【フォーリンアフェアーズ・ガイド 2025年7月・8月号 掲載論文の概要紹介】 (Foreign Affairs 2025年 July/August号、The Council on Foreign Relation出版)

 当号は、「同盟国は必要か?」との問い掛けに就き特集を組んだ。「必要ない」と云わんばかりの言動を日々繰り返す現トランプ政権に対する論評だ。特集論文9編が収録され、内7編が明確なトランプ政権批判、残り2編は同政権に迎合する内容だ。一般論稿も合わせて当月収録論文全12編、その概要を以下にご紹介する。

<特集論稿 1)~ 9)トランプ政権への論評>

1) 

 先ず、イェール大学の教授二名が投稿。『権力は正義を生まない ~武力行使に抗する規範が、今、悲劇的崩壊の危機にある~』と題し、法学的観点からトランプ政権を指弾する。彼の様々な発言(グリーンランド、パナマ、ガザ紛争、ウクライナ問題)自体が、「紛争解決を他国に武力を以って処す」と云う、決して見過ごすことの出来ぬ国際法違反(砲艦外交)であるとの根本的視点を見失ってはならぬ、と警鐘を発する。トランプ流大法螺(おおぼら)と脅しに我々日本人も慣れっこになり、トランプ擁護や忖度するメディアや評論家が寧ろ幅を利かせる今日、戒めとすべき一篇である(同稿では17世紀以降、戦争に関する国際法変遷と歴史の重みが語られる)。

2)

 次に、プリンストン大学、ハーバード大学院、それぞれの教授による共著、『長かった米国の世紀が終わりを告げる時 ~トランプと米国権力の源泉の考察~』。本稿の主張は、元来米国が強みとした同国のソフトパワーの神通力は、トランプ政権が今般4年続くことで完全消失する、と云うものだ。国力の源泉はハードとソフトの両面合算に起因するが、長い目で見れば、軍事力や貿易に代表されるハードよりも、信義や文化の魅力によるソフトの力が勝利するにも拘わらず、その後者を破壊し続けるのがトランプ政権、と云う訳だ。(又、同稿は百年超に及ぶ国際貿易の激動史を回顧した上で、今般、トランプの保護主義政策により世界貿易が再び縮小する危険を指摘。更に、同政権が地球温暖化等国際的重大問題に無関心な点を糾弾。)

論稿結びの言葉は印象的だ。曰く「米国は、世界を載せて目的地と其処(そこ)に至るルートを決する、謂わば ”公共バス“としての役目があるのだ。周囲なくして自国が成り立つと誤解するトランプの行方には悲劇が待ち受けるのみだ」と。

*訳者注

1.世界貿易の紆余曲折:

第一次大戦開始後、世界的保護主義で縮小した貿易を元の規模に復するのに65年間を要し、一方、1950年から2023年迄の70余年間に貿易量が44倍に拡大した。

2.米国と各国貿易依存度の分析:

“権力と国の独立性”の観点からハードパワーである貿易力に関し、筆者研究チームの分析が報告される。即ち、貿易は相互取引二者間の依存性の強弱で力関係が定まる(依存少ない方の国が優位で強い)。其処で、米国と取引諸国との貿易依存関係を数値化し(米国を1とし、相手の依存度を算出、数値が大きい程、米国への依存度が高く、米国により支配される基盤がある)、各国状況の分析を試みているのは興味深い(中国3.0、日本1.8、EU1.6、等に基づき、別途個別事情等を検証・勘案する手法)

3)―6)当月特集の焦点“同盟諸国の離反”を憂える論として以下3篇を掲載。

3)

 先ず『米国は本当に欠くことのできない国家なのか ~米国覇権が終わった後の米国の姿~』と題する論稿。筆者コーリー・シェイクは、G.W.ブッシュ政権下の国家安全保障会議委員を務める等、共和党陣営の人だが、容赦ないトランプ批判を展開する(同稿が当月号の巻頭を飾る)。

 “ならず者”の如く振る舞う現トランプ政権の米国は、同盟諸国の離反により、寧ろ周囲かデカプリングされることを筆者は危惧。各国は、表明上ご機嫌取りの態度を見せても、本質的に背いて行くだろうと見解。本来、諸国間の協力関係は不可欠で、米国一国で世界は変えられないのは明白であるにも拘わらずだ(イラン制裁、露西亜停戦圧力、中国への技術規制等、これら全て国際連携を要する)。

