著者: 劉宗媛 (By ZONGYUAN ZOE LIU)
肩書:米国外交問題評議会 研究員
(論稿主旨)
中国経済は停滞に見舞われている。2022年末、北京政府が、過酷な“ゼロコロナ対策”を唐突に打ち切る決定をしたのを受け、多くの評論家達は中国の成長エンジンが直ちに再着火すると予想した。感染症蔓延によるロックダウンが数年間続き、一部経済産業部門は実質休止状態だった中、規制解除されれば経済は一気に力強く回復すると見込まれた。処が、現実には、
GDP成長率が鈍化、消費者心理は冷え込み、西欧諸国と貿易摩擦は拡大し、国内住宅価格の崩落によって中国最大手企業が複数倒産する事態に至り、期待された復調は頓挫した。2024年7月、GDP成長率は政府目標の5%を下回った事実が同国公式統計で明らかされた。即ち、中国政府は、漸(ようや)くロックダウンを解き国民達に外出を許したものの、自国経済を嘗ての勢いに復帰させる統制力を発揮出来なかったのだ。
西側の批評家達はこの寒々しい状況を説明し、様々な理由付けを提示した。例えば、持続的な不動産危機、社会の急速な高齢化、又は中国指導者習近平による過度な経済統制と極端に過ぎたコロナ対策、等々だ。
然し、習が強化を進める専制主義や、或るいは不動産市場の崩壊と云った理由より、もっと根深い要因が実は事態の根底に潜むのだ。即ち、それは、この数十年間、旧態依然と護持し続けた「産業生産を他の何よりも優先する」同国経済戦略であり、同策の推進により、時を経るに従い副作用として巨大な過剰設備が構造的に生み出された。つまり、長年に亘り、北京政府の産業政策が生産設備の過剰投資を誘導し、対象は原材料製品から、蓄電池やロボット等の新興技術分野に迄及んだ。そして、その過程に於いて中国の地方政府や諸企業に対し、往々にして巨額の負債を背負込(しょいこ)ませることになったのだ。
簡単に云えば、多くの重要経済産業に於いて、中国は自国や海外市場が安定的に吸収可能な需要に比べ、遥かに過剰な分量を生産して来た。その結果、同国経済は、市場下落、支払い不能、工場閉鎖、そして失業と云う、破綻への連鎖に陥る危険に直面している。収益が圧迫された生産者達は、彼らの債務返済の為に現金を手に入れる必要に駆られ、更に一層生産を増加させ、自らより熾烈な製品値引きを余儀なくされる。そして、諸工場が閉鎖へと追い込まれ、産業整理・統合が実施される場合にも、効率と利益率が最も優れる企業が必ずしも最終的に生き残る訳ではない。寧ろ、生存し得た企業は、政府からの補助金獲得と低コスト借り入れを可能とする、強いコネを有する者達である傾向が強いのだ。
2010年中盤以降、この問題は国際貿易をも攪乱した。国際市場で多くの商品に就いて中国諸企業が過剰供給を生み出す結果、市場価格は、他諸国の生産者製造コストを下回る水準に押し下げられた。
2023年12月に、欧州委員会委員長ウルズラ・フォン・デア・ライエンは中国の過剰生産が、“許容の限界を超える”不均衡を生じていると警告。中国が採算度外視の安売り価格で同国商品を未曾有の規模で欧州市場に出荷し、不公正な貿易行為に従事している、と北京政府を非難した。今年4月にはジャネット・イエレン米国財務長官が、中国の過剰投資は鉄鋼、電気自動車、更にその他多くの製品に及び、世界中に“経済混乱”を来す脅威となっていると警鐘を発した。イエレンは「中国の巨大な供給力は、それ以外の世界で吸収するのが不可能な程に過度に膨張した」と発言した。
北京政府は激しく否定するが、現実に中国の産業政策は、過去数十年の間、過剰設備を出現させるサイクルを繰り返した。国内では、政府から肝入りで指定された優先経済分野の諸工場が猛稼働し、費用を下回る価格で製品販売するのが常だ。それは彼らが地方政府や国家が掲げる政策的目標の達成に心血を注ぐ為だ。更に、北京政府は、多くの対象品目に対し生産目標を定常的に引き上げる為、既に供給が需要を上回る環境にも拘わらず、生産に一層の拍車が掛けられるのだ。その背景の一つには、同国が長らく伝統的に保持する“経済計画”の存在がある。それは、産業生産と社会基盤発展に傾斜的重点を置く一方、家計部門による消費拡大を実際上軽視する国策だ。但し、個人消費を重視しないこの管理手法は、無知や見込み違いから生じたものではなく、それは寧ろ、中国共産党で長く堅持されて来た経済理念に基づくのだ。
