にする確率が高いのだ」と。又、ウインストン・チャーチル英国首相は老練な政治家らしく次の言葉を残した。「希望は翼を抱き飛翔し、その後、国際会議は泥沼の道を這って進む」と。

 「如何にして成し遂げるか」と云う点こそが、国家政治術の「要(かなめ)」だ。米国政府の主要機能は資金分配と規範制定の二つに尽きる。一方、これらを実現する作業に於いて、近来「諸政策の運営」を実装する部分が、相対的に著しく不足し、特に外交政策推進に関しそれが顕著だ。と云うのも、政策を運営する際には、実に複雑な共同作業が欠かせないのだ。その為に、高官達が習得しなければならない所作は多岐に亘る。複雑に込み入った法律理念と実践の技能から、驚く程に多彩な諸手段、各地域の文化、及び各社会に広く根差す諸機関に纏わる知識迄と、要は国際的舞台で彼らが踊る為に求められる様々な技量だ。この手の技能を全てこなす事は、米国並びにその他自由主義国圏に於いて、謂わば、消えゆく伝統芸と為りつつある。そして、これら技量が廃れ行くに連れ、その代わりに、難問を前にして単に手を拱き、その結果、陳腐で効力を欠く献策のみが出現すると云う事態に至った。高官達は、自らの技量不足を包み隠そうとするが如く、会議に又会議を重ね、政府声明を大量に発表しお茶を濁す状況だ。

 先のコロナウイルス蔓延の際、この地球規模の感染症拡大に抗する国際的協調を、米国は打ち立てる事が出来なかった。この事実は、米国が有効な政策策定を世界に発信する力を欠く点を如実に露呈した。又、ウクライナに関しては、国家存亡を賭けて消耗戦を闘う国家に対し支援を継続する事にさえ、自由主義社会は四苦八苦すると云う今日の有様だ。又、ガザ地区に於いては、成果の程はさて置き、善意を抱く諸国が、将来同地の存続と運営の手助けを試みようとする動きが表面化し始める中、大国による指導力は不在だ。今後数か月、更に数年間は、新たな対応を求められる諸事が次々と出現する点は疑いない事実である。従って、ワシントン政府や同盟諸国が、それらの内、どの事案に対応する義務を負うかに関し、我々は議論を行うべき時だ。然し、誰もが問題を率先して取り組んだ挙句失敗するのは好まぬものだ。其処で、何をもって成功と為すのか、より堅固にそして現実的に定義付けする事が必要だろう。諸政府はその技量と知恵をより有効に蓄積する必要が在る。それが出来きた時、初めて彼らは青天井の希望を先ずは設計図へと纏め上げる作業に着手可能となるのだ。

(次章以下順次掲載)

コメント

タイトルとURLをコピーしました