著者/肩書:ケネス・S. ロゴフ / ハーバード大学経済学教授。元IMFチーフ・エコノミスト
(第一章 論稿主旨)
過去25年間、米国が秀でた借り入れ能力を発揮し困難を乗り切る様子を、他の国々は驚きを以って眺めて来た。それは繰り返し幾度も幾度も、そして共和党か民主党か政権を問わず、政府は、戦争遂行、国際経済停滞、疫病蔓延、或いは金融危機に際し、他のどの国に比較しても借金をより積極的に利用した。米国の公的債務残高が急激に増加し、一つの高台から、更に次の大台に乗っても――今や、純債務残高は国民所得の100%に近づく――国内外の債権者達は、それでもこの巨額米国債務に対し倦怠感を表わすことがなかった。
2008~9年の世界金融危機後の数年間、米国財務省長期証券の金利は超低率で推移し、名立たる大物経済学者達も皆挙って、この異常低金利は遥か遠い将来迄継続すると確信した。斯くして、財政の赤字運営――常に新たな借金を作ること――は恰(あたか)も昼のランチに全く只でありつくが如く重宝な所作に思えた。所得に対する債務比率は、一つの危機を乗り越える度に、極端な上昇を辿ったものの、次の借金に備え倹約に努める必要性は見当たらなかった。ドルは、世界で最も安全で流動性に優れる資産として価値を認められている為、国際債券市場に於いては、巨額に山積した、次なるドル債務すらも、投資家達は喜んで引き受けるのが常で、特に、不確実性が高く、安全資産の供給が限られる、危機の状況下には尚更のことだった。
処(ところ)が、ここ数年間の内に、これら諸前提に深刻な疑念が湧き始めた。先ず最初に、債券市場は、政府の思惑を外れ従順さを大きく失い、長期金利は、特に10年から30年物米国財務省証券に於いて急上昇した。
巨大債務国の米国は、今やグロス債務金額が凡そ37兆ドルに上り、これはその他主要先進諸国債務を全て合算した額に略(ほぼ)等しい。そして、金利上昇は財務状況の悪化に拍車を掛ける。即ち、平均支払金利が1%上昇すれば、政府の負担する利払いは年間3千7百億ドル増加する。実際、2024年度予算に於いて、米国は防衛費として8千5百億ドル――世界のどの国より多い額――を支出したが、これを上回る8千8百億ドルが利払いに費やされた。
2025年5月には、大手格付企業が全社揃って米国債格付けを引き下げた。これを受け、何兆ドルもの米国債を保有する銀行や海外諸政府の間には「米国の財政政策は脱線するかも知れない」との認識が広がった。そして、嘗ての2010年代の異常低金利に再び戻る可能性は、少なくとも当面期待出来ないとの見通しが強まるに連れ、状況はより一層危険視されている。
魔法の解決手段は存在しない。況(ま)してや米国大統領ドナルド・トランプが、「金利が高過ぎる」とFRB(米国連邦準備制度理事会)へ苦情を付けるのは、全く見当外れな行動だ。
FRBは翌日物(オーバーナイト)貸出調整を通じ短期金利を管理可能だが、長期金利は広大な国際市場の裁定によって定まる仕組みなのだ。例えば、FRBが翌日物金利を仮に過度に低く抑えれば、市場はインフレ進行を予想するようになり、長期金利が連れて上昇する。結局の処、予想を越えてインフレーションが高じれば、これは「部分的債務不履行(デフォルト)」の一形態を測らずしも効果的に実施したに等しい。何故なら、投資家達は、購買力が劣化したドルで返済を受けることになるからだ。従い、彼らが高いインフレ率を期待する場合には、それを補う為に、より高いリターンを要求するのが自然の成り行きなのだ。
寧ろ、中央銀行が政府からの独立性を保持する主要理由の一つこそが、「インフレーションは依然緩慢で、その結果、長期金利が低く保たれる」との見通しを、投資家達に対し保す為なのだ。
もし、トランプ政権(或いはその他、誰の政権下にあっても同様)がFRBの独立性を崩す行動に出ると、それによって政府借り入れコストは決して下がらず、逆に最終的には必ず上昇する結果になると知るべきだ。