同党の認識によれば、消費は個人主義に属し、同国産業基盤にとって必要な資源を奪って、中国の重点経済発展力を阻害する懼れがあるのだ。つまり、共産党の伝統的教義は次のように謳う。「中国の経済的利点は、国民の低い消費性向と高い貯蓄率に基づき生み出された資本を、国家の統制する銀行システムを通じ、産業界諸企業へ注入できる点にある」と。更に、このシステムを活用し、党内権力序列を経済のあらゆる分野に植え付け、政治の安定強化を可能とする。何故ならば、中国の膨張し肥大化した産業基盤はその存続を「低コストの借り入れ金調達」に依存し、そして、この資金提供は中国指導者の匙(さじ)加減で好きな時に何時でも制限することが出来るのだ。従い、実業界のエリート達は共産党の利害に強く拘束され、彼らは党に従属する関係とすら云えるのだ。西側社会では、金が政治に影響を与えるが、中国はその逆で、政治によって資金が左右されるのだ。中国経済には投資と消費との間に、新たなる均衡点を見出す必要があるのは明白であるにも拘わらず、北京政府にそれを探る様子は窺えない。それもその筈で、同政府自体が、生産傾斜型経済政策の推進を通じ、政治的統制力を維持する仕組みにどっぷり依存しているのだ。
中国の設備過剰問題は、西欧諸国にとって実に長期的な難題で、新たな貿易障壁の構築によって簡単に解決できる類(たぐい)のものではない。理由の一つは、譬え、米国や欧州が西欧市場に流れ込む中国諸財の数量を、大幅に制限した処で、中国側の構造的問題を解決することは出来ないからだ。つまり、同国は、過去数十年間に亘り、高い生産目標を掲げ産業投資を優先させた結果、非効率化が進行し蓄積したのだ。この路線を修正するには如何なる手段にせよ、それが奏功する迄には、同国に於いて少なくとも数年単位による持続した政策対処を必要とするだろう。
今一つの理由は、習が近来益々強調する戦略の影響だ。即ち、欧州が「中国の経済的孤立化」を目論むと認識した習は、その対抗策として、自国を「自給自足型経済」へと転換する方針を打ち出し、これにより、産業界に対する増産圧力は、弱まる処か逆に高じ、一層の生産過剰を誘発している為だ。
加えて、ワシントン政府が、自国重要産業分野に中国産の安値製品が溢れるのを回避する努力を行えば、少なくとも、これら中国の過剰生産問題を米国以外の国際市場に転嫁はできても、米国自身の経済に新たな非効率が生じる副作用は避け難い。
より実効的な対策を構築する為には、西側の指導者や政治家達は、中国の過剰設備を生み出す諸原因をより深く理解した上で、西側陣営の打つ悪手によって、状況を更に悪化させる事態は回避する必要がある。従い、中国を一層の孤立化に追い込むのでなく、寧ろ、西側諸国は北京政府を国際貿易システムの中にしっかりと繋ぎ止める為の諸方策を段階的に取るべきだ。即ち、国際市場へのアクセスという動機付けを彼等に対して活用しつつ、同国の強権的な産業諸政策の緩和と均衡のとれた経済成長実現へ向け、誘導して行く事が肝要だ。斯かる戦略を欠く場合には次の事態が生じる点が懸念される。即ち、中国と国際経済とを繋ぐ絆が、次第に同国に対する牽制力を失い、そうなると、中国は、譬え、それが世界経済を害し、更には自国繁栄すらも損なうものであるにも拘わらず、一層政府主導の産業傾斜生産型戦略を倍加し強化する策に走る可能性がある。
赤字に喘ぐ工場
中国経済の血流が滞る元となる構造的問題は、何も最近始まった話ではない。その起源は、近年の政策諸選択から遡ること遥か40年前、中国改革の黎明期に具現化された歪(いびつ)な産業戦略に直接由来する。当時の中国指導者、鄧小平が同国経済を開放した後、最初に制定した5ケ年計画は、第6次に相当し1981-85年を対象とした。計画書は100ページ以上に亘り、その殆どが中国産業分野の発展策を記述し、国際貿易拡大と技術発達に眼目と重きを置いた。一方、国民の所得と消費拡大のテーマに関しては、僅か1ページが割かれたに過ぎない。当時に比し、現在は著しい技術革新を遂げ、更に国際市場は嘗ての想像域を絶し激変する中で、何と驚くべきことに、これらの内容は、中国共産党が、今日強調する産業基盤政策と殆ど差異がない。
つまり、直近の第14次5ケ年計画(2021-25年)書を見ると、経済成長率、研究開発投資、特許取得、及び食糧やエネルギー生産の各項目に関し目標が詳述されている。処が、家計部門に着目すると、その消費に関し、稀に言及された他の幾か所箇を除いては、僅か1段落にひっくるめ、軽視も甚(はなは)だしい扱いなのだ。
