著者/肩書: オードリー・カース・クローニン(Audrey Kurth Cronin)/ カーネギーメロン大学研究所、技術・戦略局長。『テロ活動は必ず終わる ~テロ威力行為が衰退、そして終焉して行った歴史を学ぶ~』(How Terrorism Ends; Understanding the Decline and Demise of Terrorist Campaigns)を含む、安全保障問題関係の著作執筆。
(論稿主旨)
イスラエルは、10月7日のハマスによる恐ろしい攻撃に対し、圧倒的に優勢な軍事力で反撃した。テロ集団による血塗られた急襲の後、イスラエルのヨアブ・ガラント国防相は、地上からハマスを抹殺する事を誓った。そして、イスラエル軍は35万人以上の予備兵に招集を掛け、ハマス政治組織と軍事部隊を破滅させる為、ガザ地区へ攻撃を仕掛けた。以来、イスラエル軍は何千人ものパレスチナ人殺害を続け、その多くは婦女子が犠牲となり、辛酸極まりない状況だ。
ハマスの暴挙に対し、イスラエルが暴力を以って報復した事は、同軍通常兵器がハマスと桁違いの圧倒的優位性を持つ点に鑑みれば、少しも不思議はない。パレスチナ人テロには、過度な兵力を以って叩くと云うのが、イスラエル軍がこれ迄長きに亘り対処して来た手法なのだ。即ち、イスラエル軍は、ハマスや他のパレスチナテロ勢力よりも、強く、大きく、更により豊富な資源を保持する為、イスラエル作戦参謀達は、彼らの敵対諸勢力がイスラエル軍(IDF)と対等には渡り合えない点を熟知していた。
然し、イスラエルの軍事上の優位性が消えつつある。今日、ハマスを武力制圧するのは不可能でないにせよ、極めて困難な点が証された。技術進歩は、国家とテロ集団との力量差を埋め、今や非国家集団でも国家並みの作戦遂行が模倣可能となった。即ち、ハマスは高度な襲撃を仕掛け、更にイスラエルに匹敵する展開力で宣伝拡散を実施する。ガザ市内の地下にトンネルを張り巡らすと云う古典的戦法も、ハマスが自身よりも強大な敵からの攻撃を躱(かわ)すのに寄与した。更にハマスは、拘束した約240名の人質を梃に利用。米国は常にテロ集団撲滅に尽力して来たが、今般のイスラエルとハマスの戦争は、その目標は近来、寧ろ一層達成困難になった事を示したのだった。
イスラエルを恐らく最も苛立たせたのも、この非対称性のなせる処で、つまり、同軍が膨大な戦力を以ってガザを攻撃した事が、却ってハマスの術中に嵌る事態を招いたのかもしれない、と云う点なのだ。起源を辿れば、イスラエルの絶滅を目指し設立されたのがハマスだ。然し、それを遂げる軍事能力を持たない同集団は、この目的に代え、テロで注目と賛同者を得る策に転じた。ハマスによる10月7日の残虐行為は、イスラエル軍部に過剰な反応を起こさせるのが抑々(そもそも)の意図だ。こうして、イスラエルに対する世界の同情の念を葬った上で、ウェストバンクやイェルサレムでのパレスチナ人蜂起を促し、特にイラン及びレバノンの軍事集団ヒズボラを筆頭とする、対ハマス支援を集めるのが狙いだった。ハマスは、イスラエルとパレスチナ双方の民間人犠牲者達を、自身の政治主張の宣伝に巧みに利用した。斯くして、同派は多くの面で成功を収めたのだ。従い、イスラエルにとりハマスを打倒する為の最善策は、武力行使を穏便に加減し、パレスチナ民間人の保護に一層配慮を払って、高い徳義上の規範を回復する事だろう。イスラエル指導者達は、有権者達が怒りに燃えている限り、自ら抑制的行動を取る事が困難だ。然し、彼らが自制する事こそが、周囲の支援を集め、更なる暴力を煽り立てる、ハマスの能力を断ち切る唯一の手段なのだ。
創造的破壊により進化したテロ
権力を誇示し談話を宣伝する為に必要な諸資源を国家が独占する時代は終わった。多くの技術進歩は、非対称性を以ってテロ集団をより優位な立場にしたのだ。実際、近代テロリズムは1867年のダイナマイト発明の恩恵を受けた。それ以前の火薬―17世紀の手投げ弾、或いは19世紀にアナキスト達に使用された、全面棘だらけのオルシニ爆弾―は重量が嵩張る上に取り扱いに細心の注意を要した。一方、ダイナマイトは衣服の下に簡単に隠せる上、迅速に着火し標的へ投げつける事を可能としたのだった。この結果、テロ行為は小集団乃至個々人によって可能となり、1881年ダイナマイトによる露西亜皇帝アレクサンダー2世の暗殺はその好事例だ。
