【投稿論文】『ポスト新自由主義者達が抱いた幻影 ~バイデノミクスの悲劇的失敗の分析~』 (原典:『The Post-Neoliberal Delusion ~And the Tragedy of Bidenomics~』 By JASON FURMAN, Foreign Affairs 2025, March/April号、P133-147)

著者:ジェイソン・ファーマン

肩書:ハーバード大学教授。オバマ政権下に大統領経済諮問委員会議長勤務(2013-17年)。

(第一章 論稿主旨)

 先の2024年米国大統領選挙に於けるドナルド・トランプの勝因には、多くの理由付けが可能だ。然し、決定的だったのは“有権者が抱いた米国経済への懸念”だろう。

選挙直前の世論調査では、激戦州内有権者の60%以上は現状経済政策に不満を感じ、一層多くの人々が物価上昇を不安材料として挙げた。そして、出口調査では、投票者の75%がインフレーションの打撃を受けていると応えた。

 これら見解は、選挙時の経済諸指標だけから判断すれば、違和感がある。即ち、当時、失業率は低く、インフレ率は落ち着きを見せ始め、GDP成長率は力強く、更に賃金率は物価上昇を上回って上昇していたのだ。然し、これら指標は、結局、多くの米国人達を直撃した劇的物価上昇の継続によって蓄積されたダメージを殆ど反映していなかった。つまり、現実に国民は、食料品購買、クレジットカード支払、そして住宅購入が一層困難化した。そして、これらの責任はバイデン政権あるとして真っ向から非難した彼らが不条理だったとは、強(あなが)ち云い切れないのだ。

 バイデンが執務開始した2021年、彼は「経済再興」こそがマクロ経済に必須との思いを既に強く抱いていた。当時の米国は、コロナ感染症拡大によって、特にサービス分野が抑制下に置かれ続けた、その約1年間の活動制限が明けた直後であり、経済の完全再開に未だ至っていなかった。

其処(そこ)で、バイデンは、これ迄とは異なる強大な新手法に基づいて、コロナ感染症蔓延後の米国経済を再構築することに着手した。

1990年代以降、民主党経済政策の多くはエリート官僚主義的手法を取り、これらは批判達者から「新自由主義」として軽視されたが、同策の眼目は、市場を尊重し、自由貿易を歓迎し、社会保障による諸保護策拡大を唱え、そして一方、政府による産業政策を毛嫌いするものだった。

処(ところ)が、これと正反対に、バイデン政権スタッフはより大きな野望を表明した。つまり、支出を増大し、特定産業構造を変革し、そして、気候変動と云った諸問題の対処には、ある程度市場原理を枉(ま)げることも辞さないのだった。

斯くして、同政権は、公共投資、独占禁止法取締り強化、労働者保護と云った分野を含み、経済全体に対し積極的な政府関与を再開させた。具体的には、政府主導の大規模な産業政策を復活させる。そして、譬(たと)え先例ない規模の財政赤字を必然的に伴うことになろうとも、直接的経済刺激策を実施する為に巨額資金投入を支援するものだった。斯くして、同政権が遂にこの手法を“バイデノミクス”と通称するようになった。

 バイデン政権内の助言者達と一部著名経済学者は、”経済再興計画(Building Back Better)”は「ポスト新自由主義時代」の到来を告げるものだと宣言、即ち、今こそ、インフラ部門と国内経済への巨額な公共投資を行うことが、包括的経済成長と環境負荷の少ないエネルギー社会を将来実現する為には、より適するのだと主張した。

バイデン政策担当者達は、ビル・クリントンとバラック・オバマ両大統領が嘗て追求した経済諸政策を捨て、今や新たなページを開くのだと胸を張った。つまり、それら旧政策は、自由貿易を過度に尊重し、赤字財政には必要以上に消極的で、その結果として拡大した経済格差を是正する手段として、却って福祉的国家諸策への依存度を深めた、と批判。それに替え、今や、自国の強みを増し中国との競争に勝利する為には、国内製造業の復活とクリーン・エネルギーへの移行強化の大転換シナリオが米国に必要である、と説いた。

