当月当誌は「世界は大国倶楽部に支配されるのか?」との視点から考察し、論稿2編、『大国間競争の勃興と衰退の考察 ~トランプ政権が醸し出す新世界~』、及び『大国間外交の復活 ~戦略的取引で米国は強くなる~』を巻頭に収録。前者は、露西亜(ロシア)や中国との談合体制を志向する現トランプ政権は、19世紀「欧州(ヨーロッパ)協調」の行動(当時、英露普墺及び仏国で大陸を取り仕切った)に類似し、これら権力重視体制の末路は第一次大戦の如く悲劇に終わる危険を警告する、ステイシー・ゴダード(ウェズリー大学教授)の寄稿だ。
この見解に反し、後者の論は、1990年代米国一強時代の終焉後、中国や露西亜等の大陸規模競合国との競争時代に突入した今となっては、圧力と取引重視の戦略外交こそが米国に有効なのだ、とトランプ方式を肯定する(筆者ウエス・ミッチェルは、第一次トランプ政権の国務次官補)。
又、ロンドン大学フリードマン教授は『“終わらない戦争”の時代』と題し、一度(ひとたび)交戦の火蓋が切られると、“早期決着”の当初目論見は大概外れ、戦争長期化するのは歴史が証する処であり、ウクライナ戦争やガザ紛争に見る丈(だけ)に止まらず、中国侵攻による台湾有事にも当て嵌まると主張。これを踏まえ、戦争抑止は、相手に戦争の代償が高くつくと悟らせること、そして、戦争以外の手段による目的達成を徹底模索の末、戦争選択が不可避の場合にも、現実的な終戦シナリオと諸資源の物理的プールを備えた上で臨むべきである、との理想を説く。
又、露西亜と中国問題に関し、それぞれ専門家達が寄稿。
「露西亜の現状は大きく変化しない」との冷徹な見通しを前提に、寧ろ、中長期的に“プーチン後の露西亜”を睨んで対策せよとの現実路線の提言は、アレクサンダー・ガブエフ(カーネギー財団)による『プーチンが造った露西亜』だ。即ち、彼の主張は、プーチンの露西亜は内部崩壊の可能性が低く、同国の対中国接近も進行こそすれ逆回転は望めず、トランプによる仲介や、露西亜と西欧諸国との間に当面妥協も和解も成立しない。斯かる環境下、筆者の具体的献策とは、やがて来るべき“プーチン後”政権を視野に入れ、同国に門戸を完全に閉ざすことなく、緩慢な変化を待てとの献策だ。(譬え、後続政権がプーチンの身内から出るにせよ、同国内の現実派エリート達や一般市民達と国外との接点が保たれれば、やがて彼らの覚醒がクレムリン政府と国民の離反を促す)。同策により筆者が最終的に描く欧州と露西亜の将来図は、嘗ての冷戦時代の米ソの如く、軍拡と相互軍縮交渉を繰り返しつつ冷たく醒めた関係を維持することだ。
一方、中国問題に関し、米国内強硬派と擁護派を対比し掲載。それぞれ『中国を見縊ってはならない ~北京の飽くなき冒険主義に抗するには、同盟諸国と合力し規模の優位を保て~』(カート・キャンベル、前バイデン政権の国務副長官)と『中国の昔と未来 ~北京の将来の姿を予想する~』(ラナ・ミッター、ハーバード・ケネディー・スクール教授)の2編だ。
前者は中国の脅威が“過少評価”されている点を警告。即ち、抑々(そもそも)、同国GDP規模は、購買力平価に基づく為替で換算した場合、既に「10年前に米国を抜き、今日既に米国を25%上回る」との指摘は留意に値しよう。又、米国ハイテク産業の優位を過信する見解を否定し、“大規模による量は品質をも凌駕する”中国式の大量生産能力の重大性を強調。従い、中国に対抗するには、米国が諸同盟国と一致協力して「防衛力を相互にプール」する方式を提言する論だ。
一方、後者は、歴史的に中国は変革を続け、常に次の20年すら見通し困難とした上で、今後、中国が独裁国家乍らも穏健化する可能性を指摘、宥和的な中国と米国や西欧諸国が共存する将来像も見据える必要があると主張する。
当月、特に注目すべき論稿は、ナイリィー・ウッズ(オックスフォード大学教授)からの寄稿、『米国抜きの秩序を作ろう ~国際秩序が敵対的ワシントンに潰されない為の知恵~』と、経済学者ジェニファー・ハリスによる『“新自由主義”信奉からの脱却』の2編だ。前者は、表題に見る通り、トランプ流無茶な外交政策に対抗し、米国抜きの陣営で、別途、真っ当な秩序を構築しよう、との提言だ。日本国も、例えば、国際開発協会(IDA:世銀傘下の途上国プロジェクト支援組織)に屈指の影響を有する事実(我が国は現在米国に僅差で次ぐ世界第2位の大口出資国、その米国は退会検討中)に鑑みれば、同教授から誘いを待つ迄もなく、国際社会に応分の影響を振るうべく、日本国独自の行動として何が出来るかを真剣に考察すべき時だろう。