同国経済計画策定者が、産業生産高を優先する際、常に前提とするのは、中国製造業者は、余剰供給を何時でも国際市場へ出荷し、海外売上で現金を獲得する事が可能と云う点だ。然し、現実には、斯かる振る舞いは、国内市場の当該分野が既に飽和状態の中、更に膨大な生産増強投資を生む一方、海外諸政府に於いては、中国供給網により支配されることへの懸念から摩擦を引き起こす。
現に、2000年初頭、中国の鉄鋼過剰生産が問題となり、最終的に同国の余剰生産能力は、何と独逸(ドイツ)、日本、及び米国の鉄鋼生産合算量をも凌く水準に達した。更に昨今、中国は、石炭、アルミ、ガラス、セメント、ロボティク設備、電気自動車用バッテリー、並びにその他諸製品で同様の余剰設備を抱えている。中でも太陽光パネルがその代表格で、中国の工場は世界の年間総需要量に2倍する製品を毎年生産する能力を持つに至ったのだ。
中国の慢性的過剰設備は、国際経済にとり一層深刻な影響を与え得る。電気自動車の例を挙げよう。欧州自動車製造業は、安価な中国輸入製品との激しい競争に既に晒されている。此のままでは、西欧に所在する同業界、或いは他の新興技術分野の製造工場が閉鎖余儀なくされ、更には最悪、本来設立されるべき工場新設の機会迄も喪失するだろう。
高付加価値の製造産業は、同業種の活動領域を越え経済波及効果を生む。即ち、これら産業は、サービス部門の雇用を創出し、更に、技術革新と飛躍的進歩に必要な、才能ある逸材を自国内に囲う仕組を持続的に可能とする観点からも、国家として欠くべからざる重要部門である。
一方、中国国内市場に於いては、過剰設備問題は情け無用の価格戦争を一部産業に惹き起こし、利益を圧迫し、資本を食い潰す。政府統計によれば、5月時点で中国の自動車製造企業の内、27%が赤字操業だ(昨年のある時点ではそれが32%に達していた)。
同国経済に過剰生産が蔓延した為、価格は全般的に押し下げられ、インフレ率は殆どゼロ近傍に留まり、企業の債務返済比率(可処分所得に対する総債務支払い比率)は悪化を続けて過去最悪水準となった(非金融民間企業部門に於いて)。これらの傾向は消費者心理を冷やし、国内消費を一段と落ち込ませ、中国をデフレの罠に沈めて行く危険性が増大している。
北京政府の経済政策立案者達が“消費”を語る際、それは“産業目標”としての脈略で言及する傾向が強い。現行5ケ年計画は“消費”の議論に関し簡単に触れるだけだが、曰く「消費は、自動車、電子機器、デジタル製品、及びスマート家電の諸財等、北京政府が指定する一連の優先産業に向け、専(もっぱ)ら誘導されるべきである」と。
これを象徴するのがe-コマースだ。中国で同業界が賑わいを呈する為、恰(あたか)も消費者に対し過度な程の豊富で便利な選択肢が提供されている様に見えるが、その内情は、アリババ、ピンドゥオドゥオ、シーイン、等、主要通販プラットフォーム各社は皆、同一に商品規格化された製品の販売合戦に凌ぎを削っているに過ぎない。換言すれば、消費者が各自の好みに従い商品選択を享受しているとの幻想の裏には、個々人の選好よりも、国家の産業優先策に重きが置かれ、圧倒的な圧力により歪な国内市場が形成されている実態が覆い隠されているのだ。
政府のこの基本理念は、個人消費の拡大喚起を狙う諸政策にも反映された。それは、例えば、政府が直近試みた「製品買い替え」キャンペーンを見れば明白だ。即ち、2024年3月の行動計画書によると、商務省が中国政府系諸機関と協力し、消費者に対して中古から新車や新家電への乗り換え、及び新型商品の修理に対する補助金を準備した。
この計画は、2008年の景気後退時にワシントン政府が米国自動車産業救済の為に導入した、“エコ・カー購入補助金制度”に外見上は概ね類似する。然し、中国政府の同計画は詳細設計を欠く儘、権限を地方政府に委ねた結果、その実行に際し大半は非効率なものと化し、結局、耐久消費財の価格を押し上げる目論見は明らかな失敗に帰した。
これが証したのは、政府は国内消費者市場に対し、需要と供給の動態に影響を与えることは出来ても、人々に無理やり金を使わせることも、或いは金を使わない人々を処罰することも出来ないと云う点だ。所得拡大が停滞すれば、当然財布の紐を締め、大きな買い物は控え、今ある製品を極力長く使い続けようとするのが、人情だ。斯くして、設備過剰の問題に起因し、中国政府が経済に対し投じた薬は、皮肉なことに、消費を拡大する筈の政府諸策がとどのつまり、総じて、人々が寧ろ支出を節約するよう仕向けてしまったのだった。
(次章以降は順次翻訳)
文責:日向陸生
*尚、当ブログ翻訳文章は生成AI機能一切不使用です。
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