 処(ところ)が、バイデン政権の“ポスト新自由主義回帰”を明確に示した、この経済大転換策は、フランクリン・ルーズベルトのニューディール政策にも比類する成果が期待されたものの、結局、その壮大な目標達成には遠く及ばなかったのだ。

マクロ経済指標では、確かに幾つかの観点から力強さを示した。例えば、米国経済は、前回の不況後の立ち直りより遥かに早いペースで回復し、更にコロナ感染症終焉後の経済活動に就いては、他の多くの先進諸国より良好な成長率を達成した。然し、問題は、その回復が全体に均等でなく偏りがあり、又、特にインフレが足を引っ張ったことだ。殊(こと)、このインフレは、実はバイデン政権が実施した政策そのものが誘発した面が少なからずあったのだ。斯くして、インフレ率、失業率、利子率、及び政府債務残高は、全て2019年に比べ2024年に上昇。又、インフレ率調整後の家計所得は2019年から2023年に掛けて減少し、貧困率が上昇した。

  インフレ進行は、バイデン再選の見通しに翳を落とし始めるそれ以前に、同政権が掲げた目標自体の達成を蝕んで行った。つまり、児童税額控除と最低賃金を引上げるべく諸事手を尽くして見たものの、物価調整後の実質手取りが双方共に純減、更に、その減り幅たるや、大統領就任時に比べ、退任時により際立って大きくなった。

バイデンは労働者達に対し諸約束を強調したにも拘らず、結局、彼は社会安全ネットの恒久的拡大に失敗した、この百年間で唯一の民主党大統領と云う、有り難くない名を冠される羽目になった。

更に、彼は、橋梁から高速通信回線迄も含む、巨大規模建て替え事業を計画し、総額5千億ドルに及ぶインフラストラクチャー法案に署名したが、建設費が青天井に急騰した結果、蓋を開けてみれば、実際に着工出来た建造物件は、法案署名前より逆に減少する始末だった。

 それでも、バイデンは特筆すべき成功を幾件か達成し、それらは、民主党が議会で辛くも優勢を保った困難な運営環境であった事実に照らせば、一層の評価には値する。即ち、気候変動問題への取り組みを推し進めるべく、膨大な諸法令を彼が施行した結果、現実に温室ガス排出は削減し始めており、この傾向は、譬(たと)え敵対的なトランプ政権に直面しても、そう簡単には止まらないだろう。又、半導体の国内生産に就いても、復活の途上にはある。

然し、本来期待された「製造業の再興」は少なくとも現時点ではまだ実現に至らない。寧ろ、製造業従事者の人口比率は、数十年間低下し続けた後、尚も回復せず、国内産業全体の生産水準も低迷した儘だ。バイデンが進めた経済拡大策が、物価高、ドル高、金利上昇を招き、これら諸要因が製造部門にとって全て逆風となって襲い掛かったばかりか、抑々(そもそも)それらの諸業界は皆、バイデンが法制導入を後押した特別補助金の支給対象外だったのだ。

 公共部門支出の急増が、代わりに民間部門投資の縮小を招いた際、バイデン政権は、この所謂“クラウディング・アウト”現象に正面から立ち向かうことも、又、財政規律の必要性を真剣に認識することもなかった。同政権が犯したこの二つの誤りは、種々のトレードオフ関係にある経済諸政策の選択を迫られていたにも拘わらず、多くの案件に於いて果敢に決断する機運を欠いたことに起因し、その消極性が民衆の不満の波に上手く乗るトランプを勢い付かせ、彼をホワイトハウスへ帰り咲かせる手助けになった。

先の選挙敗退の理由を、民主党員達が、現職政権が不運にも世界的な反動に晒されただけと考えるのは大間違いだし、況してや、バイデンが米国民に施した諸策が、単に有権者達に正しく評価されなかったと思い込むのは更にとんでもないお門違いだ。

 では、真に“より良い再建策”とは何か? それは、バイデン政権が抱いた意欲的な経済変革の実現に向けて、予算均衡に当然払われるべき経済学上の諸配慮、二律背反する中での諸事選択、及び費用対効果分析、と云った諸手法を決して捨て去ることなく、行動を制御しつつ実行することであり、云い換えれば、ポスト自由主義の幻影に溺れることがあってはならないのだ。

(了)

次章以下の翻訳は順次掲載予定

文責:日向陸生

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