後者『“新自由主義”信奉からの脱却』は、長年米国政権が実践した“新自由主義(ネオ・リベラリズム)”が行き詰まる今、新たな経済ステージとして“ポスト自由主義”への移行を提言する。当月、最も俊逸な論稿にして、我が国の将来を研究する上でも参考になると思われるので、以下に内容簡単に紹介しよう。
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(内容要約)『“新自由主義”信奉からの脱却 ~次なる経済飛翔へ向け生みの苦しみを超えよ~』(ジェニファー・ハリス著)
- 1982年のレーガン政権登場に伴い推進された「新自由主義(ネオ・リベラリズム)」は、30年間に亘り、その後の各政権が踏襲。然し2015年以降、気づけば「経済を市場に委ねる」同主義は深刻な副作用を発出した。つまり、金融部門肥大と製造業衰退、その結果、経済格差は拡大し、今や上位富裕層0.1%の人口が米国の富の15%所有(倍増)、上位1%で30%を支配する状況が出現。
- その悲惨な現況を筆者は象徴的事例で強調する。飛ぶ鳥を落とす勢いのアマゾン社(AMAZON)は米国で150万人の雇用を抱えるが、その殆どはソフト開発でもクラウドビジネスでもなく、全国の在庫配送センターに従事する労働者達だ。その配送センターで目下彼らが、当たる業務とは、大量に荷揃いされた、(中毒性で問題視されている)鎮痛剤の自動販売機を全国に出荷する作業である。斯くして、全米に薬物依存症は拡散される。
- 更に、野菜配送企業のインスタカート社(Instacart)は、今般、全国の青果店向けにAIが野菜の小売価格を自動設定するサービス提供を発表。つまり、AIが膨大な情報を分析し消費者予算を割り出し青果店に助言、これは消費者の立場から見れば、圧倒的処理能力を持つアルゴリズムによって、価格選択権は奪われ自由な購買機会が制限される。
- これら事例の如く、何れも健全な経済成長を明らかに阻害する恐れがある場合、自由放任に委ねるのではなく、これら不均衡を政策で踏み込んで正すべし、と云うのが、筆者が訴える、所謂「ポスト新自由主義」の根幹だ。
- 米国政治理念のこれ迄の推移を筆者は次の如くおさらいする。即ち、大恐慌の1930年代から第二次大戦の1940年代は政府主導のケインズ主義で乗り切るが、その後1970年代にはスタグフレーションに見舞われる中、1982年、レーガン政権が“市場重視型”の政策を掲げ、ここに「新自由主義」が登場した。その後、2015年迄約30年間に亘り、共和か民主に拘わらず、何れの政権に於いてもこの思想は底流に存在し続けた。その成果としては、スタグフレーションは退治され、GDPに占める上場企業貢献はその間で35%から95%へ上昇し成長を手助けしたのだった。
- 然し、反面、そこに撒かれた問題の種がこの10年間に発芽、今や国際化の弊害、製造業劣化、不平等、失業、金融市場の乱高下、更に無策の内に地政学上には競合諸国家の登場を許し、「新自由主義」が齎(もたら)した負の局面は誰の目にも明らかとなった訳だ。
- 必然的に、これらへの修正が各政権下で実施された。つまり、一次トランプ政権による労働者支援と関税強化策。次のバイデン政権は、労組重視の立場と中国向け高関税を維持し、更に新産業諸政策を導入。そして第二次トランプ政権では更なる関税強化策、独禁法強化、及び労組へ一層の肩入れが顕著化した。これら一連の流れは、「新自由主義」の終焉と、これに代わるべき、所謂「ポスト・新自由主義」の到来を告げるかに見える。
- 斯かる状況下、筆者が問題提起するのは、「ポスト新自由主義」の輪郭が必ずしも明確ではないという点だ。バイデン政権は同主義を掲げながら中途半端に頓挫し、現トランプ政権の要(かなめ)の理念は、ポスト新自由主義とは真逆の「減税と歳出削減のセット」と云う、嘗て“新自由主義”を引っ提げて登場した古いレーガン政策をそのまま踏襲するものだ。
- 筆者が提唱する「ポスト新自由主義」は、政府関与を最小に限る点で新自由主義を踏襲しつつも、後者が政府の役割を「“パイのサイズ”(経済成長規模)と“その切り分け”(国民への成果分配)決定」に限定するのに対し、「ポスト新自由主義」は、その“切り分けるパイ”の“質と内容”迄も政府が問うて関与すべきである、と云う点が眼目だ。
