米国経済を牽引して来たのはシリコンバレーの新興企業群だ。その資金を預かる大手銀行が、FRBのインフレ鎮静対抗策の利上げ局面下、今月3月10日、斯くも脆く破綻した事態は世界に衝撃を与えた。金利上昇により、保有債券に評価損が発生するのは万国共通自明の理だ。翻って日本の場合、日銀が国債の5割以上を保有する異常事態に在り、中央銀行だから安泰との理屈は最早通じまい。異次元緩和継続により市場を此処(ここ)迄、歪(いびつ)に捻じ曲げ乍ら、日銀総裁は中途解任される事もなく、自画自賛で今月末悠々退任する(*1後注)。次期総裁も従来路線継承を早々表明した。斯かる状況に異論も差し挟まぬとは、迫り来る本邦財政・金融・経済問題を唯無策に将来先送りする政府の無責任の象徴だろう。金融ショックは、日本の鎖国的金融政策の壁を乗り越え何時押し寄せて来ても不思議ない。
扨て、時間差がある為、識者によるフォーリン・アフェアーズ誌への金融政策に関する投稿は次号を待たざるを得ない。此処では当月3月・4月号の内容を紹介しよう。同号は論文11篇を収録、主な内訳はウクライナに関連した政策論が4編、先端技術に関する問題2編、更にASEAN関連1、環境問題1、イラン核問題1を含んでいる。この他、今回2篇の論稿が異彩を放つ。両編の著者はそれぞれ、エリザベス女王の死後、益々連邦国家の統一性が揺れる英国問題を取り上げるオトゥールと、AIを含む先端技術に代え、移民労働力による人力活用を世間の流れに真っ向から抗し強く訴えるプリチェットだ。前者は、英国連邦分断の実態を、アイルランド出身者の立場から鋭く分析し説得力があり、又、後者は、本邦に於いても確実に人手不足が喫緊の課題になる中、移民問題を含め対策検討進める上で斬新な視点を与える点で有用である。
上述11篇の概要は下記の通り。
(1)「目論見から逸れた誤算 ~覇権の偽りの夢に米国が尚も捉われる理由~」
(The Reckoning That wasn’t ~Why American Remains Trapped by False of Hegemony~)
著者:アンドリュー・ベースヴィチ
当号の巻頭論文は、米国覇権を巡り、歴史経緯を考察し、その誤った認識から生じる苦悩と問題の解決提言を、国際政治学者である著者(ボストン大学教授)が試みる。現状、バイデン政権はウクライナ戦争に対し節度有る対応を維持する。然し、筆者の懸念は、第二次世界大戦と冷戦に端を発した米国覇権主義は、その後、ヴェトナム戦争、イラク及びアフガニスタン戦争で手痛い目に逢いつつも、今般の露西亜によるウクライナ侵攻勃発により、それら負の記憶が消し飛び、同政権が再び誤った道に踏み出す危険性に対し警鐘を鳴らすものだ。
当誌に屡々(しばしば)言及される、ジョージ・ケナンは、米ソ冷戦幕開け当時、ソ連封じ込め策を提言した伝説的外交官だが、当稿には、彼が米国を憂慮し戒めていた別の一面が引用される。即ち、曰く「尊大な白日夢は捨てよ、米国は過ち易い。国家原則を踏まえ目前の課題に集中せよ」と。之は筆者が主張する「覇権を追わず、武力は国防に徹し、国民が全うな生活を営む目的を最優先せよ」との見解に通ずる。彼の具体的提言は、議会の戦争遂行能力を憲法の範囲に止め、軍事予算はGNPの2%以内に抑え、核不拡散条約の真剣なる履行による同兵器廃絶、米軍海外拠点縮小、等を訴える。筆者自身、陸軍士官学校卒でヴェトナム戦争に従軍した元軍人の言葉として重みある主張だ。
翻り、本邦に於いては、軽率な党首の独断による的外れな国防予算の大幅加減に対し国会の牽制機能は働かず、国民からも然したる異論が噴出しない事態は憂慮すべきである。
(2)「民主主義が勝利する方法 ~独裁主義へ対処する方策~」
(How Democracy Can Win ~The Right Way to Counter Autocracy~)
著者:サマンサ・パワー
国連米国大使の経歴を持ち、現USAID(米国債開発庁)長官を務めるサマンサからの投稿。米国の海外援助を司る長として、独裁主義に対抗し民主主義振興に資する策としての援助策の在り方を論じる。
(3)
「技術革新力 ~ 新技術が地政学上の戦いを制する理由~」
(Innovation Power ~Why Technology Will Define the Future of Geopolitics~)
著者:エリック・シュミット
