【フォーリンアフェアーズ誌ガイド(2023年11月・12月号掲載論文の概要紹介)】

 当月の同誌は、米国々防省長官とCIA長官を過去に歴任したロバートM.ゲイツの論稿『機能不全に陥った大国』を始め、全9篇を収録する。ゲイツ氏の論稿を含む、対外政策提言は4篇(『米国々力の源泉』、『真のワシントン合意』、『米国は中国に何を求めるべきか』)収録。そして、核拡散問題で1篇(『核武装競争拡大時代の復活』)、AI関連で2篇(『AI革命が経済にやって来る』、『戦争で既に活用されているAI』)、更に、経済問題の2篇(『新経済安全保障』、『経済的危険への耐久性を上げよ』)、以上9本の論稿である。

 同誌は、多種多様な意見を集積、披露し討論の場を提供するのを目的とする為、様々な意見が登場する事自体は歓迎すべきだが、率直な処、当月号は、ゲイツ氏の論稿を唯一例外として、見るべきものが少ない。と云うのは、『米国力の源泉』は来年の大統領選を意識した、民主党キャンペーン臭が強く、『AI革命が経済にやって来る』は営利と政府補助獲得を目的とした、AI推進派(安全性と雇用の犠牲を軽視)による明らかなロビー論文である。その他、諸論稿も、要は「雨が降りそうだから傘の用意を」に類する、陳腐な状況分析に終始する。同じテーマを扱った過去一年内の同誌既掲論文に比較し、遥かに内容が乏しい。

 ウクライナに加え、イスラエルで地上戦が開始され、世情騒然とする影響もあろうか、学者達の研究の腰が定まらぬか、編集部側の選考眼が曇ったのかは分からぬが、次月号の品質回復を期したい。本邦に於いては、1ドル109円なら兎も角、失策による円安継続も悪影響し、同誌販売価格値上りが続く中、学生諸君は、余程お金に不自由しない家庭はさて置き、一般学生に於かれては、同誌購入に金を使うよりは、今月は豪勢なトンカツでも食べて栄養補給する事を勧めます。

 尚、当月号書評欄に、「東京裁判」を扱う新刊が紹介されているが、聊か問題含みである。先ず、書評自体が、本来の水準を満たさぬ儘に―即ち、評者自身の研究と見識に照らした、書籍内容の検証と論評がなく―ひたすら著者とフォーリンアフェアーズ誌へ阿(おもね)る姿勢(引用される他文献が、全て同誌掲載の論稿と云う徹底ぶり)に終始し、その上、記述される史実(当該図書からの引用)は著しく不正確な数字を含んでいる(慰安婦問題と731部隊による被害規模)。古来「デマも三度流れるとホントになる」の諺もあり、本邦識者達からの指摘、反論を待ちたい。(当該書評は、別途全文訳掲載したので参照下さい)。

当月掲載論稿一覧下記の通り。(訳者ショートコメント付き)

【投稿論文】

1)『米国々力の源泉 ~変遷を遂げる世界に通用する外交策の模索~』ジェイク・サリバン著(The Source of American Power ~A Foreign Policy for a Changed World~ By JAKE SULLIVAN)

2)『機能不全に陥った大国 ~国内分断に見舞われる米国が中国と露西亜を抑止出来るか?~』ロバート M.ゲイツ著 (The Dysfunctional Superpower ~Can a Divided America Deter China and Russia?~ By ROVERT M. GATES)

現在齢80歳、国防省長官等政府要職を嘗て務めた政界重鎮、ロバート・ゲイツによる提言。露中の冒険的行動への警鐘発信と、世界平和維持の責務を負うべき米国が、政権、議会共に体たらくな現況に喝を入れる。(彼は、H.W.ブッシュ政権下にCIA長官(1991-93年)、又W.ブッシュ及びオバマ政権下に国防長官(2006-11年)を務めた。)

<論説概要>

1.「米国は世界の繁栄と平和実現の責務を担うべし」と云うのが著者信条。強い米国が発揮する国際的指導力の賜物で、過去75年間―ここ数百年最長―の世界平和を実現。もし、強い米国不在なら、弱肉強食の掟が世界に横行し、独裁国家の前にその他諸国は餌食になるだろう。