- その実行に当たり不可欠なのは「各分野の不均衡調整」と「必要な基盤構築」を二本柱とし長期的視野を以って推進する能力だ。具体的には、富の偏在や巨大企業と中小企業の不均衡等を調整し、且つクリーンエネルギー推進、安価良質住宅の供給、及び製造業や先進コンピューター技術分野等、効率的に賢明な公共投資を実施し、これらインフラ構築することである。
- 実行に於いて、その拠り所になる精神が「新中心主義(A New Centrism)」で、分権一辺倒で専ら各州に権限移譲するのでなく、最低限重要事案を政府が州や党派の枠を越え関与調整すべきとする思想だ。換言すれば、「“自由主義”と“共和主義”との葛藤と衝突の程よい加減を探る」作業とも云えるが、筆者は「本来両者は衝突するものではなく、歴史上も相互比率は変ずれども、両者確かに共存し得た」と主張し、マイケル・サンデル教授(ハーバード大学哲学)が嘗て唱えた「”大儀を重じる”心意気」(a public life for larger meaning)を各自備えることが重要と指摘する。
尚、筆者は先のバイデン政権で特別補佐官として正に「ポスト新自由主義」の観点から諸政策の立案・推進を担当した立場に居り、その功罪を自ら評した当論は説得力がある。本論の提言内容を実践する道は、無論、至難である。それでも、過去を振り返り、分析し、思想に基き、あるべき政策を提唱、そして皆で議論すると云うこの当たり前のプロセスを正々堂々行おうとする当稿は賛辞に値しよう(バイデン政権下の「ポスト新自由主義」政策の失敗に就いては、前月号に民主党系ハーバード大学教授ジェイソン・ファーマンが『ポスト新自由主義者達が抱いた幻影』で批判展開し、議論の口火が切られた。当ブログでも内容紹介済)。
翻って、我が国現状を見るに、安倍第二次政権以降の12年間強を、丹念に検証し政策修正提言する行動が見られぬ儘、その日暮らしで進んで行く姿は、そら恐ろしく、そして、お寒い限りである。
(要約了)
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当月号、この他には、米国防衛方針に関する献策2編と、最後に中東事案1篇を掲載。前者は、現状分析の結果、中国の差し迫る脅威の中、米国防上の諸欠点に鑑み、速やかな防衛力補強に対する具体提言(『民主主義下に空洞化する防衛体制 ~新しい防衛産業基盤を築く方法~』)と、もう一編は、今日、亜細亜に於ける中国の脅威に米国が抗するには、米ソ冷戦時に抑止効果発揮した策を倣い、往年の核脅威を今般の通常兵力版に置き換えた“通常兵器による三つ揃え戦略(潜水艦、移動式車両、及び爆撃機)”を提唱。(『通常兵器による先制攻撃を被る危機が増大している ~劣化しつつある抑止力回復の為の“新三つ揃え戦略”提言~』)。
巻末の中東政策提言は、元バイデン政権陣営からの寄稿で、今般中東域内のイラン勢力弱体化(同国内産業設備がイスラエル攻撃により損耗、親イランのシリア・アサド政権崩壊)を踏まえ、米国は武力による圧力を維持しつつ、中東諸国を巻き込んだ外交手腕をない交ぜ、永続的秩序回復へ主導力を発揮すべきと論ずる(トランプの武力一辺倒による最大圧力方式を批判)。
以上、当月は11篇を収録。論稿明細は下記の通り。興味深い論は逐次内容を別途翻訳紹介していく予定です。
<当月号 掲載論稿一覧>
1)『大国間競争の勃興と衰退の考察 ~トランプ政権が醸し出す新世界~』
著者:ステイシー・E. ゴダード(ウェズリー大学、政治科学教授)
(The Rise and Fall of Great-Power Competition ~ Trump’s New Spheres of Influence~, By STACIE E. GODDARD, P8-23)
2)『大国間外交の復活 ~戦略的取引で米国は強くなる~』
著者: A.ウエス・ミッチェル(2017-19年、米国国務次官補勤務。外交コンサル企業マラソン・イニシアチブ社共同経営者)
(The Return of Great-Power Diplomacy ~How Strategic Dealmaking Can Fortify American Power~, By A.WESS MICHELL, P24-39)
3)『米国抜きの秩序を作ろう~国際秩序が敵対的ワシントンに潰されない為の知恵~』
