<人類を脅かす脅威について>
当月、同誌は人類への大きな脅威に関する論稿2篇を含む。即ち、地球にとり最優先課題である気候変動問題に就いて一篇、そして、生物兵器の恐怖を指摘する一篇だ。前者は『非化石燃料推進版マーシャルプラン』と題する論。米国主導による脱炭素化を民主主義諸国が連携し(共産主義国-中国の排除を前提)推進することを通じ、米国々民、価値観を共有する諸国、及び国際秩序の維持、と云う三方面にとり「全て良し」の状況実現が可能とする提言だ。嘗て第二次戦後に米国主導により、欧州復興と自国繁栄に成功したマーシャルプランに倣い二匹目の“どじょう”を狙うものだが、議論を要する提案だ。
後者の『進化する生物兵器』は、読み物として当月諸論稿中最も面白い。先のコロナウイルスは、その感染範囲が南極測候所からアマゾン奥地の部族迄、瞬く間に遍く及び、又その伝播は全米で4人の内3人が罹患した。然し、その衝撃が既に一般人の記憶から薄れつつある中、昨今のAI発達と培養器具普及とにより、殺傷性の強い人工的病原菌の入手が容易であることは、謂わば「スーパーマーケットで水爆が容易に購入できる」状態に近いのだと、専門家たる筆者は、現状に警鐘を鳴らす。一方、その対応策に特効薬はなく極めて地道な対策とならざるを得ぬのが実情らしい。
<米国の国力衰退への懸念>
次いで、米国の国力向上に関する提言が3篇。先ず『領域が肥大化した米国安全保障課題の見直しと優先付けが必要だ』と題する論は、表題通り、同国の安全保障課題が、1970年代石油危機のエネルギー問題を皮切りに、テロ対策、気候変動、希少資源、そして更にはAIと取捨選択なき儘に、網羅領域の際限ない増殖を許して来た事実を指摘する。限りある国家資源で有効な対策を打つには、選択と集中が必要とする、至極妥当な大人の具体提言であり、評価できる。翻って我が国に目を向ければ、決して他所事(よそごと)ではなく、根本諸問題には目を背け漫然とピント外れの政策課題を羅列する現行政治姿勢こそメスが入れられるべきだろう。
もう一篇は、『崩れつつある米国の基礎研究基盤』と題し、同国教育知識の衰退を危惧する論だ。「基礎研究力」は国力向上の源で、生徒の学力水準国際比較はそれを示すバロメーターとなる(数学と科学が対象科目)。論稿に掲載、紹介する国別学力順位表(P142)が全てを物語る。つまり、米国はなんと世界第34位に沈む現実に筆者は警鐘を鳴らす(2022年調査)。
国家権力の源泉は歴史と共に変遷を辿る(即ち、人口と領土を誇った植民地時代から、それらは海軍力、石油等資源、そして経済力、更には核戦力へと推移)。然し、今や、AIに代表される如く「知識と技術」の無形資産が威力を発揮する時代となったのだ。それ故に基礎研究投資と優秀人材が一層求められる訳だ。
加えて、これら開発には、Meta社等民間ハイテク企業や小規模スタートアップ会社の役割が重要化した点が大きな変化である(嘗ては、巨大軍需コングロマリット産業が役割を担ったが)。
他方、最先端技術開発を米国巨大ハイテク企業が実質的に独占することへの懸念として、筆者が引用する最新鋭半導体チップ(NVIDIA社製)の調達実態は看過できない話だ。即ち、先端技術研究を看板に掲げるジョージ・ワシントン大学は、同型半導体の購入に、巨費9百万ドルを投じ、ようやっと300個購入するのが精々である。処が、Meta社は、これらを今年易々(やすやす)と35万個調達する計画(費用100億ドル)と云われる。AI開発がイーロン・マスクの如き、徳性を伴わぬ男に牛耳られた場合の世界を想像し背筋が寒くなるのは訳者ばかりではあるまい。
因みに、上述、国別学力順位の1位から6位は、シンガポール、澳門(マカオ)、台湾、香港、日本、韓国の順だ。世界第5番目という上位に位置する日本と、その割に、米国の活力に比べて現在我が国が直面する経済の長期凋落ぶりに就いては、その理由と挽回策に関し尽きぬ考察を提供している。
三つ目は、『近未来戦争の備えに後れをとった米国』と題する論稿。ウクライナ・露西亜(ロシア)戦争では、現にAIと大量のドローンが実戦投入され戦闘進行中だ。更に、中国は傾斜生産によりAI及びドローンを始めとする小型ロボットの大量生産体制に利がある。つまり、近代戦争では、従来の大型戦艦やF35戦闘機等の高額の重厚兵器を、軽小・安価なAIやドローンを以って撃破すると云う、非対称性を狙った戦いが重要になる。この流れに米国は乗り遅れ、備えがない点を筆者は懸念し、対策として国防の方針転換を提言する。
<中国への対応策>