 冷戦後、米国が一強権力を享受する中、歴代大統領達も失策を犯したが、それらが過失であったの対し、トランプの場合故意による悪業である点は特異だ。トランプは我が身中心で、意図して秩序破壊し、自ら橋を焼き落とす男なのだ。その顛末は、無論愛想をつかされるのみならず、結局、畏怖するにも足らぬ存在として世界からあしらわれるだろう。

冷戦戦時、米国が世界から必要とされたのは、同国が主導し構築したルールに互いが従って、約束と義務を果たし合った為だ。米国自体がルール放棄すれば、他は従う訳がない。斯くして、諸国は米国抜きでも遣り繰りして行くだろう。トランプがウクライナ協議で露西亜の肩を持ったのは恥とすべきだ(祖国防衛を軽視した)。正義を失えば、同盟他諸国も力の理論で他の大国へ靡(なび)くのが道理だ。理念に無関心なトランプ外交で、世界は権力によって欧州が分断された19世紀に逆戻りする恐れがある。

*訳者補足注

1.現在NATOの直面する核脅威問題に関し、論稿中に彼女は「フィンランドは、仏英の何れか一国による薄い核の傘で、露西亜核を抑止可能」とし米国核の傘は必須でないと述べるが、同見解には異論もあり議論を呼ぼう(当月号にも欧州核問題の関連諸論稿掲載)。

2.独逸メルツ首相の発言「一部米国人(トランプ政権)は最早、欧州と運命を共にする気がない」が象徴的として引用。従来、過激とされたこの見解は、今や欧州の健全なる知恵として流布すると筆者は評す。

3.論稿中、トランプ政権の高関税・保護主義貿易政策初め、諸内政策を批判。特に、米国強化の訴えに矛盾する事例として、防衛予算案がバイデン政権時の計画よりも低い点を指摘。

4)

 次に、欧州離反を懸念する具体論、『欧州への圧力強化の帰結、~同盟諸国が独立独歩を始め、その被害と危険は結局米国へ及ぶ~』は民主党派識者の重鎮、ウオランダー氏からの寄稿だ。バイデン政権下に彼女は、国防次官補としてウクライナ戦争中、同国向け武器供与を担当。NATOを熟知する人物だけあり、論稿に説得力がある。主旨は次の通りだ。

 「欧州に一方的に圧力を掛け、望み通り同域内で米国の負担を軽減出来た暁には、結局自分が困窮する事態になり後悔する」との含意を表題が含む。米国は自国一強の時代を経て、確かに欧州をも手中に収めたものの、今日世界が多極化する中に、トランプ流外交を進める先に政権が直面するのは「盟友だった欧州を捨てて、自分一人で露中の脅威と戦う」か、さもなくば「考えを改め、欧州との関係再構築に臨む」か何れかの選択肢だ。

前者の選択は、結局、世界を露中へ手渡す結果となる公算が大きく、後者の場合でも“トランプ後”に多少まともな人物が登場するとしても、関係修復には数世代を要しよう、と彼女は見立てる。

 論理背景は明瞭だ。現トランプ政権が欧州乃至NATOを「無賃乗車人」扱いすること自体が誤りなのだ。露西亜の核搭載潜水艦隊が米国の東海洋に至るには、彼らの北極海軍基地を発し大西洋へ出る際、狭域管制地点(the GUIK Gap: グリーンランド、アイスランド、及び英国を結ぶ海上管制線)を必ず通過する。これら各国による潜水艦探知の協力がなければ、艦隊は悠々大西洋を西進、接近し米国本土内の数百ケ所の標的に向け核ミサイルを一斉発射可能だ。

 又、NATO加盟諸国防衛費の多寡を各国GDP比率で論じるのは極めて表層的で稚拙な論だ。抑々(そもそも)、米国自身とNATO諸国とは、片や世界全域、片やNATO域内と、対象領域が異なる以上、同じ土俵の議論に乗らない。米国に云われる儘、NATOがGDP比率を高め防衛費拡充を継続すれば、寧ろNATO地域を守るには過剰な防衛額となるだろう。