著者:ナイリィー・ウッズ (オックスフォード大学国際経済学教授、兼同行政大学院教授)
(Order Without America ~How the International System Can Survive a Hostile Washington ~, By NGAIRE WOODS, P82-93)
4)『“新自由主義”信奉からの脱却 ~次なる経済飛翔へ向け生みの苦しみを超えよ~』
著者:ジェニファー・M.ハリス (経済学者、バイデン政権下、大統領経済担当特別補佐官)
(The Post-Neoliberal Imperative ~Contesting the Next Economic Paradigm~, By JENNIFER M. HSRRIS, P94-107)
5)『終わらない戦争の時代 ~軍事戦略で最早勝利は得られない~』
著者: ローレンス・D.フリードマン(ロンドン大学キングス・カレッジ、戦争学科教授)
(The Age of Forever Wars ~Why Military Strategy No Longer Delivers Victory~, By LAERENCE D. FREEDMAN, P108-121)
6)『プーチンが造った露西亜(ロシア)~現実的で醒めた共存へ向かうモスクワと西側諸国~』
著者:アレクサンダー・ガブエフ(カーネギー財団、露西亜・ユーラシアセンター所長)
(The Russia That Putin Made ~Moscow, the West, and Coexistence Without Illusion~ By ALEXANDER GABUEV, P40-51)
7)『中国を見縊ってはならない ~北京の飽くなき冒険主義に抗するには、同盟諸国と合力し規模の優位を保て~』
著者:カート・M.キャンベル、他共著(バイデン政権下に国務副長官、及び国家安全保障会議印度太平洋担当官勤務)
(Underestimating China ~Why America needs a New Strategy of Allied Scale to Offset Beijing’s Enduring Advantages~, By FURRT M.CAMBELL, 他、P66-81)
8)『中国の昔と未来 ~北京の将来の姿を予想する~』
著者: ラナ・ミッター(ハーバード・ケネディー・スクール教授/米-亜細亜関係)
(The Once and Future China ~How Will Change Come to Beijing?~, By RANA MITTER, P52-65)
9)『民主主義下に空洞化する防衛体制 ~新しい防衛産業基盤を築く方法~』
著者: マイケル・ブラウン(2018-22年、米国国防省防衛開発部長勤務。現ベンチャー企業のシールド・キャピタル社共同経営者)
(The Empty Arsenal of Democracy ~How America Can Build a New Defense Industrial Base~, BY MICHEL BROWN, P136-148)
10)『通常兵器による先制攻撃を被る危機が増大している ~劣化しつつある抑止力回復の為の“新三つ揃え戦略”提言~』
著者:アンドリュー・S.リム、他共著(現、米国国防次官事務所付 海外関係専門家)
(The Conventional Balance of Terror ~America needs a New Triad to Restore Its Eroding Deterrence~, By ANDREW S.LIM、他、P122-135)
11)『新中東秩序回復の道のりは険しい ~永続的にイランを封じ込める中東域内秩序の提言 ~』
著者:ダナ・ストロール (2021-24年、国防次官補佐官勤務/中東担当。現、シンクタンク・ワシントン研究所調査部長)
(The Narrow Path to a New Middle East ~A Regional Order to Contain Iran for Good~, By DANA STROUL, P149-159)
文責:日向陸生
*尚、当ブログ翻訳文章は生成AI機能一切不使用です。
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