又、テロリスト達にとり、次に技術上の恩恵を施したのが、別名AK-47として知られる、カラシニコフ攻撃銃だ。火器はそれ迄数百年に亘り流布していたとは云え、手入れが難しい為、寧ろ訓練を受けたプロ集団にとって有効な武器だった。ガトリング銃やマクシム銃等、初期の機関銃は、欧州植民国の軍隊により、英国兵士がズール人戦士達を1879年、今日の南アフリカの「ウルンディの戦い」で数百名殲滅した事例の如く、大量殺戮に用いられた。同様の機関銃は、私的な警護団及び、連邦政府や州の軍隊により、労働争議を鎮圧する際に使用された。即ち、1892年にペンシルバニア州の国家警備軍がガトリング銃を乱射し、カーネギー製鉄所のストライキを終結させた。
1947年、ソヴィエト連邦で発明された、AK-47が、従来の均衡を非国家集団へ有利に傾けた。この銃は携帯に便利で使い易く、重量は10ポンドだ。今日、AK-47は歴史上最も広く使用された銃として知られ、世界中でテロリスト達のシンボルとなった。アルカイダの指導者、オサマ・ビン・ラーディンは屡々(しばしば)カラシニコフの後継モデルを肩から掛ける姿でビデオ演説に登場した。ヒズボラの旗にはAK-47を象った銃がデザインされている。又、統計がその威力を物語る。つまり、1775年から1945年の間は、国家軍隊に対し反乱軍が勝利した確立は25%だった。しかし、1945年以降には、その確率が凡そ40%迄高まったのだ。この変化の多くの部分がAK-47の導入と世界的流布によるものなのだ。
10月7日、ハマス武装勢力は旧式中国製銃とソヴィエト製AK-47を使用し、イスラエル軍監視所を急襲し、民間人を殺害し、更に人質を奪った。然し、その反面、彼らは比較的斬新な戦術と諸技術も利用した。同集団は、先ず、何千発ものロケット弾を一斉発射し、イスラエルの鉄壁のミサイル防衛システムを圧倒した。ハマスとガザを拠点とするもう一つのテロ組織PIJ(パレスチナ・イスラム聖戦 )はロケット弾をイランから密輸し、更に、商業部品を転用し、或る程度の爆発物とミサイルを自力でも製造可能だ。2005年頃にハマスが製造した、初期カッサーム・ロケット弾の射程は約10マイルだった。10月7日に彼らが使用したミサイルの航続距離は150マイルだ。ウクライナ軍が商用ドローンを使って、戦車や兵力を効果的に攻撃したと同様、ハマスとPIJは独自の兵器システムを造り上げる迄に進化したのだ。イスラエル空軍の攻撃を回避する為、ハマスは数十機の固定翼式自爆型ドローン “ズアリ(Zourai)”を発射したが、これらはガザ地区内の材料で製造されたものだ。又、ハマスは小型商用ドローンを使い、イスラエル側の監視塔、及び遠隔操作式機関銃へ手榴弾を投下した。この種のドローンは、オンライン・ショップで購入可能な上、地上すれすれを低速航行する事でイスラエル軍のレーダー・システムを搔(か)い潜った。ハマス攻撃の成功は、彼らが安価にして用意に手に入る武器を動員し、イスラエル側防衛線に押し寄せる策が奏功したものだ。
情報技術の革命的進歩もテロ集団を利し、彼らの暴力行為が与える影響度合いを増強するのに寄与した。衛生テレビ中継の発明は、1970年代に世界的なテロを助長する効果を持った。統計によれば、過去50年間を通じ、北米と西欧を対象とした世界のテロ事件は、1979年に最も高い発生件数を記録した。即ち、衛生テレビを用い、テロ集団は自身の主張を公開し、支援を集い、そして同志の募集を可能とした。所謂、「黒い9月」と呼ばれた、PLOに関連するテロ組織は、1972年ミュンヘン夏季オリンピックで、イスラエル選手団を誘拐し11人を殺害した所業が世界の8億人が視聴する前で行われ、地球上の5人に一人の目に届いた計算になる。この虐殺事件後、イスラエルは「黒い9月」の組織に対し報復行為を実施したとは云え、同ミュンヘン事件は、パレスチナ国家主義の認知を高め、更に多くの模倣事件を突発させたのだった。