 結局、NATOが米国から捨てられるかも知れぬとの危惧を抱き、既に両者間の信頼が崩れてしまった以上、NATOが向かう方向は、外見上は譬(たと)え態度を繕うにせよ、自陣営内での軍備自家調達増加(米国からの兵器購入減)と、政治・経済的に中国に接近を図ってリスク管理しようとするのは避けがたい、と云う訳だ。

「域内米軍基地の本質的重要性を棚上げに、表層的なGDP比%が議論を焦点となる」交渉が低次元であるとの当稿指摘は、翻って正に現在、トランプ政権と協議する我が国も肝に銘ずべきで点である。

5)

そして、ASEANの米国離反を論じる『東南亜細亜が自己選択に目覚める時 ~同域内が中国へと靡(なびく)く理由とは~』は、シンガポール大学教授等の同国学識者からの投稿だ。

 ASEANが擁する人口は凡そ7億人。これら諸国が、米中間の激しい綱引きの中にある(米国色が鮮明な豪州、日本、韓国とは異なる厳しい地政学的環境に身を置く)。今般米中競争は、嘗ての米ソ冷戦に比し相手国中国の経済規模が侮れない上、武力衝突の火種が亜細亜に多数存し(朝鮮半島、台湾海峡、南志那海)、両大国が自陣陣営に可能な限り多くの諸国を味方にしようと試みて来た。

斯かる中、域内諸国の行動は、米国と中国を天秤に掛け、つまり、中国習近平の“一帯一路構想”と米国バイデン提唱による“印度太平洋経済枠組み”等、双方計画を利用し両張りするものだった。ASEAN10ケ国は、今も昔も決して一枚岩としての結束方針は打ち出せぬ特性を持つが、果たして、今後各国が個別に「旗色鮮明化」に舵を切るのかと云うのが筆者達の問題意識だ。

 論稿は、彼らの独自調査と研究結果(ASEAN各国の米・中への接近度を、諸要因から数値化し分析)が報告される。判明したのは、過去30年間「徐々に、然し確実に、米国を離れ、中国へ接近している」事実だ。嘗て東西パワーゲームを利用し上手く泳いだ彼らは、今や中国へと寄っている(分析手法に就いては訳者後注1参照)。

これを裏付けるように、東南アジア諸国の2,000人の専門家・有識者達を対象としたアンケート調査(*)も、半数が「中国を選好すべし」へと変じた。前年アンケートは61%が中国より米国を選好していたのだ。(*2024年度版 ISEAS-Yusof Ishak Institute surveyによる)。

 この基調に加え、今般の第二次トランプ政権は米国離れに拍車を掛け、ライバル中国を利する結果になると筆者達は予想。何故なら、域内諸国は、米国市場へのアクセス喪失や米国投資逃避等の経済的損失だけでなく、米国が同地域に果たした軍事・経済上のリーダーシップの喪失に失望を抱いているからだ。トランプ政権が外交方針を改めない限り、過去50年間にASEANと築き上げた関係は崩壊すると警鐘を鳴らす。

尚、前出アンケート調査は「最も信頼できる国はどこか?」も問うており、回答結果は、日本が1位、2位米国、3位EU,そして、遥か水をあけて中国4位だった、との言及は興味深い。日本に対する高評価は、無論、長年官民一体となった我が国先人達の努力の賜物に違いないが、ASEANが日本へ寄せる斯かる信頼に相応しく、日本のリーダーシップを域内により発揮する術を研究したいものだ。 

*訳者後注:筆者らの調査方式は、各国の米中への接近度合を5つの分野(政治外交方針、軍事安全保障体制、経済影響力、ソフトパワー、及び公的対外発信内容)に就いて評価し、0~100の指標に数値化(0は100%中国寄り、100は100%米国寄り)。詳細は、当論参照願いたい。但し、例えば、非民主的軍事諸政権が中国を重宝に思うと云った国情が当然反映される(カンボジア)。

6)、7)バイデン政権に所属した識者からトランプ政権を評する論として、もう二編。

6)