一方、当月、中国関連の論稿2篇は、相互対照的で興味深い。即ち、同国の不当廉売が国際市場を席巻する問題に関し、片や、飽くまで中国を貿易サークルの一員に迎え是正を促す宥和的策(『中国経済危機の真相』)と、これに反し、民主主義諸国が団結し、中国を分離・排除することで国益が守られるとする強硬策(『次なる中国ショックを回避する為に』)とが、それぞれ提起される。提言内容に就いては、後者の筆者、フリードバーグに分があると見える。
但し、彼の論稿は日本経済に関し致命的な記述誤りを含む(*以下注 参照)。
*注)即ち、「米国が1985年に対日貿易赤字解消の為に、日本にデフレの罠を仕掛けた」事例を披露する箇所で、“米政府からの劇的な円切り上げ圧力を、日本政府が受諾した事が、同国資産バブルの引き金となり、やがて破裂するに至った”(同誌P183)と記述があるが、これは「円高が直接国内資産高騰を招いた」との筆者の飛躍甚だしい心得違いを暴露するものだ。専門家達からの然るべき指弾を期待したい。(念の為に、訳者が補足すれば、米国が実施したのは、国際収支改善の為の円安是正(円高)誘導圧力行使迄であり、それから後の、円高移行過程及び円高具現後に出現した不況、及びその対策に政府が講じた、内需拡大、金融長期緩和、土地・株式への過熱投資を放置し突っ走った、これら一連の諸策は偏(ひとえ)に日本政府自らの手落ちと識者達の不見識に由来した自滅であり、米国政府にとっては棚からぼたもちの類で、決して米国が意図的に策術を繰り手に入れた成果ではない)。
一方、前者論稿の筆者、劉宗媛は中国経済の病巣の根源を分析し鋭い。即ち、昨今の太陽光パネルや蓄電池の同国過剰生産体質は今に始まったものでない。1970年代鄧小平以来、同国が堅持する産業政策の賜物なのだ。即ち、中央政府が掲げる戦略商品増産の号令下、地方政府は各々功を競い、互いの連携が一切ない儘に、増産邁進に歯止めが効かないメカニズムが根底に在る。結果、先には鉄鋼の設備過剰を生じたと同様、今般、またぞろクリーンエネルギー関連の異常増産が繰り返される訳だ。更に憂慮すべきは、これらを可能とする仕組みが“不健全なファイナンス”で支えられている点だ。即ち、各地方政府は、特別投資目的会社を設立し、これらを通じた投資形態をとって債務を水面下に隠蔽する。その挙句、現在、同国地方政府の簿外債務は11兆ドルにも上り、その内、約一割近くは不良債権との衝撃の実態が報告される。
読者は、それにも拘わらず国家が破綻しないのは、中国マジックなのか、或いは、経済成長過程で国民分配を押さえ共産党がため込んだ貯蓄や途上国から取り付けた海外担保の貯えで、バランスシート上、まだ十分余力があるのか、或いは、早晩国家破綻の足音が近づきつつあるのか、専門家の見識を問いたい処だろう。
<米国政策論>
米国大統領選挙が11月に迫る中、政策論関連では、以下4篇を集録。
コンドリーザ・ライス元国務長官(オバマ政権下)は、『孤立主義の危険な選択』と題する論を寄稿し、第一次大戦以降、米国が世界の安定に寄与して来た経緯を回顧しつつ、時代が変じ、中国・露西亜への対応が難題な当世に於いても、国際的指導力発揮の必要性を説く。
又、ジェシカ・マシューズは『バイデン主義の本質』と題し、バイデン路線の功罪を検証。「覇権を追求せず国際的主導権を発揮した」として概ね肯定し評価する論だ。(一方、世界を民主主義と専制主義に単純二分した点、保護貿易に走った点、及びガザ問題でイスラエルを御し切れぬ点等に関しては批判)。
『ハミルトン主義への回帰』は、米国の在るべき外交基本姿勢に関する、著者(ウォルター・ラッセル・ミィード)の考察だ。彼の見立てでは、嘗て米国外交方針は民主党自由国際主義と共和党新保守主義との間に健全な議論と均衡があった。然し、ブッシュ大統領以降、オバマ、トランプ、バイデンの各政権交代のたびに、この25年間に外交政策は目まぐるしく変遷。9/11のテロを機に、愛国的ポピュリズム(ジャクソン主義)に振れ、イラク戦争の泥沼化を受け、今度は非介入主義(ジェファーソン孤立主義)化し、オバマ政権下は海外介入への弱腰を露呈し民主党内に自由国際主義は後退、次いで米国第一主義を掲げたトランプ政権登場により共和党内の新保守主義基盤が崩壊、そしてバイデンは前政権方針の修正に動くが、露西亜、中国、及び中東に地政学的競合が激化する新しい環境下に十分対応出来ずにいる。斯かる状況への処方箋として、筆者は「ハミルトン主義」への回帰を提唱。即ち、米国憲法の起草者で国家創立の父と呼ばれ、初代国務長官でもあったアレクサンダー・ハミルトン(1757-1804年)の思想を再評価し、同学派の唱える、愛国、経済繁栄、外交実態に即した実際主義の採用を主張する。