2.幸い、現在、米国の立場は尚も強い。AI等先端技術を含む経済力、NATOとの強い結束に見る外交力、世界に秀でた軍事力を保持(防衛費は断トツで、露中を含む2位以下10ケ国総額をも凌ぎ、核の三本柱―大陸弾道弾、爆撃機搭載、潜水艦搭載も近代化進行中)。

3.処が、上記の強みを損なう、嘆かわしき事態が、目下の米国政治不機能状態と政策失敗だ。

4.世界情勢は容赦なく緊迫化、米国の停滞は許されない。露中に、イランと北朝鮮を加えた、敵対的4ケ国が連係し(集団核配備も間近)同時に対峙する、未体験の事態。更に、露中に就いて、米国が欧州と亜細亜の二方面で敵対勢力に対する、朝鮮戦争以来の図式。そして、殊、中国の如く、強大な国力(経済、科学技術、軍事)を保持する国家との敵対は、現役世代には未経験なのだ。加えて、露中はそれぞれ資源、経済を梃にグローバル・サウス諸国の取り込みに成果を挙げている。

5.特に、露中の二人の独裁リーダーによる戦争悲劇のリスクが大きい。理由は、両人、既に複数回の誤算を犯し、更に重ねる公算が高いからだ。露中は以下に危険の性格をやや異にする。

露西亜:プーチンは、ウクライナなくして露西亜帝国再建は成り立たたぬと考え、万一にもNATO入りし西欧化する隣国ウクライナを座視するよりは、同国を焼き尽くす行動を選択し兼ねない。プーチン独裁政権継続する限り、米国及びNATOとの敵対関係が継続する(露西亜は世界最大核弾頭数保有国で、殊、戦術核は1900発、米国の3倍保有)。

中国:習の号令下、同国は、核を含む軍備拡張と近代化推進、2027年には台湾侵攻に堪える軍備完了、2035年に世界水準を目指す。一方、「ツキディデスの罠」や「中国絶頂期到達」論を根拠とした米中衝突の見通しをゲイツは否定し、賢明な対応で戦争回避可能と説く(例えば、第一次大戦は回避の道が在ったにも拘わらず、指導者達が道を誤ったのだ、と)。

<苦言と対策提言>

1.現在米国政治に於ける最大の欠落点は、その本分を失する事に在る。F.ルーズベルト曰く「政治の要諦は国民を教化するに在り」と。つまり「譬え代償を払おうとも、米国は世界の繁栄と平和を維持する責務を負う」点に関し、国民の賛同と理解を得る努力を政治家が怠って来た事が問題なのだ。

2.攻めの戦略

露中外交攻勢に対抗し、情勢挽回する為には、現行「亜細亜に軸足を置いた」外交を越える必要。グローバル・サウス諸国を味方に付ける積極的戦略の立案実行を求む。

3.内向き政治打破

a)議会まじめにやれ。目下機能不全に陥る状況。即ち、社会保障費野放しで歯止めかからず。予算編成は毎年政治舞台化し難航。米財政破綻リスクで米国債国格付けダウンの始末。

b)特に国家予算は、毎年度、各省の個別予算法案が新年度開始迄に成立せず、巨大な一括式(オムニバス歳出法案)による暫定予算で凌ぐのが例年パターン化(各省、暫定期間中は前年度を越える支出ができない上、何千ページに上る包括法案は、実質、議員は誰も読んでいない)

c)斯くして、国防費の予算確保と執行に実害発生(後述補足参照)。議会、国防省、双方、健全にして迅速な予算確保と執行へ改善が必要。

4. 内外の信頼回復

トランプは国民と友好国の信頼を失い、バイデンはアフガン突如の撤退で世界の信頼失墜と失笑を買う始末。国内分断、及び同盟国との関係悪化は、敵対諸国を利するのみである。

米国政府は、精力的リーダーの存在、国民から信頼に裏付けられた支持、そして包括的戦略が必要だ。冒頭、ルーズベルトの言に立ち返り、不言実行に徹せよ。

<(補足)予算編成不備による国防上の実害> 中露の牽制に必須である、防衛費充実維持が、積年滞り続けている。2011年の予算管理法の定める1兆2千億ドル“予算強制削減”の煽りでここ10年来、国防費6千億ドルが強制削減の憂き目に加え、23年度を含め、暫定予算で凌ぐ事態が恒常化する中に、国防省の新計画が毎年度着手の機を逸し先送りされる。又、議会不全で軍人事異動も停滞。尚、国防省予算は2010年以来一度も期限内成立を見ていない。    (了)

