著者:ダリア・シェインドリン(DAHLIA SCHEINDLIN)
肩書:センチュリー・ファンデーション(米国所在、人権擁護シンクタンク)傘下の研究機関センチュリー・インターナショナルの政策研究員。彼女はテルアビブ在住で、イスラエルの新聞「ハアレツ(Haarets)紙」のコラムニストでもある。
(論稿主旨)
2024年7月末、イスラエルは、法と秩序の観点で歴史上最悪とも云える衝撃を経験した。数時間に亘り、数十名のイスラエル人抗議者達が、あろうことか、本来不略である筈のイスラエル軍基地、二ケ所を破り侵入したのだ。暴徒達が先ず襲ったのは、ネゲブ砂漠に所在する、スデ・テイマン基地で、同所は最近設置され、其処(そこ)に、前年10月7日のハマス攻撃以来、何千人ものパレスチナ人逮捕者が収監されていた。それに先立つ数ケ月の間、ジャーナリスト達や非政府諸機関が、同基地内に組織的虐待の存在を指摘し続け、遂に7月29日、イスラエル軍警察は、10名のイスラエル人予備兵達を、収監者の一人をレイプした容疑で逮捕に踏み切った。抗議者達の中には、ベンヤミン・ネタニヤフ首相が連立を組む極右政党議員7~8名が含まれていたが、彼らが激しく非難したのは「パレスチナ人が虐待された事実」に対してではない。彼らが怒りに燃えたのは「軍が身内を逮捕した」行為に対してであり、この逮捕を阻止すべく実力行使に及んだものだった。
件(くだん)の容疑者達を収監していたスデ・テイマンとベイト・リッドの両基地を襲ったのは、彼ら保守派の異常な行動だったが、これらを孤立した単独事案と見做すべきではない。ガザでの戦争が開始されて以来、イスラエル国家諸機関が極度の圧力に曝される兆候が広がっている。「ネタニヤフ政権の諸行為は法を破るものである」旨をイスラエル司法長官が、再三警告したに拘わらず、当の本人は無視を決め込んだ。それ処(どころ)か、政府内の複数の大臣達はこれに反応し、同司法長官の更迭を呼び掛ける始末となった。イスラエル法治制度が混乱の中にあるのだ。この約一年の間、政府は、最高裁判所を含む、司法任命を十数回に亘り覆した。更に9月には、ネタニヤフ政権内の法務大臣が、その最高裁判長任命の封殺を試み、あろうことか、同ポストの空位を埋めよとの裁判所命令に対しあからさまに抵抗したのだった。
斯くして、イスラエルの法執行状態は、極めて常軌を逸したものと化したのだ。殺人事件発生率は、現政権下に2倍以上増加し、多くは集団組織化された犯罪によるもので、昨年2023年に於いてすらこれら殺人事件で解決したのは僅か17%に過ぎなかった。更に、より深刻なのはウエストバンクの状況だ。即ち、同地入植者達によるパレスチナ人攻撃が急増したにも拘わらず、逮捕されたイスラエル人容疑者数は、2022年実績に比べ、現在はその僅か1/4にも届かない。本来、これら占領地の治安維持と法執行に当たるべきイスラエル軍はと云えば、これらを黙認するか、或いは暴力行為に加担すらしたのだった。
イスラエル政府自体を含め、同国が法秩序不在の状況を加速させる事態は、一見、この国がこれ迄直面して来た、想像を絶する圧力――即ち、独立戦争以来、長くそして試練に満ちた戦いに嵌り込んだ苦境――を反映したもの、との解釈も可能だろう。
つまり、この9月末時点に於いて、捕らえた100名以上のイスラエル人々質を救出する見込みが薄れる中、イスラエルは、1年以上に亘りガザ地区のハマスに対し破壊的戦争を継続するばかりではない。加えて、同国は、レバノンのヒズボラに対する掃討作戦を急激に倍加させ、更には、イエメンのホーチス、ウエストバンク内の武装勢力、イランから支援を受けるイラク民兵組織、及びイラン国家そのものから受ける脅威拡大に対抗し攻撃を加えて来たのだった。
