【意見・反論】「台湾併合の誘惑」(前回号掲載論文)への諸反論を重ね反駁する 原本 Foreign Affairs 2021年 September/October号 P225-229 執筆者:オリアナ・スカイラー・マストロ(Oriana Skylar Mastro)

(訳者注)前回7月・8月号掲載の掲題論稿は反響を呼び、9月・10月号意見・反論コーナーに3本の反対論文と共に、これを受け著者マストロ自身の以下再反駁の意見が掲載された。

(掲題論稿に対する反論者、レイチェル・オデルとエリック・ヘギンボサム、ボニー・リンとデイヴィッド・サックス、及びカリス・テンプルマンに対する再反論)

 私に対する諸反論の著者達は全て同様に「武力による台湾統一を中国が仕掛ける可能性は少ない」事を論ずるものだ。彼らの諸見を私は多としたいが、しかし乍ら、台湾海峡を巡り中国が積極策を取る危険性が現実のもので、且つ増大しているとう弊見解の再考を迫るに足る、新しい確証に就いては、何ら提示されていない。その証拠すら無い儘、彼らは、私が正に先の投稿により払拭する事を目的とした「危険な錯覚」を、ご丁寧にも繰り返し述べているに過ぎないのだ。つまり、決して陥ってはいけない誤解とは、中国が台湾を水陸両面で侵攻するに足る軍事能力を保持していない、侵攻によって齎(もたら)される甚大な経済的代償が習近平の行動を抑止する、及び、中国は台湾統一という同国最重要課題を無期限に延期する用意がある、といった事どもだ。更に、私が尚も強く反対表明したい点がある。つまり、私の批判者達は、現在存在する諸リスクの及ぶ範囲を過小評価し、これに対し、米国は政治対応と軍事態勢とに於いて限定的な調節を行う事によって対処が可能との前提に立っているが、これこそが大きな誤りだ。

 彼らの理論展開を、順を追い以下に整理して行こう。まず、私が中国軍事能力を誇大化し、一方、台湾侵略の困難さを過少評価している、と批判者達は指摘する。しかし、彼らが行った諸評価は、時代遅れか、さもなくば、度外れて不適切な比較に立脚したものだ。例えば、オデルとヘギンボサムは、米軍による1945年の沖縄島侵攻を引き合いに出し、当時の侵攻作戦ですら、現在中国の保持量よりも多くの戦艦屯数を要したのだと云う。しかし、この比較自体が見当違いだ。当時、日本帝国軍は600万人以上の兵力を擁し、然も10年間に及ぶ戦争を遂行していた。これに反し、現在台湾軍は8万8千人の兵士と2百万人の予備兵とで構成され、その上、後者はその内僅か30万人に対し5週間の再訓練完了が課されるのみという状況なのだ。更に、艦船屯数は到底当てになる計測基準たり得ない。近代海軍は、艦隊の柔軟な機動性を重視し、疾(と)うに軽量化に移行済なのだ。又、オデルとヘギンボサムは、民間船舶の徴用に関し、フォークランド紛争(1982年)の事例を引き、英国が当該軍事行動で実際に使用出来た民間船は僅か62隻であったと云う。しかし、中国の場合、人民軍海上民兵(People’s Armed Forces Maritime Militia)なる仕組みを擁し、同組織により数千隻の船舶が保持され、これは民間と云うより、既に海軍に属する性格のものなのだ。つまり、中国がその気になり、全ての海軍船舶(新設の大型水陸両用輸送船を含む)と民間船舶に動員を掛けたならば、極めて短期間の内に、何十万隻もの軍用船を幅80マイルの海峡内に結集させる事が理論的に可能である。一方、米国として仮に、潜水艦部隊を有効に配備するに、十分な警戒情報を事前に察知できたとしても、このような巨大船団を標的とするに十分な弾薬は持ち合わせがないのだ。