3)『核武装競争拡大時代の復活~前世紀の核抑止論が米国競合諸国家により蒸し返えられる実情~』キィヤ A.リーバ、デイル G. プレス共著。著者達は、それぞれ、ジョージタウン大学、ダートマス大学の教授(The Return of Nuclear Escalation ~How America’s Adversaries Have Hijacked Its Old Deterrence Strategy~ By KEIR A. LIEBER AND DARLY G. PRESS)

 北朝鮮、イラン、或いはパキスタンも含め、自国より強大な敵対勢力を抑止する目的に核兵器配備戦略を採る諸国家は、「窮鼠猫を噛む」の譬えの通り、決して侮るべきでない。抑々(そもそも)同戦略は、冷戦時代、一般軍事力で圧倒的優勢性を持つソヴィエト連邦からの脅威に対峙した欧州諸国が、その抑止策にNATO軍として共同核配備導入したのが始まりだ。又、中国は「核先制攻撃は行わない」と自主的に宣言するが、之とて状況次第で当てにはならぬ。以上が論稿主旨だが新味はない。

4)『戦争で既に活用されているAI ~軍事分野がAIに変革を促される実態~』ミッシェル・フロンノイ著 (AI Is Already at War ~How Artificial Intelligence Will Transform the Military~ By MICHELE A. FLOURNOY)

5)『AI革命が経済にやって来る ~AIは生産性低減傾向を逆回転させる救世主になれるか~』ジェームス・マニカ、マイケル・スペンス共著 (The Coming AI Economic Revolution ~Can Artificial Intelligence Reverse the Productivity Slowdown~ By JAMES MANYIKA AND MICHALE SPENCE)

ジェームス・マニカ : 現在グーグル社とマッキンゼー社に幹部として席を置く、学者、実業家、コンサルタントの顔を持つAI業界の代表人物。専門はAIを含む、技術進歩と経済の融合研究(スタンフォード大学上席研究員)

マイケル・スペンス: 2001年ノーベル賞受賞経済学者、スタンフォード大学上席研究員

<<論稿要旨>>

1. 経済界への生成AI積極導入推進論である。

2. AIは救世主。過去30年沈滞続けた労働生産性と、近来の人手不足由来の供給の壁を打破して呉れる。年間4兆ドル(独逸一国の経済規模相当)の経済効果が期待される。

3. 生成AIは人的雇用を破壊しない。人間がAIの補佐を利用し、その人自身が飛躍的増大した成果を手に入れ、生産性が向上する。次に示す通り、近未来図は安心なものだ。

4. 即ち、全職種の内、1割はAIに代替され、人類の仕事としては消失(9割が残る)。一方、全職種の3分の2に就いては、AI導入により各職業の業務プロセス中、平均33%の部分がAIに置き換えられ、生産性向上の恩恵を受ける。これら職種は依然存続するので失業を意味しない(但し、従業員はAIを使い、マシンと共存する、新しい技量が求められる)。

更に、マクロ経済は生産性向上で成長軌道に乗り、全体雇用が増えるので、失業をカバー可能。

5. 従い、政府はAI導入加速を後押しすべき。国民に対するマシン共存環境醸成のマインド設定、及び、導入移行期間に必要な補助・支援金の投入。

6. よって、AI開発制御や規制の機運に強く反対する。研究の速度を決して緩めてはならない。経済復活に必要だからだ。

7. その他

a) AI恩恵:誰でも直ぐ一端(いっぱしの)仕事をこなせる―熟練者と初心者のスキルギャップを埋めるのを特徴とする。

b) 論稿が言及する負の側面;

生成AIの不完全性: 過度な依存、又は不用意な使用は、偽情報、害悪を招く可能性ある。(入力されたデータから、確率に基づき予測する“マシン”としての限界)。

生成AIの業界別恩恵普及格差: AIは知的産業(ホワイトカラー)に先行、現業的産業分野(ブルーカラー)への波及は遅れる(ロボティクス分野の発達がAIと融合する迄、時間を要する為)。つまり、業界別生産性向上に於いて、例えば、金融界や供給網管理業務は速やかに向上、健康病院関係は効果遅行の格差が生じる。

c) AI開発制御を求める動き;