 先ず、『トランプは秩序破壊者か? ~トランプ後の秩序復元に期待は禁物、追求すべき米国戦略の姿~』と題する論稿。筆者達の見解は、第二次トランプ政権の無茶により、今後4年で戦後秩序は崩壊し世界は多極化に向かう。そして、トランプの次の政権が修復に取り組んだとしても、再度世界秩序が復元されると期待するのは幻想に過ぎず、誤りだ、とする。トランプが規範を崩してしまった以上、次期政権は寧ろ、災いを転じ、全く白紙からゼロベースでスタートを前提に新戦略構想を練れとの提言だ。

 彼女達は両名共にバイデン政権に参画し、今は“野に下り静かに挽回策を練る”立ち位置なのかも知れないが、論稿に盛られた次期政権構想は総花的印象を拭えず、端(はな)から、秩序崩壊がもう戻らない点を所与とし議論を進めるのも、恰(あたか)も座して動かぬが如く、聊(いささ)か無責任な逃げ口上に見える。

(尚、論稿原題“Absent at creation”は、戦後秩序構築を主導した、ディーン・アチソン米国務長官の自伝タイトル『秩序構築に従事せし我が半生(“Present at the Creation”)』を文字り、意味を裏返しトランプを皮肉ったものだ。)

7)

 次に、『亜細亜集団防衛協定の提言 ~中国に対抗するには亜細亜で新しい集団的防衛同盟が必要~』はバイデン政権で国防次官補として印度太平洋安全保障を担当した識者からの投稿。共和党への政権交代後、下野から持論の「中国の脅威に対抗する為、米国主導の亜細亜集団保障体制の実現」を強く求める。

彼は、米、豪、日、フィリピン4ケ国を柱として最重視する集団安保体制の提唱者だ。これを“印度太平洋クワッド(Quad)”と名付け、元祖クワッド(米国、豪州、印度、日本)と区別。上記4国の結束が中国への対抗軸として徹底的に重要と位置付け、韓国やニュージーランドは候補だが編入には未だ機が熟さず、台湾、シンガポール、印度、並びに欧州とは更に一線を画し劣後扱いとする。バイデン政権下に目指した同路線が、今般トランプ政権により頓挫、これに困惑する筆者は、日米の高官レベルで引き続き同方針が協議・継続され、且つ日本に於ける防衛費増額への世論が勢いを得ることを願うものだ。

 虫の良すぎる話だ。トップの首が挿(す)げ替わり両国の防衛戦略に一切影響がない訳がない。況してやトランプ大統領である。又、論稿には、今般NATOへの防衛費増強交渉で発揮された、トランプ流恫喝外交手腕を筆者が容認する態度が見られ、訳者は問題なしとしない。

*訳者注

1. 筆者は、近年の日米防衛協力深化に関し、「両国で初めてリアルタイム情報共有分析部門」を横田空軍基地に開設したのを成功事例に挙げる。

2. 論稿中、防衛に関する日本国首相の言動(2021年の安倍首相、2023年の岸田首相)が、筆者により半ば人質にとられる型で披露され、利用されている。即ち、「台湾有事は日本の有事」発言と、「防衛費GDP比1%枠を撤廃し2027年までに倍増」決定である。何れも、十分な議論と国民の理解ないまま、時の首相による軽率・軽薄な行動だ。斯かる公的エラーは海外の高官達の恰好の餌食になることを、我々は肝に銘ずるべきだ。

8)、9)上述した、7編に対峙し、寧ろトランプ擁護を主張する2論が掲載。

8)

 先ず、『戦略優先順位の鮮明化 ~米国一強時代を終え、今必要とされる米国外交策 ~』はダートマス大学の教授陣2名からの投稿。見事な迄のトランプお追従論である。トランプは“重点主義者”(孤立主義とも国際主義とも異なる)で優先順位を鮮明にする正しい道だ。中国対抗の亜細亜シフトは必須。金が足りないので米国は欧州から引き、欧州のことは自分達で始末つけなさいと躾ける親心なのだ。ウクライナ停戦を急ぎ、ゼレンスキーにつらく当たったのは、早く資源を最重要の亜細亜へシフトする為の止むない行動で、露西亜は、経済規模も小さいから欧州だけで抑止可能な筈。同盟諸国は応分の軍事費増強が義務である。そして、亜細亜重視の政策は本政権以降も不変だろう、と主張する。

9)