 一方、リンとサックスによる反論は、中国が武力で台湾統合が可能であると我々が信じる事自体、それは中国側が仕組んだ過剰宣伝の罠に嵌っている、と論ずるものだ。彼らは、「研究者達は中国が台湾との戦争で簡単に勝利できるとの主張を額面通りに受けてはならぬのだ」と警告を発する。ところが、一体全体、中国側に於いて、人民解放軍の最も鼻っ柱の強い分析官達ですら、台湾への全面侵攻が簡単でないのは固(もと)より、人民解放軍が許容範囲内の代償を払うだけで生き残りが可能だ、などと論ずる者は、誰一人として居ないのだ。更に云えば、中国の軍事能力に関する私の評価分析が、中国側談話や図上演習の諸結果のみに基づくと思って貰っては困る。膨大な量に上った、偏りなく綿密な分析対象は、米国防省年次報告書、中国軍備近代化に就いての議会資料、中国海軍力近代化に関する議会調査研究書報告、様々なシンクタンク、並びランド・コーポレーション等の国防関係の諸団体による数百にも上る研究報告書に及ぶもので、結果として、それらは、人民解放軍は過去20年の間、過去に比類ない進歩を遂げ、ある限定条件下では米国をも打ち負かす迄に成長した事を物語っているのだ。現に、ヘギンボサム自身、2017年時点に、「米中間の力の均衡は、様々な分野で一連の転換地点に到達しつつあり、先ずは中国沿岸部の付近(云い換えれば台湾)での緊急事態に際し、これが発露する可能性がある」点を論じているではないか。

 私は、何も、台湾侵攻が中国にとり容易な仕事であると云うつもりはない。無論、台湾は何某(なにがし)かの反撃を行い得るが、自国を守り切る能力は持たない。しかし、私が考えるには、幸いな事に、万一の際に米国が支援に駆けつけるだろうし、尚も台湾は多くの想定されるシナリオに於いて生き残りが可能であろう。台湾問題は決して成功の見込みがない事案ではない。但し、もし、これが10年前であれば、米国は如何なる展開に於いても勝者になる事が出来ただろう。ところが、今や、米軍敗退の可能性を示唆する複数シナリオの存在を米国戦略家達が認める状況を考慮すれば、中国側戦略陣が同様の分析結果に至っているとしても不思議はない。

 又、私への批評者達は、経済への諸配慮が北京政府をして思い止まらせる事を論じる。もしも、中国が武力による台湾支配を挙行すれば、国際社会から手厳しい反応が湧き起こり、習の野心的成長計画の達成自体が危険に晒される、という見解だ。これに対しては、私が、既に先の投稿に述べた通り、海外からの反応は、十分耐え得る程に、ひ弱なものであろう、と中国側分析者達が判断するに相応な理由があるのだ。これに加え、経済に就いて云うならば、もし中国が台湾を支配すれば、全世界の半導体製造から得る利益の6割以上を昨年稼いだ同国産業を手にし、飛躍的に便益が増す。米国は半導体を台湾に大きく依存する。もし、中国が台湾を統合すれば、恐らくこの重要な半導体技術を米国から取り上げる事となり、軍事上に加え、経済上優位性を増す事が出来るのだ。

 しかし乍ら、経済的コストは最早、北京政府内の計算に於いて決定的要因ではなくなっているのだ。即ち、同政府が既に宣言する通り、習の最優先課題は国家の主権と領域保全を固守する事なのだ。中国指導者達は、経済上の損得を犠牲としてでも、権力と権威の保持を優先する事は明白であり、それを物語るのが、同国の一帯一路計画、南志那海での軍事拠点化、並びにその阻止を試みる諸国(豪州、韓国)への制裁等、これら諸事実である。現に、習は今年7月の共産党結党100周年の演説で次のように宣言し警告を発した。即ち「如何なる海外勢力であれ、中国を脅すか、或いは圧迫を敢えて試みようとする者は、14億の中国国民によって築かれた鋼鉄の如き万里の長城に頭を打ち付けて血まみれとなるだろう」と。習のこの発言は脅しではない。

 最後に、批判者達は、中国は武力で台湾統合をする必要を認めないとの議論を展開する。即ち、リンとサックスは平和的統合の働きかけが良好に機能していると見解し、一方、テンプルマンの意見は、中国は台湾問題解決を無期限に延期する事が出来ると云うものだ。私は彼らの諸見解に同意し難い。その理由は、台湾統一は中国共産党の最優先課題であり、一方、台湾側は自治権堅守の為には戦いをも辞さないと考えられる為だ。