筆者は元グーグルCEO(及び持ち株会社アルファベット社元会長)として著名で、シュミットはAI普及を後押しする非営利団体CSCSP(the Special Competitive Studies Project)会長を務める。 彼は、技術革新が地政学上の闘争を制するとの見解を展開する。
(4)「ロボットより人手を重視する策の提言 ~国際経済には自動化より移民流入が必要だ~」
(People Over Robots ~The Global Economy Needs Immigration Before Automation~)
著者:ラント・プリチェット
ユニークな論稿だ。今後25年内に人的労働力の40%はAIを含む自動化によりマシンに代替されるとの予測も取り沙汰される中、筆者は、移民を含む世界の人流の緩和を重視し、機械より人的労働力活用を強く訴える(特に、運転手、介護分野)。近来の人手不足は著しく、米国長距離トラック運転手を例に取った話は説得力ある。同業業界は一昨年時点で8万人人手が不足し、今後の需要を満たすには10年で100万人の新規運転手採用が必要と云われる。内外賃金を比較すると、米国の同運転手時給賃金の中央値が23ドルに対し、発展途上国の同職の時給は僅か4ドル。従い、これらの途上国から運転手を移民として受け入れる策こそが、国際的貧困解決策になると共に米国の物価鎮静下に資すると主張する。彼は更に、自動運転化を筆頭とする各種の省力的技術革新とは、アマゾンのジェフ・ベゾスが自己企業経営上の都合(宅配配送費を引き下げて業績向上を図る)を優先させ、本来世界的に豊富な資源である、人的労働力を捨て置いた儘、自動運転技術の研究開発に人材と資金を投入する諸行こそが、本来不必要な分野に資源を投入する浪費であると手厳しい。彼曰く、自動化とは「必須でも強制でもなく、飽くまで“選択”の問題なのだ」と。「自動運転の実現よりも、100万人の生身の人間が運転手として職を得て幸福に生きる事に価値あり」とする見解は、一面、真実を突いている。
翻り、日本に於いても、運転手、介護人材等サービス業、及び製造業における労働力不足は、米国同様避け難い問題である。本邦社会の在り方を考える上で一考すべき論稿だ。
(5)「中国の隠された技術革新 ~北京政府が米国優位性を脅かす~」
(China’s Hidden Tech Revolution ~How Beijing Threatens U.S.Dominance~)
著者:ダン・ワン
中国による著しい産業技術の向上を図るバロメーターとして平易な事例が著者から示される。即ち、同国が受託生産するiPhone(アイフォン)は、開始当初の2007年には、同携帯の付加価値総額の内、中国の製造が寄与したのは僅か4%に過ぎなかった。その比率が、最新型iPhoneに於いては、既に25%迄増加した。
中国による産業スパイやパテント盗用に対し専ら注目が集まり勝ちな中、筆者の着眼するのは、同国が得意とする、巨大な質の高い労働力に裏付けれらた、産業に於ける物造りの底力自体が向上した点である。従い、昨年来、バイデン政権が導入した複数の法的諸措置により、最先端半導体の対中禁輸や、米国内での半導体、再生可能エネルギー関連の技術開発投資を促した丈では不十分だと論じる。即ち、米国も「革新的技術を、高品質で効率的は大量生産へ結びつける」産業基盤の整備が欠かせない、とする的を射た主張だ。
(6)「露西亜が過った理由 ~モスクワ政府はウクライナ戦争の失敗から学べるか~」
(What Russia Got Wrong ~Can Moscow Learn From Its Failures in Ukraine?~)
著者:ダラ・マシコット
本稿は、露西亜の政治体制や外交政策領域を離れ、純粋に同国戦争遂行に於ける軍事戦略上の良し悪しを検証する論稿だ。著者は元国防省の露西亜軍事アナリスト(現在ランドコーポレーション上級研究員)。
(7)「無際限と称する中露友好協定に存在する諸限界 ~中露分断は無理としても、両者結託を阻止する余地を探る策~」
(The Limits of the No-Limits Partnership ~China and Russia Can’t Be Split, but They Can Be Thwarted~)
著者:パトリシア・M.キム