今年5月、350人のAI業界従事者(イーロン・マスクも含む)が公開状で共同署名し「AIは核兵器と疫病に並ぶ人類存続の脅威たり得る」と開発制御を訴えた。

<<訳者による反論>>

 論稿は、経済活性を最優先し二つの重要課題を意図的に隠蔽した詭弁である。

第一は、AIの負のコストを一切考慮しない点(負のコストとは、小はAI自動運転の暴走による事故の弁償から、大は軍事採用されたAIの誤爆で一村全滅、更に無限大費用は人類滅亡の場合迄、種々想定されるが、これら諸危険が暗黙裏に除外されている)。

第二は、著者の示す将来像の詭弁だ。つまり、全体の2/3の職種に於いて、人がAIを活用し当該業務プロセスの33%部分に生産性向上が得られるとするが、最終財が市場で他社と競争する事情に鑑みれば、その従業員の給与が33%上昇する訳でなく、(AIに給与を支払う必要はないので)逆に、33%賃下げの憂き目に遭うと云うのが全うなシナリオだろう。つまり、AI普及後の未来は、全体の一割は完全失職し、7割弱の人々は3割以上の賃金カットに直面。総じて、全体の最大8割もの人々が、消失した所得を補う為に、AI長者達の大豪邸へ、女性は女中や子守、男性は庭師、門番、運転手など、彼らの下僕の如くアルバイトに精を出さざるを得ぬ。まるで、中世の封建制度のような世界だ。

 第一の点に就いては、AI開発制御に反対するからには、それを裏付ける安全性を証する弁、乃至は対策提言を伴うべきだ。第二の点に就いては、AI普及の世界を論ずる際は、富の再配分の理論がセットでなければならない。これらを覆い隠し、AI推進を声高に主張すれば、それはAI開発会社とコンサル会社利益を代表する守銭奴の論と非難されても云い逃れはならぬだろう。   (了)

6)『真のワシントン合意(コンセンサス)~現代理論と米国従来政策の幻影~』チャールズ・キング著(The Real Washington Consensus ~Modernization Theory and the Delusions of American Strategy~ By CHARLES KING)

仰々しい題名に反し、幾度読み返しても要領不得の論稿。タイトルに謳い乍ら、ワシントン合意に関する筆者言及は、たったの一度、5行の説明を費やすのみで、結局、何を云わんとするか不明瞭。論稿が取り上げる人物、1960年に「経済発展段階説」を提唱したウオルト・ロストウ(経済学者。ジョンソン及びケネディの両政権内で国家安全保証問題大統領補佐官歴任)の没後20周年を銘する意図で無理繰り押し込み掲載された背景でも在るなら、理解も出来るが。

7)『米国は新しい経済安全保障を備えるべきだ ~危険回避策によって地勢環境を再構築する策~』ヘンリー・ファレル、エイブラハム・ニューマン共著 (The New Economic Security State ~How De-risking Will Remake Geopolitics~ By HENRY FAREELL AND ABRAHAM NEWMAN)

8)『危険に脆弱な経済体質を靭性化せよ ~経済を国際的諸脅威の中でも繁栄させる策~』アンシア・ロバーツ著 (From Risk to Resilience ~How Economics Can Thrive in a World of Threats~ By ANTHEA ROBERTS)

9)『米国が中国に求めるべきもの ~中国を国際秩序と云う網に絡め留める為の戦略~』ライアン・ハス著(What America Wants From China ~A Strategy to Keep Beijing Entangled in the World Order~ By RYAN HASS)

 本稿執筆したライアン・ハスは、今年フォーリンアフェアーズ誌1月・2月号掲載『長く続く台湾問題』の共著者だ。同稿は「台湾問題は同海峡平和維持を最優先し、解決は急がず、極力先送りし時を稼ぐ策こそ、米中共に益がある」と結論、米国内に根強い「米中武力衝突不可避論」に一石を投じ、飽くまで中国と台湾の双方へ中立貫徹する強固な意志と賢人の知恵とを兼ね備えた俊逸な論文であった(当ブログに今年1月全訳紹介)。処が、今般ハスは、先回論文と似ても似つかぬ不出来な論稿発表だ。

 彼は、中国を孤立させず、現状国際規範の中に留めるよう米国側が譲歩すべきと陳情。然し、一体何を守る為に何処まで譲歩を行うべきか、ゴールも根拠も不鮮明な儘、前のめりに中国へ摺り寄り、中国市場を重視する商業傾斜論だ。台湾問題に関しても、先稿から明らかに後退し中国への配慮重視がにじむ。米中の抱える諸問題に就いて、軍事、経済、国際諸機関、気候変動等、数多の事案が満遍なく羅列されるが、何れも一般常識の域を出ず、単なる言及に止まる。