 中国による侵攻は、決して直ちに生じる話ではなく、又、絶対に不可避なものでもない。しかし、過去に於いては、中国が武力行使に至る唯一の可能性が、台湾独立を阻止する場合に限定されていたのに対し、今や中国は、武力衝突を主導する事により台湾の政治支配を実現する道を真剣に検討している。中国が向こう4年間は台湾侵攻をしないだろうと云うテンプルマンの見解に、私も基本的に同意見だ。(尤も、その主な理由は、台湾侵攻の準備期間を確保する事でより事態を有利に進められると中国が考えていると私は考えるもので、テンプルマンが云う、断固とした対応を取ると目されるバイデン米国大統領の任期中を中国が避けるとの見解に私は汲みしない。)しかし、中国が無期限に台湾侵攻を先延ばし出来るという彼の見解は、論理的にも又、経験上から見ても誤りを含んでいる。習は、自身の任期中に台湾統一を成し遂げたい旨の演説を幾度となく繰り返しているのは、本稿に述べた通りだ。これらの諸発言を、単なる言葉として捨て置く事は賢明ではない。更に、習は、殊(こと)、域外領土の領有権を巡る問題で、支配に踏み切る意図を声明で繰り返し発した事は、これ迄必ずその通りに実行に移して来たのだ。それは、南志那海では、軍事拠点を建設し海軍の演習を挙行し、香港では昨年、厳格な国家安全維持法を施行したのを世界が目の当たりにした通りだ。

 テンプルマンの議論は、もし中国が、米国の衰退を確信するならば、彼らは台湾統一の行動に着手せず、一層様子見する様々な理由が有ると主張する。ところが、事態は寧ろその逆で、中国側戦略家達の目からすれば、米国の衰退は、中国の武力行使を一層急がせる要因なのだ。つまり、所謂、覇権移行理論は、新しく台頭しつつある大国と衰退しつつある既存大国との間の力の差が縮まるに連れ、戦争発生の確率は一層高じると示唆し、同理論は当然北京政府内でも研究されているのだ。そして、米国側戦略家達は、台頭する中国が米国主導の国際秩序に不満を抱く結果、好戦的となり突発的に戦火を仕掛ける事を懸念するのに対し、中国側戦略家達の恐れる、戦争に至る道筋とは、これと発想を異にするものなのだ。即ち、自国が不可避的に衰退して行く事態を、どうしても受け入れ難い米国側が、比類なき大国の地位に固執せんとして、土壇場で、危険な最後の賭けに出るのではないか、と云う心配だ。この理論に従う結果、衰退する米国こそが、安定的且つ進歩していく米国よりも、実は一層危険を伴うものなのだ。

 一方、リンとサックスは、中国が武力を伴う統合を必要としない理由に就いて、別の議論を展開する。この両名は、中国指導者達が、敵対心を押さえ、経済的便宜による統合利益を全面に打ち出すと云う、長年来取り続けて来た策に専念し、同策が継続される事を信じて疑わない。理由は、同戦略が現在奏功している為だと云う。そして、その査証として、リンとサックは、台湾国民の大半が、独立ではなく、現状維持を支持する世論調査結果に求めている。然し乍ら、独立を支援していないと云う事を以って、統合を望むか賛同していると見做すのは、途轍もない飛躍である。リンとサック彼ら自身承知する通り、中国は、敵対心を抑制し経済的便宜による勧誘を強調する戦略をここ数十年間続けてきた。それにも拘わらず、台湾は中国の一部に編入される事態からは程遠いのが実情だ。現に、2020年9月、国立政治大学が実施した世論調査では、台湾統合に就いて「直ちに実施する」と「将来ある時点で実施する」の双方を合わせても、これに賛同するのは台湾国民の僅か6%に満たないのだ。従い、北京政府が恐らくは飴と鞭の手段を当面継続するという点に於いて、リンとサックスは正しくあるが、かとって、台湾の政体を完全支配する為には、やはり依然として、本土への侵攻が必要になると云うは、反駁の余地ない、現実的な路線であろう。

 私に対する批判者は、更に、私の提言が政策に与える影響に就き懸念を表明する。オデルとヘギンボサムは、抑止力の観点に於いて、米国軍が与える威力に対し偏った信頼性を置く事に注意を促し、同様に防衛面の保全を重んじる必要があるとする点、此処迄は正当な主張である。しかし、更に二人は、米国側台湾政策が変化するに連れ、米国は台湾独立を支援するものだと、中国がこれを信じて疑わなくなり、結局、斯様な誤った解釈が却って戦争勃発に結び付く、と云う警鐘を発する。しかし、此処で強調したい点は、私が論じているのは飽くまで、我が国が敷くべき態勢の変化であって、政治の話ではない。即ち、米国は軍事態勢と作戦諸行動の強化を図る事により、中国が台湾に抱く野望を阻止すべく、こうして新たに発展した能力を効果的に威示すべきと提案するものなのだ。これは、何も、中国の軍事報復を伴うような、危うい政治上の変更を求めるものではないし、それは為されるべきではない。現に、私自身は、他の論稿に「もし、台湾を巡って武力衝突が発生し、米国が勝利しても、その時、ワシントン政府は、台湾独立を平和条約の条件としてはならない」と論じている程、元々政策の変化には慎重派なのだ。