残忍なウクライナ侵攻を已(や)めない露西亜と同国支援を続ける中国は、良識ある人々からすれば、唾棄すべき悪党国同士の結託と映る。思い起こせば、2022年2月北京オリンピック開会式にプーチン大統領が招かれ、その後の習主席との会談後の共同声明に於いて「中露協力関係は従前より遥かに強固にして両国の友誼は無際限」である旨が謳われた。この時、両者は既にウクライナ侵攻計画を共有し、習が暗黙の了解を与えたのは疑いない(その20日後に露西亜が侵攻)。更に、侵攻2週間前には、中国は1,200億ドル規模の石油とガス輸入契約を露西亜と締結し、従前より露西亜に課していた小麦輸入禁止制裁を解除したのは周到な下準備だ。その後、中国は独逸(ドイツ)に代わり露西亜産エネルギーの最大輸入国に躍進するに至る。
斯かる状況に於いて、筆者は両国の協力関係を飽くまで冷静に分析する。その結果、上述の共同声明や経済関係深化の実績とは裏腹に「両国の協調には明らかに複数の限界が存在」する点が示される。例えば、この協調が共同軍事行動に展開する可能性が低い理由に、全く異質な文化を持ち、両国民間に密なる交流を欠く両国に於いて、双方市民が相手の為に戦って血を流す土壌が抑々(そもそも)存在しない点を挙げる。又、政治上の意図から、露西亜にとってのウクライナ戦争、及び中国にとっての台湾紛争に於いて、共に相手側が加勢に参戦する事態を望まないのだ。元来、両国は2,600マイルに亘り国境を接し、お互いが手強い隣人だ。又、国際経済圏との繋がりを保ちたい中国は、ウクライナ戦争に対し、一定の距離を取り続けている事実が在る。即ち、武器の非供与、及び核使用の脅威への反対表明だ(後者は、独逸や米国の元首から習への根回しが奏功した面を持つ)。
これらを踏まえ米国が取るべき方策として、露西亜には手の施しようがないとは云え、国際社会と隔絶出来ない事情を持つ中国に対して、現実的な交渉と働きかけを通じ「両国の協調を弱め、破壊的事態の回避を図る」事が可能だと提唱する。
又、両国が手を結ぶ背景の本質が、欧米の価値観を中心とする現存世界秩序に対する嫌悪を世界各地で煽るのが狙いである以上、これに真に対抗するには、西側陣営とそれ以外のグローバルサウスを含む諸国の橋渡しをせよとの提言だ。
尚、論稿中には、亜細亜内に脅威が高まる状況を踏まえ「日本が、反撃能力具備と、防衛費倍加、英国や豪州との前例なき安全保障深化等、歴史的転換を図った旨」が述べられる。筆者が何処迄(どこまで)我が国の政治実情に通じているかは不詳だ。然し、この「歴史的転換」が、実は国会でろくすっぽ議論なきまま、民意と説明を置き去りに、拙速に一人歩きした結果で在るにも拘わらず、一旦決まってしまえば、斯くして一億二千万人の総意として対外的に受け止められるのだ。これは、誠に片腹痛い話だが、本来あってはならぬ事態だ。WBC人気による上げ潮ムードを自身の支持率改善と勘違いし、“解散風”を目論む与党党首に、それに手を拱くだけの野党と物申さぬメディアで構成される我が国の民主主義は、極めて未熟で原始的と云わざるを得ないだろう。
(8)「英国の分裂 ~国家主義により英国が分断されるのか?~」
(Disunited Kingdom ~Will Nationalism Break Britain?~)
著者:フィンタン・オトゥール
英国は、ブリテン、スコットランド、ウェールズ、及び北アイルランドで構成される連邦国家だ。EU離脱後、坂を転げるように没落を辿る英国が行き着く先とは? 本邦からは同国内情が見えずらい中、著者が分析するのは、今般エリザベス女王の死去を機に更に事態は進行し、君主制形骸化と各連邦に於けるの国家主義台頭により、それぞれが独立化を目指す国家分断の危機だ。
(9)「実業界が気候変動を救う方法 ~グリーン自由貿易合意実現の検討~」
(How Commerce Can Save the Climate ~The Case for a Green Free Trade Agreement~)
著者:ゴードン・H.ハンソン、マシュー・J.スローター
迫り来る地球温暖化に対し、実業界の観点から、二人の経済学者、ハンソンとスローターが対策提言行う(それぞれハーバード大学ケネディースクール、ダートマス大学ビジネススクール教授)。その策は、環境対策関連の技術・商品・資本・知的労働力の国際取引を自由化する事だ。つまり、クリーン・エネルギー関連財に於いて、各国の思惑利害を捨て、関税等、互いの貿易障壁を撤廃、これらの国境を越えた自由な移動を通じ、同財製造費用逓減と開発促進により、国際的に同材普及を加速度的に増進可能とする(具体的には、太陽光パネル、風力発電関連の資材・サービス等、EV及び蓄電池から更には将来の新技術を含め、民間事業が市場拡大を遂げる事によって環境への貢献を期待)。