処が、イスラエルの司法諸機関に対する攻撃は2023年10月7日のハマス攻撃の遥か以前から始まっていたのが現実なのだ。即ち、ネタニヤフ政権が司法の独立を一掃しようと図る行為に対し、これを喰い止めようとする巨大な抗議運動が巻き起こり、当時、イスラエル国家は7~8ケ月間に亘り悩まされていた。政府の目論見は、裁判所及びその他、主要な公的諸機関のポストを、同連立政権と思想理念を同じくする裁判官や政治的支持者達を以って充足することだった。こうして、政府権力の集中化を推進しつつも、彼らの狙いは、実は、ユダヤ人市民に対しては他より高い地位と権利を制度的に認め、公衆と個人生活に於いてユダヤ教の影響を強めることにあった。然し、それにも増して、この改革は、恐らくは、イスラエル極右派にとって待ち望まれる終着目標である「ウエストバンクに対しても、自らは何ら束縛されることない権限下にイスラエル国家の主権を及ばせること――これを直接話法で云えば即ち、同地域の「併合」の為に画策されたものなのだ。
2023年1月にイスラエル人達が、政府による法制改革に対し抗議を展開し始めた矢先、国民達は、政府の極端な諸計画とあからさまな権力掌握を目撃し愕然としたのだった。そして、その際、彼らが少なくとも衝撃を以って思い知ることとなったのが、イスラエル司法諸機関の抑制と均衡が脆弱、或いは完全欠如していると云う問題であり、然も、これは同国民主主義の土台が不完全であることに直接起因するものだった。そして、その最大の欠点が「憲法が未だ未制定」であることなのだ。
イスラエルが建国以来、幾度も試みながら、未だ、「権力の均衡」及び、基本的人権の尊重、市民の自由、そして全ての市民平等を約する「完全なる権利章典」を規定する正式な憲法採択に至っていないのだ。その代り、継接(つぎはぎ)的な法制、裁判所の諸裁定、及び習慣や委員会を通じて発達させた、暫定的な対応に頼って来た。
斯くして、イスラエルは、1990年代初め、激しい論争の末に制定された諸法に基づき、恐らく世界で最も薄弱な人権規定の法制度を持つ国となった。それが、近年漸く2018年になり、何かと物議を醸す、ある法律の制定により、対象はユダヤ人に限定されたものの、遅ればせ乍ら、やっと自主決定権がイスラエル国に認められたと云う有様なのだ。世界の他の、殆ど如何なる民主国家とも異なり、イスラエルは多くの国境線が未だ定まらぬままだ。又、同国は、基本的人権も殆ど認められていない何百万人以上のパレスチナ人の支配を維持する状態なのだ。
これ迄数十年間に亘り、多くのイスラエル人法律家は――そして幾世代にもまたがる法学者達も共に――同国の民主的根幹の基礎的欠陥を認識し、そして憲法手続きを通しこれらの改善に努力して来た。
パレスチナの土地を占拠した上、市民権を持たない巨大人口を支配すると云う、イスラエルの諸政策に対しては、国際司法裁判所が違法との判定を下した。それにも拘わらず、イスラエルがこれら諸策を継続する結果、同国は、益々深刻化する法制危機に直面する点は、既に永らく周知された処だ。今日、この問題が、更にイスラエルによるガザ戦争の甚大な人的被害により一層激甚化した。そして、現在、尚もイスラエル国民は、二つの問題――憲法秩序の不在、並びにパレスチナ人とその土地の軍事占領継続――は、完全に個別の現象として処し勝ちである。然し、現実には、これらは不可分の問題だ。つまり、幾代にも連なるイスラエル諸政権が絶えず追求し、そして占領地の拡大化を可能とした元凶は、正に、このイスラエルの民主基盤の脆弱さ或いはその欠如に在るのだ。
悲惨な一年の戦争体験を経て、多くの専門家達は、同紛争の終結点、及び将来パレスチナ人が自ら行う統治手法に関し、明確化するよう強く求めている。もし、イスラエルがガザ再占領の長期化とウエストバンクの永久的暴力回避を望むのなら、パレスチナ両地域に於ける統一的パレスチナ人による自治、望むらくは国家樹立の為の、包括的戦略が必要だ。然し、この議論が欠いているのは、永続する平和の為にイスラエル自身の政治文化と諸機構には何が必要かと云う観点だ。イスラエルは、自身の「デイ・アフター」(事後処理策)に向け尽力しなければならないが、その本源は同国が憲法の不在問題に向き合わない限り、その日が訪れることはないだろう。
(次章以降順次翻訳予定)
文責:日向陸生
*尚、当ブログ翻訳文章は生成AI機能一切不使用です。
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