最後は、『同盟諸国とのトラブル解決法』と題する、リチャード・ハースの論稿だ。トランプ前政権は、同盟諸国との信頼関係を著しく損なった。ハースは、批判に止まらず更に踏み込み、米国が外交上、厄介な同盟諸国(目下、イスラエル、ウクライナ、及びサウジアラビア等)と付き合って行くための普遍的ルールブックを歴史から検証し抽出を試みる。彼が導いた結論は「先ず説得し、それでだめならインセンティブを提示し(制裁より効果的)、不可避な見解相違に直面した場合は相手の言い分と行動を黙認してやり、どうしても譲れぬ場合の最終手段は米国による単独行動を実施する」と云うものだ。
扨て、前月号では、同誌は何を思ったものか、トランプ応援ロビーへと露骨な傾注を見せた後、当月はバイデンを推す穏当な論調を主としバランスを取り戻そうとした体である。
以上、当月の論文集録数、総計11篇。興味深い論稿は、順次翻訳しお届けする予定です。
それにしても日本の政治が悪い。当のフォーリンアフェアーズ誌は、米国現地価格で一冊18ドルは已む無いとして、本邦店頭販売価格は遂に3500円を超えた。日銀及び政府が為替レートを異常円安に無為無策に放置する結果だ。このままでは、恐らく、訳者も含め、日本で同誌を購入する者は間もなく一人も居なくなるだろう。
先月は店頭から米が消えた。 与野党共、内輪の総裁・代表選挙戦で浮かれる最中、国民は明日食う米に窮した。故事に曰く、民の竈から立ち上る煙をみて施政すと。処が、農林水産大臣は備蓄米放出を拒絶、その後、稀に棚に並んだ米は前年比150%以上値が上がっていた。豊作に拘わらず、である。国営放送局はパンを食べ凌ごう、と阿諛追従したが、米は日本人の主食ではないか。インバウンドでコメ消費が増えたなど言い訳にならぬ。需給不足が見込まれたなら、米国カリフォルニア米を輸入し補えば済む話だ。
選挙区農村部は今年所得1.5倍増が約され大喝采だろうが、物価高に只でさえ窮する一般世帯は主食の米すら満足に口に入らぬのだ。備蓄米を堰き止めるなら、政治家達の中に自分の家の蔵を開き、米を民衆に配布した者はいただろうか。政治家の妻達に、にぎりめしの炊き出しを行った者はいただろうか。国費で上等な背広を着て、高級料飲店で喰い歩く彼等にとって、市井の米価など幾らになろうが関心ないのだ。
5kg入り都市部の米店頭価格は、先月品薄になる前は、国産1,800円、カリフォルニア米1,550円だった。10月になりスーパーに並ぶ新米は概ね3,000円。その中で、ひと際、高額な米袋(¥3,700)が目を惹いたので、どこの米かと産地を見れば、新総裁の産地米(鳥取)だったのは、悪い冗談かと、思わずこちらが頬をつねったくらいだ。
国民は仏様でもなければ盲目でもない。空腹や不平が高じれば方々で騒ぎを生じるだろう。いい加減、議員達は政治本道に覚醒し一大改心が求められる。
文責:日向陸生
*尚、当ブログ翻訳文章は生成AI機能一切不使用です。
【当月の同誌掲載論稿一覧】
1)『非化石燃料推進版“新マーシャルプラン”の提唱 ~米国の国際主導権を刷新しつつ気候変動へ対策する方法~』(The Case for a Clean Energy Marshall Plan ~How the Fight Against Climate Change~, P106-121)
著者:ブライアン・ディース (By BRIAN DEESE)
肩書:マサチューセッツ工科大学 開発研究員。元米国家経済会議議長(2021-2023年)
2)『近代生物兵器の恐怖 ~世界を混乱させる力を持つ最新合成生物学~』(The New Bioweapons ~How Synthetic Biology Could Destabilize the World~, P148-159)
著者:ロジャー・ブレント、ジェイソン・マッサニー、T.グレッグ・マッケルビーJr、共著。(By ROGER BRENT, T.GREG McKELVEY,Jr, JASON MATHENY)
肩書:前者はフレッド・ハッチンソン癌センター教授。後続の2名は何れもランド・コーポレーション(米政府系超党派シンクタンク)所属。マッサニーは同代表兼CEO、マッケルビーJrは研究員兼アドバイザー。