各国がそれぞれ得意分野に特化し互いに交易する事で、全体が潤うと云う、貿易理論の基礎たるリカードの「比較優位」が環境問題にも適合するとの両名主張は、これ迄の盲点を突くコロンブスの卵的着想で、説得性が在る。
好事例として彼らが引用するのが、IT業界の成功だ。始まりは1996年、WTOの下に関係26ケ国は“情報技術合意”(ITA:Information Technology Agreement)に調印し、関税障壁撤廃により国際分業を加速させ技術開発と製造費用削減が実現した。スマートフォンを例に取れば、米国企業が半導体設計、台湾がそれらを受託生産し、中国で組み立て完成させる事が可能となった。定量効果として、1996年から2022年の間、米国パソコン(PC)価格は97%もの減少が実現した(同期間の米国消費者物価は累積で79.5%上昇したにも拘わらず)。これによって同市場が急拡大した。其処でグリーン・テクノロジー分野に就いても、再度WTOの枠組みの下、貿易、投資、及び起業家や熟練労働者の国際移動の自由化により、同様の効果が期待出来ると提唱するものだ。
提言の背景には、地球温暖化を喰い止める為の目標値(気温上昇を摂氏1.5度以内)達成見込みが後退する中、尚も世界は炭素排出量削減に決め手を欠くと云う危機的状況が有る。即ち、理論的に最も有効とされる「炭素価格導入」の実現は難産で、著者の両名は同制度を米国に導入する目途に関し、既に匙(さじ)を投げてしまっている。即ち、論稿は「米国に於いて、意味を為す“炭素価格”を課すのは不可能だ」と述べる。その理由は政治的支援が得られないからだ。即ち「右派が“炭素価格”は新たな増税で馬鹿げた策として拒絶する一方、左派も又“炭素価格”は化石燃料の使用を暗黙に許容する制度だとの理由から反対する」と云う二進も三進も行かぬ膠着状態なのだ。斯かる状況下、炭素価格に代わり、打てる手段を提言する両教授の姿勢は理解出来る。然し、本論は少なくとも次の二つの問題を含んでいる。
先ず、同案の国際分業推進の策は、炭素価格と両立しない二者択一の策である。炭素価格導入は財の価格を上昇させ、市場普及化の足枷となる為、著者らは、当該環境諸財に対し炭素価格制度の除外を主張している。即ち、当論が、本来本命策と云われる「炭素価格」制度を棚上げし、国際的グリーン自由化を優先する提案である以上、この両案の得失比較検討なくして判断できぬ事案なのだ。
次に、彼らの提案は、企業経営に於いて、所与の環境下で利益極大化の最善策を探る、ビジネススクールの発想と価値観の延長上にある。我々の論じる環境問題は、云うまでも無く、地球規模の大問題で、一営利企業の経営問題とは異なる。地球を救う為の最善解は、文字通り最善解、唯一つのみが存在し、それを最短距離で実現してこそ効果がある。環境問題をスマートフォン普及と同列に論じる内容は、余りにも薔薇色に過ぎるし、且つ軽薄でもあり、譬(たと)えれば、“鶏刀を以って牛を割く”の如しだ。現実に、激甚化する、巨大ハリケーン、竜巻、山火事、及び海面上昇により、人命、森林、並びに住まいが刻々と失われる最中、両教授がドラムビートを打ち鳴らし、地球救済の為だと、環境関連の既存及び新規参入企業群を促し産業振興を訴える図は、恰も、今にも沈み行く豪華客船の船上で、構わず、どんちゃん騒ぎに興じる集団のようにも見える。
最高峰ビジネススクールは、世界の富裕層1%への道を目指す事業家達を世に送り出すのに寄与しよう。然し、同職に邁進する両教授陣よりも、訳者は環境活動家のグレタ嬢の方を遥かに尊敬する。彼女は、非力な高校生の時分から、学業をも放擲し、周囲の支援もなく、たった一人で、果たして何の効現れるかの目算も無いまま、来る日も来る日も、地球環境保全を訴えて議会での座り込みを続けた。殊(こと)、地球の行方を決する環境問題に就いては、彼女の如き一途な覚悟が必要だ。それは「負の遺産を次世代に残さない」との思いに尽きる。