次は、『終わらない関税戦争 ~寧ろ、逆境を梃子に新しい経済秩序を築いて行こう~』。短い論稿の中に、今般のトランプ関税策を賞賛し、一方で懸念を表明し嗜(たしな)めるかと思えば、又褒めて、縞馬(シマウマ)模様の如く主張が目まぐるしく転変する、要領不得の論だ。要は、トランプ関税は過激なショック療法だが、尋常な手法では得られない交渉成果を米国に短期間で齎(もたら)し、力関係上、結局逆らえない同盟諸国は観念し、共通の敵である「中国」をデカプリングする新たな国際秩序構築の機会になる、と捉えれば目出度いことだ、そしてこの流れはもう止まらない、と云いたいらしい。

*訳者注

1. 筆者両名が所属するシンクタンク、新米国安全保障センターは、トランプ関税が、米国、同盟諸国、中国に如何なる影響を及ぼすかのゲーム・シミュレーション(軍事で云えば図上演習)を実施。「同盟諸国は譲歩し、米国は関税増収に加えて望む交渉結果をも手に入れ、米国を離れ中国へ鞍替えする国がない結果、中国は孤立化」する結果が出たとある。

2.上記試算で、結局、同盟諸国が米国の交渉に服従した原因は「ゲーム理論で云う処の“囚人のジレンマ”が同盟諸国側に働いた」のだと満足気に説明。但し、訳者理解では、同ジレンマに収束する場合は、諸国間相互の情報制約(シャットアウト)を前提とし、実際の交渉実態(各国逐次交渉が進み、締結結果は公開される)にはそぐわないと理解するが。

<一般論稿 核問題に就いて 10)、11)>

 当月一般論稿では、核問題に就き専門家達から骨のある2編が寄稿された。

10)

 先ず『核脅威の時代を生き抜く ~核拡散と核使用自制劣化の進む世界に追求すべき国家安全保障策を考察する~』は、世界が直面する核脅威が今や如何に切迫したものかを如実に示す論だ。現在の脅威の度合を、筆者達はハリケーン基準に譬え、「カテゴリー5」(最大危険の範疇、風速70m以上)に相当、然も、そのハリケーンが急速に接近しており、就いては対応準備を急げ、との米国政府に対する提言だ。

「今、世界はキューバ危機以来の核使用の瀬戸際に居る」との筆者達の現状評に、誰も異論を持たぬだろう。露西亜プーチンがウクライナ戦争で戦術核(低出力核)使用の脅しを再三掛けている。然し、より根本的問題は、嘗て冷戦時に米・ソ二国で核戦力均衡を維持した時代から、今や米国は、露西亜と中国の二国との同時対峙を余儀なくされる一方、この環境変化への対応が後手に回っている点にある。課題は山積だ。

1.米露核軍縮協定が2026年失効、歯止めなくなれば露西亜核戦力が一層優位化する。

2.中国核戦力急拡大中。内陸部にサイロ乱造し、米国抑止有効性低減(先制で叩き切れない)

3.露中二正面の核脅威の中、万々一、相手の先制核攻撃(単独、或いは二国共謀)に対し、報復核攻撃を見送れば、その瞬間米国の核安全保障が崩壊する最悪シナリオを抱える。

4.露中に加え、北朝鮮、イランの悪の枢軸国連携による核脅威の存在。

5.米国が核の傘による安全保障を後退させれば、現行協定を結ぶ34ケ国が独自の核開発へ向かい、核拡散のパンドラの箱を自ら開く。

6.NATOからの米国後退に対応し、ポーランドや独逸が独自核開発に動くと、それを未阻止しようと露西亜が核による先制破壊攻撃実施する可能性が高まる。

7.他国が露西亜と核戦争を始めれば、戦争終結の為に最後には米国が駆り出される他はなく、結局、米国自身が望まぬ核戦争へ引っ張り込まれる危険性が極めて高い。

8.上述の緊迫した環境に対し、足下、米国核戦力は老朽化し、更新予算も不足に直面。

 斯様に夜も眠れぬ心配の種を抱える核専門家達は、今こそ、核戦略は専門家に任せきりでなく、国家最需要事案として、再度政府が中心となり英知を結集し戦略すべしと主張(ソ連崩壊後、米国は油断し核戦略軽視のツケが回って来た)、専門家の立場から以下具体的指針を提示。それは、「米国の傘による現状集団安保体制」と「核不拡散」堅持し、「対露西亜核軍縮協議」継続努力、「露西亜核増強は牽制しつつ、中国の核増強が後戻りない前提」の下に、「核装備近代化に向け議会予算を獲得(金は掛かる)」し、欧州、印度太平洋、中東の広域をカバーする最適な核防衛戦略の構築と実現である。専門知見に基づく興味深い具体論を展開する(*訳者後詳)。