米国財務省証券(国債)の保有に対する安全性に疑念が生じ、そして今や、米国ドルそのものに対する信頼も揺ぐ事態に至っている。
これ迄、数十年間に亘り、ドルは国際準備通貨と云う地位のお陰で、米国借り入れ金利を抑制する効果を授かり、この為、恐らく本来水準より0.5から1%は低く保たれて来た。
然し、米国がこれ程迄に異常な水準へ膨張した債務残高を容認すれば、ドルが最早確固たる通貨としての評判を失う恐れがある点は、殊(こと)、米国諸政策を巡り種々不確実な環境に置かれている最中丈(だけ)に、否定することが出来ない。斯くして、近い将来、世界の中央銀行や投資家達がドル保有残高を圧縮する決断を下す可能性がある。更には、中長期的に、ドルは中国元やユーロ、更には暗号通貨へ市場シェアを譲る事態も生じよう。
何れにせよ、米国債券に対する海外需要は減退し、一層金利上昇圧力を高める結果、転落した債務依存の穴の底から抜け出す為に要する年数を計算すれば、それは、気の遠くなる程の長い歳月となる。
然し、政府が万が一、FRBを十分支配出来なくとも、トランプ政権は膨れ上がる債務支払に対処する策として、一層過激な処方を既に示唆している。
即ち、2024年11月にステファン・ミラン(現トランプ政権の大統領経済諮問委員会委員長)が打ち出した、所謂、マー・アラーゴ合意(Mar-a-Lago Accord)と呼ばれるトランプ戦略には、何兆ものドル債権を保有する海外中央銀行や財務省に対し、「米国が選別的に債務不履行実施を可能とする」提案が含まれていた。この案が果たして真剣に取り合われたか否かは兎も角、
斯かる話が取り沙汰されること事態が世界中の投資家達を動揺させ、彼らはこの事例を執念深く記憶に刻むだろう。
又、7月に米国議会を通過した「大規模な減税と歳出法案」に於いて、ある条項が提案され、それは、「海外投資家を恣意的に選別し、彼らに対し20%課税を賦す裁量権を大統領に付与する」段取りになっていたのだ。結局、同規定は最終法案の段階で削除されたものの、これは米国政府が歳入不足で二進(にっち)も三進(さっち)もいかない状況に陥った時、何が起き得るかを示唆する警鐘だ。
長期金利が急激な上昇を見せる中、公的債務残高が第二次世界大戦当時のピークに迫る勢いで増加し、海外投資家は一層神経質になり、更に政治家達は新規借り入れを抑制する意欲を欠く状況下、「百年に一度に匹敵する規模で米国債務危機が到来する」のは、最早、非現実的とは云い切れない事態である。
債務や金融危機の発生には法則がある。即ち、当該国の財務状況が既に危険水域に至り、金利水準が高く、政治機能が麻痺した状態で、斯くして政治家達が劣勢に立たされているその時、外的衝撃が襲うことによって正に引金は引かれるのだ。米国の場合、このチェック・シートで最初の3つの項目は既に該当済だ。つまり、未だ満たされない条件は、最後の“外部からの衝撃到来”、唯一つなのだ。又、仮に米国が全面的な債務危機は首尾よく回避出来たとしても、国の信用力に対する信頼性が著しく劣化することによって、重大な帰結が様々齎(もたら)されるだろう。
政治家達が火急的に為すべきは、これらシナリオが如何なる背景でどのように展開し、そしてこれに処す為に、政府は如何なる諸手法を取り得るかを、先ずは正しく認識することだ。
長期的視点に立てば、累積過剰重債務、或いは、より高い可能性としてインフレ・スパイラルが、国内経済を今後10年に及ぶ景気停滞に陥れ、ドルの国際基軸通貨としての支配的地位を著しく毀損し米国力を損じる危機に、今、我々は直面している。
(第一章 翻訳了)
文責:日向陸生
*尚、当ブログ翻訳文章は生成AI機能一切不使用です。
=== End of the Documents ===
コメント