3)『領域が肥大化した米国安全保障課題の見直しと優先付けが必要だ ~あらゆる事案が国家安全保障に格上げされた異常な現状を打開する為の提言~』(How Everything Became National Security ~And National Security Became Everything~, P122-135)
著者: ダニエル・W. ドレンザー (By DANIEL W. DRENZER)
肩書:タフツ大学教授
4)『崩れつつある米国の基礎研究基盤 ~知識こそが国力なり。それを失いつつある米国の危機とその打開策~』(The Crumbling Foundations of American Strength ~Knowledge is Power――and the United States Is Losing it~, P136-147)
著者:エィミー・ゼガート (By AMY ZEGART)
肩書:フーバー研究所上級研究員、兼スタンフォード大学内、人類中心AI研究所上席研究員
5)『近未来戦争の備えに後れをとった米国 ~敵対諸勢力に先行を許した現状とその打開策~』(America Isn’t Ready for the Wars of the Future ~And They’re Already Here~, P26-37)
著者:マーク・A.ミリー、エリック・シュミット共著(By MARK A. MILLEY, ERIC SCHMIDT)
肩書:前者は、元米軍統合参謀本部議長(2019-23年)。現プリンストン大学非常勤教授、兼ジョージタウン大学特別研究員。
後者は、元グーグル社CEO、現在、特別競争力研究プロジェクト(SCSP:非営利団体)議長。
6)『中国経済危機の真相 ~破綻した経済モデルを止められない訳~』(China’s Real Economic Crisis ~Why Beijing Won’t Give Up on a Failing Model~ ,P160-176)
著者: 劉宗媛 (By ZONGYUAN ZOE LIU)
肩書:米国外交問題評議会 研究員
7)『次なる中国ショックを回避する為に ~北京政府の重商主義には諸国集団的戦略で対抗すべきだ~』(Stopping the Next China Shock ~A Collective Strategy for Countering Beijing’s Mercantilism~, P177-189)
著者:アローン・フリードバーグ (By AARON L. FRIEDBERG)
肩書: プリンストン大学教授、兼アメリカン・エンタープライズ研究所(シンクタンク)非常勤上席研究員
8)『孤立主義の危険な選択 ~世界と米国は持ちつ持たれつの関係だ~』(The Perils of Isolationism ~The World Still Needs America――and America Still Needs the World~, P8-25)
著者:コンドリーザ・ライス (By CONDOLEEZZA RICE)
肩書:元民主党政権下の国務長官(2005-09年)及び国家安全保障問題顧問(2001-05年)歴任。現スタンフォード大学 フーバー研究所所長
9)『バイデン主義の本質 ~覇権に陥らずに国際主導権の発揮に尽くす~』(What Was the Biden Doctrine? ~Leadership Without Hegemony~, P38-51)
著者:ジェシカ・T. マシューズ (By JESSICA T. MATHEWS)
肩書: カーネギー国際平和基金(米シンクタンク)名誉研究員(元会長)
10)『ハミルトン主義への回帰 ~乱気流の国際情勢下に有効な基本戦略の検討~』(The Return of Hamiltonian statecraft ~A Grand Strategy for a Turbulent World~, P52-66)
著者:ウオルター・ラッセル・ミィード (By WALTER RUSSEL MEAD)
肩書: フロリダ大学教授 兼 ウオール・ストリート・ジャーナル紙コラムニスト
11)『同盟諸国とのトラブル解決法 ~米国は対応ルールを設けるべきだ~』(The Trouble With Allies ~America Needs a Playbook for Difficult Friends~, P89-105)
著者:リチャード・ハース (RICHARD HASS)
肩書:米国外交問題評議会名誉会長
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