 又、トランプによる、壮大なミサイル防衛『Golden Dome』構想(実施完備に数十年、費用は数千兆ドル)は、小型核による防衛に不向きで、それ自体がリスクのある巨額予算の無駄使いと指弾、又、同大統領のイスラエル贔屓(ひいき)の気まぐれな我流戦術は、無思慮で危ういと警鐘を鳴らす。

*訳者後注:筆者達の提言内容は、特に潜水艦、弾道ミサイルが予算不足で老朽化が深刻な中、限られた資源の中で、高・低出力核の使い分けと核搭載するミサイルの種類を工夫しつつ、一方、最低限の更新予算を確保実施し、欧州と亜細亜の双方に過不足なく配備し防衛を処する策を模索するもの。詳細は論稿参照。

11)

 NATO加盟国からは、独逸(ドイツ)の識者二名が寄稿、『現在、欧州が検討余儀なくされる独自核戦略案の三選択肢は何れも難題 ~それでも安全保障確保に向け、他に代案がない事情~ 』と題し状況分析する。

彼らの結論は「当面、NATOによる自力核配備には3つの選択があるが、いずれも信頼・実用テストには耐えない」と云うもの。 

即ち、「一案:英仏の保有核を利用」は、抑止能力が不十分なことに加え、核使用する側の加盟各国が保有国たる英仏に対し全幅の信頼を置き難い。「二案:凡欧州核共有構想」は更に非現実的で、集団死活の大決断を、間接民主主義の機関へ判断委ねる建付けに異論がある。さすると、「第三案:欧州各国の核拡散を容認する」策がまだ現実味を持つと云えるものの、最大の難点が、核の世界拡散を助長する点。特に韓国情勢を含む東亜細亜の緊迫が懸念される。

結局、現在取るべき道は「上記三つの可能性を選択肢として捨てずに用意し、環境変化(例えば、韓国が核武装宣言を実施する等)に応じ、臨機応変な対応を取るべき」との様子見的な提言に止まる。

 扨て、翻り、我が国は世界唯一の被爆国であることは百も承知の上で、日本防衛上の核のあり方に就いては、上記論稿の如く、全ての選択肢を俎上に載せ検討する姿勢が必要だ。そうでないと現状の米国核の傘に居るのが最善か否かの検討・評価すら欠いたまま、日本国民が既定路線に盲従することを意味する。

<その他  12)印度関連 >

12)

当月、それ以外の分野では、印度(インド)国の将来に関する論稿、『“大国印度(インド)”と云う幻影 ~印度政府の誤った基本戦略は、自国の野望を挫折へ導く~』が掲載された。

筆者は印度人で、G.W.ブッシュ政権下に特別顧問として参画し、良好な米印関係構築に寄与した人物だ。印度はBRICSの一角を占め、経済そして地政学上も著しい台頭を遂げて来たが、「独立百周年の2047年を迎えても、印度は大国になれない」と悲観的見通しが提示される。その意味するところは、経済規模は決して中国に追いつかず(印度が今後6%成長を20年続けても抜けない)、GDP世界3位か4位の地位にあっても、経済に見合う影響力を世界に与えることが出来ず、軍事大国としての地位にも到達できない結果、中国とパキスタンの難敵二国からの脅威に常に晒される中、国際的に印度に味方する国も少ない、と云う忌々しき未来だ。

 その理由。冷戦終焉後、米印は急接近し“民主主義国”と云う共通点を梃子に蜜月関係化、米国は印度を対テロ・対中国の戦略パートナーと位置付けた。然し、印度の内心は「自分自身が大国の一角へのし上りたい野望が強固で、米国一強体制を否定、世界多極化を志向(露西亜、イランと関係維持)」が裏目となり、加えてモディー政権が「ヒンドゥー国家主義を推進し同国の民主主義自体を棄損」させているからだ。