翻り、では一体、日本は何が出来るだろうか。古来「立つ鳥跡を濁さず」の意識が我が国に存在した。それは、人類の胎児段階には今も、猿から進化したなごりの尾尻(尾骨)が存在するが如く、日本人であれば、誰も皆深い太古の記憶として残っている筈だ。これは、先のサッカーワールドカップに於いては、邦人の後片付け文化として発露し、世界から賞賛された。この意識を取り戻す事が、我が国に於いては第一歩だ。
「全てに勝る、最優先課題は地球温暖化阻止」たる点は、遅蒔き乍らも漸く、世界が頭の中では理解するに至った。今こそ、日本国民各位が古来精神を呼び覚まし、グレタ嬢と同じ意気地を以って、多少不便を堪(こら)えても、次世代への影響を配慮し、環境負荷軽減を最優先する行動を取り、「第一等の環境国家」として世界に範を示す時だ。一方、残念乍ら現状はと云えば、古来の日本人文化からは度外れたものだ。現行の本邦原子力政策にしても、核のゴミ処理が定まらぬまま、野放図に電力を原発へ依存しようとする図は、恰も、汲み取りサービスのない汲み取り式便所を、後先憂慮せず使い続け、やがて家じゅう糞まみれになる時はまだ少し先とばかりに、尚も日々糞便を蓄積する一家に等しい。原発は即廃止、乃至は最低具体的廃絶時期を設定すべきだ。どんなに深く埋めても、地球の地殻変動で表層に露出する可能性は十分ある。SF作家、星新一の「おーい、でてこーい」の世界に我々は既に踏み込んでいる。グレタ嬢を見習い、先ずは、日本国として環境問題への取り組みの手本を示すべきだ。
(10)
「亜細亜が行くべき第三の道 ~大国間の狭間にASEANが生き残り繁栄した理由~」
(Asia’s Third Way ~How ASEAN Survives―and Thrives―Amid Great-Power Competition~)
著者:キショール・マブバニ
著者はシンガポール出身で、同国国連大使としても通算10年以上勤務経験を持つ。大国間の板挟みに置かれ乍ら、第二次世界大戦後の米ソ間冷戦及び、ソ連崩壊後に次第に先鋭化した米中対立の狭間を逞しく生き延びた実績に裏打ちされる、強(したた)かなASEAN戦略は確かに賞賛に値する。彼は、同地域を代表し自身の経験も踏まえ、ASEAN式戦略が今日のグローバル化した世界にも有用であると唱える。即ち、米国が取り得る策は二つで、中国式の「実践主義的」対処をするか、従来の「ゼロサム式条件」を迫るかであり、彼の主張は、米国がこれ迄起用してきた後者方式はグローバルサウスを含む諸国を離反させる危険を孕む故、前者を見習うべきとする。その上で、更に次の三つのルールを米国に提言する。先ず、諸国に対し米中間の二者択一を迫る莫れ。そして、相手に対し国内政体を問う莫れ。最後に、気候変動等の世界共通問題に就いては、相手を選ばず協調せよ、との見解は傾聴に値する。
発足当時、僅か日本のGDPの僅か1/8相当に過ぎなかったASEAN経済規模は、今や3兆ドルと日本の5兆ドルへ肉薄(2021年)し、更に2030年に日本を越えると云われる。圏内人口規模たるや、今や6億8千万人と中国の14億人に比しても存在感を持つ。日の出(いずる)AESANと、片や日の沈む国、日本と云う印象が残念乍ら拭えない。処(ところ)で、著者のマブバニは御年78歳だ。日本の未来ある成長軌道に就き、骨のある提言を行う日本人よ出でよ、と思わずには居られない。シニアでも、壮年でも、若者層からでも良いから世界に物申す人材の出現が心待ちされる昨今だ。
(11)「イラン核合意の後に。~代替案プランBによるイスラム共和国封じ込めの策~」
(After the Iran Deal ~A Plan B to Contain the Islamic Republic~)
著者:スザンナ・マロニー
今月3月10日、中国の仲介によりイランとサウジアラビアとの国交回復を表明したニュースは世界に衝撃を与えた。本来、米国は、イランが湾岸諸国と対立する危機を懸念し、その回避を望みながら手詰り状態にある中、中国に意表を突かれ、先を越された格好だ。
扨て、当稿はイラン核合意(JCPOA)に代わる対イラン政策の提言だ。同核合意は2015年のオバマ政権下、米国、中国、仏国、独逸、及び露西亜の五カ国が協調し、イランとの交渉に当たり苦労の末成就を見たものの、2018年にトランプ大統領が一方的に同スキームから米国離を宣言し空中分解した。バイデン大統領は就任後、同合意復活を目標に掲げている。然し、筆者の見立ては、最早同路線回復は不可能で、それに代わる現実的道筋の模索提言を行うものだ。