昨今のソーシャルメディアの発達が、更に上記に匹敵する影響をテロに与えた。即ち、ハマスは今や自身の戦争に就いて物語を紡ぐ点に於いて、イスラエルと同等の能力を有するのだ。ハマスは、メッセージ・アプリケーションの“Telegram”を利用し、新規加入者を募集し、偽情報を拡散する。イスラエルが送電停止し、ガザ地区内のインターネットを閉鎖した処で、ハマスは世界各地に展開する、彼らに共感する武装勢力の手を借り、メッセージ・アプリケーションやソーシャルメディアを通じて偽情報等の拡散を継続可能なのだ。ガザ地区の送電停止策は寧ろ、イスラエルに対し大きな逆効果であった。と云いうのは、停電により、信頼出来る報道諸組織は、戦場の実相を伝えるのが困難化したのだ。情報収集とその内容検証が困難な点こそが、イスラエル―ハマス戦争に関するオンライン・ニュースの難題だ。多くのメディア関係者達は、図らずしも偽情報の拡散に加担する羽目となる。即ち、善意の非政府組織、メディア各社、及びオープン・ソース情報分析諸集団は、映像や写真をクロスチェックしようと躍起になり、衛星写真、衛星地図、更に地勢分析や画像解析ソフト等、あらゆる手段を駆使する。然し、時として、之が裏目に出るのだ。その例が、昨年10月末、ニューヨーク・タイムズ紙は、数日前にガザ市の病院で発生した爆発に就いての初期報道が「イスラエルの空爆を原因とする、ハマス側政府高官の言い分に過度に偏向していた」点を認めた。当件は、後日、米国、カナダ、及び仏国政府により、「ガザ地区内から誤発射されたミサイルが爆発の原因と示す証拠が在る」旨が発表されたが、後の祭りだった。
視界不良なトンネル内、そして視野狭窄に陥るイスラエル
地下トンネルは、ハマスが得たもう一つの非対称性による優位だ。2021年、同グループは、彼らは300マイルにも亘るトンネル網を構築したと声明を発表したが、之は圧倒的に優勢な相手や塹壕で固めた敵対勢力に抗する為に何千年も前から講じられてきた策だ。即ち、1世紀のユダヤ王国に於いて、ローマ軍に対しユダヤ人達が行い、1864年、ピーターズバーグ包囲戦で南軍に対し北軍が行い、1944年、日本兵がぺレリュー島で米国海兵隊に対して行い、ベトナム戦争ではべトコンが米国軍に対し行い、近来ではアルカイダやISISIが米国軍に対し行い、更にヒズボラがIDF対し行った。トンネルは、物資の密輸、作戦実施及び食糧・武器の備蓄から兵士達を匿う迄、多岐に利用される。そして、地下配置されたトンネルを熟知する一名の兵士は、暗中模索状態の敵兵10名を撃退し得ると云われる。
イスラエル軍が地上で路上を制圧する間も、ハマスは地下トンネル内を移動し、敵に待ち伏せ攻撃を仕掛ける事も可能だ。更に、トンネル内での銃撃が難題なのは、弾丸の跳ね返りや、発生した音響と衝撃波は、標的より寧ろ狙撃した側に被害を及ぼす公算が高いのだ。更に、暗視ゴーグルも役立たないのは、周囲に明かりがない真っ暗な状態では、友軍同志が手や腕で信号を送る事が出来ないからだ。更に、トンネル内では、無線機器の電波が弱く、指揮官達が兵士と連絡を取るのもままならないのだ。
トンネル網を堀り巡らした集団を相手に、十分に装備された軍隊がロボット兵器を用いて戦う策も在る。飛行型ドローン機に赤外線カメラとセンサーを搭載し、トンネル配置図を作成した後、無人式地上走行ロボットが、内部を偵察し、空気を測定し、距離を記録し、物資の搬入や、武器を携行し、友軍兵の盾となり敵を遮蔽する事も可能だ。然し、トンネル内は、地表が凸凹で濡れてる丈でなく、巡らされた仕掛け線から石ころ迄、予想外の障害物でロボットが転倒する危険が在る。狭い空間で動けなくなったロボットは、それ自体が通路を塞ぐ障害物となるのだ。
イスラエルには、大量爆弾を投下しトンネル網を破壊する手段もあるが、その過程で更に何千人もの民間人を巻き添えにし、その結果、イスラエルは一層の国際非難を蒙るばかりか、「IDFは無辜の市民虐殺を意図している」とのハマス側主張を後押しする事となる。仮に、この軍事作成が成功したとしても、イスラエルは更に孤立し、同国に武器を取って反抗する勢力を増加させ政治的に大きな代償を払うだろう。
ハマスにとり最大の非対称的優位性は、戦略そのものに存在した。つまり、彼らの攻撃にイスラエルが反撃する行為を最大限利用する策略だ。今般ハマスの攻撃は、イスラエルに非生産的にして且つ過剰な反応を惹き起こさせる、その事自体を目的としたものだ。その目論見通り、IDFによる相手を叩きのめすが如きの反撃は、同地域の世論に火を付けた。ここ数年間、イスラエルは多くのアラブ諸国との間に、パレスチナ問題は脇に置いた儘、国交正常化を説得する方向で成功を収めつつ在った。ハマスとしては何としても、この傾向を阻止或いは逆行させたかったのだ。そして、今般の攻撃を機に、当面、事はその意の儘に運んだのだ。