 中国からの圧力が高じる中、トランプ政権からは「取引き」圧力が止むことなく、同国は困難な舵取りを余儀なくされる。米国の協力なしに印度は中国に対抗出来ないと筆者は説く。

以上が、当月掲載全論文全12本の概要だ。

論稿一覧は下記の通り。興味深い論は逐次内容を別途翻訳紹介していく予定です。

【訳者所感】

 今年は経済学者兼光秀郎氏の没後10年に当たる。国際経済を研究した氏は一貫し自由貿易主義者であった。世界が急速に保護貿易化する今の世を見たら、氏は何と云われるだろう。

遠い夏の日、演習合宿の場であったろうか。議論好きの教授は、未熟な私たち学生相手にも真剣な討議を挑んだ。政治の話題になり、支持に値する政党がないから選挙には行かないと演習生の一人が発言した途端、「それなら白票を投ずべきで、選挙権行使は国民の義務だ」と手厳しく遣り込めた姿が、懐かしく思い出される。

本日、7月20日は参議院選挙だ。まさか、あれから数十年を経て、今回初めて、氏のその教えを実行余儀なくされる程に、劣化した日本の政治が情けない。修復には百年の歳月を要するだろう。

<当月掲載論稿一覧 (Foreign Affairs 2025, July/August 号)>

1)『権力は正義を生まない ~武力行使に抗する規範が、今、悲劇的崩壊の危機にある~』(Might Unmakes Right ~The Catastrophic Collapse of Norms Against the Use of Force~, P80-93)

著者:オーナA. ハザウェイ、スコット J. シャピロウ共著(Oona A. Hathaway & Scott j. Shapiro)

肩書:前者は、イェール大学法学部教授、カーネギー国際平和財団非常勤顧問。後者は、イェール大学法学部教授、兼同大学哲学教授。

2)『長かった米国の世紀が終わりを告げる時 ~トランプと米国権力の源泉の考察~』

(The End of the Long American Century  ~Trump and the Source of U.S. Power~)

筆者:ロバート・コヘイン、ジョセフ・ナイ共著 (Robert O. Keohane & Joseph S. Nye, Jr.)

肩書:前者はプリンストン大学教授。後者はハーバード大学ケネディー行政大学院特別功労教授。又、クリントン政権下に国防次官補(国際安全保障問題担当)勤務。

3)『米国は本当に欠くことのできない国家なのか ~米国世界覇権が終わった後の米国の姿~』(Dispensable Nation ~America in a Post-American World~)

筆者:コーリー・シェイク (Kori Schake)

肩書:シンクタンク、アメリカエンタープライズ研究所上席研究員。G.Wブッシュ政権下、安全保障会議メンバー、及び国務省勤務。

4)『欧州への圧力強化の帰結、~同盟諸国が独立独歩を始め、その被害と危険は結局米国へ及ぶ~』(Beware the Europe You Wish For ~The Downsides and Dangers of Allied Interdependance~, P22-35)

筆者: セレステ A.ウオランダー (Celeste A. Wallander)           

肩書:   民主党系シンクタンク、新アメリカ安全保障センター(CNAS)所属上席研究員。バイデン政権下に国防次官補(国際安全保障問題)勤務し対ウクライナ戦争中、同国向け軍事援助管轄した。

5)『東南亜細亜が自己選択に目覚める時 ~同域内が中国へと靡(なびく)く理由とは~』(Southeast Asia Is Starting to Choose ~Why the Region Is Leaning Toward China ~, P151-161)

筆者:ユエン・フン・コン、ジョセフ・チニョン・リオウ共著(Yuen Foong Khong, & Joseph Chinyong Liow)

肩書:前者はシンガポール大学教授(政治学)、後者は、南洋理工大学学部長(Nanyang Technological University在シンガポール)。

6)『トランプは秩序破壊者か? ~トランプ後の秩序復元に期待は禁物、追求すべき米国戦略の姿~』(Absent at the Creation? ~American Strategy and the Delusion of a Post-Tramp~,P108-121)

