【投稿論文】『世界の富分配は大収束へ向かうのか ~世界的平等化と不平の行方~』(原典:The Great Convergence ~Global equality and its discontents~, Foreign Affairs 2023年July/August号、P78-91)

著者/肩書:ブランコ・ミラノビッチ(BRANKO MILANOVIC) / ニューヨーク市立大学大学院客員教授(社会経済格差問題)。来る新刊『不平等の推移 ~仏国革命から冷戦終焉まで~』の著者(Vision of Inequality: From the French Revolution to the End of the Cold War)。

(論稿主旨)

 我々は不平等の時代に生きている ―或いは、頻繁にそう云われる。然し、世界中、特に、経済的に裕福な西欧諸国に於いて、富裕層とそれ以外の層との間の格差が年々拡大し亀裂を生み、不安を拡散し、憤りを焚き付け、政治を停滞させる事態が発生している。そして、この原因として手当たり次第非難される対象は、ドナルド・トランプ米国前大統領、英国のEU離脱投票実施、更には、仏国の黄色いベスト運動から、最近の中国退職者達による抗議行動(同国所得不平等率は世界で最も高い部類に位置)迄と幅広い。そして、これら議論の主張はこうだ。「国際化により一部のエリート達は裕福になったかも知れないが、それ以外の大勢の人々が痛手を被り、嘗て産業の中心だった様々な地域は荒廃し、これらの人々をポピュリスト達(大衆政治家)の政治誘惑に害され易い状況へと陥れた」のだと。

 これら話の裏付けは多く存在し―例えば、読者が自身の国を見た丈(だけ)でも十分だろう。処(ところ)が、一つの国家と云う枠を越え、世界全体へと視野を広げると、異なる状況が見える。つまり、21世紀の不平等問題を、地球規模の尺度で見た場合、事態は逆さまだ。即ち、世界は嘗ての100年間に比較し、今や、より平等化へ向けて成長軌道を歩んでいる。

 「国際的不平等」の定義は、全世界の市民間に於ける、ある時点での所得格差を、互いの国の物価相違を調整の上、現わしたものだ。通常、之(これ)はジニ係数によって計測される。同係数は、全ての人々の所得が均等と仮定する場合の係数0から、世界中の所得をたった一人の個人が稼ぐ場合の係数100の間に表される。多くの分析家達の実証研究のお陰で、経済学者達は、過去200年間に亘り、国際的不平等が如何に変遷したか、その全体の輪郭を推計可能なのだ。

 産業革命が19世紀初頭から20世紀中盤に掛け出現し、富は産業化された西欧諸国に集中した結果、世界の不平等が拡大した。この格差が頂点に達するは冷戦時代で、世界を一般的に、第一世界、第二世界、及び第三世界と分類し、三つの経済発展段階を表したのだった。処が、その後、今から約20年前から、国際的不平等が縮小し始めた。之は、極(ごく)直近まで世界第一の人口大国であった、中国が遂げた経済成長の恩恵に主として依る処が大きい。世界のジニ係数が最高点に達したのは1988年の69.4と云う値だ。然し、それは2018年に60.1へと低下し、斯様に小さい値は19世紀末以降、それ迄に見る事はなかった数値なのだ。

 富の偏在が国際的に平準化され、より平等な世界は不可避的に訪れるのかと云うと、実はそうではない。何故なら、嘗て、中国は世界的な不平等を顕著に減じる役を果たしたが、既に裕福な国になり過ぎてしまった為、斯かる貢献度を引き続き発揮する事が出来ず、一方、印度(インド)の如き大国は、多くの人口を抱えるものの、中国が為したと同様な効果を挙げるに必要な、経済成長を十分遂げれるか否か不透明である。其処で、事態推移の鍵を握るのがアフリカ諸国の動向であり、これら諸国が、今後、世界規模の貧困と不平等を大きく減じる力を秘めている。

 然し、留意を要する点は、国際的な不平等が譬(たと)え、縮小したとしても、個々の国々の中では、社会的及び政治的混乱が減じる訳ではなく ―苟(いやしく)も、その逆に、情勢不安は増大して行くのが真実なのだ。理由は、嘗て国際賃金間に極端な格差が存在した為、貧しい西欧人達は、ここ数十年間に亘り国際水準に照らし、世界最高稼得者層の中に位置付けられて来た。処が、之が崩れ行く。つまり、今後、これらの人々は、非西欧人の所得増加に伴って、従来の聳え立つような富の高見の地位からは追い落とされ、逆に彼らに取って代わられる。斯くして、将来、富裕諸国に於いては、それぞれ各国内部で、世界基準の間尺で分類された、富裕層と非富裕層への二極化が加速化するのが避けられぬだろう。

来るべき世界の予想図

 国際的な不平等が何れの方向へ進行するにせよ、来るべき変化は甚大なものとなるだろう。中国経済成長が大幅に減速しない限り、国際的所得分配に於ける上位層に、中国市民の占める割合が増え続けるだろう。一方、これに呼応し、同層に占めた西欧人達の割合は減じて行く。

これ迄、国際的所得ピラミッドの頂点は、圧倒的に西欧人達で占められ、譬(たと)え貧しい西欧人達ですら、国際水準に照らせば高額所得者の部類に位置した。この状況は産業革命以来持続して来たのだ。然し、上述した変遷により、今後劇的変化が生じるだろう。

つまり、西欧諸国の「低所得層」及び「低-中間所得層」の人々は、国際的所得ピラミッドに於ける地位が徐々に低下して行く。之により、国内の貧富格差を益々二極化し拡大させる要因が新たに生まれたと云えるのだ。即ち、ある西欧の国を例に取ると、その国の富裕層は国際水準に照らし依然裕福であるものの、同国貧困層は、国際的序列に於いて貧しい部類へと転落して行く。

一方、世界規模で不平等が緩和する傾向に就いて、この実現の為には、巨大な人口を擁したアフリカ諸国による力強い経済成長が前提となる。然し、現状その見通しは暗い。理由は、アフリカからの移民流出、同大陸の埋蔵資源を巡る大国間競合、及び蔓延する貧困と不安定な諸政権と云った特徴は、これ迄過去に持続したと同様に、将来も継続する可能性が高いからだ。

 それにも拘わらず、世界がより平等になる事自体は依然として有益な目標に変わりない。18世紀のスコットランド哲学者で政治経済学者の開祖、アダム・スミスは、各国が平等である事の重要性を最も早く把握していた知識人の一人だ。彼は代表作『富国論』に以下に述べる。

西欧諸国とその他世界の間に存在した富と権力の大きな隔たりが、植民地化政策推進と不当な侵略戦争遂行に寄与した。即ち「欧州は圧倒的な権力を後ろ盾に、遠隔の地に於いて、ありとあらゆる不法行為を犯し乍らも、処罰から免れ得たのだ」と。

斯くして、権力の大きな不均衡は暴力と非人道的行為を加速させる。その一方、スミスは尚、希望の光が存在する理由も述べる。つまり「将来、恐らくは、これら被植民諸国の人民達が強国へと成長し、或いはこれら西欧の諸国民族が弱体化して行く可能性がある」点を予想し以下に結ぶ。「斯くして、何れかの時点に於いて、世界は、隅々至る処、全ての住民達が、勇気と権力とを等しく均衡する水準で保持し合うに点に到達し、之により独立諸国による不正な行為を威圧牽制し、相互に怖れ合う心情を“他国の諸権利を尊重し合う”規範のようなものへと進化させる可能性も秘めるのだ」。

(了)

(他章は順次掲載)

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