「誰だって皆、完璧なプランを用意しているさ。相手から強烈なパンチを顔面に喰らう、その直前まではな」とはマイク・タイソンの名言だ(その野獣性で一世を風靡した、元ヘビー級チャンピオンボクサー)。筆者は、これに譬えつつ、嘗て周到に計画されたイラン核合意へ復帰する道は、露西亜によるウクライナ侵攻(2022年2月)、同戦争でのイランからの対露ドローン供与支援(同8月)、そして女性弾圧に端を発したイラン自身での国内抗議デモ発生(同9月)と、次々連打を被り、完全ノックアウトで葬られたと表現する。
筆者の代替策プランBは、諸種複合策だ。つまり、米国は仏、独、英を中心に協議し、イランがこれ核開発に踏み込めば「同核施設を攻撃破壊する」とのレッドラインを敷いた上で、更に、現状、先の合意(PCPOA)後に対イラン国連諸制裁が解除された儘状況下に於いては、同制裁条項の即時復刻(スナップ・バック)規定の取極め準備を進め、且つ、露西亜は捨て置くとして中国との連携を模索しつつ、加えて、イラン国内の反政府抗議運動を間接支援する等の諸策だ。これら諸提言は、聊(いささ)か総花的で、云うは易く道のりは険しいとの印象を、恐らく読者は免れ得ぬだろう。究極には、イランの将来はイラン自国民によって定まる。1978年のイラン革命によるパーレヴィ―王朝転覆で親西欧政権は崩壊し、同国がイスラム復古主義を標榜し45年間が経過、何時しか再び歴史の舞台は回転し民主主義化へと脱皮するのだろうか?思わず自問を禁じ得ない一編である。
以上が当月号掲載論文概要だ。詳細は、原典論稿参照されたい。ブログでは弊訳を幾編か収録するので合わせご参照下さい。
【*後注1】日銀黒田総裁の正式退任は4月8日付。 (4月7日訳者付記、訂正)
(当月号掲載論文一覧)
(1)
The Reckoning That Wasn’t ~Why America Remains Trapped by False Dreams of Hegemony~
By Andrew J.Bacevich
(2)
How Democracy Can Win ~The Right Way to Counter Autocracy~
By Samantha Power
(3)
Inovation Power ~Why Technology Will Define the Future of Geopolitics
By Eric Schidt
(4)
People Over Robots ~The Global Economy Needs Immigration Before Automation~
By Lant Pritchett
(5)
China’s Hidden Tech Revolution ~How Beijing Threatens U.S.Dominance~
By Dan Wang
(6)
What Russia Got Wrong ~Can Moscow Learn From Its Failures in Ukraine?
By Dara Mssicot
(7)
The Limits of the No-Limits Partnership ~China and Russia Can’t Be Split, but They Can Be Thwarted~
By Patricia M.Kim
(8)
Disunited Kingdom ~Will Nationalism Break Britain?~
By Fintan O’Toole
(9)
How Commerce Can Save the climate ~The Case for a Green Free Trade Agreement~
By Gordon H. Hanson and Matthew J. Slaughter
(10)
Asia’s Third Way ~How ASEAN Survives―and Thrives―Amid Great-Power Competition~
By Kishore Mahbubani
(11)
After the Iran Deal ~A Plan B to C Contain the Islamic Republic~
By Suzanne Maloney
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