筆者: レベッカ・リスナー、ミラ・ラップ-フーパー共著(Rebecca Lissner & Mira Rapp-Hooper)

肩書: 前者は、外交問題評議会上席研究員。バイデン政権下に大統領補佐官、及び副大統領付安全保障副顧問勤務。後者は、コンサル企業、TAG(亜細亜グループ:The Asia Group)共同経営者、兼ブルッキングス研究所非常勤研究員。バイデン政権下に国家安全保障会議上席部長勤務(東亜細亜・オセアニア地域、及び印度太平洋戦略管轄)。

7)『亜細亜集団防衛協定の提言 ~中国に対抗するには亜細亜で新しい集団的防衛同盟が必要~』(The Case for a Pacific Defense Pact ~America Needs a New Asian Alliance to Counter China~, P36-51)

筆者:エリー・ラトナー (Ely Patner)

肩書:シンクタンク、マラソン・イニシアティブ(the Marathon Initiative)共同設立者。バイデン政権下に国防次官補として勤務(印度太平洋安全保障担当)。

8)『戦略優先順位の鮮明化 ~米国一強時代を終え、今必要とされる米国外交策~』(Strategy of Prioritization ~American Foreign Policy After Primacy~,P94-107) 

筆者:ジェニファー・リンド、 デェィル・G. プレス共著(Jennifer Lind & Daryl G. Press)

肩書:前者はダートマス大学准教授、及び王立国際問題研究所(チャタム・ハウス研究所)研究員。後者は、非営利団体デイビッドソン・インスティテュート学部長(国際安全保障)、及び  ダートマス大学教授。

9)『終わらない関税戦争 ~寧ろ、逆境を梃子に新しい経済秩序を築いて行こう~』(Tell Me How this Trade War Ends ~The Right Way to Build a New Global Economic Order~ ,P162-170)

筆者:エミリー・キルクリース、ジェフリー・ガーツ共著(Emily Kilcrease & Geoffrey Gertz)     

肩書:前者は、シンクタンク、新米国安全保障センター上席研究員兼部長。一次トランプ政権下に米通商代表部高官として勤務(2019-21年)。後者も同シンクタンク所属上席研究員。バイデン政権下に国家経済安全保障会議メンバーを務める。

10)『核脅威の時代を生き抜く ~核拡散と核使用自制劣化の進む世界に追求すべき国家安全保障策を考察する~』(How to Survive the New Nuclear Age ~National Security in a World of Proliferating Risks and Eroding Constraints~, P122-139)
筆者:ヴィピン・ナロン、プラネイ・ヴァーディ共著 (Vipin Narang & Pranay Vaddi)

肩書: 前者は、マサチューセッツ工科大学教授(政治科学、核安全保障)、兼、同学内核安全保障政策センター部長。又、バイデン政権内で国防次官補(宇宙政策)勤務。後者は、核安全保障政策センター(マサチューセッツ工科大学内)上席研究員。国家安全保障会議メンバー(軍事力管理、軍縮、核不拡散問題)勤務(2022-25年)。

11)『現在、欧州が検討余儀なくされる独自核戦略案の三選択肢は何れも難題 ~それでも安全保障確保に向け、他に代案がない事情~ 』(Europe’s Bad Nuclear Options  ~And Why They May Be the Only Path to Security~, P140-150)

筆者:フローレンス・ガウブ、ステファン・メア共著 (Florence Gaub & Stefan Mair) 

肩書:前者は、NATO防衛大学調査部門長。後者は、独逸シンクタンク(独逸国際政治・安全保障研究所)役員。

12)『”大国印度(インド)”と云う幻影 ~自国政府の誤った基本戦略は、印度の野望を挫折へ導く~』(India’s Great-Power Delusions  ~How New Delhi’s Grand Strategy Thwarts Its Grand Ambitions~, P52-67)

筆者: アシュリー J.テリス(Ashley J. Tellis)

肩書:カーネギー国際平和財団上席研究員(亜細亜・印度地域戦略)。G.W.ブッシュ政権下、国務次官付上級顧問(undersecretary of state)勤務。

以上 

文責:日向陸生

*尚、当ブログ翻訳文章は生成AI機能一切不使用です。

=== End of the Documents ===

コメント

タイトルとURLをコピーしました