簡単に云えば、イスラエルはハマスが仕掛けた餌に喰いつき、暴力的報復を以って反撃し、相手の思う壺に嵌ったのだ。イスラエルが取った手段は、テロ対応に有り勝ちな策だが、同策の成功には、掃討に際しテロ集団と民間人との峻別が可能な事が条件だ。然し、ガザ地区でそれは抑々(そもそも)出来ない相談だ。斯くして、ハマス側によれば、10月7日の攻撃以降の僅か数週間で、イスラエル軍によりガザ地区住人が1,1000人以上殺害された。民間人が亡くなる度(たび)に、イスラエルは世界中から非難を浴び、ハマスの掃討は一層困化し、その結果、イスラエル市民を守る目的も遠のくのだった。
自制心を以って前進せよ
一方、ハマス側は、再び奇襲攻撃を仕掛けるのは困難だ。従い、ヒズボラ勢力が加勢しない限りは、ハマスが行使可能な軍事能力は既にピークを越えた。地下トンネルを巡る戦争は、展開が緩慢で、費用が嵩み、特にイスラエル側にとり極めて難渋する点は確かだが、一方、ハマスとしても永久に暗闇に潜み続けるのは不可能だ。更に、ガザ地区内は、インターネット、携帯電話、電話回線が全て閉鎖される中、ハマスが諸作戦を統合指令する機能が損なわれた。つまり、ハマス勢力は、相互に連携を図り、情報を収集し、或いはレバノンに所在する政治指導者達に連絡を取る手段を、イスラエルによって奪われた状況なのだ。従い、イスラエルとしては、この様に、ハマスを引き続き孤立させる策を取るべきだろう。
然し、より重要なのは、ハマスによる政治的動員活動に対しイスラエルが対策すべき点だ。つまり、ハマスが、世間の注目を惹き、同志を募り、同盟団体に呼び掛ける能力を断つ事だ。之を推し進めるには、選別的な武力行使と高い道徳性の堅持が不可欠となる。然し、イスラエルは、ハマス奇襲発生直後には「徳義を守る重要性」を主張したものの、この看板を早々に放棄し、無謀な空爆作戦を実施、ブリンケン米国務長官の言を借りれば「余りにも大勢の」パレスチナ民間人犠牲者を伴ったのだった。又、例えば、イスラエルは「敵はハマス戦闘員で、パレスチナ民間人ではない」旨を明言すべきだろう。パレスチナ人を傷つけるのは道義上誤りで屡々(しばしば)違法でもある、そして戦略上も逆効果だ。(この点に就いては「テロ集団との戦いで民間人を犠牲にする行為は犯罪より重大だ。それは間違った行為なのだ」とナポレオンの外務大臣だったタレーランが語ったとされる言葉は有名である。)バイデン政権が数週間に亘って圧力を掛け続けた結果、漸く11月4日、イスラエル政府は所謂「人道回廊」を一日4時間設置する事に合意、民間人が戦地からガザ南地区へ避難し、国際活動家達が食糧、水、医薬品を取り残されたパレスチナ人達へ届けられるよう段取りがされた。実際の処、ハマスもPIJも、それ以外に人質を取ったならず者集団も、誰一人としてパレスチナ民間人が飢え苦しむ姿を、一向気に掛けない点は明白だ。然し、イスラエルは当然、憂慮すべきなのだ。
加え、イスラエルが避けるべきは、パレスチナ自治政府をハマス支援の陣営に押しやってはならない事だ。テロの専門家ダニエル・バイマンが嘗てフォーリンアフェアーズ誌に投稿し述べた通り、ウェストバンク地域に関し、イスラエルは入植者達によるパレスチナ人攻撃を防止し、これを犯した者は処罰し、パレスチナ人の怒りが煽られるのを回避すべきだ。又、イスラエル政府は租税と関税収入の一部がパレスチナ自治政府に継続的に流れるよう手配すべきだ。同自治政府はハマスに同調する人々の暴動をこれ迄抑圧して来た経緯があるのだ。
ハマスによる非対称の優位を消す為に、イスラエルが出来る事は幾つか在る。無論、技術進歩を逆行させたり、ハマスに同調的な書き込みをソーシャルメディア上で閉鎖するのは固より無理な相談だ。然し、ハマスのテロ攻撃に対し、イスラエルは自制を以って戦略的に対応する能力を有する筈だ。この策によってこそ、ハマス勢力の力を決定的に削ぐ事が可能だ。固よりイスラエルの過剰反応を引き出すのがハマス奇襲の目的だったとすれば、今イスラエルが取るべき最善策は、ハマスの策略には乗らぬ事だ。
(了)
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