 又、テンプルマンは別の視点からの懸念を表明する。つまり、台湾防衛に要する潜在的費用が嵩む点を強調すればする程、ワシントン政府内で台湾を見捨てるべきだと提唱する人々が拠り所とする理由が一層浮き彫りとなり、これらの人々を勢い付かせる事になると云う主張だ。万一、この懸念が真に憂慮すべき事態に有るならば、寧ろ私は、真っ先に公論は避け、専ら私的ルートを駆使しての言論活動に今後切り替えるだろう。然し乍ら、それには及ぶまい。何故なら、現実は台湾防衛に関し、米国の防衛義務再考を求める人々は今尚少数派に過ぎず、更に、バイデン政権も、台湾侵略の事態に対し米国が支援に駆けつける方針を当初より明確に表明しているのは周知の通りだ。

 更に、増大する中国の軍事力が及ぼす脅威に対し、米国国防省の対応は、決して後退する事なく、これに対抗すべく増強して来た。米国空軍と米国海軍の共同作戦の効果を上げるべく新しい基本諸原則から、基地の攻撃耐性向上の諸取組、並びに、台湾海峡地域に於ける米軍側の早期警戒体制の改善に至るまで、国防省は、取り得る限りのあらゆる手段を最大出力で推進し、中国を牽制し、そして必要とあらば、広範な衝突シナリオの中で打ち負かせる事を確実にするよう図っているのだ。更に、米国サイバー部隊、米国宇宙航空隊、国防省人口知能センター等は全て、或る意味、中国のこれら各領域に於ける優勢に対し対抗する事を目的として設立されたものだ。中国はその圧倒的能力を誇張する事で、米国の追従を諦めさせようと努めている、とのリンとサックス見解が、譬え正しいとしても、上に述べた通り、米国の対応は北京政府の思惑とは真逆のものになっている訳だ。

 最後に、批判者達は一様に、或る重要な事実に注目している。即ち、台湾海峡がこれまで70余年の間、比較的安定した理由を米国の存在に求めている。つまり、中国による台湾武力侵攻は成功せず、逆に高い代償を払うと云う点を、米国政府は北京政府に対し何とか説得する事を続けて来た結果なのだ。しかし、今の中国は70年前とは違う。同国軍備の急速な近代化、劇的経済成長、そして国際社会へ及ぼす影響力の増加、これらは、多くの問題に就いて北京政府の計算を変化させるに至ったのだ。即ち、同国は国際諸機関に対し、より攻撃的な対応をとるようになった。世界で最大規模の、最も能力のある軍隊を造り上げた。そして経済的影響力を世界中の奥深くまで及ぼしている。従って、斯様に中国自身が大きく変化する中、台湾に関する考え方丈は変わらないと判断するのは、余りに希望的観測に過ぎると云わざるを得ない。

 批判者達が、中国が侵攻に踏み切る見通しを否定し乍らも、一方で、台湾自身による軍備増強と米国の同地域に於ける防衛体制強化を提言している事態は、実は彼ら一同こぞって、北京政府が自重するとは信じていない事を物語っている。私の投稿目的は、本来「中国は今や真剣に武力統合を検討している」事に就いて、これらを疑う人々を説得する点にあったのだが、諸反論を拝見する限り残念ながらその功はなかったようだ。然り乍ら、我々の討論を通じ少なく共、一点同意事項、即ち「台湾海峡を巡っては、今や、台湾及び米国双方に於いて、抑止力増強に尽力すべきである」という点が確認されたのは幸いとしたい。 (了)

<反論者 肩書>

レイチェル・エスプリン・オデル(Rachel Esplin Odell)クインシーインスティチュート研究員

エリック・ヘギンボサム(Eric Heginbotham)マサチューセッツ工科大学主任科学研究員

ボニー・リン(Bonny Lin)戦略国際問題研究所上級研究員

デイヴィッド・サックス(David Sacks)外交問題評議会研究員

カリス・テンプルマン(Kharis Templeman)フーヴァーインスティチューション研究員

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