 投稿の奇異な点は、抑々、筆者が「習が5~10年後に姿を消し、その次に穏健政権誕生」を前提とし、一方、その根拠が不明な事だ。元来、彼の所属するブルッキングス研究所は、米中格差が埋まらぬ限り中国は懼るるに足らぬ存在と見做す見解が主流と聞き及ぶが、当稿も、両者の差異は米国優位な展開を説く(GDP比較では現在米国が7兆ドル中国を上回り、この差が2030年迄に4兆ドル迄肉薄されるものの、2050年頃以降より再び、差が開いて行く)。そうであれば、要領不得の対中譲歩率先論を展開するよりも、両者の国力推移見通しと習政権寿命分析に注力し読者へ説明する事が先決だろう。

 加えて、ケネディーの有名な演説(1963年アメリカン大学卒業式祝辞スピーチ)を全く異なる意趣で堂々引用するハスの強心臓ぶりには唖然とせざるを得ない(末尾補足参照)。

「国際社会が中国をどう遇すべきか」同稿の扱うテーマ自体は重要であり、日本に於いてもTPPへの中国加盟を如何に取り扱って行くかの問題は、我々自身が見識を以って戦略する課題だ。小手先の妥協は禁物であり、特許盗用、産業スパイ等、違法な商業行為並びに、人道問題に於いて、改善なきまま同国を迎い入れる訳には行かぬ。殊、後者に就いては、「内政問題干渉不要」と高を括る中国に対し沈黙すれば、今般のパレスチナ問題が、積年のイスラエルの横暴を国際社会が黙認して来たツケだと云う教訓を無にする事になろう。

(補足:ケネディー演説の引用について):

 1963年、6月10日、ワシントンのアメリカン大学卒業式で行ったケネディー演説が、今日も語り継がれるのは、卒業祝辞の場を借りつつも、それは彼が世界平和を希求し気魄籠るスピーチだったからだ。即ち、彼は、演説の中で「米国が“核実験禁止条約”を提案し、米英露のトップが近く交渉に臨む計画を明かし、更に、自ら交渉の首尾良好を画し「米国は他国に先駆けた実験は停止」する旨を発表した。米露が、互いに核ミサイル応酬を伴う世界戦争の死の淵を辛うじて脱した、キューバ危機(1962年の10月)からまだ一年も経っておらぬ時期だ。当時、人類存亡の危険(24時間以内に米ソ共に全滅)に、決断者として身を置いたケネディーは、爾来、核戦争防止策に寝食を惜しみ注力した。上述首脳会談を経て、所謂「部分的核実験禁止条約(BTBT)」を、危機発生後1年足らずの間に実現させたのだ。つまり、当該演説の2ケ月後の1963年8月5日に条約調印、同10月10日発効し、彼が追求した“純然たる平和”に向けた一歩が記されるのだが、僅かその翌月11月22日、本人は凶弾に倒れる。即ち、当該演説は、命を賭し平和を目指し、内には国民を啓蒙し、自ら行動した者のみが持つ輝きを放っているのだ。

もし、同演説から引くならば、「小国に安全が保証され、大国は公正に振舞う平和が世界に訪れるよう、米国は役割を果たす所存であり、必要とあらば、不本意だが戦争をも辞さぬ覚悟だ」の一節が何を置いても最も重要である。ハスが論稿に引用した、「露西亜人に対する尊敬」と「小さな地球で皆仲良くしよう」との件(くだり)は、スピーチライターの仕事による、謂わば枕詞と枝葉末節の部分で、当時独特の重大経緯を無視し、露西亜を中国と読み替え、単純に和平的雰囲気を醸し出そうとするのは、余りに表層的意図に過ぎ、故人の志と演説の歴史的価値を愚弄するものと云えるだろう。

(了)

【書評】

日本版ニュルンベルグ裁判 ~東京裁判と戦後自由主義の誕生~』評者ジェニファー・リンド(Japan’s Nuremberg ~The Tokyo Trial and the Birth of Postwar Liberalism~ By JENNIFER LIND) (別途邦訳ブログに掲載)

*興味深い、或いは、問題の論稿等は別途邦訳文掲載しますので参照下さい。

(了)

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